百八十五話 収穫と下拵え
みんなでカボチャとゴボウを収穫した。夕食の時間までに時間が空いたので、畑の移動と酒樽の加工をお願いする。
「ディーネ、このビンに酒を移すんじゃ」
ノモスが自分で作った五本のビンをディーネに渡す。ディーネが樽に手をかざすと、お酒が蛇のように出て、ビンに勝手に入っていく。凄いけどなんか生きているみたいでキモイ。
「ねえ、裕太ちゃん、このうちの一ビン、お姉ちゃんにちょうだい」
上目遣いであざとくおねだりをするディーネ。くっ、外見は完璧だから破壊力は抜群だ。この場合、俺はどう行動するのが正解なんだ? ディーネは蒸留したてのお酒が好きだって言ってたし、一ビンぐらいは問題ないか?
チロっとシルフィ達を見るが、好きにしなさいって感じだ。シルフィ達は蒸留したばかりのお酒はあんまり好んでないからな。果汁で割ったりしたら話は違うかもしれないが、その方法はある程度蒸留したお酒を増やしてからだな。下手に気に入られると、寝かせる間もなくお酒が無くなる事になりそうだ。
「……一ビンだけだよ」
「ありがとう裕太ちゃん。お姉ちゃん嬉しいわー」
字のごとく飛びあがって喜ぶディーネ。でも一ビンぐらいだと直ぐに飲み干しそうだな。あれ? ディーネとの酒にまつわる長い戦いが始まった気がする。
「よし! さっそく酒を寝かせに行くぞ。シルフィは酒樽を運んでくれ。ディーネは案内をするんじゃ。儂は海底に酒樽を寝かせる場所を作る。裕太、シルフィとディーネを借りるが構わんな?」
……もう出発する気のようだ。そして思った通り完全に畑の事を忘れているな。
「ノモス、ちょっと待って。シルフィとディーネが手伝いに行くのは問題無いけど、行く前に畑を移動させて、芝生を生やす為に土を整えてくれ」
「畑? ……ああ、そうじゃったな」
思い出してくれたらしい。
「うん、悪いけど頼むね。あっ、トマトとカボチャの蔓が残ってるけど大丈夫?」
「うむ、大丈夫じゃ。まとめて移動させておくから、一応ドリーに確認してもらってくれ。移動させる場所はどの辺りだ? ああ、境目の岩もどけておけよ」
早く済ませたいのか指示が早い。そんなに急いでも飲めるのはだいぶ先になるんだが……理屈じゃ無いんだろうな。境目の岩を収納して畑の位置を決めると、モコモコと土が動き出し畑の移動が完了した。続いてノモスが手を振ると、中央ブロックの施設以外の土がフカフカになった。
「では、行って来るぞ」「お姉ちゃんも行ってくるわねー」「裕太、行ってくるわ」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
シルフィとディーネとノモスを見送る。これで蒸留酒は問題無いだろう。俺達はノモスがフカフカにしてくれた土に、芝生の種をまいてドリーに育ててもらおう。
「ドリー、芝生の種をお願いしてもいい?」
「ええ、ここに出しますね。畑の方も今の内に確認しておきましょうか?」
「ああ、ありがとう。畑の方も頼むよ」
「ええ、では行ってきます」
ふわりと浮かんでドリーは移動させた畑の確認に飛んで行った。さて、俺達は芝生の種まきだな。
「芝生を育てるんだけど、初めてなのはジーナ、イフ、フレア、シバだね。イフも種まきに参加する?」
しないそうだ。ジーナ、フレア、シバに説明をして、前回と同じチーム分けに新メンバーを加えて、種まきを開始する。前回大活躍のレインとタマモはとっても張り切っているな。
楽しそうに芝生の種をまく子供達、その後ろからレインが水を撒き、タマモが芝生を成長させている。なんだかホッコリする光景を眺めていると、ジーナが声を掛けてきた。
「師匠、これも精霊術師の訓練になったりするのか? それとも住む環境を良くしているのか?」
別に今の作業に不満がある訳では無く、単なる疑問みたいだ。朝は野菜の収穫をさせたし、こんな事をしにきたんじゃ無いとか言われなくて良かったな。
「うーん、両方かな? シバと協力して隙間なく芝生の種をまく事も訓練になるし、森の精霊の能力も確認できるね。あと芝生が生えていると綺麗だし過ごしやすいよね。それに種をまいて植物が育つのに関わると、結構楽しいよ」
サラ達もベル達も笑いながらはしゃいでいるし、変化の少ない死の大地での生活に、いい気分転換になると思う。
「へー、なんか深いんだな。分かった、あたしも頑張るよ」
気合を入れたジーナを見送り疑問に思う。何も深い事なんて無いよ? なんかジーナってドラゴンスレイヤーとか、冒険者ギルドとの争いとかを聞いてから弟子になったから、俺の評価が実像より高くなっている気がする。
身の丈以上の評価ってキツイんだよな。その評価を維持する為には、実力以上に頑張らないといけない。早めに自分でその虚像をぶち壊しておいた方がいい気もする。
でも自分で虚像を壊したら、完全に粉々になって師匠としての威厳が最低になりそうだ。まあ、一緒に生活していれば勝手に壊れて行くだろうから、自然体で行こう。
サラ達の前でも見栄を張るのをそろそろ止めるべきだろうか? ……子供達には尊敬されていたいって気持ちもある……なんかジレンマだ。
「ゆーた、おわったー」
「えっ? ……ああ、終わったんだね。ありがとうみんな」
