百八十七話 精霊
昨日は天ぷらが意外と上手に作る事ができて、結構満足できた。天ぷらが作れるのなら、うどんも食べたくなる。月見エビ天うどんとか最高だよね。
昨日の夕食を思い出しながら、のんびりと拠点の中を見回る。ジーナ達はシルフィを護衛にしてアンデッドの巣を潰しに行ってるし、ベル達は精霊樹で遊んでいる。ディーネ達はたぶん蒸留所に居るんだろう。
グァバードの様子を見ると、もうこの場所に慣れたのか、のんびりと土を突いてグアグアと鳴いている。水を綺麗にしてエサを追加したあと、ワラの中を慎重に探すが卵は見つからない。
うーん、まだ産んでないみたいだ。見た感じは結構のんびりしているけど、どこかでストレスを感じているのかもしれない。
グァバードの様子を見た後は、モフモフキングダムに向かう。モフモフキングダムって俺の心の中だけで呼んでいるだけだけど、ここに小動物達を連れて来て一度もモフって無いから、なんか虚しくなってきた。
今回も、森の中に入ったとたん脱兎のごとく小動物達は逃げ出した。しょうがないので果物を周囲に置いて、姿を隠した小動物達が出て来るのを待つ。…………三十分ほど待っても姿を現さない。無害だと分かってもらうまで相当時間が掛かりそうだな。
俺がいなくなると果物を食べに出てくるらしいから、何度も繰り返して行けばいずれはモフモフできるはずだ。根気よく頑張ろう。池の様子を見てからモフモフキングダムを出る。
さて、次はどうしようかな? やりたい事は色々あるが、昨日は色々と頑張ったし、今日はのんびりするのもいいかもな。せっかく買った水着も使って無いし、久しぶりにプールでまったりと浮かんでいるのも楽しそうだ。いや、どうせならジーナ達と一緒に遊んだ方がいいな。今度にしよう。
「裕太、ちょっと相談があるんじゃが、今いいか?」
今日の予定をサボる方向にシフトしていると、珍しくノモスが話しかけてきた。本当に珍しいな。
「あれ? 蒸留所はいいの?」
「ああ、今はディーネとドリーとイフが見ておる。イフの加入で蒸留の効率が上がったし順調じゃわい」
「順調なのか、でも前に言った通りにエールが無くなるよ。ワインに移行する?」
「ふむ、それもいいな。さっそくやるか?」
相談があるって言ってたけど、ワインの蒸留で相談が吹っ飛んでるな。
「いいけど、他に用事があったんじゃないの?」
「うむ、そうじゃった。蒸留した酒をビンで数本ほど貰ってよいか?」
「ん? まあ、構わないけど、あんまり飲むと寝かせる分が無くなるよ。それにノモスは蒸留したばかりのお酒は、あんまり好きじゃ無かったよね?」
「儂が飲むんじゃないぞ。ちと精霊王様に持って行ってみようと思ってな。新しい酒の実例を見せれば、聖域に指定されるのが早まるかもしれん」
精霊王様を酒で釣るつもりなのか? それはどうかと思うぞ。
「なあ、ノモス。上位の精霊は全員酒好きなのか?」
「いや、そんな事は無いぞ。好きな奴もおれば嫌いな奴も、好きでも嫌いでも無い奴もおる。まあ、そこら辺は人と変わらんの」
なるほど、そうなるとシルフィが飲み友達を連れて来ているのは確定だな。元からほぼ間違いないと思ってたから驚かないけど。
「精霊王様達は全員酒好きなのか?」
「ふむ、嫌いな方はおらんな。大好きか好きか有れば飲むと言ったところじゃな」
ディーネみたいに蒸留したばかりのお酒を気に入る可能性もあるし、将来性を報告すれば意外と効果がありそうだ。それでいいのか? とも思うが、好きな物がある場所ならそれだけで好印象になるのも分かる。
「そもそもお酒が好きな精霊って、普段どうやってお酒を手に入れてるの?」
これだけお酒が好きなんだから、手に入れる方法はあるよな。
「酒か? 酒は中々手に入らんのじゃ。精霊殿に奉納された物や聖域の極一部で、細々と作っておるのを飲むぐらいじゃな。じゃから頼めば酒が飲める今の環境は気に入っとる。それ故、酒を自由に作れるこの場所が聖域になる事は、我ら酒を嗜む者達にとっての希望なんじゃ」
力強く、そして希望に向かって真っすぐに進む少年のような目でノモスが言う。なんか似合わないな。それよりも精霊殿? 初めての言葉が出てきたな。奉納って事は神殿のような物っぽいな。そして、いつの間にかこの場所が酒飲み達の希望の地になっているようだ。
聖域で大々的に酒造りをすればいいと思うが、貴重な場所だから自由にできないって言ってたもんな。だから死の大地が蘇る切っ掛けになり得て、なおかつある程度自由にできるこの場所を聖域にしたいんだろう。
「ねえ、今更だけど、なんで精霊は人類にアプローチしないの? 精霊から色々と接触すればお酒ぐらい自由に手に入るよね?」
今のところ精霊と契約しても人類は呪文を使うだけだし、それ以前に人類と契約しているのはほぼ浮遊精霊で、下級精霊でも結構珍しいんだよな。メラルみたいにその家系に拘る精霊とかは、中級精霊も居るみたいだけどまだ子供だ。放任主義と言うか契約を積極的に進めずに、深く関わらないようにしているよね。
「精霊が人類に積極的に手を貸してもロクな事にならんからな。酒は好きじゃが人類に積極的に手を貸す事は無い。まあ、そんな感じで適当に付き合っておったら、精霊術師の評判が酷い事になっておった。浮遊精霊にとっては貴重な成長の場じゃから、それは失敗じゃった」
「そんなに人類が信用できない?」
「うむ、儂等も契約相手を選びはするが、契約者が力を持てば増長する。増長せずとも周囲とのしがらみで戦争や悪事に使われるような事が、過去には当たり前のようにあったんじゃ。じゃから本当の名を使わず、いつでも契約を解除できるようになっておる」
身につまされる話だ。昔は……ノモス達の話だから相当昔っぽいけど、契約方法自体が違っていたようだ。それで初めて会った時に、ベルは名前は教えたらダメって言ってたのか。深い契約をしたら、嫌な事にも手を貸さないとダメになって、精霊に嫌われたって感じか。
好奇心旺盛で優しい精霊達にそこまで嫌われるって、人類は相当酷い事をしてそうだよな。聞いたら気分が悪くなりそうだから、聞くのは止めておこう。
昔の人類の悪行よりも問題なのは、今までの俺の行動が精霊にどう思われているかだな。結構冒険者ギルド相手に大騒ぎしたし、ヤバくね? でもシルフィもノリノリだったよな?
