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二百三十二話 実食

 昨日は牛乳を手に入れた。戻ってからはマーサさんに牛乳を使った料理のレシピを渡したし、直に俺の魔法の鞄に新しい料理が増えるはずだ。楽しみだな。


 目が覚めて、ベル達と戯れながら新しいメニューに思いを馳せていると部屋のドアがノックされた。


「サラか、おはよう。トルクさんのお手伝いはいいの?」


「おはようございます、お師匠様。そのトルクさんからの伝言なのですが、お師匠様が渡したレシピの試作品ができましたので、朝食の時間を遅らせて味をみて欲しいそうです。私もジーナお姉さんも賄いで食べさせてもらったんですが、とっても美味しかったです!」


 ……昨日の今日でもう試作品ができたのか。完全に徹夜してるな。そのうえサラのこの笑顔、クオリティも高そうだ。


「そんなに美味しかったんだ、楽しみだね。じゃあ部屋で待ってるから、準備ができたら呼んでね」


「はい!」


 サラを見送ってドアを閉めて振り返ると、ベル達がキラキラとした瞳で俺を見つめている。


「おいしごはんー!」


 ベルが手足をパタパタさせながら言う。完全に期待してるな。でも試作品の味見だから、トルクさんも居るだろうし、ベル達に食べさせるのは難しいよな。


「えーっとね、まだ試作品だからベル達には食べさせてあげられないんだ。完成したら、トルクさんに沢山作ってもらうから、みんなで一緒に食べようね」


「あさごはんじゃない?」


「うん、ベル達が食べるのは完成してからだね」


 残念そうなベル達を慰めながらサラ達の部屋に向かい、精霊達に朝食を食べさせる。終わったら街に遊びに行かせておくか。宿で待たせておくと、新メニューが気になって覗きにきそうだからな。興味津々のベル達に見守られながら料理の味をトルクさんに伝えるとか、ある意味拷問だよね。


 ***


「遅くなって悪かったな。さあ味を見てくれ!」


 普段の朝食の時間が終わった宿の食堂で、テーブルに並べられた料理を見る。えーっと、確かトルクさんに頼んだ料理の試作品の味見だったよな? サラに呼ばれてマルコ達と降りて来たら、研究を頼んだはずの料理まで目の前にあるんだけど……。


 カルボナーラはまだ分かる。でもクリームシチューにグラタンはどうして完成しているんだ? 昨日の夜にレシピを渡して、今は次の日の朝だよ? 次に迷宮都市に来る時にでも食べられればいいので、研究してくださいって紙に書いて渡したよね? なんで作ってるんだ? あとなんでベティさんが居るんだろう?


「……えーっと、凄いですね。もう完成したんですか。あとなぜベティさんが居るんですか?」


「試作品だがな。しかし牛乳を使った料理なんて初めてだったから、やりがいがあったぜ。まだまだ完成とは言えないがある程度の物ができたと思う。あとベティが居るのは、上質な小麦粉を手に入れるのに協力してもらったからだ」


 やりがいがあったからって形になるような物でも無いと思うんだが……なんか変なスキルでも持ってたりして。料理をしていると時間が止まるとか……いや、さすがにそれは無いな。チート過ぎる。


「新しい料理の可能性を上司に頑張って訴えました。早く食べたいです!」


 ベティさんは料理に目線を固定しながらも、一応事情を説明してくれた。とりあえず、早く料理が食べたいと言う事は間違い無いな。


「なるほど、聞きたい事はありますが、食事の後にしましょうか」


 俺達も席につき、食事を開始する。


「おいしいです! なんですかこれは! 卵とチーズ、牛乳が混じり合った濃厚なソース。こんなの初めてです。干し肉と胡椒のアクセントも素晴らしいですよ! 牛乳って凄いです!」


 カルボナーラを一口食べたベティさんが騒ぎ出す。でも騒ぎながらも呼吸するように、料理を食べているのが凄いな。騒いで食べて幸せな顔をしてと、とっても忙しそうだ。


「あつっ! 師匠、これすごくあついぞ。でもすごくおいしい!」


 マルコはグラタンの熱さに舌を負傷したらしい。トルクさんの横で見ていたサラが、こっそりプルちゃんを派遣する。俺、プルちゃんが回復魔法を使うのって初めて見たかも。


「おししょうさま。キッカはこれがすき」


 キッカはクリームシチューを、フーフーしながらも満面の笑みで食べている。よっぽど気に入ったのか、シチューを冷ますのももどかしそうに次々と口に運んでいる。みんな美味しそうに食べているな。牛乳が苦手って子も居るんだけど、ここに居るメンバーは問題無いようだ。さっそく俺も食べてみよう。


