二百十話 七十六層
ジーナ達にメルを加え迷宮に送り込み、俺は単独で先に進む。単独って言ってもシルフィとベル達は一緒なんだけどね。完全に単独だと、たぶん寂しくて十六層あたりで引き返す自信がある。
「まっしろーーー」「キューーー」「しょうげき」「クーーー」「でばんだぜ!」「…………」
「うん、真っ白だね」
迷宮に入って四日目。初日に七十層に到着し一泊。二日かけて七十一層から七十五層の洞窟を抜けた。英雄達も洞窟はしっかり探索したのか宝箱が発見できずかなりガッカリだ。
六十一層から六十五層は、水が溢れていたから英雄があんまり探索してなくて、宝箱が沢山あったのを思うと、七十一層から七十五層も宝箱が沢山あったんだろうな。一つぐらい残しておいて欲しかった。
残念に思いながらも七十六層に降りると……真っ白な世界が広がっていた。おかしいな、英雄の本に書いてある情報ではこの現象はめったに起こらないって書いてあったのに、初日から遭遇してしまった。
「裕太、吹雪いてるわね」
「うん、本に書いてあったように、氷の大地が広がっているのを想像していたけど、吹雪いてるのは予想外だったよ」
北極とか南極みたいな景色が広がってると思ってたんだけど、ホワイトアウトしてた。あれ? ホワイトアウトって山の現象だっけ? 猛吹雪って事にしておくか。
……でも、この場合どうしたらいいんだろう?
「シルフィ、例えばだけど、吹雪の風を止められたりする?」
「ええ、止められるわよ。止める?」
聞いてみたらあっさりできると答えるシルフィ。なんてことないって感じだし、簡単そうだ。問題はこの猛吹雪を止めて貰うかだな。ここまで飛んで連れて来てもらってるから今更だけど、猛吹雪を止めて貰うのは頼り過ぎになるんだろうか? ……まあ、ベル達のテンションも上がってるし、せっかくだから猛吹雪の世界を体験しておこう。
「とりあえず俺とベル達で頑張ってみるよ。無理だったら助けてね」
「ふふ、分かったわ。私は手を出さないから頑張ってみなさい。あっ、裕太を覆っている風の層はどうする? 外したらさすがに寒いわよ」
そう言えば吹雪の中に入ったのに、俺の周辺には雪が入って来てないよな。シルフィには俺の周辺を快適な温度に保って貰ってたんだった。手を出さないって事は快適空間も失ってしまうって事か。
「ねえ、ベルでも俺の周辺を快適な温度に保てるのかな?」
「べるできるーー」
ベルの話が出たからか、隣で聞いていたベルが手を挙げて参加してきた。自信満々だな。
「そうね、ベルでもできるわよね。でも少しぐらいの寒さなら問題無いけど、この吹雪の中だとちょっと大変かもしれないわね」
ベルのホッペをモニュモニュしながら優しく言うシルフィ。いいなベルのホッペをモニュるのは楽しそうだ。次は俺もベルのホッペをモニュモニュしよう。
……じゃない。ベルだとこの猛吹雪で俺の周りを快適に保つにはちょっと大変なのか。よく考えて見れば常に負荷が掛かる状況だし、大変なのも当然だな。
「申し訳ないけど、俺の周りの温度を保つのはシルフィにお願いするよ。でも一応、何もしてない時の温度も体験しておきたいから、ちょっとだけ風を解いてくれる?」
「構わないけど、マグマの川の近くに寄った時みたいになると思うわよ?」
……そう言えばあの時はヤバかったな。火傷するかと思った。あの時と同じパターンは勘弁だが、怖いもの見たさでちょっと体験したい。
「えーっと、ちょっとだけって事でお願い。頼んだら直ぐにかけ直してね」
「ふふ、分かったわ。じゃあ解くわね」
「うん」
