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二百三十七話 ベティの奮闘 上

 出会いは突然だった。あの日、商業ギルドの同僚に今までに食べた事が無い、新しい料理があると教えられ、向かった豪腕トルクの宿屋。


 豪腕トルクの宿屋は冒険者向けの宿屋。料理人の腕は悪くないが基本的に量が多く味が濃い、体力勝負の冒険者向けの料理が主だ。今までに無い料理が生まれるとはとても思えなかった。


 だが、半信半疑で向かったその宿で、私は衝撃を受けた。トマト! そうトマトがソースになっていたのだ!


 切り分けてサラダに入れるか、焼いてお肉の脇に添えられる程度の野菜。実の中のドロドロとした部分が不評で、味は悪くないが人気が無かったトマト。だがトマトがソースになると、信じられないほどに料理の幅が広がった。


 何度も豪腕トルクの宿屋に通い、全ての新メニューを制覇した私は、女将のマーサさんと料理人のトルクさんに、拝み倒すようにして話を聞いた。


 二人の話では、料理を伝えた人はどうやらこの国の人では無いらしく、料理人でも無いのでレシピはあやふやなんだそうだ。少し残念に思うが、レシピがあやふやでも未知の料理には大きな価値がある。と言うよりも私が食べたい。


 残念ながらその人は迷宮都市を出て行ってしまったようで、直接話を聞く事ができなかった。異国の料理の話を聞き逃すとは、このベティ、一生の不覚です。


 ***


 ああ、揚げ物……それは魅惑の料理! カリッとした衣とジューシーなお肉の競演。ラフバードもオーク肉も、何枚でも食べられてしまう魔法の料理!


 パーーーン!


「いたっ!」


「ちょっとベティ、仕事中なんだからしっかりしてよね。あと、ヨダレが垂れてるわよ。妄想は仕事が終わってからにしなさい!」


 突然の衝撃に振り替えると、同僚が有無を言わさずにお説教してきた。


「うー、アーダちゃん、叩かなくてもいいじゃない。言われたらちゃんとするわー」


「何度も声を掛けたのに返事が無いから叩いたのよ。シャキッとしなさい。あんたはただでさえのんびりしているのに、最近はボーっとしながらウヘウヘしちゃって、しっかりしなさい」


「うーー」


「うーー、じゃないの! どうせまた料理の事を考えてたんでしょ! それ以上太ったら、受付嬢から外されるわよ」


 アーダちゃんの言葉がグサグサと心に突き刺さる。確かに制服が小さくなって、もう少し太ってしまったら、買い替えないといけないけど……最近は毎日食べていた揚げ物も週一回にしたし、少しでも運動しようと家まで遠回りをして頑張ってるもの。大丈夫なはず。


「わかってるわよー。だから妄想で我慢してるの」  


「その妄想を仕事時間外でしなさいって言ってるの。ほらっ、お客様が来たわよ。仕事、仕事」


 アーダちゃんに注意されながらも仕事を熟し、遠回りしながら食材を買い込み家路につく。頭の中では揚げ物が食べろと迫ってくるが、私は負けない。お仕事をクビになったりしたら、食べ歩きができなくなる。


 揚げ物。あの素晴らしく美味しく、悪魔に呪われたように私を太らせた料理をトルクさんに教えたのも、トマトソースを教えてくれた裕太さんと言う異国の人だそうだ。


 どんな人か会いたいと思い調べてみたら、凄く評判の悪い人だった。トルクさんとマーサさんの話では礼儀正しく、スラムの子供達を弟子にして養っている優しい人だそうだ。


 でも、他で聞いた話では傲慢な精霊術師で、冒険者ギルドのギルマスにケンカを売り、散々にひっかきまわした後にグランドマスターにまで謝らせて、ギルマスをクビにして冒険者ギルドの職員を飛ばした悪魔のような人だと言う噂もある。


 実際にギルマスも交代して、迷宮都市を拠点にしていた冒険者も脅されたらしくこの地を離れた。それは商業ギルドでも大騒ぎになったから間違いない。肉類の供給の要であった冒険者達が去った事で、料理ギルドの友人も頭を抱えていた。


 マーサさんやトルクさんの話が嘘だとも思えないんだけど、実際に騒ぎも起きているのでどんな人か想像がつかない。話を聞きたいのに会うのが怖い。不思議な人だ。


 でも結局は、異国の知らないお菓子を知っている可能性に気づくと、どうしても我慢できずにマーサさんにお願いしてしまった。あれだけ美味しい料理を知ってるんだもの、美味しいお菓子も知っているはずだ。


 ***


「ベティ姉ちゃん!」


「あら、カルク君。どうしたの?」


「姉ちゃんが会いたがっていた、裕太さんが会えるって」


「本当に?」


「うん」


「カルク君、ちょっと待っててね!」


「あっ、待って! 今日の昼過ぎから二~三日なら会えるって。いつがいいか聞いて来いって言われたんだけど……行っちゃった」


 戸惑うカルク君を待たせて上司の元に向かう。会うのが怖いと思っていた気持ちも、チーズチキンカツを食べた瞬間には消えてしまった。あれだけ美味しい揚げ物に、チーズを組み合わせるなんて悪魔的な料理。


 そんな料理が作られている国に、美味しい甘い物が無いなんて考えられない。何としても美味しいお菓子を教えてもらうわ!


