百九十八話 ほのぼの
イフの戦闘に付き合ってから数日、俺は開拓に集中していたが、少し飽きてしまったのでベル達と遊ぼう。シルフィとジーナ達はアンデッドの巣を潰しに行かせちゃったけど、今日は休みにしておけば良かったな。
「トゥル、最近頑張ってるし今日はここまでにして、ベル達と遊ぼうか」
「……うん」
トゥルは少し考えたあと、ニッコリと嬉しそうに頷いた。ヤバい、一瞬ドキッっとしたぞ。こんなに可愛い子が大きくなったらノモスみたいに……考えるな、トゥルが大きくなる頃には俺はあの世だろう。俺の中でトゥルはずっと優しくて可愛い子供のままだ。何も言わずにトゥルの頭を撫で繰り回し、ベル達が遊んでいる公園に向かう。
「おれからはにげられないぜー」「にげるーー」「キューー」「クーー」「……」
どうやら鬼ごっこをしていて、フレアが鬼のようだ。土管の迷路でキャッキャとはしゃぎながら、追いかけっこしている。
「みんなー」
大声でベル達に呼びかける。
「あっ、ゆーたー」「キューー」「クーー」「きたか!」「……」
俺の声に気づいたベル達がワラワラと集まってくるので、撫で繰り回す。フレアはやっぱり雰囲気を重視し過ぎてるな。文脈に返事が合ってない気がする。イフが使っている言葉を無理やり当てはめているのかもしれない。
最初はフレアも直ぐにベル達に馴染んで子供っぽくなると思ってたけど、想像以上にイフに対する憧れが強いのか、マネする事を忘れないようだ。
「どうしたのー?」
撫で繰り回し終わった後、ベルが不思議そうに聞いてくる。今日はずっと開拓だって伝えてたから、ここに来たのが不思議なようだ。
「うん、新しい遊びがあるから教えようと思ってね」
「あそびーー」「キューー」「おもしろい?」「クーー」「いいぞ!」「……」
喜ぶベル達の中にいつの間にかトゥルも混ざって、ワイワイと質問してくる。頭をなでつつルールを説明する。
「こんな感じなんだけど分かったかな?」
特に複雑なルールも無いので、ベル達は即座に理解してくれて、元気に手を挙げてお返事をしてくれた。
「じゃあ場所を移そうか」
ベル達を引き連れて精霊樹の根元に移動する。俺の中でこのゲームは、木に顔を伏せてやるのがマストだからな。精霊樹が大きすぎる気もするが、これはこれで絵になるだろう。
「最初は俺が鬼で練習してみようか。じゃあ俺から距離を取ってね」
ベル達が三十メートルほど離れたのを確認して、精霊樹に顔を伏せてゲームを開始する。
「だーるまさーーーんーが、こーろんだ!」
バッっと振り返ると、ベル達全員が俺に手を触れられる位置に来ていた。オーケイ、予想通りだ。精霊だもん、早く飛べるよね。初めの一歩は省略したが意味は無かったようだ。
「おわり?」
ベルがコテンと首を傾げて聞いてくる。うん、これだと、だるまさんが転んだの魅力を一ミリも引き出せていない。でも大丈夫、対策は考えてある。
「もう一回やってみようか。今度はみんなこれを持ってね」
全員に植物の種を一粒持ってもらう。物を持てば素早く飛べなくなるし、種を一粒なら魔力の負担も無いも同然だ。再び元の位置に戻り、改めてゲームを再開する。
「だーるまさーーーんーが、こーろんだ!」
バッっと振り返ると、スタートから少しだけ進んだ位置でピタリっと止まっているベル達。うん、丁度いい感じだな。
ベル、レイン、トゥル、タマモ、フレア、ムーンを一人一人じっくりと見定める。顔は笑顔だが、みんなしっかり止まっているな。ムーンは体がプルプルしているけど、さすがにこれをアウトにしたら、ムーンがゲームに参加できないよね。
「だーるまさーーーんーが、こーろんだ!」
再び振り返るとベル達が少し前進して、しっかりと停止している。ルールは完全に理解したみたいだな。それならば、ここからは大人の実力を見せてあげよう。
「だーるまさんがころんだ!」
バッっと振り向くと、前と同じ言葉のテンポで来ると思い込んでいたトゥルとフレアが、ふよふよと前に進んでいる。
「トゥル、フレア、動いたから失敗だね。こっちにきて、俺と手を繋ぐんだよ」
「やられた」「ずるいぞ!」
トゥルは悔しそうで、フレアちょっとプンプンだ。
「あはは、最初に説明しただろ。言葉の速度は鬼の自由だって。諦めて皆に助けて貰えるように願ってなさい」
こういう遊びは本気でやらないと面白くないからね。悪いけど全員を捕まえさせてもらおう。時にはゆっくりと、時には素早くフェイントを織り交ぜて、幼い下級精霊達を翻弄する。
最後まで残ったのはタマモ。動物的勘なのか振り向く瞬間を即座に感知してピタッと止まっている。だが俺は見抜いている。タマモは早いペースは得意だが、じっくり時間を掛けるパターンが苦手なんだ。
「だるまさんがころんーーーーーーだ!」
振り向くと、タマモが慌てて止まろうとしているが間に合ってない。一度動きを止めて、そのあとまた長い言葉の伸びで、動きを再開したところで、振り向いたから止まれなかったんだろう。
「タマモ、動いたね」
「クーー」
残念! っと言った感じでふわふわと飛んで来るタマモ。ベル達は一番最後まで残ったタマモの健闘を称えている。
「みんな、おもしろかった?」
「おもしろいー」「キュキュー」「たのしい」「ククーー」「つぎはかつぜ!」「……」
気に入ってくれたようだ。俺が大人げなく全員を捕まえてしまったので、俺と捕まった仲間の手を切り離して、逃げ出すパターンの練習をする。
「じゃあ、あとはみんなで遊んでごらん。今回の鬼は一番最初に掴まったトゥルだね」
「わかった」
「たのしーー」「キューー」「クーー」「まけない!」「……」
気合を入れて散らばるベル達を見送り、精霊樹から少し離れた場所の芝生に寝っ転がる。
「ふふ、楽しそうな遊びですね」
声の方を見ると、ドリーが精霊樹の上から飛んできた。別に覗くつもりは無いんだが、ドリーはスカートで、俺は真下から見上げている形なのにいっさい中が見えないのは、とても気になる。
いかん、こういう時は、たとえ見えなくても視線を逸らすのが男の嗜みだ……吸い込まれるように固定されている視線を無理やり横に背ける。
「裕太さん、どうかしましたか?」
顔を背ける俺に、不思議そうに声を掛けてくるドリー。ドリーって天然小悪魔タイプなのか?
