二百四十話 設置場所の決定
久しぶりに泉の家に帰ってきた。俺がいない間の拠点の様子を聞きながら、トルクさんに作って貰った新メニューをお留守番組に食べさせた。料理もデザートもノモス以外には好評で、いい気分のまま宴会になだれ込み、美味しいエンペラーバードの干し肉を肴に久しぶりのお酒を楽しんだ。
予想通りエンペラーバードの干し肉は大精霊達に大好評で、飲むペースが普段よりもゆっくりになったのは嬉しい誤算だった。まあ、結局飲む量は変わらなかったけど……。
まあ、のんびりお酒を飲む時間は大切だよね。今回の迷宮都市訪問は二回も迷宮に潜ったし、王様にも会ったから精神的に疲れてたんだろうな。死の大地なのに地元に帰ってきたようなホッとした気持ちで、少しばかり飲み過ぎてしまった。
「ううっ、ムーン助けて……」
頭痛と嘔吐しそうなムカツキ、重い体をねじ伏せてベッドから体を起こし、かすれた声でムーンに助けを求める。目の前にムーンが召喚され、俺の状況を理解したのか、ふわふわとムーンが俺の頭の上に降りると、体が温かい何かに包まれた。
ゆっくりと体の中のアルコールが抜け、頭痛や吐き気が治まっていく。二回目だがドンドン体調がよくなっていくこの感覚がたまらなく、癖になってしまいそうだ。
しかしムーンはある意味ダメ人間製造機だな。二日酔いが敵ではなくなるのなら、酒飲みに反省と後悔が生まれない。もう二度と酒なんて飲まないって気持ちが、少しだけ現実に踏みとどまる切っ掛けになるのに、それが無いなら簡単に酒に溺れてしまいそうだ。気持ちをしっかり持たないとな。
「ムーン、ありがとう。おかげでとっても楽になったよ」
頭に乗っていたムーンを両手で降ろし、モチモチしながらお礼を言う。手の中でプルプルが早くなったって事は、喜んでくれてるんだよな?
ムーンを抱っこしながら部屋から出ると、ベル達が元気いっぱいにご挨拶してくれる。二日酔いのままこのご挨拶をされていたら、大ダメージだったな。元気いっぱいの下級精霊達を装備したままリビングに降りる。
リビングでみんなに挨拶をして、綺麗に飲み干された酒樽を収納する。今日から蒸留の再開じゃって言ってたから、あとで酒樽を届けないとな。ジーナ達に手伝ってもらいテーブルに料理を並べ朝食を取る。
久しぶりに帰ってきたし、色々とやる事があるよな。まず第一には聖域の為に杖の設置場所を作る事と、ノモスに杖の改良を頼む事だな。次に聖域の条件を満たす為の動物の捕獲。他は優先順位はそこまで高くないから順番に熟して行こう。
早めに済ませておきたいのは、トマトの収穫と額縁の作成かな。公園のバージョンアップとコーヒーの実は少し時間を空けても大丈夫だ。
「お師匠様、今日、私達は何をすればいいですか?」
……考えてなかったな。メルとメラルが一緒だったとはいえ、四十層まで攻略できるんだから、そこら辺のゾンビを討伐させるのはどうなんだろう? さすがにAランクのアンデッドと戦わせるのは不安がある。ジェネラルクラスなら問題はないが、でも帰って来ていきなりアンデッド討伐は可哀想だ。
「そうだね、迷宮都市で買い物をして荷物も増えただろうし、部屋を整えてみるといいんじゃないかな。あと、メルとメラルが居ないし、水のローブや風の靴の性能も確かめておいた方がいい。時間が余ったら好きにしていていいよ」
「分かりました。確認しておきます」
「師匠、あたし、こっちでも料理がしたいんだけど、ダメかな?」
「あっ、私もしたいです」
料理か……魔法の鞄には沢山料理が詰まっているけど、腐らないんだしストックは沢山あった方が安心だな。ジーナとサラもせっかくトルクさんに料理を習ってるんだし、腕を鈍らせない為には料理を作らせた方がいいだろう。
問題は食材だけど……海で取った魚が大量にあるし、最初の頃に買い溜めしたのが結構残ってるな。畑で収穫した野菜もかなり残っている。大丈夫だな。
「分かった。時間が空いていれば好きな時に料理をしても構わないよ。それと米を沢山炊いてくれると助かる」
「ありがとう師匠。あたし頑張るよ! 米も沢山炊いておくから任せてくれ」
「私も頑張ります」
「う、うん、まあ、あんまり無理しないようにね」
「ゆーた、べるたちはー?」
話が途切れるとベルが声を掛けてきた。何かお手伝いがしたいって感じの、ワクワク感がある。ここで何も無いよって言うと悲しむんだろうな。
「ベル達には大事なお仕事があるよ。久しぶりに帰ってきたんだから、まずは拠点の中と外の見回りだね。特に外で魔物を見かけたら退治しておいてくれると助かる。できるかな?」
「できるー」「キュー」「がんばる」「ククー」「もやすぜ!」「……」
「うん、よろしくね」
朝食の間にそれぞれの予定を決めて動き出す。ベル達は張り切って外に飛び出して行き、ジーナ達は自分の部屋を整えに戻り、俺は杖の改造をノモスにお願いする。
「ねえノモス。杖から出る魔法の形ってどんな風になるんだ?」
「形? どう言う事じゃ?」
「火の杖は大きなロウソクの炎みたいな形だよね。それは納得できるんだけど、風とか土はどんな感じになるんだ? 土とか特にイメージが湧かないんだけど……」
