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二百二十六話 ガッリ親子2

「ぷふぁーー! 父上、働いた後の酒は美味いですな」


 我が最愛の息子ダブリンが、目の前で美味そうに安酒を飲み干して語る。過酷な労働と粗末な食事でふくよかだった体型も細ってきておる。それと同時に貴族としての心構えも失っているのではないか?


 由々しき事態だ。儂の息子ともあろう者が貴族の誇りを忘れ、働いた後の酒が美味いだと? この何が入っているかも分らぬようなエールがか? このまま手をこまねいておれば、栄光あるガッリ家の嫡男が平民のような思想に染まりかねん。今後の行動を迷っておったが、時間のかかる選択肢を選ぶのは危険だな。


「ダブリンよ、今後の行動が決まったぞ」


「おお、どこかに飲みに行くのですか? 私は親方からいい店を教えて貰いましたので、案内いたしますぞ!」


 頭が痛い。何故こやつは一ヶ月程度しか経っておらぬのに、早々と平民の暮らしに順応しておるのだ? これまでの栄光を忘れたのか? 多数の臣下を従え逆らう者を踏みつぶし、快適な屋敷に美酒と美食、不自由の無い儂等に相応しい生活を本気で忘れたとでも言うのか? 確認せねばならぬな。もし本気で平民に染まったのであれば、儂はダブリンを切り捨てねばならぬ。


「……ダブリン。お前は今の生活に満足しているのではあるまいな?」


「はは、父上もおかしな事を仰いますな。私が今の生活に満足しているなどあり得ぬ事です。……ですが父上、私は最近少し楽しいのですよ」


「楽しいだと?」


「ええ、私の人生でこれ程ままならぬ事は今までありませんでした。ですがこのような屈辱に塗れた生活の中で、私達に無礼を働いた者達に死ぬよりも辛い苦痛を与える。そう考えるだけで何故か心が浮き立つのです。私はこれほど強い欲求を持ったのは生まれて初めてなのですよ。父上、私は今、生きている実感と言う奴を味わっているのかもしれません」


 親である儂が初めて見る、心の底から笑うダブリンの顔……ふむ、そう言う事か。ダブリンには何不自由の無い生活を与えたつもりであったが、望めば全てが叶う、そんな生活に飽きておったのかもしれぬな。生まれて初めて追い込まれた事で、退屈していた心が揺さぶられたと言う事か。


 儂等をこのような目に遭わせたものを許すつもりは毛頭ない。必ず探し出して地獄を見せてやる事は変わりないが、責め苦を与えた後で儂自ら首をハネるぐらいの栄誉を与えてやっても良いかもしれんな。


「そう言う事であったか。あまりにも楽しそうなのでな、貴族の誇りを忘れたのではと心配したぞ」


「さようでしたか。心配をお掛けして申し訳ありません。私はガッリ侯爵家の次期当主、父上の期待を裏切り貴族の誇りを忘れるなどありえません。どうぞご安心を」


「うむ、我が最愛の息子ダブリンよ。その心構え、父は嬉しく思うぞ」


「ありがとうございます父上。それで今後の行動とは?」


「そうであったな。本来であればお主は剣を握る必要などなく、後方から指示を出すだけで良かったのだが、こうなっては仕方あるまい。冒険者をしながら外でお主に剣を教える」


「剣をですか?」


「そうだ。ある程度実力をつけ、商隊等の護衛をしながら祖国に向かう。レベルはある程度高いのだ、そう時間は掛かるまい」


 部下に迷宮で魔物を捉えさせ、ダブリンに止めをささせる事でレベルを上げさせておるからな。荷運びで体を動かす事に慣れておるし、ある程度戦えるようになるまでそれ程時間は掛かからんはずだ。命の危険がある町の外に出る事に不安はあるが、このさいしかたがあるまい。 


「……なるほど実力をつけ、商隊等の護衛をしながら祖国に向かうのですか。祖国に近づけば近づくほど私達を知る者が増えますし、手紙を届ける事も可能になるかもしれませぬな」


「そう言う事だ。明日は武器と防具を揃え、簡単な依頼を受けながら武器の使い方を教える」


「はっ」


 武器や防具、安物しか手に入らんであろうな。ガッリ家の者がそこら辺の安い武器を手に取る事になろうとは……戦いの勘も取り戻さねばならぬし面倒な事だ。父上が敵国を散々に打ち破り、もはや儂が戦う事等無いと思っておったのだがな。


 ***


 十日の間、町の外に出る依頼を受けながらダブリンに剣を教える。基本の剣の振り方と敵との間合いの取り方、回避など本当に基礎的な事だけだ。


 例えレベルが上がっていても技術は一朝一夕には得られない。一人前になるまでこの町に留まる訳にもいかぬ。そろそろ護衛の依頼を受けるか。


「ぎゃはははは、おっさん達、親子で冒険者なのか! しかも親父の方は良い年じゃねえか、それでFランクの冒険者って、もう死んだ方がいいんじゃねえのか? ぎゃははははは」


 剣に手を掛けるダブリンを止める。少しでもクリソプレーズ王国に近づく為に受けた護衛の仕事。一発目のメンバーがこのバカ共か……冒険者などしょせんゴロツキの集まり、期待はしてなかったが不愉快である事は変わりない。


 しかしDランク程度でよくもまあこれ程威張れるものだ。確かにこやつらは若いが、それでも二十歳を過ぎておる。儂は冒険者について詳しい訳では無いのだが、こやつらも落ちこぼれなのだろう。どうにかして自分よりも下の相手を見つけ、威張りたいのであろうな。その対象が儂等である事が激しく不満だ。


