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百六十八話 スカウト

 昨日はガッリ親子が遠くの国に旅だったし、冒険者ギルドのガードを乗り越えてくるような、面倒な相手が現れなければ、しばらくは平和なはずだ。ジーナを勧誘してそろそろ死の大地に戻るか。ああ、卵を産む鳥も買って帰らないとな。


「今日はジーナがどうするか聞きに行くよ」


「ジーナお姉さんに会いに行くんですね」「師匠、ジーナ姉ちゃんは弟子になるかな?」「キッカ、いっしょにくんれんするの!」


「はは、どうだろう? 弟子になってくれたら楽しくなるだろうけど、お店のお手伝いもあるみたいだし分からないな。まあ、弟子にならなかったとしても、迷宮都市では会えるんだから落ち込まないでね」


 悩んでるって聞いたから、脈がまったく無いって事も無さそうだ。断られたとしてもメルみたいに迷宮都市限定の弟子って形で説得できるかもしれない。


 でも一応ダメだった時の為に釘を刺しておこう。期待してダメだったら辛いから、断られる可能性も頭に刷り込んでおかないとな。キッカも断られる可能性がある事を理解したのか頷いている。これで大丈夫なはずだ。朝食の時間も終わったし、今なら時間もあるだろう。そろそろ行くか。


 ***


 ジーナに会いに行くのが嬉しいのか、ちょっとテンションが高いサラ達と、それに釣られて楽しくなったベル達に連れられて食堂に到着する。


 中を覗くとお客さんは居ないみたいだ、テーブルに洗浄の魔法を使っているジーナに声を掛ける。


「おはようジーナ、ちょっと時間を貰える?」


「ん? ああ、あんたか。中に入ってちょっと待ってくれ、直ぐに終わるから」


 奥のテーブルに案内され、ジーナが残りのテーブルに手早く洗浄を掛けて戻ってきた。


「お待たせ、弟子の話?」


「うん、どうする?」


 なんか軽い感じだったので俺も軽く返事をしてみた。大事な話なのにこの軽さは如何な物だろう。これでいいのかと疑問に思っていたら、スッとジーナが居住まいを正した。


「えーっと、お、お師匠様、わ、わ、わたくしジーナは……お師匠様の……お弟子になり……たいと」


 ……うーん、敬語で真面目に話そうとしているんだろうな。物凄く苦手なのか顔を真っ赤にして一生懸命話そうとしている。気持ちは嬉しいけど、この調子だと精霊術を覚える前に敬語で躓きそうだ。


「ジーナ、ちょっと落ち着いて。弟子になるんだから礼儀正しくしようって気持ちは、十分に伝わったから大丈夫。気にしないで楽に話していいよ」


「でも……」


 ちょっと困ったようなジーナ。色々と考えてくれていたようだ。


「ジーナ、俺はそんなに気にしないし、敬語で苦労するより、しっかり精霊と向き合ってくれる方が嬉しいよ」


 俺の言葉に少し考えた後、納得したように顔を上げた。


「弟子になるよ! よろしく頼むな、師匠!」


 ニカッっと少年のように笑って、軽い感じで言うジーナ。こっちの方が自然だな。でも敬語はともかく女性らしい仕草や言葉遣いは覚えて欲しい。サラ達がジーナも弟子になると聞いて喜んでいる。


「勧誘したのは俺だけど、人生が変わる話だよ、後悔しない?」


「悩んだしちゃんと考えて親にも相談した。それで精霊術師になるって決めたんだ」


 悩んだのならいいのかな?


「親御さんは何て言ってたの?」


「ああ、もう十八だし嫁に行った方が幸せに成れるって言われた。今までそんな事を言われた事無かったんだけどな。でも、せっかく持って生まれた能力が生かせるなら、やってみたいって頼んだんだ。親父は渋ってたけど、おふくろはドラゴンスレイヤーの弟子なら、凄い事になるって賛成してくれた。話が終わったら師匠にも両親に会って欲しいんだけどいい?」


 十八なの? 二十歳ぐらいかと思ってたよ。完全にジーナの人生に干渉してるな。俺のせいで婚期が遅れたりしたら、親父さんに恨まれそうだ。そして両親にご挨拶イベントが発生……ある意味では娘さんをください的な話ではあるし、なんか緊張してきた。


「そうか、ちゃんと考えたのなら大丈夫だね。ジーナのご両親にお会いするのも当然なんだから、何の問題も無いよ。あと、そこに居るのがご両親だよね? 今、挨拶をした方がいいかな?」


