百六十七話 親子の旅立ち
トルクさんに沢山の料理を作って貰った。ずっと気になっていたマグマフィッシュを、朝食に食べる事ができて大満足だ。異世界の珍味に相応しい珍妙さだったけど、それもまたよしって感じだね。
「みんな、おいしかった?」
「おいしかったー」「キュキュー」「まんぞく」「ククー」「お師匠様、美味しかったです」「師匠、すごくおいしかった」「あげものすき」「「ホーホー」」「プギュ」「はじめての味は楽しいわね」
「そっか、良かった」
みんな喜んでくれてたし俺も楽しめた。食料確保は大成功って事でいいな。まだ、ドラゴンの舌や真打のファイアードラゴンのお肉も残っているし、楽しみがいっぱいだ。
「お師匠様、今日はどうするんですか?」
サラが今日の予定を聞いてきた。うーん、なんか満足したし一日が終わった気になってたけど、まだ朝なんだよな。ジーナに会いに行こうかと思ってたけど、今日はもうグータラしたい気分だ。今日、明日ぐらいはお休みにしてもいい気がする。のんびりベル達と戯れよう。
「今日からの予定は……俺は迷宮から戻って休んでないし、サラ達も休みを取って無いから数日休みにしよっか。好きに出かけていいけど、用心の為にドリーについていってもらうから出かける時は言ってね」
サラ達も館に籠って訓練ばっかりだったんだから、迷宮都市で遊ばせよう。お小遣いも渡しておかないとな。
「裕太、あの子爵が出発したわよ。馬車だし王都に到着するのは四日後ってところね」
……すっかり忘れてた。あの面倒な貴族が残ってたんだ。一応貴族と揉めてるんだし、ジーナの勧誘はあの子爵の対処が終わってからにするか。弟子になってくれた途端に面倒事に巻き込むのは可哀想だもんな。まあ、弟子になってくれるかどうかも分からないけどね。
「了解、ありがとうシルフィ。王都に到着したら教えてくれる?」
「ええ、一応到着する頃に私が様子を見に行くわね」
「ありがとう、手間を掛けてごめんね」
「気にしなくていいわ」
手をパタパタを振りながら言うシルフィ。でも、ワクワクした感じが無いから、やっぱり手間を掛けてるよね。興味がある時は速攻で飛んで行くもん。
***
「裕太、あの子爵が侯爵の屋敷に到着したわよ。どうする?」
メルの所に顔を出したり、美味しい料理を楽しんだりと、のんべんだらりと休日を過ごす。完全に気を抜いていると、子爵がもう直ぐ王都に到着するからと様子を見に行ったシルフィが戻ってきた。ついに到着したか。
四日目の夜に到着か、貴族だからゆっくりなのかな? まあいい、この日の為に色々と準備をしたからちょっと楽しみだ。
「うん、直ぐに行こうか。あっ、ちょっと待って、ベル達とサラ達に伝えるから」
休日なのに自主的に訓練しているサラ達と、それを手伝っていたベル達を呼ぶ。サラ達は何度か出かけたが訓練は毎日欠かさないとっても真面目ないい子達だ。俺としてはだらけ辛いからもっと気を抜いて欲しい気もする。
そう言えばサラ達がジーナの食堂に遊びに行った時に、精霊術師について色々聞かれたそうだ。訓練内容についてはちゃんと秘密にしたが、話せるところは色々と話したらしい。ジーナはうーんと悩んでいたみたいだが、悩むって事は脈があるって事なはずだ。期待しておこう。
「ゆーた、なーにー?」「キュー?」「おてつだい?」「クー?」
「お師匠様、なんですか?」「師匠、あたらしい訓練?」「くんれん?」「「ホー?」」「プギャ?」
うん、呼びかけるとこれだけ返事が来るって大家族だよね。
「お手伝いでも新しい訓練でもないよ。俺はちょっとシルフィと出かけてくるから、みんなお留守番をよろしく。ドリーを呼んでおくし朝までには帰ってくるからみんなは寝ててね」
みんな元気にお返事してくれる。俺って恵まれてるよね。全員の頭をナデナデした後、ドリーを召喚しようとしてふと思う。最近ディーネを呼んでないからこのままだと拗ねる気がする。でもディーネだけだとなんか心配なんだよな。
安全面は信頼しているけど、高確率でベル達が不思議な事を覚えるからな。……まあ、ディーネとドリーの両方を呼ぶか。ドリーがストッパーになってくれるはずだ。