ベルの声に顔を上げると、子供達が目の前に並んでいた。その背後には緑の絨毯が敷かれ、雰囲気がガラリと変わっている。いつの間にかドリーも戻ってきてるし、長い時間考え込んでいたようだ。慌てて皆を褒めまくる。
「えーっと、せっかく芝生が生えたんだし、お昼は芝生の上で食べようか?」
「おそとでたべるー」「キュー」「たべる」「ククーー」「そとでたべるの?」「「ホー」」「プギャ」「ワフ?」
「楽しそうです」「精霊樹のしたで食べたときも、なんかおいしかったよな」「おそとでたべるのすき!」
芝生の上で食べるご飯に喜ぶ子供達。ブルーシートは無いけれど、芝生に座ってお昼も楽しいよね。まあ、ステーキとかは食べ辛いから、おにぎりやサンドイッチをメインにするか。
昼食が終わったらドリーに木の実を実らせてもらおう。その後は天ぷらの準備だな。いや、グァバードの卵の確認と、玉兎達に果物を貢ぎにも行かないとな。色々と忙しいぞ。もっとのんびりと進めてもいい気がしてきた。
***
昼食が終わり、ドリーに頼んで森の木の実を実らせてもらう。椿の森はどうするか迷ってドリーに相談したところ、花が直ぐに枯れてしまうと言われたので保留にした。しかし椿って冬か春に花が咲くイメージだけど、死の大地でも花が咲くのがちょっと不思議だ。
まあ、これで動物の食料がたっぷりと実った。ジーナとフレアとシバが落ち着いたら、動物を増やしに森に行こう。
「じゃあ料理の準備をするよ」
マイホームのキッチン。何気にちゃんと活用するのは初めてだな。岩の台や岩を削った焼き台と比べれば、段違いに使いやすいはずだ。ちょっとニマニマしてしまう。
「師匠の故郷の料理なんだよな。楽しみだ!」
「お師匠様、何をすればいいですか?」
ジーナとサラはやる気満々だ。カボチャは固いから、俺がサバイバルナイフで切った方がいいよな。
「まずはゴボウの皮を剥いてもらおうかな。包丁の背で削るように皮を剥いてね」
異世界に野菜の皮を剥く手袋とか無いからな。作れたら大ヒットしそうな気もするが、無理っぽい。
「そう言えば海産物が取れないから、迷宮の海で魚を確保してくれたら嬉しいって言われたんだけど、ジーナって魚を捌けるの?」
「海の魚は捌いた事は無いけど、川の魚なら捌いた事はあるから、たぶん大丈夫だと思う」
そう言えば川にも魚は居るよな。海産物って言ってたから海の食べ物が無いのか。
「じゃあ、海の魚も出すからヒレや鱗を取って背中から開いてね」
魚は小さい白身魚で試してみるか。キスっぽい魚がいたからそれでいいだろう。あとはエビも必要だよな。アナゴは難しそうだから止めておこう。
俺はカボチャを半分にして種を取り、スパスパと薄切りにする。やっぱり凄いな魔法のサバイバルナイフ。深夜の通販番組で見た包丁以上の切れ味だ。でも、まな板を切らないようにするのがちょっと大変。
あっさりと終わったので、包丁に持ち替えてサラが皮を剥いたゴボウを細切りにする。俺の中でゴボウ天は太いタイプよりも、細切りをかき揚げのように揚げたタイプが好きだ。
しかしジーナは食堂の娘だけあって、料理の手際が素晴らしいな。あまり慣れていないサラに対しても細やかにサポートしている。だが俺も負けていない。日本に居た時はほとんどが切り身の魚を買っていたけど、死の大地に放り出され、一時期魚尽くしだったんだ。素早くキスに似た魚を捌きまくる。
食べる人数が多いから準備が大変だな。トルクさんに色々と料理を頼めるようになって助かってるよね。魚の後はエビの殻を剥く。エビの頭はどうしよう?
エビミソは美味しいけど量が少ないし、頭を焼いてお味噌汁を作れば美味しいんだけど……ミソが無い。捨てるのはもったいないし魔法の鞄に収納しておくしかないな。
ジーナとサラに手伝ってもらうと、なんだか料理が楽しいな。おもわず、キャッハウフフしてしまったよ。
「師匠、こっちの下拵えは全部終わったよ。サラもだいぶ手際が良くなったし料理の才能もあるみたいだね」
ジーナがサラの頭をグリグリと撫でながら言う。サラには料理の才能もあるのか。
「ありがとう。素材は魔法の鞄に入れておくからこっちにちょうだい」
「あいよ」
ジーナから素材を受け取りゴボウは水にさらして横に置き、他は軽く小麦粉をまぶして魔法の鞄に収納する。あとは天ぷらの衣液を作るだけか。天ぷら粉が無いから、マリーさんのお店で買った、高級な白パン用の小麦粉で作るしかない。上手にできるか不安になってきた。
「しかし、サラにも料理の才能があるのなら、トルクさんに鍛えて貰えば凄い事になりそうだね」
ジーナにグリグリされて痛がりながらも、喜んでいるサラを見て思う。お願いだから料理人になるとか言い出さないでね。料理は趣味でお願いしたい。
「沢山料理を教えて貰えたら嬉しいです!」
サラの笑顔が眩しい。……料理人になりたいって言われたら、笑って送り出すのが俺の役目なんだろうか? 最初は完全に利用する気満々で弟子にしたんだけどな、情が移っちゃったのかもしれない。
まあ、サラが大人になるのは何年も先なんだ。その時はその時って事で、できるだけ精霊術師としての生活も楽しめるように頑張ろう。
読んでくださってありがとうございます。