 食堂の奥、たぶん居住スペースに繋がる通路から、おじさんとおばさんが顔だけ出して覗いている。娘が心配なんだろうな。


「あっ、親父、おふくろ、この人が師匠になってくれるドラゴンスレイヤーの裕太さんだ」


 ジーナが呼びかけて手招きすると、顔だけ出していた二人がこちらに歩いて来る。俺もあわてて立ち上がって挨拶をする。


「初めまして、裕太と申します」


「ああ、ピートだ」


「あたしはダニエラだよ。噂のドラゴンスレイヤーに会えるなんて光栄だよ!」


 ピートさんは俺を見定めるかのように……ぶっちゃけると、もの凄く恨めしそうに俺を見ている。中肉中背の普通のおじさんだ。……なんか親近感を覚えるな。娘に余計な事を吹き込んだ俺を恨んでいるんだろう。


 ダニエラさんは面白そうに俺を見ている。こっちは明るい目で俺を見ている。好奇心が強いのか、色々話したそうにしているが、ピートさんが腕を掴んで抑えている。もしかして、マーサさんや家具屋のおばちゃんタイプの、お話し好きなのかもしれない。


「突然の事で戸惑われたと思いますが、責任を持って立派な精霊術師になれるように指導させて頂きます。娘さんをお預かりさせて頂いても構いませんか?」


「……精霊術師は評判が悪い。正直、可愛い娘を預けるのは反対なんだ。……反対なんだが妻はあんたの弟子になる事を賛成しているし、娘はやる気だ。……これだけは言っておく……ジーナを酷い目に遭わせたら、例えあんたがドラゴンスレイヤーだとしても、どんな方法を使ってもあんたを殺す」


 目力がハンパない。本気でどんな方法でも使いそうだ。酷い目に遭わせるつもりなんて無いから大丈夫だけど、親父の覚悟ってやつを垣間見た。


 ただ、それだけの覚悟があるのなら、娘にもっとちゃんとした服を着せてあげて欲しい。しかも男言葉を放置したままだし……もしかして男を寄せ付けない為にわざとか?


 嫁に行った方が幸せになれるって、いきなり言い出したらしいけど、精霊術師として外に出すより嫁に出しても近くに居て欲しいとか……まさか……そんな事ないよね? 親父さんの恨みの籠った真剣な目を見ると、あり得ないとも言い切れない。


「俺は弟子を酷い目に遭わせる事なんて無いので安心してください。言葉で言っても信用し辛いと思いますが、頻繁に迷宮都市には来ますから、その時にご自身の目で確認すれば安心してくださると思います」


「そうか、迷宮都市にいない時はどこにいるんだ?」


 警察の職質を思い出す。チラッとジーナを見ると、両手を拝むように合わせてペコリと頭を下げた。どうやら止められないらしい。まあ、ここで止められてもピートさんが消化不良で不安が増すだけか。


「大体は拠点に居ます。ですが申し訳ないですが拠点の場所は秘密なんです」


「どうして秘密なんだ?」


 死の大地ってだけで印象が悪いし、死の大地に泉があるって広まったら、それだけで面倒事が増えるからなんだけど、それを説明しても信じて貰え無いだろう。


「貴重な場所ですから、人に知られると狙われる可能性があるからですね」


 大丈夫なのか? って顔をしている。それからも色々と職質のような質問が続き、ようやく終わったと思ったら、抑えられていたダニエラさんの好奇心を含んだ質問が始まる。ヤバい、結構辛いぞ。


 ***


「じゃあ、出発は二日後でいいんだね。別にそんなに急がなくても問題無いよ?」


「大丈夫、ゆっくりしてると親父が面倒なんだ。早い方がいい」


 ああ、ちょっと納得。隙を見て止めようとしそうだもんな。


「分かった。じゃあ、ジーナの部屋もあるし魔法の鞄もあるから、必要な荷物は全部持ってきていいよ」


「分かった、それと何か必要な物はあるか?」


 必要な物? ……女の子の月一回のあれは俺が心配する事では無いよな。セクハラになりそうだし言うのは止めておこう。それ以外だと……食料はあるし衣服は持ってくるから装備ぐらいだな。装備は俺が一緒に買いに行けばいいし、特に必要な物は無さそうだ。


