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百七十八話 お願い

 魔法の杖を設置する台を完成させた。あとはノモスの処で魔法の杖を受け取れば準備完了だ。いつでも火の精霊を迎え入れられる。


 再び蒸留所に戻ると既にノモスが蒸留を始めていた。そこにディーネだけではなくドリーも合流して、蒸留器を見つめている。大精霊達のお酒に対する情熱がヒシヒシと伝わってくるのが何故か切ない。


「あー、ノモス、魔法の杖の改造は終わったの?」


「ん? 裕太か。これじゃ。杖を握って生活魔法の種火を使えば火がつくようにしておいたから、裕太でも使えるじゃろ。大きな火が出るから、やけどせんように気を付けるんじゃぞ」


「助かるよ、ありがとうノモス。これは種火を使って火が出れば後は放っておいても消えないのか?」


「ん? ああ、そうじゃの。魔石の力を使い果たすまで火が灯ったままじゃ。消したいなら魔石を外せば消えるぞ」


 ……完全に注意が蒸留器に向いているな。俺と向かい合っていても蒸留器が気になるのかチラチラと視線を向けている。あれだな好きな子の事が気になってチラ見してしまう思春期の少年のようだ。あまずっぱい。対象がお酒で、髭モジャのドワーフでなければ。


 普段なら話に加わってくるディーネや、おだやかに見守ってくれるドリーの視線も蒸留器に向いている。あっ、俺の横に居たはずのシルフィが蒸留器の横に……。


 あれだな、精霊術師の才能があって、この世の銘酒を揃える事ができれば、比較的簡単に大精霊と契約できるんじゃなかろうか? 儀式よりもお酒の方が効果がありそうだよね。


 ここでノモスに質問を続けても、空気が読めない奴って思われるだけだな。京都ならお茶漬けが出て来てもおかしくない状況な気がする。問題は蒸留器を見つめているシルフィだけど、まあ安全なんだし単独行動でいいか。前回の蒸留の時、関われなくて残念がってたからな。ノモスにお礼をいって、ソッと蒸留所から出る。


 改造された魔法の杖を持って、再び台座のところに戻る。うん、改めて台座を見るとシンプル過ぎる気がする。本気で石像を作ろうかな。魔法の杖を台座の穴にハメ込み、杖を握ったまま種火の生活魔法を使う。


「あつ!」


 種火を使うと同時にボッっと杖の上に大きな火が灯った。前髪焦げてない? ノモスの注意に従って体を離していたのに、予想以上に火が大きかった。ある意味欠陥品だな。


 石畳から下りて離れたところから見栄えを確認する。うーん、これはこれで有りな気もするが、やっぱり少し寂しい。こんどマリーさんに職人を紹介して貰おう。


 魔法の杖から出ているのは、炎って言うかロウソクの火みたいな形だ。サイズはかなり大きく縦に一メートル五十センチ、横に一メートルぐらいの火が出ている。


 ……何となくカッコいいけど、感想を言い合う相手が周りに居ないのが寂しい。やっぱりシルフィに付いてきてもらえば良かった。


 日も高くなったしそろそろお昼の時間だな。シルフィ達はたぶんお昼だよって言っても、蒸留器から離れないだろうし放っておこう。サラ達はジーナの案内も終わってるだろうし、いつもの場所で訓練でもしているかな?


「じゃあタマモ、畑に植えられているカボチャとゴボウがそろそろ食べ頃なら右手、まだ待った方がいいのなら左手に移動してくれ」


 訓練場所に行ってみると、ベル達とジーナ達がコミュニケーションの練習をしていた。今はジーナの質問にタマモが楽しそうに右手に移動している。


 そろそろ食べ頃なのか、あのカボチャとゴボウ。って言うか一つは何の野菜か分からなかったけど、ゴボウだったのか。うーん、カボチャとゴボウか……どうやって食べよう?


