二百七話 事前準備
俺と弟子達の契約精霊全員の絵が完成した。早く絵が見たいベル達に急かされて、速足で宿屋に戻って来たら、マーサさんに捕まった。怒涛のように流れ出てくるマーサさんの話を遮る事ができず、敗北を確信した頃、救世主、豪腕トルクが現れた。
「マーサ、子供達も居るんだ。もう遅いし話してないで休ませてやれ」
神かと思った。
「ん? ああ、そうだね。つき合わせて悪かったね。ゆっくり休みな」
「あはは、いえ、では失礼します」
マーサさんとトルクさんに軽く頭を下げて、一番広いサラ達の部屋に集まる。はやく、はやくと群がるベル達を落ち着かせて、ベッドの上に一枚ずつ絵を並べる。自分の絵が出ると大騒ぎする精霊達と、自分の契約精霊の絵をジッと見つめているジーナ達。
「……シルフィも意外と喜んでる?」
何気にシルフィも騒ぎはしないけど、自分の絵をソッと見つめている。
「ええ、まあね。こんな経験初めてだからちょっと嬉しいわ」
軽く顔を赤らめたようなシルフィの表情……レアだな。でも俺は、シルフィのごく一部分が少し大きく描かれている事が非常に気になる。
普通なら仲間内でキャイキャイと騒ぎになるはずなんだが、誰もツッコミを入れないのは、精霊達が大人だからか? この状況で俺がツッコミを入れると、シルフィが怒る可能性がある上に、他の大精霊も味方してくれないだろう。ウズウズするが、沈黙を守ろう。
ちょっと面白いのはフクちゃんとマメちゃんの絵と、ムーンとプルちゃんの絵だ。フクちゃんとマメちゃんの絵は同じ豆フクロウのポーズ違いにしか見えないし、ムーンとプルちゃんの絵は、距離が違うだけにしか見えない。でもまあ、全員自分の絵が気に入ったのか嬉しそうに眺めている。
「ゆーた、べるにてる?」
「うん、そっくりだよ」
ベルが自分の絵を浮かせて俺に見せにきた。そっくりだと褒めると嬉しそうに笑う。そして定番のごとくベルの後ろにはレイン達が自分の絵を浮かせて並んでいる。全員しっかり褒めないとな。
俺が褒め終わったベルはジーナに自分の絵を見せに行っている。たぶんベル達とフクちゃん達は俺とジーナ達一人一人に自分の絵を見せて回りそうだな。でも絵を持っていれば、姿が見えなくてもベル達の事が理解しやすくなるだろう。改めての自己紹介と考えればいい機会だ。
「ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、自分の契約精霊と他の精霊達の絵を見たけどどうだった? もっと精霊達と仲良くなれそう?」
「ああ、しっかりとシバの事がイメージできるようになったよ。これからもっと仲良くなれると思う」
「お師匠様の言ってた通りフクちゃんとマメちゃんってソックリなんですね。プルちゃんもムーンさんにそっくりで、何だか面白かったです」
「ウリってあんなのだったんだな。イノシシの子供ってきいてたから、もっと強そうなのかとおもってたけど、そうぞうよりもかわいかった」
マルコは想像していたのとちょっと違ったらしい。大人のイノシシをそのまま小さくしていたのかもしれない。
「マメちゃんかわいい!」
キッカはニコニコとマメちゃんの絵を見て喜んでいる。
