二百十六話 ウルって来た
ようやく迷宮から出た。今回の迷宮探索は八十層まで攻略できたし、闇の魔法の杖も手に入った。結構順調かな? 次からは英雄達が諦めた八十七層以降の探索になる。宝箱がザックザックにボス戦のボーナスもあるらしいから、ウハウハだな。
(じゃあ、とりあえず宿に戻ろうか)
迷宮から出て、背筋を伸ばしながら小声でシルフィ達に伝える。サラ達が居そうな層はシルフィが確認してくれたけど居なかったから、サラ達も迷宮から出ているんだろう。夜だし宿でゆっくりサラ達の探索結果を聞かせて貰おう。
「お帰り! 怪我もしてないようだね。無事で何よりさ」
宿に入るとマーサさんが出迎えてくれた。ちょっと遅い時間だから、お客さんが減って手が空いていたようだ。
「ええ、無事に帰って来れました」
「ジーナちゃん達はもうご飯を食べて部屋で休んでるよ。しかし凄いねえ、あの子達、冒険者の間で噂になっているみたいだよ。この宿に来る冒険者達も何とか話しかけようとしているけど、あたしがガードしているから心配しなくていいよ」
「そ、そうなんですか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
やっぱりジーナ達も宿に戻っていたか。って言うか十日やそこらで注目を集めたのか? 無事みたいだし、無茶をするようなタイプではないから、普通にやっていたのに目立ったのかな?
「宿のお客さんでうちの旦那の弟子なんだ、守るのは当然さ。気にしなくていいからね」
相変わらずマーサさんは気っ風が良いな。でもトルクさんの弟子の前に、俺の弟子でもあるって事は忘れないで欲しい。油断していると弟子が二人奪われてしまいそうだ。俺も頑張ろう。
「ありがとうございます」
「気にしなさんな。そう言えば、あんた夕食はどうするんだい?」
俺は食事をとって無いけど、注文しても一人分しか頼めないから手間が増えるだけだな。部屋に戻って魔法の鞄の料理を食べよう。
「俺も食べたので、今日の食事は大丈夫です。ああ、明日解体に出す予定なんですが、美味しいらしい魔物を手に入れたので持って来ますね。トルクさんにも伝えておいてください」
「新しい食材かい? 何の肉なんだい?」
「エンペラーバードですね。本ではとても美味しいお肉って書いてありましたから、楽しみなんですよ」
グレートエンペラーバードの肉も楽しみだけど、ドラゴンのお肉と同じで先にグレートエンペラーバードの肉を味わうと、普通のエンペラーバードのお肉が味気ない物になる可能性があるからな。順番は大切だ。いい加減ファイアードラゴンのお肉も食べたいけど、アサルトドラゴンクラスであの味だ。
ファイアードラゴンを食べると、他のお肉で満足できなくなりそうで怖いんだよな。トルクさんにもファイアードラゴンのお肉を持って行くって言ってあるから、いずれは食べる事になるんだけど……ちょっとふんぎりがつかない。
「聞いた事無いねえ。でも、うちの旦那なら知ってるだろうさ。あとで伝えておくよ」
「よろしくお願いします。ああ、今回はもう一度迷宮に潜る予定なんですが、それが終わったらまたトルクさんに大量の料理を作って貰いたいんですが構いませんか?」
「ん? まあ、旦那も大量に料理が作れて楽しそうだし構わないさ。そう言えば、前に商業ギルドの受付嬢が、あんたに会いたがってるって話をしただろ。時間は取れそうかい?」
そう言えばそんな話があったな。たしか美食のカリスマみたいな感じなんだよな。ベティさんって言ってたっけ。色々な料理や美味しいお店を知ってそうだし、俺も会っておきたいな。
「いつ戻ってくるか分かりませんが、次の迷宮の探索が終わったらで構いませんか?」
「ああ、分かった、伝えておくよ。あの子も会いたがってるんだ、気合で予定は開けるだろうさ」
「はは、そんなに無理しなくても大丈夫ですよ。迷宮から戻って来たら予定は合わせる事ができると思いますので、そのようにお伝えください」
「あいよ」
「じゃあ、部屋に戻りますね」
マーサさんに別れを告げて部屋に戻る。サラ達が噂になるほど活躍してるなんて、どういった状況か気になりまくりだ。幸いな事に悪い噂っぽく無いし、俺の時と違ってちょっと安心かな? まずはジーナに声を掛けて、サラ達の部屋に集まろう。
***
「お師匠様、お帰りなさい」「師匠、おかえり」「おかえりなさい」
「サラ、マルコ、キッカ、ただいま」
出迎えてくれた三人の頭を順番に撫でる。となりではシルフィとドリー、ベル達とフクちゃん達がご挨拶している。かなり賑やかだな。
部屋の中に入り、ベッドを一つ収納させて貰い夕食の準備をする。帰って来て速攻で弟子の部屋で食事を食べる師匠ってのはどうなんだろう? まあベル達もご飯を食べたがってるししょうがないよね。少し多めに食事を出して、ジーナ達やフクちゃん達にも料理を摘まませながら話を始める。
「それで、ジーナ達の迷宮での探索はどうだったの? 困った事は無かったかな?」
「師匠、それなんだけど……」
ちょっと困った顔をしてジーナが話し始めた。何か困った事があったらしい。注目を集めた事か?