「いや、何でも無いよ。それより見てたんだね」
「ええ、精霊樹も楽しそうでしたので、様子を見にきたんですが、ベルちゃん達がとってもはしゃいでいたからなんですね」
聞き捨てならない事を聞いてしまった。
「……精霊樹って意識があるの?」
「ええ、植物にも多かれ少なかれ意識はありますよ。精霊樹は自分の周辺が賑やかになって行くのをとっても楽しんでいますね。今もあの子達が精霊樹の下で遊んでいるのが嬉しいみたいです」
「へー、喜んでくれているのなら嬉しいよ」
……えーっと、俺が寝転んでいる芝生。間伐とはいえ切り倒しまくった木々、収穫して食べた作物達……魔物を殺しまくってるし今更なんだけど、改めて聞くと気まずいな。
「ふふ、気にしなくても大丈夫ですよ。芝生や歳を経ていない木々には、本当に淡い意識しか無いんです。裕太さんは無駄に植物を傷付けている訳では無いんですから、安心してください」
俺の顔色を読んだのか、フォローしてくれるドリー。ありがたいです。
「じゃあ精霊樹はどのぐらいの意識があるの?」
「そうですね。精霊樹は特別な木ですから、急成長したとは言え、ベルちゃん達と同じぐらいの意識はありますね」
ベルと同じぐらいかなのか、まだまだ子供だな。
「そうなんだ、動けないと退屈そうだね。大丈夫なの?」
「ふふ、裕太さん、木は動かないものですよ。精霊樹のあの子は動かなくても十分に楽しみを知っています。それに、いずれは自分の意識を移せる依り代を作って遊びに出てくるかもしれません。そうなったら名前を付けてあげてくださいね」
「へー、精霊樹はそんな事もできるんだ。あんまり得意じゃ無いけど、その時になったら頑張って名前を考えるよ」
いつになるのか分からないけど、また、幼い仲間が増えそうだ。なんか賑やかになり過ぎな気もするが、頑張って拠点周りを豊かにしてくれているんだ、出て来たら精一杯おもてなしをしないとな。
「ふふ」
「ん? ドリー、どうしたの」
「いえ、ベルちゃんってジッとしているのが本当に苦手なんですね。トゥルちゃんに見られているのに、何かが気になったのか、空を見上げて捕まってしまいました」
「ああ、ベルらしいね」
ベルの方を見ていると「つかまっちゃったー」っとトゥルと手を繋いで楽しそうだ。何でも楽しめるのは得な性格だよね。
「キュキューキュキュキュー」
「まってるーー」
うむ、たぶんだけど、レインが必ず助けるって言って、ベルが待ってるって答えたんだろうな。さしずめレインが騎士で、ベルがお姫様……そうなるとトゥルの役割は……お姫様を閉じ込める魔王かな?
「どうしたんですか?」
思わず笑ってしまうと、ドリーが興味を持ったのか理由を聞いてきた。想像してしまった事を教えると、ドリーも想像したのか、トゥルの配役が可哀想だと笑っている。
でも、そう考えて見ると、子供のお遊戯会を見ているようでホッコリする。だるまさんが転んだが魔王の必殺の呪文。それを必死に耐える姫を助けに来た騎士達……魔王トゥルが騎士達を葬る絶望の未来か、魔王が倒され姫と騎士が結ばれるハッピーエンドか。どちらが勝つのか注目だな。
…………結果としては幾たびもの魔王トゥルの攻撃の隙をついて、ベル姫を解放したのは神官のムーンだった。気合が入っていた騎士レインは、アッサリと魔王の罠にハマり確保。
今度は負けないようにと慎重に動く重騎士フレアはいまだ後方。素早い動きで敵を翻弄する斥候タマモがいいところまで行ったが、ベルの声援にシッポをブンブンで確保。
現在は魔王トゥルの手の届かないところで、ベル姫が神官ムーンを抱きしめている感動のハッピーエンドだ。騎士レインがちょっと憐れだが、こればっかりは勝負の世界、しょうがない事だな。
「なかなか面白かったですね」
「そうだね」
直ぐに二戦目に突入しようとするベル達。意外な事にみんな鬼になりたがってるな。だるまさんが転んだって言いたいのかもしれない。レインやタマモは何となく通じそうだが、ムーンはどうするんだろうな? 精霊同士なら言葉が通じるみたいだし、大丈夫か。
読んでくださってありがとうございます。




