百七十五話 マイホームでの食事
サラ達の部屋とジーナの部屋、ベル達の子供部屋を用意した。みんな喜んでくれているみたいだから、ちょっと嬉しい。
俺の部屋に移動して手早く家具を並べる。奥の部屋にベッドを置き、手前の部屋にはちょっと奮発して応接室のようなソファーとテーブルを買った。……応接する相手が来る事は無いだろうけどね。
日本に居た時は自分の趣味満載の部屋にしていたが、異世界にはテレビすら無い。残念な事にダメソファーにもたれ掛かって、ゲームをしながらポテチを摘まむような生活はできない。それなら師匠の威厳的にちょっと立派な部屋にするのが一番だ。
「よし、これで終わり。夕食にしようか」
家具を並べ終え夕食にする事を伝えると、部屋の中を見ていたベル達やサラ達の顔が輝く。毎日三食しっかり食べているのに、毎回ご飯を喜べるのはいい事だよね。
「師匠、料理はどうするんだ? もしよかったらあたしがやるよ」
ジーナが夕食と聞いて話しかけてくる。ジーナの手料理か。食べてみたいけど、今は時間が押してるから次の機会だな。
「お昼の時に見せた魔法の鞄に料理を買い溜めしてあるから、後は並べるだけなんだ。それでも偶に料理を作ってるからその時にお願いするよ。ああ、それとサラも料理を覚えたがっているから、一緒に料理の基礎を教えてあげてくれ。迷宮都市に行ったら、豪腕トルクの宿屋で料理を教わる予定になってるから基礎だけでいいよ」
「トルクさんに料理を習うのか! 凄いな、あそこってこの国に無かった料理を出す有名な宿だぞ。外国人にレシピを教えて貰ったらしいけど……もしかして師匠が教えたのか?」
グイグイ迫ってくるジーナ。美女に迫られるならもう少し色っぽい展開がいい。
「ああ、教えたのは俺だね。レシピは知ってたけど技術が無いからトルクさんに作ってもらったんだ。興味があるのなら、ジーナの事も頼んでみるけど習ってみる? ただし、教わったレシピを食堂でも使いたいのなら、ちゃんとトルクさんとジーナのおやじさんで話をしてね」
「ありがとう、師匠! あっ、でも精霊術師の訓練もあるし、そんな事をしていいのか?」
良かった精霊術師の事も忘れてなかったか。
「トルクさんの都合もあるし、朝だけだし問題無いよ。ジーナとサラが色々な料理を覚えて、作ってくれたら俺も助かるからね」
ジーナの場合は忙しい時の調理の補助もできるかもしれないけど、そこら辺もトルクさんと話し合ってからだな。
「ゆーた、ごはんー」
ジーナと話していると、ベル達がお腹を押さえて訴えてきた。最近覚えた、お腹ペコペコの合図だ。どこで覚えて来るんだろう? あと精霊は空腹を覚えたりしないはずだよね?
疑問に思いつつも皆を引き連れてリビングに移動する。リビングで食事っておかしい気がするけど、まあ、異世界だし問題無いだろう。みんなで食事ができるように買った、大きなテーブルに沢山の料理を並べる。
新居での初めての夕食だし豪勢にいこう。と言っても色んな種類を出すだけでメニューは変わらないけど……でもドラゴンのお肉もあるし、沢山料理が並べばそれだけで気分が上がる。
「裕太ちゃん、お姉ちゃんのお願い、聞いてくれる?」
両手を胸の前に組んで可愛らしく話しかけてくるディーネ。胸が強調されているのは作戦なんだろうか? 何を頼みたいのかは分かるから先に言っておこう。
「うーん、お祝いだしエール二杯だけね。あとは宴会まで我慢して」
「裕太ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんとっても嬉しいわ」
背後でシルフィ達も喜んでいる。もしかして胸を強調したのはあの中の誰かの入れ知恵か? 作戦なら精神を強く持たないとお酒をガッツリ持って行かれそうだ。
「ジーナ? どうしたの?」
みんながあれを食べるとか、これが食べたいとか騒いでいる中、固まっているジーナに声を掛ける。
「見た事が無い料理が沢山ある……」
なるほど、それが理由か。そう言えばジーナ以外に、ディーネとドリーも食べていない料理が結構あるし、ノモスは迷宮都市にいる間はほとんど一緒に行動していないから、全然知らない料理が沢山ある。いっぺんに沢山出すより小出しにして、楽しみを長くするべきだったかも……まあ、今更だな。
「だいたいがトルクさんに作ってもらった料理だから、気に入った料理があれば覚えておいて、トルクさんに質問するといいよ」
俺だけだと詳しいところまで説明できないからな。料理を見つめているジーナの背中を押して席につかせる。
「じゃあみんな、今日はせっかくだから乾杯をしようか。みんなグラスを持って」
ジーナが宙に浮く沢山のグラスに驚いていたが、昼間に精霊との食事についても話しておいたので、取り乱してはいない。事前の説明って大切だね。
「今日は新しい家に移り、新しい仲間が増えためでたい日だ。沢山食べて楽しく騒ごう。じゃあ、乾杯」
