二百二十八話 相談
迷宮で手に入れたアダマンタイトを卸す為に、マリーさんの雑貨屋に来た。アダマンタイトの事をマリーさんに伝えると、なんか普段と違う反応が返ってきた。俺の予想では戦争に直結しそうな金属だからだな。
まあ、俺からすれば精霊が戦争に利用されるのは嫌だけど、それ以外で合法的に卸した素材が、どんな風に利用されようが知りませんってスタンスだ。この国に愛着が湧いていれば、素材とかガンガン卸しまくってたのかな?
「えーっと、アダマンタイトの事はマリーさんの自由にしてください。それで、マリーさんに相談があるんですがいいですか?」
「相談ですか? 私でお力になれる事であれば何でもおっしゃってください。因みに私は独身で、料理も得意です。結構尽くすタイプですからお買い得ですよ?」
……さっきまで真面目な雰囲気だったんだけどな。別に女性を紹介してくださいって言った訳でも無いのに、なんでそんな話になるんだ? あとソニアさん、後ろでよく言ったって顔をしないでください。
「実は光属性の魔法の杖を手に入れたいんです。マリーさんから貰ったリストには、王家と教会しか書いていませんでしたが、交渉したら譲り受ける事は可能ですか?」
とりあえず、マリーさんの話に乗っかると面倒な事になりそうなので、流して聞きたい事だけを聞く事にした。マリーさんがガーンって感じの表情に変わり、ソニアさんがこいつノリが悪いなって目で俺を見ている。なんか理不尽だ。
「……教会は難しいと思います。光属性の杖はシンボル的な役割がありますから、手放さないでしょう。王家は交渉する事ができれば可能性はあります。ですがお金では難しいです。光属性の杖を手放しても欲しいと思わせるような品物があればなんとかなるかと」
教会は無理でも王家は交渉する事ができれば何とかなるのか。王家と交渉って、お城に行って交渉してくださいって言っても無理なんだろうな。それ以前に国に所属している精霊術師のバロッタさんを通じて脅しを掛けちゃったけど、大丈夫なのか? あとガッリ侯爵を野放しにしていたのも怖い。
……でも俺って結構この国の役に立っている気もする。フラッと訪ねたら大歓迎されたりしないだろうか? ……歓迎される可能性もあるけど、新たな英雄に祭り上げられたりしちゃって、さんざん利用されそうなのが嫌だな。
「マリーさんのお店って王家と伝手はありますか?」
「裕太さんのおかげでポルリウス商会は国と取引があります。財務を担当している方になら紹介する事は可能ですが、王家と直接となりますと難しいですね。王家がどうしても手に入れたいという物があれば、交渉次第で何とかなるとは思いますが」
なんとなく大量のアダマンタイトでも交渉できそうな気がしたが、先にマリーさんに卸すって言っちゃったからな。今更卸すのを止めますって言うのはダメだろう。
「えーっと、今のところ思いつくのは精霊樹の果実、毒物を検知する魔法の食器、ファイアードラゴン、回復の指輪ぐらいですかね? このアイテムで交渉になりますか?」
品揃えは悪くは無いとは思う。でも精霊樹の果実って果実だから一応腐るらしいんだよね。ドリーが言うには精霊樹の魔力が籠った果実なので、数年は食べられるらしいけど、消え物と考えると厳しいかな?