「初回の迷宮探索は何の問題も無かったんだ。トロルも問題無く倒せたし、あたしも迷宮の事をサラ達やメルさんに習って、問題無く探索できた。次は湿原まで行こうって話して戻って来たんだ」
初回は問題無かったって事は次から問題が起きたって事なんだろうな。頷きながら話の続きを促す。
「迷宮から出て冒険者ギルドに行って素材を卸したら、とても褒められたんだけど。何故かワルキューレが現れて凄く優しくしてくれたんだ。それで一緒に迷宮に潜ろうって言ってくれたんだけど、あたし達は色々と秘密にする事があるから断ったんだ。でも迷宮内で会ったりして、一緒に行動しようとか言われてちょっと困った」
……まさかここでワルキューレの話が出てくるとは予想外だったな。俺に近づくなって冒険者ギルドからは言われているはずなんだけど、弟子に近づくのは止められて無かったのか? どちらにせよ冒険者ギルドの外では俺に微妙に接近してきたし、弟子に近づくぐらい平気でやるだろうな。
「そんなに何回も誘われたの?」
「冒険者ギルドと迷宮前と十七層で一回ずつ誘われたかな。断ったら直ぐに引いてくれたんだけど、会うたびにこれからも誘われる気がするんだ」
三回か……迷宮の中でまで話しかけてくるとか、偶然会ったから誘ったのか、わざわざ迷宮で探して誘いに来たのかでだいぶ話が変わってくるな。
確実にジーナ達と関係を深めて俺との伝手を作ろうって事なんだろう。でもジーナに聞いた話では、子供が多いジーナ達のパーティーを心配して、善意で協力を申し出ているようにも見える……なんか、怖いんですけど。
変な絡み方をされる前に、ワルキューレを連れて五十層を突破するか? いや、そんな事をしたら更にジーナ達に近づく輩が増えそうだし、冒険者ギルドも調子に乗りそうだ。
うちの子達に近づかないでって言ったら、ワルキューレは冒険者ギルドでも迷宮都市でも人気がある存在だから評判が落ちそうだ。俺の評判が落ちるのぐらい構わないんだけど、精霊術師の評判とジーナ達の評判も一緒に落ちてしまう……なんだこれ、本気で面倒なんですけど。
「うーん、俺が口出しすると、更に面倒になりそうなんだよね。たぶんまた声を掛けられるとは思うけど、俺から他の人と一緒に行動する事を禁じられてるって、ハッキリ断ってみてくれる」
ワルキューレは世間体を気にするタイプだから、ジーナ達に何かするって事も無いだろう。何かしてきたら護衛の大精霊が対処してくれるから、そっちの方が楽な気もするな。
「分かった。でも師匠ってワルキューレに狙われてるのか? 師匠の事もたくさん聞かれたぞ。有名なワルキューレに狙われるって、師匠はやっぱり凄いんだな」
ジーナが変なところで俺の評価を上げている。ワルキューレが腹黒いって事を伝えておいた方がいいのかな? 狙われてるのは狙われてるんだけど、完全に踏み台として狙われてるんだって……。
考えていると悲しくなって来た。俺は一体どうしたらいいんだろう? できるだけ接触を断って知らない間にフェードアウトしたかったのに、相手は弟子に狙いを定めて来ちゃったよ。あとでドリーにもしっかり話を聞いておこう。
「まあ、ワルキューレの人達は、俺に興味があると言うより、五十層以降に興味があるだけなんじゃないかな?」
「そうか、冒険者にとって五十層以降って、特別らしいもんな」
うんうんと頷くジーナ。この子もちょっと素直過ぎる所があるよな。簡単に騙されそうでちょっと心配だ。
「まあ、ワルキューレの事はそれで良いとして、その後の迷宮探索はどうだったの?」
「そうだ! 師匠、ジャイアントディアーを倒したんだ!」
よっぽど話したかったのか、マルコが話をぶち込んできた。
「へー、各層に一匹しか居ないようなのに、よく見つけられたね」
「フクちゃん達が探して来てくれたんだ。それでみんなと頑張って倒したんだ! 冒険者ギルドの人達も凄く褒めてくれた!」
「へー、そんなに褒めてくれたんだ」
「うん、凄く驚いて褒めてくれたんだ!」「ほめられたの!」
マルコとキッカが顔を見合わせてニコニコしている。予想以上にマルコとキッカのテンションが高いな。冒険者ギルドの人に褒められたのがそんなに嬉しかったのか? 俺も結構褒めてるはずなんだが……。
「お師匠様から貸して頂いた魔法の鞄で、ジャイアントディアーとジャイアントトードを丸ごと納品したので、注目を集めたんです。冒険者ギルドの職員さん達が、さすがお師匠様の弟子だと褒めてくださいまして、みんなとても嬉しかったんです」
サラが詳しく説明してくれる。えっ、何、そのウルって来る話。さすが俺の弟子だって、みんなが褒めてくれたのが嬉しかったって事なの? お師匠様泣いちゃいそうなんですけど。
なんてことのない話のはずなのに、師匠目線だとこう言う事にも感動するんだな。小さな子供のお手伝いに、感動しまくっている親の気持ちがちょっと分かった気がする。
涙腺が決壊しそうなのを必死で我慢して、子供達の頑張りを聞く。話では湿原でも問題無く戦えるようだ。メルとメラルは力の差を考えて、ジーナ達だけで倒す、自分で倒す、合同で倒すとシチュエーションを分けてくれたみたいで、しっかり全員の訓練になるように探索してくれているらしい。
次はみんなで三十六層のアンデッド達を目標にするそうだ。ジーナ達はアンデッドを腐るほど倒しているから、経験が無いメル達の為らしい。この子達、直ぐに最前線の火山まで到達しちゃうんじゃないか? 注目を集めるのも当然な気がしてきた。
おかげで精霊術師の評判はかなり上がりそうだけど、無茶をし過ぎないように、しっかり注意しないとな。とりあえず明日と明後日は休みにして、迷宮都市で遊ばせよう。
読んでくださってありがとうござます。