二百十一話 エンペラーバード
迷宮の七十六層に下りると猛吹雪だった。アイスウルフを微妙にカッコ悪い形で全滅させると、続いて俺の前にエンペラーバード……巨大なペンギンが立ちはだかった。
まあ、一軒家並みに巨大だけど氷の大地だし、ペンギンが居てもおかしくないのか? ジャーっとかゴーって音はお腹で雪の上を滑って来た音だったんだな。目の前に立たないで、そのままその巨体で突撃してきた方が危険だったと思うのは俺だけなんだろうか?
しかしあれだ……巨大だけどずんぐりむっくりで何気に可愛い。お腹に乗ってお昼寝できたらジ〇リの世界になりそうだ。
「おっきーー」「キュキュー」「とびこみたい」「ククーー」「まるやきだぜ!」「……」
ベル達も概ね同意見のようだ。可愛いよねペンギン。フレアが物騒な事を言ってるのが気になるが、キラキラした目でペンギンを見つめているので、本気では無いようだ。巨大な魔物が現れたのにホッコリとした時間が流れる。
「ピェーーーーーン」
巨大ペンギンが意外と甲高い声で鳴く。大きいからもっと重厚な鳴き声かと思ってたよ。これはこれで有りだな。
「裕太、動かないの?」
「えっ、なんで?」
疑問に思ってシルフィを見ると、斜め上を指差している。シルフィの指の先を追うと、巨大ペンギンが大きなヒレを高々と掲げている。
「もしかして、あのヒレで叩くつもりなのかな?」
「ええ、叩くつもりね」
って言うかもう振り下ろし始めてるよね。焦ってワタワタと雪の上を逃げ出す。さすがにあの大きなヒレが直撃するとベルの風壁では耐えられないだろう。
バーーーン! 背後に大きな音と振動が起こり、風壁に砕けた氷が当たる。凄い威力だ。
「危なかった、ありがとうシルフィ」
「どういたしまして。ここは迷宮なんだから気を抜いたらダメよ」
「うん」
完全に動物園にいる気分になってた。普通巨大な魔物の前で気を抜くなんて事は無いんだけど、ペンギン恐るべし。
「ピッ、ピエーーーー」
俺に避けられたのが気に食わないのか、ドスンドスンと地団駄を踏んでいる。見た目は可愛いが、地団駄で起こる振動が可愛くない。体が浮き上がってるように感じるんですけど。
次は逃がさないとばかりに、巨大なヒレを再び振り下ろしてくる巨大ペンギン。今度は慌てないで迎撃しよう。振り下ろしてくるヒレにタイミングを合わせ、最大サイズの魔法のハンマーを全力で叩きつける。
……さすが魔法のハンマー。大きなヒレを鈍い音を立てながら弾き飛ばした。予想外の出来事だったのか、バランスを崩して転がる巨大ペンギン。ペンギンのヒレに骨が入っているか知らないが、鈍い音がしたし骨らしき物は砕けているだろう。
「ピギャーーー」
痛かったのかゴロンゴロンと転がる巨大ペンギン。何だかとっても悪い事をした気になる。ジャイアントトードとかアサルトドラゴンだと、全然こんな気持ちにならなかった。魔物でも可愛いって事は、それだけで武器になるんだな。
でも、可愛いからってこの状況で逃がすのも違うんだよな。ゴロゴロと転がる体に巻き込まれないように近づき、魔法のハンマーでトドメを刺す。
そのまま頭にハンマーを叩き込んだが心が痛い。でも首を切り裂くのも惨いよな。これからはできれば避けたい魔物なんだけど、お肉が美味しいらしいからそう言う訳にもいかない。地球ではペンギンを食べる話を聞いた事無いし、脂肪が凄いらしいから美味しくなさそうなんだけど、この世界のペンギンは違うらしい。
そう聞くとペンギンの味ってちょっと気になるよね。他にもクチバシや羽毛、油など捨てる場所が無いらしい。たぶんマリーさんが大喜びするだろう。
巨大ペンギンを魔法の鞄に収納し、少し凹んだ気分をベルのホッペをモニュモニュして癒す。何故かムーンが対抗するかのように俺の前に浮かぶ。……もしかしてモニュモニュしろって事かな?