時間停止はともかく、時間の流れが緩やかになる魔法の鞄もあるらしいし、王家なら持っているかもしれない。それだったら精霊樹の果実でも交渉できるかもしれないな。
「……精霊樹の果実を持ってるんですか?」
「ええ、迷宮の宝箱から出たので持ってますね」
「それなら交渉できますよ!」
バン! っとテーブルに両手をついて立ち上がるマリーさん。少し落ち着いて欲しいです。死んでなければなんでも治るってドリーも言ってたし、貴重な物なのは分かってたけど、予想以上に反応が大きいな。
「精霊樹の果実って病気が治るそうですが、王家の人に病人でも居るんですか?」
「王家に病人が居るのかは分かりませんが、精霊樹の果実を持っているって事は国にとって大きなアドバンテージなんです。持っている間は王が病で死ぬ事が無いんですよ? それに他国との交渉にもとても有利になるんです!」
熱く語るマリーさん。でも、王様が病気で死なないってのはいい事だけど、王様が暴君だったりしたら最悪だよな。やっと死んでくれるって思ってたら治っちゃうんだから。
「そうなんですか……じゃあ光属性の魔法の杖と交渉できそうですね」
「違います! そうじゃないんです。大昔、他国の王が重い病にかかった時、精霊樹の果実を送った事で国境線が変わったなんて話もあるんです。精霊樹の果実と光属性の魔法の杖では釣り合いが取れません」
なんか都市伝説みたいな話が出てきた。しかし精霊樹の果実がそれ程のパワーアイテムだとは……二つ持ってるって言ったらどんな反応をするんだろう。それ以前に泉の家にデッカイ精霊樹が生えているんですけど……国にバレたら本気で大陸中から攻められそうだ。
「えーっとですね。釣り合わないって事は他に何か要求した方がいいって事ですか? 何が欲しいとか思いつかないんですけど、どんな物が妥当なんでしょう? 精霊樹の果実は止めておいて、他のアイテムで交渉するべきですか?」
「精霊樹の果実でしたら光属性の杖に爵位を要求しても通りますね。他のアイテムだとファイアードラゴンでは足元を見られるかもしれません。前に裕太さんが卸した素材も国がかなりの量を手に入れてますし、裕太さんならまた倒せると知ってますから、もう一匹増やせとか言われるかもしれませんよ」
爵位かー、基本的に面倒そうだし要らないけど、ちょっとだけ男爵とか子爵とか言われてみたい気もする。伯爵にしてくれるって言われたらちょっと心がグラついてしまいそうだ。伯爵ってなんかカッコいいよね。
ファイアードラゴンは足元を見られる可能性があるのか。もっと取って来いって言われたらムカッて来そうだし、足元を見られてシルフィを利用するのは嫌な感じだ。
「では毒を検知する食器と回復の指輪はどうでしょう?」
「それは……」
なんかマリーさんが言い辛そうに顔を伏せた。何かやらかしたのか?
「どうしたんですか?」
「あの、その二つのアイテムは確かに貴重な物なのですが、裕太さんが万能草や神力草を卸してくださいますので……その二つのアイテム価値が少し下がってしまっています。もちろん毒は回避できた方が確実なので価値はありますが、回復の指輪の方は、欠損まで回復できる回復薬がありますから……」
……最上級の万能薬があれは大概の毒は大丈夫だ! 回復の指輪? それって欠損まで治せるの? って事らしい。王家なら量がある程度出回っていれば、薬の類いは簡単に手に入るだろうな。即死系統の毒を回避できる食器は強みになりそうだけど、王家なら毒見が居そうだし、症状がゆっくり出る毒なら万能薬が間に合う。
なんてこった自分が卸しまくった薬草が、自分の魔道具の価値を損なってしまったとは。変なところで足を引っ張られてしまったな。
「でも最上級の万能薬でも病気は治りますよね? 精霊樹の果実も価値は下がるんじゃ?」
「最上級の万能薬ならある程度の病には効果がありますが、死病までは治りませんから、価値が下がると言う事はありません」
万能薬って言っても万能じゃ無いんだ。それでもある程度の病ってどの程度なんだろう? まあ、ヴィータが居てくれるんだし、俺の場合は何とでもなるか。
「えーっと、できれば早く杖を手に入れたいので、精霊樹の果実で交渉したいと思います。それだけ価値がある果実なら、無理を言って素早く交渉の席に着く事ができますよね? 時間が掛かるのなら他の国に交渉に行くって言えば相手も焦りそうなので時間が短縮できますから」
偉い人に会うとか、アポを取っても何日も待たされるのがパターンだ。別に数ヶ月待たされようとも待てばいいだけなんだけど、ドリーに頼めば手に入る精霊樹の果実で、時間短縮できるのなら悪くないと思う。光属性の魔法の杖が手に入れば、死の大地に聖域ができる。ベル達もジーナ達も大喜びだな。ちょっと偉い人に会うぐらいの面倒は我慢しよう。