「あっ、拠点は暑いから水に入って涼んだりするんだ。水着とかある?」


 さすがにジーナに下着で水に入らせるのは不味いだろう。ついでにサラ達の水着も買っておくか。


「水着? 水に入る時の服なら確か冒険者ギルドの中の店にあるってお客が言ってたな。あたしは持ってないから買っておくよ」


 水に入る服? 冒険者ギルドにあるって事はレジャーじゃ無くて、水場の冒険用だろうから露出は期待でき無さそうだな。ちょっと残念だ。


 いや、まだ見た事無いけどファンタジー世界には、ビキニアーマーもある可能性があるんだ。布面積が多いと動きにくいんだし、ビキニがある可能性もある。希望は捨てないようにしよう。


「俺達も必要だし二日後に集合した後、ジーナの防具も買いに行くからその時についでに揃えよう」


「防具? そう言えば精霊術師になるんだもんな。あたし、あんまり金を持ってないけど足りるかな?」


「弟子の装備ぐらい師匠の俺が揃えるから心配しなくていいよ」


 ちょっとカッコいい。それにローブぐらいだし安い物だ。遠慮するジーナを説き伏せて別れを告げて館に戻る。


「師匠、ジーナ姉ちゃんが弟子になったんだよね?」


 部屋に戻るとマルコが話し合いの結論を確認してきた。ピートさんとダニエラさんの話にマルコとキッカは、ちんぷんかんぷんになってたからしょうがないか。


「うん、弟子になったよ。二日後から一緒だね」


「おおー」「いっしょ、いっしょ、ジーナおねえちゃんといっしょ!」


 マルコとキッカがサラを巻き込んで喜んでいる。うん、サラとキッカが大きくなった時に、女性としてジーナがサラとキッカに色々教えてくれれば、俺も大いに助かるからな。スカウトが成功したのは本当に幸運だった。サラ達を眺めているとふよふよとベルが飛んで来て、俺の腕の中に納まった。


「ゆーた、じーなもでし?」


 コテンと首を傾げてベルが俺に聞く。


「うん、ジーナも俺の弟子になったよ。ジーナも精霊と契約するから、ベル達にも新しい友達が増えるね」


 頭を撫でながら答えると、友達のくだりでベルの瞳が輝きだした。


「ともだち、ふえるーー」


 おっと、興奮したベルが俺の腕の中から飛び出し、手足をパタパタと振り回しながらレイン達に突撃して、みんなで新しい友達が増える事を喜びだした。トゥル、モフモフって呟いて喜んでるけど、どんな精霊が来るのかは分かって無いから期待し過ぎないようにね。


 喜んで騒ぐベル達とサラ達を見守りながらホッコリしていると、シルフィが話しかけてきた。


「ねえ裕太、思ったんだけどジーナの両親に護衛を付けておいた方がいいんじゃない? 私達が迷宮都市にいる間は注意しておくから問題無いけど、泉の家に戻って何かあった時はさすがに間に合わないわよ」


 ……そう言えば俺って潜在的な敵が大勢いるんだよな。今までは身内がいないか、離れていても中級精霊が護衛してたりと問題にならなかったけど、ジーナの両親は腕が立つって感じでは無かった。


 弟子の両親を人質にとって、俺に言う事を聞かせようとする奴って結構居そうだな。今はまだ弟子にした事は広まって無いだろうし、水着を買う時にジーナを冒険者ギルドに登録させて、ついでにジーナの両親の事を伝えておこう。


 契約にもあるしガードしてくれるはずだ。心配なのはガッリ子爵のようなタイプの人間だけど、人攫いを自分自身でやる事は無いだろうし、なんとかなるはずだ。


 物凄い腕利きを派遣して来たら守り切れない可能性はあるけど、そこまで考えたら何もできない。幸い人質として攫われたのなら命は保証されるだろうし、大精霊全員に頼んで関わった敵に地獄を見て貰おう。


「シルフィ、ありがとう。考えてなかったよ。次に冒険者ギルドに行った時に話を通しておくね」


「どういたしまして。裕太も仲間を増やすって事は弱みも増えるって事でもあるんだから、しっかり考えておかないとダメよ」


 うん、クールビューティーに窘められるように怒られるのって、ちょっと……。


「了解、しっかり考えておくよ」


「なんで笑顔なの?」


 いかん、本心が表情に出ていたようだ。相変わらず顔に出やすいらしい。注意しないとな。

読んでくださってありがとうございます。

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