 カルボナーラは少しだけソースが固く、なめらかさが感じられない。火を通し過ぎてるのかな? でも味としては文句が無いな。少しニンニクが強いのは俺好みだが、女性客にはキツイかもしれない。


 グラタンは、マカロニの代わりに平打ちのパスタが入ってるな。ミートソースを加えたらラザニアになりそうだが、カリッとしたパン粉と少し焦げたチーズがたまらない。


 クリームシチューはトロミが足りないかな? 味は美味しいけどちょっとシャバシャバする。ジャガイモを増やしたらちょうどよくなりそうだな。


 一つ一つの料理で気になったところをトルクさんに伝える。ふむふむと頷いているから、次からはもっと美味しくなりそうだ。


「ただ、俺が伝えたレシピなので申し訳ないですが、カルボナーラ以外の料理が熱いですね。体がポカポカして汗が止まりません」


 シルフィにお願いして冷やして貰おうかとも思ったが、みんな汗だくで食べているのに、俺だけ涼むのは申し訳ない。マルコとキッカは冷やしても問題無いんだが、ベティさんを冷やすのはなんか騒ぎになりそうだから我慢した方がいいだろうな。


「あー、確かにそうだな。俺も味見して思ったが体がポカポカする料理だよな」


 トルクさんも同意見らしい。ベティさん、マルコ、キッカも汗だくだから同意見だろう。グラタンもクリームシチューも冬に食べたくなる料理だからな。気候的に厳しい料理なのは間違いない。


「カルボナーラ以外は、ちょっと宿で出すのは向かない料理かもしれませんね」


「何を言ってるんですか。確かに熱いですけど、この味であれば誰も文句は言いません」


「師匠、おいしいぞ」


「キッカもまたたべたい」


 汗だくになっても問題無い程にこの味は受け入れられたらしい。まあ、日本と違って汗は洗浄の魔法でどうにかなるし、問題無いのか?


「どうなるか分からんが美味いのは間違いないからな。材料費が掛かるから頻繁には出せんが、偶にの特別メニューとしてなら出せると思う。まあ肝心の牛乳が手に入らんなら無理だがな」


「安心してください。私が何としても牛乳の購入ルートを確保します。大丈夫です、料理ギルドにも話を持って行けば、必ず牛乳を手に入れようとする動きが大きくなるはずです」


 鼻息荒くベティさんが宣言する。ポヤポヤした性格のように感じてたんだけど、美味しい物の事だと熱くなるようだ。


「頼りにしてるぞ」


「任せてください」


 トルクさんとベティさんの間に、戦友のような雰囲気が漂っている。料理が二人を深く結びつけたらしい。


「さて、次はデザートだな。まだ食べられるだろ?」


 次はデザートって、デザートまで作ってたの? あんまり手間が掛からないデザートとは言え、徹夜したからって作れる物なのか? まあ、デザートがあるってトルクさんが言ってるんだから、作れたんだろうけど。


 お腹の調子は……一つ一つの分量は抑えてあったから食べられない事も無いけど、ここで甘味は結構苦しい気がする。それなのにベティさんは余裕しゃくしゃくで、マルコとキッカも食べる気満々だ。この世界の人達の胃袋は、日本人とは出来が違うようだ。だが、男として、師匠としてここで引く訳にはいかないな。


「大丈夫です」


「よし、じゃあ俺はクレープの用意をするから、ジーナとサラはプリンとアイスを頼む」


 トルクさんがウキウキと厨房に戻るのを見送る。まさか三種類とも試作しているとは。見た事も聞いた事も無い料理なんだぞ?