「フランコ事務長、今から休暇をください!」


「いきなり何を言ってるんだ? せめて休みが欲しい理由ぐらい言いなさい」


 いけないわ。どうしても会いたかったから、気持ちが抑えきれてないわ。


「そうでした。裕太さんと言う方に会いに行ってきます」


「……まさか裕太さんと言うのは、精霊術師だったりしないかね?」


「ええ、そうですよ。有名な人なんですよね?」


「止めておきたまえ。冒険者ギルドでの出来事は知っているだろ? 彼はポルリウス商会とも関係が深いから、商業ギルドとしては無暗に手を出す相手ではない。そっとしておきたまえ」


「……でも、もう会う約束をしてしまいました」


 言いたい事は分かるけど、諦めきれない。最初はマーサさんに頼んでレシピを貰おうかとも思ったけど、私の目的の為にマーサさん達を利用したら機嫌を損ねてしまいそうだ。私から直接お願いしたほうが、絶対に良い結果が出る気がするもの。


「…………ふう、何が目的で彼に会うんだね?」


「この国には無い美味しい料理を知っている人なので、美味しいお菓子も知っていると思うんです。それを教えてもらおうと考えています」


「そんな理由で、冒険者ギルドにケンカを売った相手に会うつもりなのか?」


「裕太さんの定宿の女将さんは、裕太さんの事をとってもいい人だと言っていますし、今の冒険者ギルドとはモメていません。大丈夫だと思います」


 そんなに念を押されると不安になるけど、美味しいお菓子が食べられるのなら、私は頑張る。


「……機嫌を損ねたら面倒な相手だ。君なら大丈夫だとは思うが、一応言っておく。ギルドの権力を誇示するような事は絶対にしないように。それと決して無理な要求をしない事だ。断られたら直ぐに帰って来なさい。彼とモメる事になったら商業ギルドは君を切り捨てるからね」 


 ……クビになるのは嫌だ。でも美味しいお菓子も食べたい。頼んでみて不愉快そうにされたら、全力で謝って帰ろう。  


「分かりました」


「では、許可しよう。くれぐれも機嫌を損なわぬようにな。それと終わったらギルドに報告に来るように」


「はーい」


「返事を伸ばさないように。まったく普段はのんびりポヤポヤしているくせに、食べ物が絡むとこれだ。いいかね君の食に関する嗅覚は、周囲も信頼している。だからこそ、無理をするんじゃ無いぞ」


「分かりました」


 私は普段からのんびりポヤポヤなんかしてないのに、フランコ事務長も見る目が無いわ。でも、なんとか許可が貰えたわ。カルク君に少し待ってくれるように頼んで、急いで私服に着替えましょう。


「カルク君、待たせてごめんね。行きましょう」


「ベティ姉ちゃん。俺は予定を聞いて来いって言われたんだけど、いきなり来るのか? 帰ってくるのはお昼過ぎだぞ」


 そんな事を言ってたかしら?


「うーん、お昼過ぎには帰ってくるのね。じゃあとりあえずご挨拶だけでもしておくわ。いきなり怒られたりしないわよね?」


「まあ、兄ちゃんは怖がられてるみたいだけど、結構優しいし大丈夫だぞ。母ちゃんも宿屋が儲かってるのは兄ちゃんのお陰だって言ってたしな」


 そうよね。子供に優しい人だって言ってたもの。失礼な事をしないようにすれば平気よね。今から行くのだって、ご挨拶してダメそうだったらすぐに帰るんだし平気、うん、平気よね。


 ***


 何とかなったわ。ご挨拶の時についつい思いのたけをぶつけてしまって、失敗しちゃったかもって思ったけど、普通に話しができたわ。偉い人は怖がってるけど、裕太さんって普通の人みたいよね?


 偶に商業ギルドに来る冒険者の方が、断然強そうに見えたわ。精霊術師だから剣士とか戦闘職の人と比べるのは間違ってるって分かるんだけど、それにしても雰囲気が普通だったわ。


 でも牛乳が料理やデザートになるなんて不思議よね。どんな味になるのかしら? プリン……変わった名前でどんなデザートかも想像できないわ。でも裕太さんの国では大人気のデザートって言ってたし、間違い無く美味しいはずよ。戻って報告したら、どうにかして牛乳が確保できるように、色々と考えておかないと。




「そうか、しかし牛乳が本当に料理やデザートになるのか?」


「私にも想像ができませんが、フランコ事務長も豪腕トルクの宿屋で料理を食べた事がありますよね。あの料理を作った国で、大人気のデザートだそうなので、美味しく無い訳が無いと思います」


「確かにあの宿の食事は美味かったな。あの精霊術師の国は、よっぽど料理が発展しているのかもしれん。期待はできると言う事か」


「そうなんです! ですから、今の内に魔術師か冷蔵馬車を確保しておきましょう!」


「無茶を言うな。魔術師も冷蔵馬車も貴族相手に高級な素材を卸す為の物だ。予測だけで軽々しく確保する訳にはいかん。せめて現物を確認してからだ」


「分かりました。では素晴らしいデザートができたら協力してくださいね」


「……その味しだいだ。商業ギルドは儲けにならない事はしない」


 ちょっと美味しいだけじゃダメなのね。でも、デザートだったら王侯貴族の奥様方が必ず注目するわ。美味しければ必ず商業ギルドも動くはず。美味しいデザートがいつでも食べられるように、私も頑張らなきゃ!


「分かりました。では、私は帰りますね」


「まあ、待ちなさい。休暇を与えたがもう用事は終わって戻って来たんだ。仕事をしていきなさい」


「……分かりました」





 帰らなくて良かったわ。マーサさんが上質な小麦粉を依頼に来て、私が処理したおかげで明日の朝には試作品が食べられるだろうって教えてもらえたもの。さっそくフランコ事務長を説得して、明日のお休みを貰いましょう。商業ギルドの利益になる可能性があるんだから、許してくれるはずよ。

長くなりましたので、上下に分けました。

読んでくださってありがとうございます。

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[一言] 仕事扱いじゃなくて休暇にしてもらう辺りベティさん良い娘よね
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