 煮つけやキンピラは上手く作れる自信が無いし、焼きカボチャか蒸かしカボチャぐらいしか思いつかない。ああ、ゴボウとカボチャは天ぷらにしても美味しいし、天ぷらに挑戦してみるか。


 明日収穫するとして、芝生も生やす予定だし、丁度良いから畑を中央ブロックから隣のブロックに移動させるか。トマトはまだ収穫できないけど、トゥルとタマモに頼めば何とかなるだろう。


「あっ、ゆーただーー」


 ベルが俺に気が付いて突進してきて、ポスンと俺の腕の中に納まる。


「おひる? ごはん?」


 クリクリとした瞳で俺を見上げながら、ご飯の時間かと聞いてくるベル。少し遅れてレイン、トゥル、タマモも飛んできてごはん? ごはん? っと騒ぐ。相変わらず食べるの大好きだな。毎回食事をこれだけ楽しみにできるのは幸せだよね。


「うん、ごはんだよ」


 喜ぶベル達を愛でていると、ジーナ達もこちらに来た。


「お師匠様、準備が終わったんですか?」


「ああ、終わったよ。サラもジーナをしっかり案内できた?」


「はい、玉兎達が居る場所以外は全て回りました」「田んぼの説明もしたんだ」「もりもあるいたの!」


 サラだけでなくマルコとキッカもどんな事をしたのかを口々に教えてくれた。順調に拠点を案内できたようだ。


「ジーナ、一通り歩いてみてどうだった? ここで暮らして行けそう?」


「ああ、凄いね! 死の大地って何も無い本当に死んだ土地だって聞いてたけど、精霊樹があって、森があって泉があって、夢かと思ったよ。師匠は凄いな! 人が少ないのは寂しいけどそれ以外は何の問題も無いよ」


 物凄くキラキラした瞳で見つめられる。口調はともかく、美女に見詰められるとちょっと照れるな。でも問題無く生活できそうならいいか。あとはアンデッドとの戦いに耐えられるかだな。


「褒めて貰えて嬉しいよ。これからもコツコツとこの場所を発展させるつもりだから、協力してくれると助かる」


「何ができるか分からないけど、手伝える事があれば頑張るよ」


「ありがとうジーナ、よろしくね。じゃあ、そろそろお昼にしようか」


 ごはんーっとしがみ付くベル達を装備したままジーナ達と一緒に家に向かう。


「お師匠様、燃えています!」「すげー」「……」「師匠、火が出てるぞ!」


 ジーナ達が俺の力作を目の前にして驚いている。ベル達は興味津々で火の近くまで飛んで行って、周りを飛びながら楽しそうに観察している。精霊だから火傷はしないだろうけど絵的に心臓に悪いな。 


「あれは火の精霊の滞在場所の為に作ったんだ。あの火がずっと燃えているから、火の精霊が落ち着いてこの場所に居られるようになるんだ。火傷すると危ないから注意してね。お昼が終わったら火の精霊を呼んで来て貰うから、午後にはジーナも精霊と契約できると思うよ」


「そうなのか、あたしにもサラ達みたいに相棒ができるんだな。なんかドキドキする!」


 ジーナ、精霊との契約に前向きなのはいいんだけど、相棒って……間違ってはいないんだけど、言葉のチョイスに疑問を覚えてしまう。でも何と言えば正解かと考えれば……家族……友達……あれ? 正解が見えない。意外と難しいな。


「まあ、シルフィが相性が良さそうな子を連れて来てくれるだろうから、仲良くなれると思うよ。精霊との契約についても、お昼ご飯を食べながら説明するね」


 俺のお昼ご飯という言葉に、飛んで行っていたベル達が戻って来たので、再び装備し直して家に戻る。


 ***


「そう言えば、ベル達は俺が火の下級精霊と契約したら嬉しい?」


 ジーナに精霊契約の事を説明したり、ワイバーンカツにテンションが上がる子供達を窘めたりしながら、ワイワイと昼食を楽しむ。途中で大事な事を思い出したのでベル達に聞いてみる。


