二百六話 完成
いい事思いついた! と思って始めた精霊達の絵……軽はずみに始めたのを後悔するぐらいに大変だった。自分の言い出した事だし、気合で頑張ったが芸術関連は俺にとって鬼門だな。
大精霊達はノモスとヴィータを除いて、怖いぐらいに真剣だった。サバサバしているイフでさえ強いこだわりを見せ、細かい修正を繰り返す。ノモスとヴィータはある程度似たところでこれでいいよって帰って行ったから凄い違いだ。
アルテロさんに「いやー、みんな美人だから拘りが強いのはよく分かるけど、男ももう少し力を入れた方がいいんじゃないか?」って言われた時は、ちょっと恥ずかしかった。
だって精霊達は見えないんだから、俺一人が張り切りまくって美女の絵だけ真剣に注文を付けている事になっちゃってるもんね。単なる通訳なのに……。
ベル達はベル達で、とても大変だった。大精霊達もベル達をとても可愛がっているから、当然のごとくノモスやヴィータの時のような手抜きは起こらない。
ムーンとプルちゃんはこれで良いのか? っとカルロさんが疑問の声を上げたけど、ちゃんと立体感をだして綺麗に描いてくれたから、なんの問題も無い。ムーンもプルちゃんも大喜びだ。
まあ、俺もベル達の絵を適当に済ませるつもりは無いから、そこは問題無かったが、自分の顔が絵に描かれる事で大興奮するベル達とフクちゃん達。画板にのしかかるように集まったり、部屋の中を飛びまわったりと大はしゃぎだ。
偶に不自然な風が吹いたり、描き終わった絵をベル達が持ち上げてしまったりと、焦る出来事も多々あった。アルテロさんとカルロさんが首を傾げた時にはひやっとしたよ。
ジーナ達やメルも自分の契約精霊の絵が描かれている時は、ソワソワしているし、二人の絵師にとっては微妙に違和感がある仕事だったのかもしれない。
「ゆーた、べるのえみたいー」
ベルが俺の頭にしがみ付きながらおねだりする。ベルのお願いは叶えてあげたいところなんだが、ベルに見せると他の子達も見たがって、収拾がつかなくなりそうだ。
(宿に戻ってみんなでじっくり見ようね。それまで我慢できる?)
「うー、べるがまんするー」
普段はワガママを言わなくて、とっても聞き分けのいいベルが、少し考えたって事はよっぽど自分の絵が気に入ったんだろうな。
(ベルはとってもいい子だね)
小声で褒めるとニコニコと笑いながら飛んで行った。できれば撫で繰り回したいところだけど、絵師の目があるからさすがに無理だ。そして後ろに並んでいたメラルがすごすごとメルの元に戻っていく。たぶん同じ事を頼むつもりだったな。
このままだと何度も出し入れして紙がヨレてしまいそうだ。額縁が必要だな。そう言えば額縁って何処で売ってるんだろう? 忘れない間に聞いておくか。
「アルテロさん、額縁って何処に売ってるんですか?」
丁度手が止まったアルテロさんに聞いてみる。
「額縁か、絵を渡す時に薄い木枠をつけるけど、それじゃあダメなんだよね?」
一瞬、それならいいかなって思ったけど、精霊が全員集合した絵は各部屋に飾りたいし、メルにもあげるんだ。もう少しちゃんとした物が欲しい。
「ええ、できればちゃんとしたやつが欲しいんです」
「それだと職人に注文しないとダメだね。俺の知り合いの職人に注文しておこうか?」
そうだよな。大量生産とか考え辛い世界だし、元々絵を描いて貰うこと自体が贅沢な行為なんだ。額縁も特注になるか。どうせならノモスにガラス板を作ってもらって挟み込みたいから、注文するぐらいなら自分で作るか。装飾は施せないけど、寸法を合わせて切るぐらいはできるだろう。
「いえ、いつ迷宮都市を出るか分からないので、自分のところで手に入れる事にします」
「そうか、結構時間が掛かるしそれがいいかもね」
「ええ、邪魔してしまってすみません」
「いいよいいよ、いい気分転換になった。もう一息だから頑張るね」
再び絵に集中しだしたアルテロさん。精霊全員集合の絵を五枚は多かったかな? 二人とも大変そうだ。セバスさんやメイドさんが紅茶や軽食を差し入れしてくれたが、ベル達やフクちゃん達の前で食べるのは気まずい。
ちょっと休憩と言う事で外に出て、群がるベル達にサンドイッチをコッソリ渡した時は、雛鳥にエサを運ぶ親鳥の気分だった。色々な難関を乗り越え、アルテロさんとカルロさんが全ての絵に木枠をハメ終わった。
「お疲れ様でした。お幾らお支払いすれば?」
「絵具を使う事も無かったし普通の絵は一枚銀貨二枚だね。全員を一緒に描いたのはうーん、オマケをして銀貨五枚ってところだね」
普通のが一枚二万円で集合のは一枚五万って事か、日本だとバカ高い気がするけど、この世界ならちょっと安い気も……。でも全部で普通のが十八枚で集合のが五枚だから、全部で銀貨六十一枚。車が買えるな。そう考えるととても高い。
まあ、お金持ちがやる事に手を出したんだからしょうがないよね。値切るのもマリーさんの顔を潰す事になりそうだし、素直に支払おう。銀貨六十一枚を支払い、お見送りする。
「セバスさん、今日はありがとうございました。マリーさんにもよろしくお伝え願えますか?」
「お帰りになられますか? 今日はもう遅いですから、お泊りになられてはいかがでしょう」
……うーん、ジーナとサラは明日も料理を習いに行くし、マーサさんにも遅くなるかもってしか言って無いからな。帰った方が無難だろう。