 俺が驚いているとジーナとサラがアイスとプリンを持ってきた。なんで同時にレシピに書いちゃったかな。一つ一つレシピを渡して順番に広めて行けばよかった。


「白い方がアイスです。熱に弱いので先に食べた方がいいと思います」


「黄色いのがプリンだ。あたしこんなに美味いデザート、初めて食べたよ」


 サラとジーナが簡単にデザートの説明をしてくれる。見た目は俺が知っているアイスとプリンだな。まずは二つとも一匙ずつ食べてみる。両方ともヒンヤリとしている時点で相当ポイントが高い。


「おーいーしーいーですーー!」


 ベティさんが味の説明もせずに、とろけそうな顔でアイスとプリンを味わっている。味の説明をする為の思考回路まで甘味に侵食されてしまったようだ。マルコとキッカも完全にとろけきっている。


 その後にトルクさんが持ってきたクレープ。濃厚なカスタードクリームと生クリームに、各種フルーツの競演。言語中枢まで麻痺してしまったのか、黙々と食べるベティさんとマルコとキッカ。


「分かるぞ。俺もマーサもカルクもそんな感じだった」


 その様子に引く事もせずに共感するように頷くトルクさん。結構衝撃的だったらしい。ここでクレープにアイスを挟んでも美味しいんだよって言ったらどうなるんだろう? 止めておこう、マルコとキッカはともかく、ベティさんがムッチリを通り越してポッチャリになってしまいそうだ。


 ベティさん……揚げ物を我慢するって言ってたけど、デザートも我慢できるんだろうか? 完全にとろけきった様子で食べ進めるベティさんを見ると、かなり危険な気がする。


「裕太、どうだった?」


「えっ? ああ、そうですね。好みの問題でしょうが、俺には甘すぎるように感じました。それとアイスは固かったですね。詳しくは知らないのですが、アイスには空気が沢山混ざっていた方が美味しくなるらしいですよ」


 某グルメ漫画の知識をそのままトルクさんに丸投げする。空気をどうやって混ぜるかは俺には分からない。


「そうか、甘さは色々と試してみるべきだろうな。空気に関しては掻き混ぜる回数を増やしてみるか?」


「そうですね、アイスに果肉や果汁を混ぜたりすることも可能ですし、色々と試してみてください」


「そうか果物の特徴を生かしたアイスができるんだな。向き不向きもあるだろうが、可能性が大きく広がるな」


 トルクさんが手順を考え出したのか固まってしまった。ベティさんマルコ、キッカは甘味に酔い、ジーナとサラは気持ちは分かると言った風に俺達を見守っている。


「裕太、どれも美味しそうだったわ。それにカルボナーラって死の大地で食べていた料理よね?」


 黙って見守ってくれていたシルフィが声をかけてきた。新しい料理に興味津々みたいだ。


(うん、そうだよ。今はさすがに無理だけど、トルクさんに今日の料理も、沢山作ってくれるように頼んでおくからみんなで食べようね)


「ふふ、楽しみにしているわね」


 ニッコリと笑うシルフィ。お酒の時並みに表情が動いたな。それだけ気になっているらしい。ベル達を遊びに行かせておいたのは正解だったな。もし一緒に居たら、食べたがって大変だっただろう。我慢させるのは可哀想だし、俺の胃がもたない。


「トルクさん! 料理やデザートはまだ余ってますか?」


 余韻に浸るようにとろけていたベティさんが、突然立ち上がってトルクさんを揺さぶりながら尋ねた。


「ん? ああ、まだ残ってるぞ」


 固まっていたトルクさんがベティさんの剣幕に驚きながら答える。


「分かりました。では今から偉い人を連れて来ます! 商業ギルドだけではなく料理ギルドの偉い人も連れて来ます!」


 言うだけ言って走り去るベティさん。あの目は本気の目だったな。たぶん試食会を開催して、さっき言ってたように牛乳の購入ルートの確保を目指すんだろう。偉い人を籠絡した方が話が早く進むからな。


 ただ、需要に耐えられる数の乳牛が居るのかな? そんなに大きな村じゃ無かったし、量も限られてそうだが。


「トルクさん、今日作ってくれた料理とデザートも持ち帰りたいので、沢山作っておいてくれますか?」


「あ、ああ。裕太に言われた注意点を改善しながら作っておく」


「お願いします。それと俺はちょっと用事ができまして、滞在期間を少し伸ばしたいんです。三日と言いましたが五日に変更しますので、その日に合わせて料理を作って頂けたら助かります」


「五日後か……分った、メニューの改良も進むだろうし、期待していいぞ!」


 ……五日間徹夜とか洒落にならんから、マーサさんにしっかりとお願いしておこう。


 満腹で動き辛そうなマルコとキッカを促し部屋に戻る。ジーナとサラは片付けを手伝って戻ってくるそうだ。俺は王都に向かうとして、サラ達は迷宮都市でお休みにしておくか。王都までは二日ぐらい掛かるって感じで時間を設定して、俺はどこかに家を出してのんびりしよう。

読んでくださってありがとうございます。

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