「おいおい、ビビッて声も出ねえのか? こんな奴らに仕事を回すなんてギルドも何を考えてるんだろうな。おいクソ親子、お前達に期待はしてねえからせめて俺達の足を引っ張るんじゃねえぞ。足手まといになったら殺すからな」


「父上……」


「あ奴らはドラゴンロードと言うパーティーだそうだ。分かるな?」


「はい、絶対に忘れません。国に戻ったら直ぐに手配します。しかしこの調子で罰を与える者が増えますと、国に戻っても忙しいですな」


「仕方あるまい。例え儂等の事を知らずとも、働いた無礼には相応の報いをくれてやらねばならん。あ奴らには誰に無礼を働いたのかしっかり分からせてやるのだ」


「もちろんです。その時が楽しみですね父上」


 良い顔で笑うようになったものだ。苦しい旅ではあるが、この苦難を乗り越えクリソプレーズ王国にたどり着けば、一回りも二回りも成長し、ガッリ侯爵家次期当主として相応しい男になるであろう。息子の成長に気分よく商隊の後方を歩く。


 いかん、考え事をしている場合では無いな。盗賊なんぞに殺される訳にはいかんのだ。油断せずに周囲に気を配らねばな。


「おっさん、今日はここで野営だ。お前らは役に立たねえんだから、見張りぐらい親子でやれ、分かったな」


 ふざけた事を言い、さっさと立ち去るドラゴンロードのリーダー。ふむ、切り殺したくなるな。


「父上。殺しましょう」


「儂も賛成したいところではある。だがよいかダブリン、心して聞け。目先の怒りに囚われ果たすべき目的を忘れてはならん。ここであ奴らを殺せば気分は良くなるであろうが、冒険者の資格を失い国に戻る事が難しくなる。そうなってしまえば他に罰を与えるべき者達がのうのうと生き延びる事になるのだぞ。お前はそれで満足なのか?」


「……いえ、申し訳ありません父上。まずは国に戻る事に全力を注ぐべきでしたな」


「その通りだ。これからも不快な事はあるであろうが必ず国に帰り着き、無礼を働いた分だけ上乗せして罰を与えれば良いのだ。分かったな」


「はい、肝に銘じておきます。それとあ奴らに相応しい罰を考えておきましょう。十日程眠れぬように拷問するのはどうでしょうか?」


「十日か。気が狂ってしまっては、自分の罪を自覚できん。儂等に対する無礼を自覚させる為には休憩も必要な事を忘れるでないぞ」


「なるほど、ただ苦しませるだけではダメなのですね」


「そう言う事だ」


 親子の楽しい語らいで見張りの夜は過ぎて行く。不愉快な事は多いが、こうして最愛の息子と夜を明かしながら語らうのは悪くないな。


 ***


「ふう、ようやく終わったか」


「大変でしたな。まさかあそこまで無礼な者が存在するとは思いませんでした。先が思いやられます」


 ダブリンも疲れているようだな。今は動けぬと頭では理解をしていても、心で納得するのが難しいのであろう。儂もあのようなゴミ共に顎で使われて、血管が切れそうになった。


 ゴブリンぐらい自分で始末すればいいものを、わざわざ儂等を呼びつけ戦わせおって。良い経験になって良かったな、ぎゃははは! だと。ゴブリンごときがたいした経験になるか。


 儂等は冒険者ランクが低く、長距離の依頼は中々受ける事ができん。コツコツとクリソプレーズ王国方面に向かわねばならんのがもどかしい。


「先が思いやられるのは確かだな。本来であれば拷問に立ち会う等、高貴な儂に相応しくは無いのだが、あ奴らは特別に儂自ら痛めつけてくれよう」


「父上、私も参加しますぞ」


「二人でやるか」


「はい!」


「あ奴らを散々苦しめた後は、生きたままゴブリンのエサにする予定だ。勢いあまって殺さぬように注意するのだぞ」


「おお、あ奴らがバカにしていたゴブリンのエサにするのですか。見逃せぬ喜劇になりそうですな」


 喜劇か、確かにあの無能共が泣きわめきながらゴブリンのエサになる。三流の喜劇ではあるが、殊の外楽しめるであろう。最近、誰かに罰を与える事しか考えておらぬ気がするな。しかしこの事が祖国に帰り着く為の原動力の一つになっておる事は間違いない。くじけぬ為にも素晴らしい拷問を考えねばな。


「よし、では次の依頼を探すぞ。ダブリンは周辺の情報を集めるのだ。盗賊の情報と戦争の情報は重要だからな」


 儂等は死ぬわけにはいかん。まだまだ剣の腕が頼りないダブリンを抱えて盗賊に襲われるのは危険過ぎる。多少遠回りで依頼料が安くとも安全な道を選択せねばならん。国に戻ったら八つ当たりで盗賊相手に軍を派遣するのもいいかもしれぬな。儂に気苦労を掛けておるのだ、徹底的に狩りだしてやろう。


「分かりました」


 依頼が決まり、保存食の買い出しが終われば、今日は宿で一杯やるか。安い酒だがこれ程疲れておるのだ、少しはマシに感じるであろう。本当の祝杯は国に帰り、最高の酒と最高の料理でだな。

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 性根最悪だけど、問題行動を起こしてないってなんか笑えてくる面白さがある。やってることは、めっちゃ建設的で現実的なのに。 蠱毒かな?
[一言] なんかこのクソ親子、心根とか言ってる事は最低だが不思議な爽やかさあるのは何故だ?!国に帰り着くころには伝説の一つでも作っちゃってたりして。 サクっと首を落とさなかった裕太、ナイス。
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