あとは拠点に帰ったら全部の絵に額縁を用意するだけだな。メルの所の分も作らないといけないし、全部で二十三個の額縁か……ちょっと大変そうだな。でもそれぞれの部屋に精霊達の似顔絵があれば、イメージも鮮明になるだろうし、頑張る価値はあるだろう。
「じゃあ汚したら悲しいし、そろそろ絵を仕舞おうか、遅くなったけど晩御飯にするよ」
ちょっと残念そうに絵を持ってくる精霊達。魔法の鞄に絵を入れてしっかりと保存する。ベッドを一つ収納しそこにテーブルを出して料理を並べる。食べながら明日の予定を話しておこう。
***
「じゃあ、昨日も言った通り今日はジーナ達だけで買い物に行ってもらうよ。明日からジーナ達だけで迷宮に入るんだから、しっかり準備するようにね。あと自分達の部屋のカーテンもついでに買っておいて」
普通の魔法の鞄をジーナに渡しながら言う。鞄の中にはもしもの時の為の金貨三枚と、買い物に使う為の銀貨五十枚が入れてある。かなり多めの金額だけど、足りないよりはマシなはずだ。
「分かった。サラ達にちゃんと話を聞きながら、買い物しておくよ」
「うん、あとはメルを誘いに行った時にユニスって子が居たら、本職の冒険者だから話を聞いてみるのもいいかもね」
ユニスとは仲直りしたはずだし、俺以外になら普通に教えてくれるだろう。問題はメルが参加できる場合は一緒について来そうな事だな。
「お師匠様。ユニスさんに一緒に行くと言われたら、どうしたらいいですか?」
サラも俺と同じ問題に突き当たったようだ。サラもユニスがメルに執着しているところを見ているもんな。
「精霊術の秘密が色々あるからダメって言えばいいよ。俺の事を疑いまくっていた時みたいにゴネたりはしないはずだし……たぶん。もしユニスがゴネたら、俺と相談するって言って戻っておいで」
「分かりました」
コクンと頷くサラ。ちょっと不安そうだけど、大丈夫だよ。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい」
一応ドリーにもついて行ってもらうけど、迷宮に行く訳でも無いのに大精霊に頼るのは、そろそろどうなんだろう? 狙われる可能性は低そうなんだけど、無いと言い切れないのが面倒なんだよね。
そこら辺のチンピラに負ける事は無いんだけど、フクちゃん達だとやり過ぎが怖い。やっぱりもうちょっと安心できるまで護衛をお願いしよう。なんかいつまで経っても子離れできない親の心境を味わっている気がする。
「ゆーた、べるたちはー」
ムーンを頭の上に乗せたベルが聞いてくる。なんか楽しい事を期待している顔なんだが、残念ながら今日は面白い事はありそうにない。
「ベル達はお散歩しておいで。俺は今日、冒険者ギルドに寄ったり買い物をしたりで、あんまり面白い事は無いからね」
「おてつだいない?」
「うん、明日から迷宮に入るから、その時に沢山お手伝いしてね」
「いえっさー」「キュキュッキュー」「いえっさー」「ククックー」「いえっさー」「……」
敬礼のポーズでピシッと返事をしてくれるベル達……ムーンはどうなんだろう? プルプルの動きが変わったけど、戸惑っているのかポーズを取ろうとしたのか分からない。でもみんな満足げだし、ムーンもちゃんとできている事になっているのか?