「ノモス、俺も大精霊の力を借りて冒険者ギルドを脅したりしているけど、見捨てられる前段階って事は無いかな?」
もしそうならとりあえず土下座して、心を入れ替えて真っ当に生きる事を誓わないと……もう土下座しておくか?
「安心せい。別に精霊は正義の味方って訳でも無いんじゃ。性質として悪事を好まんが、気に入った相手が追い詰められておれば、悪事に手を貸す事もある。裕太は別に大量虐殺をした訳では無いじゃろ、そんな事で見捨てやせんよ」
不安が顔に出ていたのか、ノモスがフォローしてくれる。今の状況なら一人で死の大地から脱出する事ぐらいはできるだろう。でも、シルフィ達に見捨てられたら、悲しくて心が死にそうだ。
「助かるよ。ありがとうノモス」
俺が安心してお礼を言うと、あきれた表情で俺を見るノモス。なんでだ?
「どうしたの?」
「いや、おかしな契約者じゃなっと思っただけじゃ。まあ、儂等が見えて話せて触れる時点で異常なんじゃが、それにしても精霊とここまで深く関わったのは裕太が初めてじゃな。シルフィ達が幼子のように浮かれるのも分かるわい」
……今、聞き捨てならない事を聞いた気がする。シルフィ達が幼子のように浮かれてるの?
「えっ? シルフィ達って浮かれてるの?」
ディーネは少し納得はできるけど、シルフィやドリーは大人っぽいよ。二人とも過激なところもあるけど、いろいろ気を使ってくれるし、優しいし、浮かれているようにはとても見えない。
「儂もそうじゃがあ奴らも大精霊じゃ。裕太が想像できんほど強大な力を持ち、長い時を生きておる。そんな大精霊が酒が欲しいと強請り、冒険者ギルドがムカつくと騒ぎ、下級精霊や浮遊精霊に振り回されておる。十分に浮れておるじゃろ?」
うーん、俺が普段見ているシルフィ達と、実際のシルフィ達とは結構な違いがありそうだ。
「そうなると、ノモスも浮かれてるのか?」
「うむ、儂も浮れておる。死の大地に聖域を作ろうとしておるし、そこに酒造りまで加わって、お祭り騒ぎじゃな」
普通に浮かれている事を認めた。どうやらノモスの考えでは今の状況はお祭り騒ぎらしい。楽しいのなら俺も嬉しいな。
今なら子供が苦手な理由も聞けそうな気がするけど、なんか長い時間を生きたノモスが苦手って、相当なトラウマがありそうだ。笑い話で済むような内容は期待できそうにないから、触るのは止めておこう。
「お祭り騒ぎか、聖域に指定されたらどうなるんだ?」
「暇な精霊は幾らでもおる。集まって来て大規模なお祭り騒ぎになるじゃろう。まあ、裕太次第じゃがな」
……俺のキャパを確実に超えた話になっているな。俺が自由にやっていいよって言ったら……どうなるんだ? 俺次第って結構難しい。
「あー、ノモス、聖域に指定される事が決まったら、先にもう少し開拓して精霊達専用のスペースでも作るか? あんまり派手なのも困るが、ある程度自由に動ける方が嬉しいだろ?」
「ふむ……儂等にとっては助かるが、儂等の派手と裕太の派手では齟齬がありそうじゃし、細かい取り決めは必要じゃろうな。儂も大麦や葡萄の畑を作りたいが派手な範囲に入るか?」
大麦や葡萄の畑、確実にお酒の原料だろうな。しかし派手さの認識の違いか……穏やかなドリーがあっさりと精霊樹を生やした事を思えば、面倒だけど細かい取り決めは必要だよな。精霊樹がポコポコと生えたら、環境的に問題が無くても心臓に悪い。
「大麦や葡萄の畑なら問題は無いかな? 規模にもよるけど。まあ、聖域に指定されそうになったら改めて話し合うか。聖域に指定されなかったら意味が無いからな」
「そうじゃな、じゃが儂も気合が入った。精霊王様達に酒を届けてしっかり話してくるか。酒を貰っていくぞ。ワインの蒸留はまた後でな」
「ああ、あんまり無理はしないようにな」
ワインの蒸留の話は忘れてなかったんだな。任せろと言った感じでノモスが手を振り飛び去って行った。さて、のんびりしようかと思っていたら、思わぬ形で精霊の事を聞いたな。人類と精霊の関係か、もう少し深く考えておくべきかもしれない。
読んでくださってありがとうございます。