百八十六話 天ぷら
ゴボウとカボチャを収穫し、シルフィとディーネとノモスはお酒を海底に寝かせに行った。中央ブロックに芝生も生やしたし、木の実も実らせた。……わずか半日で色々やったな。
「お師匠様、次は何をするんですか?」
素材をほとんど魔法の鞄に収納したので、疑問に思ったのかサラが質問してきた。
「んー、今日作るのは天ぷらって言う料理なんだけど、その衣を作るよ」
「衣ですか?」
サラが首を傾げ、その後ろでジーナも首を傾げている。衣って言われても分からないよね。でも説明し辛いから料理の工程を見てもらうしかないな。
「うん、まあ作りながら説明するね」
とりあえず衣を作るか。揚げるのはみんなの前でやった方が楽しめる気もするが、人数が多いから大変だ。先に全部揚げてしまって、魔法の鞄に収納しておくのが無難だろう。
小麦粉と卵と水を取り出し、衣を作り始めようとすると、ベル達の騒ぐ声が聞こえてきた。キッチンの窓から外を見ると、どうやら帰ってきたシルフィ達をベル達が出迎えているようだ。
「師匠、どうしたんだ?」
「ああ、出かけていたシルフィ達が戻って来たんだ」
「そう言えば気配を感じるな。建物の中からでも分かるって、シルフィさん達はどのぐらい強いの?」
簡単なようで難しい質問が飛んできた。上限を見た事無いから、どのぐらいと言われても分からない。
「シルフィ一人で、ファイアードラゴンに楽勝で勝てるぐらいの強さかな?」
「なるほど……何となく想像はしていたけど、師匠ってもしかしなくてもヤバいぐらいに強い?」
「俺自身は物理特化だから、結構強いって感じだけど、契約しているシルフィ達の力を借りれば、ヤバいぐらい強いね」
開拓ツールのチート性能に助けられてはいるけど、ソロでアサルトドラゴンに勝てるんだから、結構強いのは間違いない。シルフィ達の力を借りた場合は、俺の魔力も貢献しているとは言え、チートが過ぎるから怖くなる時があるよね。
「裕太、ただいま」「裕太ちゃん、完璧な場所にお酒を置いてきたわよー」
チートの大元達がキッチンやってきた。
「お疲れ様。寝かせたお酒は半年ぐらいで様子を見ようか。それで、ノモスは?」
「ふふ、半年後ね、楽しみだわ。ノモスは蒸留所に帰ったわ」
サラが居るから逃げたな。サラ達はとってもいい子だし、避けなくてもいいと思うんだけど……と言うか、蒸留所に帰ったとか言ってる時点で、完璧に蒸留所に住み着いてるな。酒蔵を作ったらどうするんだろう? ……まあ、楽しめる方に勝手に住み着くか。
「そうなんだ、了解。お酒の事は後で詳しく聞かせてね」
「ええ分かったわ。それで、裕太は新作の料理を作ってるのよね? 上手にできそう?」
「あはは、分かんない。最低でも食べられるように頑張るよ」
俺の言葉にそうなの? っと苦笑いをするシルフィ。ジーナとサラもマジで? って顔をしている。なんかごめんね。でも、ただでさえ天ぷらは職人技のイメージなのに、異世界の食材で素人が作っても、最高に美味しい天ぷらが作れるとは思えない。でも、秘策があるから一般家庭の天ぷらぐらいは作れるはずだ。
さて衣液を作るか。ジーナとサラが少し心配そうにしているから、頑張らないとな。卵をボウルに割入れ、冷水で溶く。あとは小麦粉を入れてザックリと混ぜる。たしかだまが残っているぐらいが丁度いいってテレビで言っていた。あんまり混ぜると粘りが出て良くないって感じだったと思う。
……こんなものでいい……はずだ。ビックリするほど自信がないけどね。日本でも簡単な料理はしていたけど、さすがに天ぷらには手を出さなかったもんな。でもゴボウの天ぷらを食べたいから、俺は頑張る。
「お師匠様、そのドロドロなのが衣になるんですか?」
「うん、たぶん。……あのね、俺が今作ろうとしているのは、料理人が一生を掛けて極めて行くような料理なんだ。失敗してもしょうがないって思っておいてね」
出来上がる料理のハードルを下げておく。究極とかそう言う感じのグルメ漫画にもそんな事を書いてあったから、ウソはついていない。
「師匠、なんでそんなに難しい料理に手を出したんだ?」
「食べたかったから」
……ジーナとサラの表情が微妙な物に変わる。シルフィとディーネが面白そうに見ているのは、年の功ってやつかもしれない。これ以上年齢について考えると怒られそうだから止めておこう。
さて、いよいよ揚げる……洗浄で綺麗になるとはいえ、色んなところに油が飛び散りそうだし外でやろう。新築だしね。
なんで外に出るの? っといぶかしい表情のジーナ達を連れて外に出る。焼き台を取り出し、鍋にたっぷりの植物油を入れる。ここで秘策を投入。フレアを召喚する。
「なに?」
いきなり呼ばれてキョトンとしているフレア。
「遊んでいたのにごめんね。この鍋を火で温めて欲しいんだ」
「ひがひつようなのね。まかせなさい」
仕事を頼まれた事に気づいて一瞬笑顔になった後、胸を張って快く請け負ってくれるフレア。仕事があると喜ぶところはベル達と一緒だな。
「うん、頼むね」
任せなさいと頷いたフレアが火を生み出し、鍋を熱し始める。俺が聞いた話では、天ぷらは油の温度が重要らしい。ベストな温度をフレアが維持してくれれば、それなりの天ぷらが完成するはずだ。