深くツッコんでも理解はできそうに無いし、できているって事にしておくか。部屋にお昼ご飯のサンドイッチを置いておく事を伝えてベル達を送り出す。マーサさんに声を掛けて、俺もシルフィと一緒に迷宮都市に繰り出す。
さて、まずは……酒屋を巡るか。何かの拍子で買い忘れたりしたら後が怖い。時間が有る間に買っておこう。
(シルフィ、小分けにしてお酒を買うから、色んな酒屋に案内して)
「任せなさい。全部回るわよ」
力強いシルフィの返事。迷宮都市の酒屋は全て把握済みのようだ。
***
前回仕入れたお酒の倍ほど買い揃えた。赤ワインとロゼは飲む用だから前と変わらないが、エールと白ワインはたっぷりだ。
「ふふ、沢山買ったわね」
表情はあまり変わらないが、明らかに上機嫌なシルフィ。任せなさいとの言葉通り、路地裏にある店への配達を専門にしているような小さな酒屋まで案内してくれたからな。おかげで酒屋を巡るだけで昼を過ぎてしまった。
(買い過ぎなぐらいだよ。もうこれ以上は買う量を増やさないからね。大精霊でちゃんと状況を見ながら蒸留するように話し合っておいてね。飲む分まで蒸留しちゃっても、時間を空けないとお酒の補充はしないからね)
なんかこのまま無制限に買い続けると、俺のせいでお酒の値段が上がりそうだ。今までも色々と揉めては居るけど、酒飲み達に恨まれるのは勘弁して欲しい。
「別の国にも買いに行けるわよ?」
他国に興味はあるけど、そんな事をしたらノモスが暴走する未来しか見えない。いつの間にか一ブロックが蒸留所に……とかなりそうだ。
(そこまでしてお酒を確保する事は無いよ。無くなったら次に買いに行くまで、お酒は無しだからね)
「……よく話し合っておくわ」
(うん、しっかり話し合っておいてね)
真剣に頷いてくれるシルフィ。俺の断固たる決意が通じたようだ。さて、お酒も買ったし合間に屋台の料理も仕入れた。次は家具屋に行って自分の部屋用のカーテンと、ジーナとメルのベッドを買うか。その後で冒険者ギルドだな。
***
「すみません、ギルドマスターに呼ばれていると聞いて来たんですが」
冒険者ギルドに入り、ちょっとだけ注目が集まる中、受付嬢にギルドカードを見せながら話しかける。視線に悪意が籠ってないぶん気楽になったよな。
「あ、はい。確認いたしますので少々お待ちください」
背後の職員に受付嬢が指示を出すと、速足で奥に向かった。……なんか気まずい時間が流れる。受付嬢がなんだかビクついているんだよな。エルティナさん達の処分が影響しているのは分かるんだけど、誰にでもケンカを売るような狂人では無いと言いたい。でも言ったら、更に萎縮させて変な雰囲気になるんだろうな。
短い時間なんだけど妙に長く感じる時間を過ごしていると、ギルマスの秘書さんが歩いて来た。ふいーー、こういう時間って苦手だ。注目を集めている状況でシルフィと話す訳にもいかないし、黙ってジッとしているのは辛い。
「お待たせいたしました。ご案内致しますね」
「お願いします」
会う事ができるらしい。秘書さんに案内されてギルマスの部屋に到着する。秘書さんがノックをして許可を受けて中に入る。
「裕太殿、お呼び立てして申し訳ない」
相変わらず腰が低いギルマスだ。周りの評判だといい人らしいんだけど、最初に不気味な印象を得たからか違和感があるんだよな。一人相撲なのか? 勧められたソファーに座りながら返事をする。
「いえ、話は聞きましたから。ガッリ子爵とガッリ侯爵の事ですよね?」
「はい、警備隊からも聴取を受けたようですが、問題はありませんでしたか?」
「ええ、なんの問題もありませんでした」
「…………裕太殿が何かをされたと言う事は? 裕太殿がちょっかいを出してきたガッリ子爵を、親ごと消したと噂になっていますが」
ギルマスが少し躊躇った後に、恐る恐る質問してくる。聞かれるとは思ってたから心構えはできているけど、何度も聞かれると面倒だな。まあ、ギルマスも正直に答えるとは思ってないよね。俺がやりましたって言ったらどうなるんだろう? 言わないけど。
「何もしていませんよ。警備隊の方も俺が迷宮都市に居た事は確認してるそうですが、俺が疑われているんですか?」
「いえ、裕太殿の所を訪れた後に、今回の事が起こりましたので念の為です。ガッリ子爵の筆頭従者が裕太殿が怪しいと騒いでいますが、確証がある訳では無いので参考にされる程度なので大丈夫です」
ギルマスはそう言いながらも、表情が本当は何かしたよね? って顔をしている気がする。ウソをついているから、そんな風に見えるだけかな? あと筆頭従者、やっぱりウザい。冒険者ギルドの方でも色々と情報を集めているようだし、話は聞いておこう。
読んでくださってありがとうございます。