よく分からないがとりあえずムーンもモニュモニュしてみる。うん、素晴らしい感触だ。なんだかムーンも喜んでいるみたいだし、たぶんベルと言えどモニュモニュは譲れないって事なんだろ。ムーンの事がちょっと分かった気がする。
***
「ふーー、やっと階段に到着したー」
「ふふ、確かにちょっと苦戦したわね。でも頑張ったのは偉いわよ」
「はは、ありがとう」
俺の愚痴に、シルフィが褒めてくれる。なんとなく子供を褒めるような褒め方なのは気にしないでおこう。
外が猛吹雪だと景色が変わらないから退屈だった。シルフィに頼めば吹雪を止めてくれるし、階段まであっという間に連れて行ってくれたんだろうけど、自分達でやるって言ったからしょうがないよね。
アイスウルフやエンペラーバード、アイスゴーレムやホワイトエイプも倒しつつ、しばらく歩き回ったが、変わらない景色に飽きて、ベル達に階段を探しに行って貰った。
いつものように「きょうそうー」と言って散らばるベル達。今回はベルが一番最初に見つけてきた。視界が悪い中、トップで見つけてきたのは風の精霊の面目躍如だな。ものすごく喜んでいたので、ものすごく撫で繰り回しておいた。
「じゃあ、階段を下りるよ」
「はーい」「キュー」「おりる」「クー」「……」
おろ? フレアからお返事がない。どうしたんだ? フレアを見ると、胸を張って腕を組んだまま、ふよふよと俺の前に出てきた。一生懸命にイフのマネをしている姿が微笑ましい。
「フレア、どうしたの?」
「たいくつだぜ!」
ニヒルっぽい雰囲気を頑張って出そうとしながら、言い放つフレア。出てないけど。んーっと、何が言いたいのかは俺が考えるべきなんだろうな。イフをマネしている事と退屈と言う言葉、今までの行動で推理してみる。
「フレアも戦いたいの?」
「うん! ……あたりまえだぜ!」
一瞬素が出たな。でも俺は大人だからツッコまない。
「分かった。じゃあ下りたら今度はみんなに戦って貰うね」
「まかせな!」
フレアが言った後ろで、タマモとムーン以外も喜んでいる。ムーンは戦いたがらないから分かるけど、タマモは……そう言えばこの層に植物が生えてないから、タマモは戦えないのか。
「タマモとムーンは戦えないから、ベル達が戦っている間に宝箱を探してくれると嬉しいんだけど、できるかな?」
「ククーー」「…………」
俺の言葉に喜んだタマモとムーンが、両サイドからホッペにスリスリしてくれる。左のホッペはモフモフ、右のホッペはプルプルで素晴らしい。感触の宝石箱やーって感じだ。そのままタマモとムーンを装備したまま七十七層の階段を下りる。
「……本当だったら七十六層でこの光景が見れたはずなんだよね?」
「そうね。吹雪いているのは珍しいみたいだから、同じような光景だったんじゃ無いの?」
「だよね。できればこの光景の方を最初に見たかったな」
光を反射してキラキラと輝く氷の大地。陳腐な表現かもしれないが幻想的だ。雪が無いだけで相当雰囲気が変わるな。
七十六層も吹雪いて無ければ、何処までも続く銀世界だったのかもしれないけど、吹雪いてない雪景色のパターンは本に書かれて無かったし、この迷宮では見る事ができない景色なのかもしれない。吹雪が止んだ直後なら見られるのかな?
「まあ、確かに綺麗よね」
「はやく!」
景色に見とれていると、フレアから急かされてしまった。早く戦いたいようだ。
「ごめんごめん、じゃあ行こうか。タマモとムーンは宝箱を探して来てね」
「クーー」「……」
飛び立って行くタマモとムーンを手を振って見送り、氷の大地に足を踏み入れ……足がズルっと滑った。雪が無くて氷に直だと、ものすごく危険だ。スケート靴があればとも一瞬思ったが、平らな地面じゃ無いからダメか。慎重に進むしか無いな。
吹雪が無い時は視界が開けているが、雪が無いから歩き辛い。さすが迷宮、どちらにしても一筋縄ではいかない。
「ゆーた、だいじょうぶー?」
ベルがハンマーを杖代わりに、ヨタヨタと歩く俺を心配している。大丈夫と言えば大丈夫だが、大丈夫じゃ無いと言えば大丈夫じゃ無いな。この調子だと八十層に到着するのにいつまでかかるか心配でならない。
「まあ、大変だけど頑張るよ」
「がんばれー」「キュー」「きあいだぜ!」
ベルとレインとフレアが応援してくれる。お礼を言おうとすると、袖をクイっと引かれた。
「トゥル、どうしたの?」
「いらないおなべだして」
「お鍋?」
なんでここでお鍋を出すのか分からないが、言われた通りに使っていないお鍋を出す。
「こっちのあしを上げて」
よく分からないが言われた通りに右足を上げる。ハンマーの支えが無かったら転んでしまいそうだ。上げた足の裏にトゥルがお鍋を当てると、ドロっとお鍋が崩れて俺の靴にまとわりついた。
「できた」
トゥルが言うので、靴を見てみると靴の上部分は紐のように金属で覆われ、靴の裏は金属のトゲトゲが生えている。これってスパイクじゃん。
「これですべらない」
「ホントだ! 凄いよトゥル。金属の加工もできたんだね」
「かんたんなのならできる」
そうだったんだ。魔法の時に鉱物の槍は時間が経つと消えるって言ってたから、てっきり金属の加工は無理だと思い込んでた。元になる金属があれば消えないか……考えてみれば当然の事だよね。
「こっちも」
「ああ、お願いね」
左足を上げると同じように靴に金属が絡みつき、スパイクが完成する。まあ、留め金とか無いから靴を脱ぐ時はトゥルに頼むしかないけどね。でも十分過ぎるぐらいだ。
「トゥル、ありがとう」
感謝を込めてトゥルの頭を撫で繰り回す。ちょっとくすぐったそうに微笑むトゥルは、たぶんショタ属性持ちにはドストライクだろうな。
「トゥルのおかげで動きやすくなったから、改めて出発しようか」
ベル達に声を掛けて、トゥルが作ってくれたスパイクで氷の大地を踏みしめる。ガリッっと氷の大地にトゲが食い込み、力を入れても滑る事が無い。普通の地面を歩くよりかは歩きにくいが、これなら走る事もできそうだ。氷の大地の探索が楽しみになってきた。
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