シルフィが軽く手を振ると、真っ白世界が一気に迫ってくる。あっ、分かってたけどこれってダメなやつだ。空気が痛い。別に冬用の服を着ている訳じゃ無いから、一瞬で体温が奪われ、耳が千切れそうに痛い。周りが見えないとかもうどうでもいい。
「シ、シ、シルフィ、お願い!」
歯をガチガチ鳴らしながらシルフィに頼むと、温かい風が俺を包み、吹雪が押し退けられていく。
「大丈夫?」
「う、うん。もうちょっとしたら大丈夫になると思うけど、い、今はダメだね」
「しょうがないわね」
そう言ってシルフィが手を振ると、周辺の空気の密度が上がるような感覚と共に、ストーブの前のように体の周りがポカポカしだした。とても温かい。
「あ、ありがとう。だいぶ温かくなったよ」
落ち着くと周りの声が聞こえてくる。
「すごかったーー」「キュキューー」「まっしろ」「クククーー」「ひのてきじゃないぜ」「……」
どうやらベル達は吹雪が楽しかったらしい。寒さを感じなければ、あの吹雪も楽しいイベントなのかもしれないな。
「とりあえずシルフィ。本当にありがとう」
失って初めて分かるありがたみって言葉を、初めて実感した。お礼はちゃんと言っておかないとな。……いや、調味料とか日本での娯楽とか、失いまくって物凄く実感してたな。
「ふふ、どう致しまして」
「じゃあそろそろ攻略を開始しようか。この天候だと宝箱を探すのは難しそうだし、魔物を倒しながら階段を探そう。ベル、風壁はお願いね。初めて見る魔物は俺が倒すから、相手の居場所だけ教えてくれ」
「わかったー」「キュキュー」「りょうかい」「ククーー」「ゆずってやるよ!」「……」
海と違って残ってる宝箱は少ないだろうから、戻って来る時に天気が良ければベル達と宝探しをすればいいだろう。久しぶりに魔物を倒す為に魔法のハンマーを取り出し、肩に担いで猛吹雪の中を出発する。
俺が動くと吹雪いていない空間も動くのでとっても楽だが、ここまでして貰ってるなら、猛吹雪を納めて貰った方がいい気もする。……気持ちの問題と言う事でこのまま頑張ろう。頑張ってる感って大事だよね。
でも地面は雪の下が氷だから歩き辛い。アイゼンみたいな靴があれば便利そうだけど……いや、山ならともかく平地なんだから、どっちもどっちか。必要なのは長靴だな。ゴム製品を見た事無いけど。
あれ? ジャイアントトードの皮を靴の裏に張り付ければ商売になるんじゃ? ……この大陸って暑いから雪は降らないな。今のところ七十六層まで来てるの俺だけだし、商売にならないっぽい。
「ゆーた、しぜんのよろいわー?」
考え込んでいると、ベルからキラーパスが飛んできた。
「……自然の鎧は必要ないかな。強い敵の時にお願いね」
「ぼす?」
ワクワクしたベルの瞳が俺をじっと見つめる。
「そ、そうだね。ボスと戦う時にお願いしようかな」
「いえっさー」
幼女に言質を取られてしまった。なんか情けない。そして自然の鎧と言う言葉にフレアとムーンが食い付いてしまった。頭を寄せ合ってフンフンと相談しだしたって事は、次の自然の鎧はバージョンアップするんだろうな。
「ふふ、ボスと戦うのが楽しみね」
シルフィが楽しそうに俺に言う。好きだもんね自然の鎧。俺は全力で厨二をアピールしているみたいで、苦手なんだよな。昔の心が蘇って封印された……が……とか言い出す事は避けたい。特に疼くって言葉は禁止ワードにしておこう。
「ま、まあ、そうだね。あっ、シルフィ。吹雪は入って来ないけど、魔物も入って来れないとか無いよね?」