「おともだち、ふえるのべるうれしー」「キュキュキューーー」「うれしい」「ククーーー」


 どうやら嬉しいようだ。たぶんこんな反応が返ってくるとは思ってたけど、予想通りだったな。


「じゃあ、シルフィに頼んで俺と契約してくれる下級精霊も連れて来て貰うね」


 これで泉の家に新たに三人増えるって事か。新しい仲間が増える事に喜ぶベル達。フクちゃん達も浮遊精霊の仲間が増える事を喜んでる。いずれはサラ達の契約精霊も増えるだろうし、ドンドン賑やかになるな。


 賑やかな昼食を終えて、全員で蒸留所に向かう。シルフィに火の精霊を連れて来て貰うように頼むんだけど、蒸留器から離れたくないとか言われたらどうしよう。明日にするか?


「師匠、この蒸留所ってどんな事をするの? サラ達に説明してもらったけど、よく分からなかったんだ」


 蒸留所に近づくとジーナが蒸留について尋ねてくる。サラ達もさすがに蒸留についてはよく分かっていなかったようだ。いい機会だからカクカクシカジカと説明してみる。


「へー、そんな方法で強い酒精が取り出せるのか。おいしいの?」


「んー、ディーネは気に入ってたけど、俺は蒸留したばかりのお酒は苦手だな。樽で寝かせて熟成させたのは好きだよ」


「へー、強くて美味しいお酒だと冒険者が喜びそうだけど、それだけ手間が掛かるのなら食堂で出せるお酒じゃ無いね。ちょっと残念だ」


 冒険者にウイスキーか、確かに好きそうではあるな。悪酔いして暴れる冒険者が大量に出そうな気がするけど。


「たぶん、精霊達が全部飲んじゃうから、大量に生産できるようになるまでは、外に出回らないと思うよ」


 ……そもそもシルフィ達なら売るぐらいなら飲むって言うだろう。美味しいお酒ができたら数樽ぐらいはマリーさんに卸して、評判を聞いてみたいけど手に入れられるだろうか? 蒸留の方法を広めて、色んな所で美味しいお酒が生まれたら、それはそれで楽しいはずなんだけどね。


 値段以前の問題なんだなっと納得するジーナ。朝に三樽の酒樽が空になった現場を見ているからか、あっさりと納得してくれた。


 蒸留所に入ると、大精霊達が蒸留器を見ながら色々と話し合っている。蒸留ペースや量、何度蒸留するか等、とっても楽しそうだ。


 樽に関してもどんな木がいのか、樽の内側を焦がすのはどうするのか等、俺が話した内容からどう行動するか考えている。話しかけ辛いな。しばらくじっと見ていたが、このままでは気づいてもらえ無さそうだ。意を決して声を掛ける。


「シルフィ、いいかな?」


「あら裕太、いいわよどうしたの?」


 俺の声に反応したシルフィがどうしたの? っと聞いてくる。普段のシルフィなら俺が何も言わなくても、大体の事は把握しているはずなんだけど、完全に意識がお酒に持って行かれているな。


「ああ、準備が整ったから、俺とジーナが契約できる精霊を連れて来て欲しいんだけど、どう? あとベル達も友達が増えた方が嬉しいそうだから、下級精霊も連れて来てくれると嬉しい」


「ああ、そうだったわね……」


 チラッと蒸留器を見るシルフィ。固唾を呑んで答えを待つ俺。……微妙に緊張する。


「分かったわ。じゃあ行ってくるわね」


 あっさりと頷いてくれるシルフィ。ちょっとホッとした。


「蒸留中なのにごめんね」


 俺が謝ると、シルフィは苦笑いをしながら、直ぐに戻ってくるから気にしないでと手を振って飛び立って行った。やっぱり火の精霊を呼んで来て貰うのをズラすべきだったかな? うーん、配慮ができる男になる為には選択を失敗した気がする。

読んでくださってありがとうございます。

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