「お姉ちゃんが来たわよー」
張りきって登場したディーネに、ベル達が「でぃーねー」っと群がってご挨拶する。ワチャワチャして楽しそうだ。今のうちにドリーを召喚して子守を頼んでおく。ディーネとのご挨拶が終わったベル達がドリーにご挨拶しにきた。
「裕太ちゃん、ベルちゃん達のご挨拶が、お姉ちゃんとドリーちゃんで随分違うと思わない?」
不思議そうに首を傾げるディーネ、何と答えたらいいのか分からない俺。
「そ、そうか? 俺には良く分からないな。それで、あれだ、頼りになるディーネにベル達とサラ達の子守を頼みたいんだけど大丈夫かな?」
「お姉ちゃんにお願い事なのね。お姉ちゃんにお任せよ!」
……短い言葉の間に二回もお姉ちゃんを挟んでくるのは、いまだにお姉ちゃんを印象付けようとしているのかな? まあいいか、張り切って請け負ってくれたんだから大丈夫だと信じよう。ドリーにもしっかりと頼んであるし安心だ。
「じゃあ行ってくるね。シルフィ、お願い」
みんなに手を振って窓からコッソリと空に飛び出す。
「じゃあ行くわよ」
「うん」
……速攻で目的地に到着した。まあそうだよね。馬で二日の距離だもん、シルフィが飛ばせば直ぐに着くよ。ここが王都か……結構大きいな。これだけ近いんだし今度はみんなで王都に遊びに来るのも楽しそうだ。
「あら、丁度子爵が侯爵の部屋に向かうみたいよ。聞く?」
聞けるの? って言うか男同士の会話を盗み聞きするって、ちょっとキモイ。だけど何をしようとするのか聞いておくのも重要か。
「頼むよ!」
「ええ、じゃあ、風を受け入れてね」
シルフィが言うとフワッっと優しい風が吹いてきた……気持ちのいい風に乗って男二人の会話が俺の耳に届く……なんかちょっと嫌だ。
王都の侯爵の屋敷の上でプカプカと浮かびながら、風に乗って流れてくる会話を聞く。ラジオを聞いていると思えば嫌悪感が少しだけ薄れた。
「父上! 例の冒険者は貴族の何たるかも分からん愚か者でした。あのようなゴミ、殺してしまいましょう」
奴隷にするんじゃ無かったのか? しかし自分の事を頭がいいとは思っていないが、あの子爵に愚か者とか言われるとカチンとくるな。凄く酷い侮辱を受けている気がする。
「落ち着け。下賤の者とは言え利用価値があるのは事実だ。そして下賤の者には貴族の高貴さなど理解できんものだ。命令に従わぬような者には、それなりのやり方があるだろう。罪を着せて奴隷に落とすか、周りの者でも攫って言う事を聞かせろ。そうすれば迷宮の財宝も素材も戦争での名誉も全てが我がガッリ家の物だ」
……父親の侯爵も逝っちゃってる系の貴族だったか。甘やかされて何でも自分の思い通りになると、あんな特級のモンスターが生まれるんだな。やっぱりベル達やサラ達も叱るべきか? ……うーん、叱るような事をしないし、注意すれば繰り返さないから叱る必要は無いか、あの子爵とは人間の出来が違う。それにしてもなんの躊躇いも無く犯罪行為を選択しそうだな。
「ぐふふ、確かにあのような下賤の者を、わざわざ仕えさせる必要もありませんな。では、あの冒険者は我が家の宝を盗んだとでもして奴隷に落としてしまいましょう。弟子も攫っておけば確実ですな」
「ぐはは、さすが我が息子だ。その慎重さ! ガッリ侯爵家を継ぐ者として相応しいぞ」
……頭が痛い。なんかサラ達を攫うとか言われると、怒りが湧いてくるはずなのに、怒りが湧くどころか悲しみが込み上げてくる。会話を聞いているだけで頭が悪くなりそうだ。
「ねえ裕太、もう首をハネちゃわない?」
シルフィの言葉に物凄く心が魅かれる。でもまあ、実行した訳でも無いんだし、バカ二人の生首とか見たくないな。王家から詰問の使者が来るはずだけど、この調子だとその前にこちらにちょっかいを出してきそうだし、作戦通りに事を進めよう。
「せっかく作戦を考えたんだし、俺はあんな二人でもやればできる子だって信じるよ」
「そうかしら? まあ、裕太がそう言うのならいいわ。ダメだったらその時に首をハネましょうね」