「そこら辺は大丈夫よ。ちゃんと調整してあるから一定以上の質量を持っていれば入って来られるわ」
「了解、ありがとう」
シルフィってしれっと凄い事やってるよな。さすが大精霊。とりあえず安心して先に進む。シルフィが作ってくれている吹雪が入り込まない空間は、半径十メートルほどの円形のスペースだ。
ベル達は吹雪との境目が楽しいらしく、出たり入ったりしてキャッキャと遊んでいる。魔物が来ても遊ぶのに夢中でスルーしたりしないよね? 十メートル程度しか視界がきかず地面も氷なので、普段よりもゆっくり歩く。
「ゆーた、たくさんまものきたー」
「了解! どんな魔物?」
「いぬー」
ベルから魔物発見の報告を受ける。ベルがちっちゃな指で指し示す方向に魔法のハンマーを構える。この層で出る魔物はアイスウルフ、ホワイトエイプ、アイスゴーレム、エンペラーバードが基本らしいが、今回はアイスウルフか。
ジッと集中していると幾つもの影が凄いスピードで飛び込んできた。周辺だけ吹雪が晴れている事に驚きもせず、一気に襲い掛かってくる。三方向から同時に飛び込んでくるアイスウルフを、ハンマーで纏めて薙ぎ払う。
「ギャン」と言う悲鳴と同時に氷の粒が飛び散る。おっ、第二陣は突っ込まずに横に飛び、第三陣と合わせて俺を囲んだ。
グルグルと言いながら、いつでも飛びかかれるようにアイスウルフが構えている。大体の特徴は本に書いてあったけど、本当に氷を体に纏ってるんだな。寒そうなんだけど、こんな所に住んでるんだし問題無いんだろう。
横と正面は問題無いけど、後ろ側はちょっと問題だな。普通の地面なら大丈夫なんだけど、雪の上だと勢いよく振り返れば滑って転びそうだ。
「ウオーーン」
アイスウルフの中で後方に控えていて一番大きな個体が吠えると、俺を囲んでいるアイスウルフが一斉に氷の槍を生み出し発射してくる。前と横から飛んできた氷の槍はハンマーで叩き落とし、背後から飛んで来る氷の槍は風壁に任せる。
今の内に走ってハンマーで潰したいが、急ぐと転ぶ。転ばないように慎重に距離を詰めるが、アイスウルフは俺から距離を取り、近づいて来ない。
……この状況って俺だけの力だと詰んでる気がする。遠距離攻撃が無いのは致命的だな。魔法のハンマーを投げるか? もしくは雷の魔法の杖で戦うか? どっちも厳しそうだな。ちょくちょく魔法の杖の練習はしているけど、まだ全然だし……悩みどころだ。
どうしようもないな。次に魔法攻撃が来たら一気に飛び込もう。それでダメだったらベル達にお願いだな。考えていると再びリーダーのアイスウルフが吠え、氷の槍が発射されたので一気に飛び込む。滑る体をなんとかコントロールして一匹のアイスウルフを叩き潰す。
「うわっ」
ハンマーを振るった事で体勢が崩れ雪の上を転がる。一斉に襲い掛かってくるアイスウルフ達。転がったまま飛び込んできたアイスウルフに向かってハンマーを振り回す。重さを感じない魔法のハンマーだからできた荒業だ。
飛びかかって来てくれたから一気に仕留められたけど、毎回こんな感じだと面倒だな。次からはベル達に協力してもらおう。
「ゆーた、まものきたー」
再びのベルの報告。ゴーーっと言うかジャーーって感じの音が近づいてくる。なんの音だ? ……音が間近に迫り吹雪を突き抜け、俺の前に巨大な魔物がドスンっと着地した。
……エンペラーバードか……本に巨大な鳥だって書いてあったけど……ペンギンじゃん! いや、ペンギンも鳥類だし間違ってないのか? 巨大なペンギンを見上げながら思う。なんか納得がいかない。
読んでくださってありがとうございます。