「「「乾杯!」」」
乾杯を済ませてさっそく料理に取り掛かる。食べた事が無い料理は大精霊達にはベル達が、ジーナにはサラ達が説明してくれている。俺は予定通りワイバーンのステーキに取り掛かろう。分厚いステーキを目の前に引き寄せる。
分厚いステーキをナイフとフォークで、分厚くカットし口いっぱいに頬張る。肉を噛み締めるとアサルトドラゴンとは違った噛み応えを感じる。
アサルトドラゴンとは違いプリプリと言えばいいのか、弾力がある肉質で鶏肉に近い食感だ。空を飛んでるから肉質が鳥に近いのかな? 肉汁溢れるとっても美味しいお肉だ。
ワイワイと食事を楽しみ、もう一杯と強請る大精霊達を撃退しながら食事を続ける。別に一杯ぐらいは問題無いと思うんだけど、更にもう一杯と際限が無くなる気がしたから頑張って拒否した。
そうするとディーネが先ほどのポーズでお願いしてきたので、負けてなるものかと強い精神で断る。ノモスがディーネに何かを言っていたから、背後で糸を引いていたのはノモスだな。もう少ししたら宴会に変わるのに、アグレッシブに酒を求める大精霊達にちょっと引く。
ジーナも大精霊達も食べた事が無い料理を気に入ったようで、結構賑やかで楽しいお食事会になった。
「じゃあ、今からはお酒が出るから、ベル達とサラ達はお休みの時間だね。ジーナは……今日は色々あって疲れているみたいだから、止めておいた方がいいか」
一応この国では飲酒は十五歳から問題無いらしいが、慣れていないのにいきなり大精霊達との宴会はハードルが高いだろう。蟒蛇達に巻き込まれて、記念すべき新しい生活の始まりが二日酔いだと可哀想だ。
あたし結構お酒は強いよ! っと言うジーナ。ヤバい、この子もイケる口らしい。なんだか死の大地にお酒好きが集まっている気がする。とりあえず新しい場所での最初の朝が、二日酔いは縁起が悪いと説得して諦めさせる。
俺も結構お酒が好きなはずなのに、異世界に来てから止める側に回っているのが、ちょっと納得いかない。
「ゆーた、べるたちおへやでねるのーー」「キュキューーー」「みんなでねる」「ククーーー」「「ホーー」」「プギューー」
ベル達がワクワクした表情で宣言する。物凄く楽しそうだ。状況は違うけど友達の家で、お泊り会をする時とか、こんな風にワクワクしていた気がするな。
「ふふ、楽しそうだね。じゃあ、お部屋に行こうか」
ベル達がベッドで固まって寝るのはとても可愛い気がする。とりあえずシルフィ達にはエールの樽を渡してみんなで二階に上がる。
それぞれとお休みの挨拶をしてサラ達やジーナと別れ子供部屋に入ると、ベル達がベッドに飛び込んでいき、コテンと横になる。幼女に少年、イルカとキツネとマメフクロウにウリ坊が、ベッドの上でじゃれ合いながらゴロゴロしている。混沌としているけど、微笑ましいな。
「寝心地はどう?」
「やわらかいー」「キュー」「かいてき」「クー」「「ホー」」「プギャ」
どうやら悪くは無いようだ。わざわざベッドで寝る必要もない子達なので、貴重なシーンかもしれない。しっかりと記憶に残しておこう。
「良かった。じゃあ明かりを消すからね。みんなおやすみ」
明かりを消して部屋を出る。暗くなってもベッドからは楽しそうな声が聞こえたし、しばらくは眠らずに遊んでいそうだな。
俺は少しシルフィ達とお酒を飲んで、早めに切り上げよう。ジーナに初日に二日酔いはダメだと言った手前、俺が二日酔いになるのも問題だよね。
リビングに戻り、ゴクゴクと喉を鳴らしながらエールを呑むシルフィ達と合流する。
「おお、裕太、戻ったか! そろそろ赤ワインが欲しいぞ」
ノモスが嬉しそうに赤ワインの樽を要求する。サラ達が居た時は微妙に距離を取ってたのに、居なくなると絶好調だな。どうしてそんなに子供が苦手なのか気になるところだ。精霊が見えないのなら子供に迷惑を掛けられる機会も無いはずなんだけどな。
「お姉ちゃんは白がいいわー。裕太ちゃん、お願いね」
ディーネが負けじと白ワインを要求してきた。今日はお祝いだし、三樽出しても問題無いか。
「今日は三樽出すけど、赤と白でいいの? シルフィとドリーは?」
「私はそれでいいわよ」
「私もです」
シルフィとドリーも赤と白で問題無いらしい。それならそれでいいか。魔法の鞄から赤ワインと白ワインの樽を取り出し、エールの樽の横に並べる。俺は、エールから始めよう。
エール樽にジョッキを突っ込んで掬い、一気に喉に流し込む。前回の岩をくり抜いたような家とは違い、ちゃんとした大工さんが作ってくれた家だからな。マイホームを手に入れた俺は、一人前の男と言ってもいいだろう。酒が美味い。
俺がいなかった間の拠点の話を聞いたり、ノモスが気にしていた海洋熟成の話をしながら楽しい気分で酒を飲む。まさか異世界でマイホームを手に入れる事になるとは思わなかったけど、頑張って幸せになろう。
読んでくださってありがとうございます。