「ああ、そういう事か。この土の杖の場合は、土の玉を飛ばす能力と地形操作の能力を持っておるから、土の玉が浮かんだ状態で固定する事になるじゃろうな」
空中に土の玉が浮かんでいるのか……カッコいいかどうかは見てみないと分からないけど、ファンタジーなのは間違い無いな。
「それって形を変える事はできないか? 精霊王様からもらう玉を支える祭壇を作るんだよね。大事な場所なんだから中途半端なのは嫌なんだ。どうせなら全部を丸で統一するか、全部を違う形にしたいんだけどどう?」
「ふむ……できん事は無いが、ただ固定するよりも時間は掛かるぞ」
「全部いじるとしたらどの位かかる?」
「そうじゃな。魔道具の構造に手を加えねばならんから、三日と言ったところか」
六本の魔道具の構造をいじって三日で済むって、ものすごく早いのではなかろうか。たぶん聖域の中心になる場所なんだから、できればカッコいい方がいいよな。
「面倒かもしれないけど、それなら改造を頼むよ」
「うむ、分かった。それで、統一するのか全部を別々の形にするのか、どうするんじゃ?」
自分で頼んでおいてなんだが、特に深く考えていた訳じゃ無い。杖で統一したんだし形も揃えるべきか? だが杖も魔法も全部が同じだと、統一性はあるけど物足りない気がするな。
「全部別々の形で固定してくれ」
「どんな形にするんじゃ?」
「ちょっと待ってくれ、今から考える」
「分かった。時間が掛かるようなら儂は蒸留所で待っておるぞ」
「うーん、分かった後で知らせに行くから蒸留所で待っててくれ」
「うむ、ではまた後でな。ああ、酒を蒸留するから、とりあえずエールを五樽ほど出してくれ」
ノモスがなんかホクホクした感じで、酒樽を運びながら蒸留所に戻って行った。蒸留酒か……海で寝かせた蒸留酒ってどうなってるのかな? 完成品の味もまだ分って無いのに、ドンドン蒸留酒が増えている。失敗したら悲惨な事になるな。
「ああシルフィ、今日は拠点に籠ってるから自由にしていていいよ」
「あらそう? じゃあ私もゆっくりさせてもらうわね」
シルフィを見送り、俺も自室に戻って属性毎の形を考える。たぶん聖域の要になるんだから、カッコよく無いとダメだろう。ちゃんと考えるぞ。
火 未決定 水 涙滴型 風 竜巻型 土 正六面体 光 球体 闇 正八面体
火の形が難しい。ロウソクの火の形って涙滴型と被るんだよな。俺としては勾玉とか厨二っぽくて好きなんだけど、この世界だとあんまり伝わら無さそうだ。
……四角錐にしてもらうか。他の形と被って無いし、ピラミッドっぽくていいかも。ピラミッドなら土かとも思うが、俺の中で土は四角なんだよな。まあ、どうしても合わなかったら、ノモスに頼んで変えてもらえばいいか。さっそく蒸留所に行ってノモスにお願いしよう。
「決まったのか?」
「うん、こんな感じ。一応図形を描いて来たけどできそう?」
火 四角錐 水 涙滴型 風 竜巻型 土 正六面体 光 球体 闇 正八面体
「ふむ……まあ、形を固定するのに調整は必要じゃが、なんとかなるじゃろう」
「ありがとう。確か魔石とミスリルが必要だったよね。置いて行くから改造をよろしく。あと、火の杖をまた改造するから火が消えちゃうんだけど、イフ達、火の精霊は大丈夫かな?」
「問題無いじゃろう。契約者もおるし、蒸留をしておるから火が燃えておる。十分に許容範囲じゃな」
ノモスがチロリと蒸留器の方を見ながら言う。確かに火が燃えてるね。あと、シルフィ、ディーネ、ドリー、イフが姦しくおしゃべりしながら蒸留器を見ている。シルフィ、せっかくの自由行動なのにくるのは蒸留所なんだね。聖域になったら皆が楽しめる場所も作った方がいいのかな? たぶん酒場になるんだろうけど。
「よかった。じゃあ、俺は杖を設置する祭壇を作るから、改造を頼むよ。そう言えば杖を設置する祭壇には何かしておかないといけない事は無いのか? 屋根が必要だとか、場所も拠点の中心じゃ無いとダメだとか……」
「別に屋根は要らんじゃろう。他の聖域も精霊王様から授かった玉が野ざらしで宙に浮いておるぞ。必要なのはその玉を等間隔で取り囲むように杖を配置する事じゃ。設置場所はこれだけ狭い場所じゃし、何処に設置してもたいして変わりは無さそうじゃが、できるだけ中心に置いた方がよいな」
「そうなんだ、ちょっと考えて見るよ。ありがとう」
玉は宙に浮いているのか。建物があった方が邪魔な可能性もあるな。建物が必要になったら、浮かんだ球を中心に建物を建てた方が良さそう……でも、玉の設置場所はできるだけ拠点の中心がいいらしい。
この拠点の中心って、一番最初に作った泉なんだよな。建物を建てるのって無理なんじゃ。それ以前に泉に杖の設置場所を作るのが面倒だ。
……でも泉の中心に精霊王様の玉が浮かんでるとか、ちょっと厨二心をくすぐられるシチュエーションなんだよな。杖も泉の中に足場を作って噴水を囲むようにすれば、カッコ良さげな気がする。
できるだけって言ってたし、泉の近くでも問題は無さそうだけど、この際だし頑張ってみるのもいいかもしれない。結構やる事が多いのに自分で面倒事を増やしている気もするが、せっかく自分の自由にできる場所があるんだ、ちょっとぐらい拘ってみるのも楽しいはずだ。
読んでくださってありがとうございます。