何度か油の中に衣液を一滴垂らす。うん、今の温度でいいはずだ。
「フレア、油を今の温度で維持してね。できる?」
「かんたんよ」
ドヤ顔で請け負ってくれた。幼女のドヤ顔ってちょっと可愛いかも。
「ありがとう。ジーナ、サラ、いま衣液を垂らしたら少し沈んで直ぐに浮き上がって来たよね。これが天ぷらを揚げる時の温度だから、覚えておくと良いよ」
「少し沈んで直ぐに浮き上がるタイミングだな。分かった」
「何故、衣液を垂らしているか疑問でしたが、温度を計っていたんですね。分かりました」
ジーナとサラに温度の計り方を教えて、いよいよ揚げ物を……いかん油を切る網の用意を忘れていた。急いでノモスを召喚する。
「なんじゃ?」
「いきなりで悪いけど、道具を作ってくれる?」
地面に絵を描いて鉄網と天かすを取る網を説明すると、それっぽい物をあっさりと作ってくれた。そして速攻で蒸留所に向かって飛んで行った。いずれ、ノモスが子供が苦手な理由を聞いてみよう。一応鉄網に洗浄を掛けて鍋の横に並べ、素材を取り出す。
天ぷらを揚げる準備が整い、なんか緊張してきた。真剣なジーナとサラの視線がプレッシャーだ。男は度胸……まずはカボチャからだな。衣液にサッとカボチャを潜らせて、油に投入する。パチパチと油の弾ける音にちょっとテンションが上がる。
いくつもカボチャを投入するが、油の温度が下がっているようには見えない。フレアに感謝だな。真剣にカボチャを観察する。漫画では音で判断するとか書いてあったけど俺には無理だ。
……ここだ! 衣の色と勘でカボチャを取り出し、鉄網の上に並べる。見た目はいい感じなんだけど、食べてみないと分からない。油が切れた後、恐る恐るカボチャの天ぷらを食べてみる。
カボチャの天ぷらを口に入れると、ザクっとした衣の食感と少しネットリとしたカボチャが現れた。うーん、衣が少し厚くて重い気がする。サクサクって感じでは無いな。次はもう少し衣液を落として油に投入しよう。
でも、カボチャの食感と甘みがしっかりして結構美味しい。家庭の天ぷらとしては上等な気がする。自画自賛の可能性もあるから味見をして貰うか。
「みんな、ちょっと食べてみて。熱いから注意してね」
みんな興味があったのか、次々にカボチャの天ぷらに手が伸びる。
「おいしー」
フレアが満面の笑顔で感想を言ってくれた。フレアが気に入ってくれたのなら、ベルも気に入るかな? サラもジーナ、シルフィ、ディーネ、イフも美味しいと気に入ったようだ。
こうなってくると自信が出てくる。残りも一気に揚げてしまおう。カボチャ、ゴボウ、魚、エビを大量に揚げる。夕食が楽しみだ。
***
リビングの大きなテーブルの上に、デンっと天ぷらを盛り付ける。天つゆを作る事ができたら良かったが、出汁を引くのは難しいので諦めた。鍋焼きうどんのつゆで代用する事も考えたけど、どうしても手が出せなかった。俺が日本の食材を気軽に消費できる日は一生来ない気がする。
美味しい天ぷらは塩で食べるのが通らしいから、塩でいいって事にしよう。俺は天つゆの方が好きだから、いずれは天つゆも何とかしたいな。
「今日の料理は天ぷらって言うんだ、思ったより上手にできたから楽しんでね」
少し自慢して食事を始める。大精霊達はエールを片手に天ぷらをつまんでいるが、ゴボウ天が意外と好評のようだ。
「ゆーた。べる、てんぷらすきー」
フォークに刺さったエビ天を俺に見せて、天ぷら好きっと嬉しい事を言ってくれるベル。フォークをグーで握ってアグアグとエビ天にかぶりつく姿は大変愛らしいが、フォークの握り方ぐらいは教えるべきなのか? 俺以外には見えないし、精霊は気にしてないみたいなんだよな。
……聖域になったらサラ達の目にも触れるから、聖域になる事が決定したら少しずつ教えよう。シルフィ達は綺麗に食べているし、教えなくてもいずれ勝手に覚えるような気もするんだよな。
「そっか、好きか。でも、ベルはお魚とエビしか食べてないよね。お野菜も食べてみない? フレアも美味しいって言ってたから、ベル達も大丈夫だと思うよ」
フレアが美味しいと言っていた事を伝えると、ベルが驚愕した表情でフレアの方を向いた。こんなに驚いたベルを初めて見たな。
「ふれあ、これおいしい?」
「こっちはおいしい。こっちはあんまりすきじゃない」
フレアがカボチャの天ぷらは美味しいと言い、ゴボウの天ぷらは好きじゃ無いと言う。味見の時に、土の匂いが嫌だって言ってたもんな。
フレアの言葉を聞いていた精霊達が、カボチャの天ぷらに殺到する。食べるとカボチャの甘味が気に入ったのか大喜びだ。あんまり好きじゃないと言われたごぼうの天ぷらが食べられて無いのがちょっと残念だ。
「マルコとキッカはどう? 気に入った?」
「アツアツサクサクでおいしい。おれは魚がすき!」
「キッカはエビがすき!」
二人とも気に入ってくれたみたいだな。ジーナとサラも味見の時から凄く美味しいと言ってくれたので、天ぷらは全員気に入ってくれたようだ。次は大量に作ってストックしておこう。天丼も作らないとな。あっ、カツ丼も作ろう。
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