……よっぽど首をハネたいらしい。シルフィってああ言うタイプが嫌いだよね……好きな人の方が少ないか。欲望に塗れたバカ親子の会話を聞くのも疲れたので、シルフィに会話を止めて貰い、空の上でのんびり王都を眺めながら紅茶を飲む。
普通のファンタジー世界では夜は暗い感じだと思うんだけど、生活魔法はほぼ全員が使えるから、そこら中に光球が上がり、なかなか見ごたえがある光景だ。
親子二人でお酒を飲みだしたので、俺とシルフィは久しぶりに二人でのんびりと会話をする。こう言う時間も悪く無いな。
***
……ようやく侯爵と子爵が寝静まった。酒だけならまだしもバカ息子の方はメイドさんに手を出しやがった。妬みとシルフィとの間に流れた気まずい沈黙……決めた、予定よりもう少し厳しくしよう。だってムカつくんだもん。
シルフィに案内してもらって、コッソリと窓から屋敷に侵入する。警備の人も居るんだけど、空からの侵入はあんまり対策がしていないようだ。さすがに窓部分には金属の格子がハマっているけど、シルフィがスパッっと切断してくれる。風の膜で音も漏れない便利仕様だ。俺、ル〇ン並みの大怪盗に成れる気がするな。
シルフィの完璧な索敵のおかげで何の問題も無く子爵の部屋に到着する。他人の家に不法侵入をしているのに、怪盗的なドキドキ感がゼロなのが物足りない。
まあいい、シルフィに頼んで子爵を風の繭で包んで貰う。隣で寝ているメイドさんに視線が向きそうだが、紳士として頑張って目を逸らす。子爵も全裸なので布をかぶせておく。こちらは見たくもないので手早く終わる。
(シルフィ、目が覚めないかな?)
「大丈夫よ。動物を眠らせたのと同じでしばらく気が付かないわ」
なるほど、動物達も全然起きなかったし大丈夫か。そのまま移動して侯爵も同じように風の繭で包み屋敷から脱出する。最初は王城に全裸で放り込んでおこうかと思ったけど、処刑されてサクッと終わるか、王様が甘い判断をして内密に許してしまう可能性があるので別の方法にした。
「じゃあ、行くわよ」
「うん、お願い」
子爵と侯爵を風の繭で包んだまま、空を飛び大陸を横断する。
「ここがクリソプレーズ王国から一番遠い国よ。あの小さな村の側でいいかしら?」
「うん、寝ている間に魔物に襲われない場所がいいな」
「分かったわ、あの茂みに投げ込んでおけば朝には見つかると思うからそれでもいい?」
んー、まあいいか、シルフィも子爵と侯爵に手を掛けるのが面倒そうだし、俺が過保護にする理由も無い。虫にでも集られたら目が覚めるだろう。
「うん、でもその前に服をお願いね」
ちょっと嫌そうにシルフィが手を振ると、侯爵の寝間着が粉みじんになる。醜い光景だ。ベル達にお留守番して貰って良かったな。激しく教育に悪い。
子爵と侯爵を全裸にして茂みに投げ入れ、一般市民が着る服に十万エルトを包み侯爵の上に置く。服はともかくお金を渡すかは迷った。でもこの親子、最初の資金が無いと一瞬で詰みそうだからな。
せっかく手間を掛けたんだ、何かしらの旋風を巻き起こして欲しい。本当は子爵にも十万エルトを渡すつもりだったけど、メイドさんに手を出すような奴に渡す金は無い。
身分を証明する物も無く、僅かなお金でクリソプレーズ王国に帰り着く試練。帰って来た時には立派な大人に成長している事だろう。途中で死んでしまってもそれはそれでしょうがない。死の大地に放置された俺よりかは随分マシなはずだ。
子爵と侯爵が行方不明になれば、俺にちょっかいを出すどころじゃ無いだろうし、あんまり遅くなると他の人が家を継いじゃいそうだ。どうなるかな? ちょっと楽しみだ。
俺に手を出した貴族が行方不明になったんだ。俺が疑われるだろうけど、証拠は残してないし、王様がガッリ侯爵の行方不明にブチ切れなければなんとかなるだろう。これで当分は面倒事が起こらなくなる……といいな。
百六十六話でご指摘を受けているカルクと言う名前ですが、誤字では無く豪腕トルクの宿の息子です。話の中に数度しか出ておらず、紛らわしい名前で誤解をまねいてしまいました。申し訳ありません。
時間ができましたら登場人物をまとめた物を作りたいのですが、年末年始は時間が取れずまだ先になると思います。
読んでくださってありがとうございます。