「精霊樹の果実ならそれも可能ですが、ついでに爵位も要求されますか?」
「いえ、国に縛られるのは面倒ですから光属性の杖だけでいいです。あんまり条件を付けて交渉がややこしくなるのも嫌ですから、即日の交渉と精霊樹の果実と光属性の杖の交換って事で纏めたいですね」
何度も偉い人と会うのはストレスが溜まりそうだ。他に欲しい物も思いつかないし、シンプルに行こう。上手く行けば帰る前に杖が手に入るからな。そして一番のメリットは交渉で杖が手に入れば、物欲センサーも関係ない。被りに苦しむ事無く確実に杖が手に入るんだ。大きなメリットだ。
「もったいないですが、裕太さんがそう仰るのなら私が口を挟むべきではありませんね。紹介状をご用意致しますか?」
そう言いながらもマリーさんの顔が少し悔しそうだ。もし自分の手元に精霊樹の果実があれば、限界まで搾り取るのにって顔だな。
マリーさんに交渉もお願いして、光属性の杖を手に入れて貰う事も考えたけど、王都と迷宮都市の往復だけで時間が掛かる。それに俺本人が行かないと、王家も圧力を掛けやすそうだよな。
「はい、お手数ですがよろしくお願いします。内容は先ほど言いましたように、即日の交渉と、精霊樹の果実と王家が所有している光属性の杖との交換でお願いします。あっ、王家が所有している光属性の杖の中で一番品質がいい物って事でお願いしますね」
危ない危ない。光属性の魔法の杖であっても、品質が悪かったら意味が無いからな。杖と交換する時にはノモスにも付き合って貰おう。
「分かりました。お急ぎのようですし、直ぐに父に用意してもらいます。今からソニアを向かわせますのでアダマンタイトを卸して頂いている間に届くと思います」
「助かります」
マリーさんがソニアさんに聞いてたわねっと言うと、ソニアさんは頷いて部屋から出て行った。なんか阿吽の呼吸って感じだな。
「それで……裕太さんは、精霊樹の果実を今、お持ちなんでしょうか?」
おそるおそると言った感じで尋ねてくるマリーさん。精霊樹の果実が見たいんだろうな。
「ええ、持ってますよ。見ますか?」
「是非!」
だよね。マリーさんの前に薄っすらと光るマスクメロンを取り出す。
「こ、これが精霊樹の果実。色と形は本で読んだ通りですね」
直接手で触れるのを躊躇ったのか、前のめりに精霊樹の果実に顔を寄せ、じっくりと観察するマリーさん。クンカクンカと鼻息が聞こえる。
「ああ、素晴らしく甘い香りです。これが精霊樹の果実の香り! 裕太さんありがとうございます」
うっとりとした表情でお礼を言うマリーさん。そんなにいい香りなのか、手に入れた時は海だったし匂いはあんまり気にしなかったな。果実を手に取り俺も匂いを嗅いでみる。本当に甘い匂いがするな、しかも見た目も匂いもメロンだ。なんだか食べたくなって来たが、ここで食べたらマリーさんが絶叫するだろう。
「あっ、そう言えばマリーさんに見て欲しい物があるんですよね」
精霊樹の果実を収納し、少し残念そうな顔のマリーさんに次の質問をする。
「見て欲しい物ですか? なんでしょう?」
「これです!」
ドンっと綺麗に魔石だけ抜き取った、ゴブリンのアダマンタイトゴーレムを魔法の鞄から取り出す。こちらに向かって斬りかかってくる表情に迫力があって素晴らしい。芸術的な体勢で魔石部分だけを壊すのは苦労したもんな。
「これは……アダマンタイトの像ですか? なぜゴブリンなんでしょう?」
「それは八十一層以降で出るゴブリンのゴーレムなんですよ。魔石だけ壊したのでその状態で固まったんです。ただのアダマンタイトよりも高く売れたりしませんか?」
俺の言葉にマジマジとマリーさんが像を観察する。
「この量のアダマンタイトですとそれだけで相当な価値になります。確かにこのゴブリンのゴーレムは精巧にできていますが作ろうと思えば作れますし、よっぽど物好きでなければ購入する事は無いと思います。残念ながら欲しがりそうな方を知りませんが、探してみましょうか?」
……完全にシルフィが言った通りの内容を、マリーさんからも言われてしまった。チラッとシルフィを見るとドヤ顔している。なんかチョットだけ悔しいです。
「いえ、手間が掛かるのであれば普通にアダマンタイトとして卸しますから大丈夫ですよ。じゃあそろそろ倉庫の方に移動しましょうか」
「分かりました。ではご案内します」
マリーさんの案内で馬車に向かう。満足いくゴブリンの像を手に入れる為に頑張ったけど完全に無駄骨だったな。
読んでくださってありがとうございます。