「お気遣いありがとうございます。ですが、明日の予定もありますので、おいとまさせて頂きます。ありがとうございました」
セバスさんに見送られ、門を出て宿に向かう。
「メル、今から帰っても食事はとり辛いだろうし、みんなで絵も見たいから宿に寄って行く? 泊るならジーナの部屋に泊れるよ?」
「それはいいな! やどにいくぞメル!」
聞こえないのにメラルがメルに訴える。
「楽しそうなのですが、明日は朝からユニスちゃんが来るので、帰ります」
「ああ、うん、それは帰った方がいいね。送って行くよ」
メルが俺と一緒の宿に泊まったとか知ったら、部屋が違っていても信じずに発狂する気がする。宿に来たがっていたメラルには悪いが、メルには帰って貰おう。俺は我が身が一番可愛い。
「いえ、メラル様がついていてくださいますから、大丈夫です」
「それでも周りから見たら、メルが一人で歩いているようにしか見えないからね。揉め事の種は少ない方がいいよ」
うっかりメラルがチンピラを火葬にしたら、それはそれで面倒な事になるだろう。少し考えたあとメルが頷いたので、一緒にメルの工房に向かう。ちょどいいから今、誘っておこう。絵師の前では話し辛かったからな。
「ねえメル。ジーナ達を迷宮に潜らせる予定なんだけど、メルも参加してみない? 工房もあるだろうから、毎回は無理だと思うけど、レベルも上がるし素材も手に入るよ」
「お師匠様は別行動なんですか?」
「うん、俺はソロで先に進む予定なんだ。ジーナ達には毎回大精霊について行ってもらうから、本当に危ない時は助けて貰えるよ」
メラルが居れば問題無い気もするし、過保護過ぎるんだが、命を落としたらどうしようもないからな。話を聞いていたメラルがコッソリ近づいてきて(できればドリーがいいぞ)っと言った。メラルってまだディーネに苦手意識があるんだな。
「毎回は無理ですけど、私も今のままではダメだと思うので、行ける時はお願いしたいです」
メルが真剣な顔で承諾してくれた。話を聞いていたキッカが大喜びでメルに抱き着く。微笑ましい。普通の魔法の鞄を持たせるとして、サラ達用に使っていた移動拠点に、ジーナとメルのベッドを買わないとな。ワラのベッドだから、明日には手に入るはずだ。
明日は買い物の日にして、食材や酒、小物なんかを揃えよう。時間が過ぎる魔法の鞄だから痛みにくい食材を準備しておかないと……いや、迷宮探索に必要な物はジーナ達で買いに行かせよう。そうすればジーナがサラ達に買い物を教えてくれるだろう。そう言えば冒険者ギルドに顔を出すってマリーさんと約束してたな。明日行っておかないと。
「分かった、じゃあジーナ。俺は別行動になるから迷宮に潜る時は、前の日にメルを誘うようにしてくれ」
「おう、分かった」
ふむ、ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、メル、フクちゃん、ウリ、マメちゃん、シバ、プルちゃん、メラルのパーティーか。近接が居ないけど、相当強いパーティーな気がする。この子達が活躍しだしたら、精霊術師をバカにしてられなくなるだろうな。
ジーナとメルも十分に若いし、サラ達は子供だ。そんな子達が迷宮で活躍しだしたら、精霊術師を認めない訳にもいかなくなる。迷宮都市にどんな反応が起こるか、今から楽しみでしょうがない。楽しい未来を想像していると、あっという間にメルの工房に到着した。楽しい妄想は時間を飛ばすな。
「お師匠様、送って下さってありがとうございます」
「いいよ、いいよ。えーっと、これがメラルの絵と精霊全員が集まっている絵だね」
「ありがとうございます。メラル様のお姿が分かるなんて、本当に夢のようです」
「裕太、ありがとな!」
大変だったけどこれだけ喜んでくれるなら、頑張った甲斐があった。ついでに夕食も渡しておこう。ワイバーンカツならメラルも喜ぶだろう。
「それと夕食はこれを食べるといい。たぶんメラルも喜んでくれるから一緒にね」
「あ、ありがとうございます。えーっと、お皿はどうしたら?」
「沢山あるから返さなくていいよ。じゃあ、またね」
メルとメラルに別れを告げて宿屋に戻る。
「ゆーた、はやくー」「キュキューー」「いそぐ」「クククーー」「はしるのよ」「……」「「ホーー」」「プギャーー」「ワフーーン」「……」
うん、色々あって待ちきれなくなっているな。よっぽど絵が見たいらしい。でも暗い中を走って移動すると何事かと思われるから走らないよ。
「えーっと、ベル達とフクちゃん達が早く宿に戻りたいみたいだから、ちょっと急ぐね」
のんびり歩く雰囲気では無いので、ジーナ達に理由を言って早歩きで宿に向かう。
「おかえり、遅かったね。もう、食事の時間は終わったけど大丈夫かい?」
「はい、食べられる物を買って来てますから問題ありません」
「そうかい、それなら安心だね。ジーナとサラは明日の朝も料理を習いに来るのかい?」
「うん、マーサさん明日も頼むよ」
「私もお願いします」
「そうかい、そうかい。旦那も喜んでたから来るのは大歓迎だよ。なんだかカルクも料理に興味を持ちだしたし、あんた達のおかげだね」
完全にマーサさんに捕まっちゃったな。お世話になってるんだから世間話ぐらいいくらでも付き合うべきかもしれないが、ベル達が可哀想だし、できるだけ早くこの場を切り抜けよう。
読んでくださってありがとうございます。