表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/754

百六十六話 でも美味しい

 早朝からトルクさんに料理を頼み、次々と完成する料理を魔法の鞄に収納する。基本的なメニューのオークステーキやラフバードステーキはもちろん、新メニューの揚げ物も沢山手に入れた。


「通常のメニューはこんな物だな。次はマグマフィッシュを調理するぞ」


 おお、いよいよマグマフィッシュか。マグマを泳ぐ魚、どんな味なのかかなり興味があったんだよな。トルクさんが冷蔵庫から取り出したのは、マグマが固まりゴツゴツとした岩を纏った魚ではなく、綺麗に切り分けられたサーモンピンクの切り身だ。


 マグマフィッシュってサーモンなのか? サーモンの身の色ってエサの影響であんな色になるってテレビでやってたけど、マグマにも同じような色素を持ったエサが……それ以前にマグマの中にエサになる生き物が居るのかが疑問だ。さすが異世界、訳が分からん。


「綺麗な身の色ですね。あの岩でゴツゴツした外見からは想像できませんでした」


「ああ、綺麗な身の色だが、あの岩を外すのは苦労したぞ。少し手順を間違えると身がグズグズになっちまうからな。だが、それに見合うだけの味なのは間違いないぞ。裕太の言葉に甘えて試作した料理をマーサとカルクと食べたんだが、感動ものだ」


 感動する味なのか……具体的な味の情報がいっさい無いが、期待値は上がる。


「楽しみです。どのような料理にするんですか?」


 サーモンって生っぽい料理が多い気がするんだけど、マグマフィッシュはどうなんだろう?


「マグマフィッシュの身は熱を通すとマグマの熱に耐える身の力が活性化し、独特の食感が生まれるんだ。塩焼きはもちろん揚げ物にも適しているぞ。いくつか試してみたが、魚はオークの油よりも植物油で揚げる方が風味が生かされて美味い」


 トルクさんの説明が頭に入って来ない。切り身になっているのに熱を通したら身の力が活性化? 切り身になっても何か能力が残っているとか微妙に怖い。


「そ、そうなんですか……楽しみです」


「ああ、さっそく料理に取り掛かるから、期待していて問題無いぞ」


 トルクさん、自信満々だな。ちょっと怖いけど期待しよう。


 焼き、スープ、フライが基本みたいだ。味付けは様々だけど料理の種類が少ないな。フライも俺が教えたからトルクさんが魚に応用したんだろうし、魚料理の種類自体が少ないのかも。トルクさんの料理の基本はお肉たっぷりだからな。


 刺身、カルパッチョ、ムニエル、ホイル焼き、鍋なんかも欲しいんだけど、メニューを増やして貰うのは、ミルフィーユカツと同じ理由でダメだ。徐々に食べたい料理を伝えて、俺好みのメニューを増やして理想の食堂を作ろう。あっ、食堂じゃ無くて宿屋だったな。


 あとサーモンフライにはタルタルソースが欲しいな。卵も手に入りそうだし、知識チートの王道、マヨネーズの出番かも……いや、なんかちゃんと管理した卵じゃ無いと危険って聞いた事がある。マヨネーズも命の精霊が来るまで危険か。なかなか上手く行かないな。でも、実際に料理をするところを見ていると、色々と思いつく。


 マグマフィッシュからワイバーンに移行し、沢山の料理が作られる。なんか俺が作ったアサルトドラゴンのステーキとは雰囲気が違うな。見ているとオーク肉のステーキの時は気が付かなかったが、トルクさんの拘りが良く分かる。


 分厚く切られたワイバーンのお肉を位置を変えながら焼いている。強火、中火、弱火、ちゃんと考えているみたいだ。って言うか俺が分かる事なんだから料理人のトルクさんなら気付いて当たりまえか。


 弱火部分でじっくりと分厚いワイバーンステーキが焼かれる。……分厚いお肉ってそれだけでもワクワクするのに、ワイバーンのお肉だとどう気持ちを落ち着けたらいいのか分からない。俺もサラ達もベル達もお肉に釘付けだ。あのお肉、かぶりついたらどんな味なんだろう?


 ***


「ありがとうございました。お幾らになりますか?」


「これだけの素材を扱わせて貰ったんだ、金など要らん。そもそも今まで教えて貰った料理のレシピで、こっちが金を払わないかんぐらいだぞ。売り上げの一部を渡そうかとマーサと話し合ってるんだ」


 徹夜で料理をさせてオークやラフバード、他にも色々と素材を使わせておいて無料とか言われたら、次から気まずくて頼み辛くなるな。


「それならせめて材料費だけでも受け取ってください。売り上げの一部もいりません。どうしてもと言うのならその分のお金で調理道具や調味料を充実させ、料理の腕を磨いてください。俺が作って欲しい料理はまだまだありますし、ファイアードラゴンのお肉も、いずれトルクさんに料理してもらうつもりなんですから」


「新しいレシピにファイアードラゴンの肉だと!」


 ……トルクさんが俺の両肩を掴み揺さぶる。普通に怖い。


「トルクさん、落ち着いてください。そう言う訳ですので、お金を貰うより腕を磨いてもらった方が助かります」


「わ、わかった、今度から材料費は貰おう。だが今回は金は受け取らん。マーサからお礼を含めてしっかり頑張るように言われているからな。金など取ったら怒られるんだ」


 ……完全にマーサさんの尻に敷かれているな。豪腕トルクが奥さんに叱られるからと、情けない表情をしているのがちょっと面白い。この世界でも奥さんは強いみたいだ。まあ、今回は素直に気持ちを貰っておいた方が良さそうだな。


「分かりました。今回はお言葉に甘えさせて頂きます」


「ああ、助かる。それでレシピってどんなのなんだ? ファイアードラゴンはまた倒しに行くのか?」


 ホッとした表情もつかの間、興味がレシピと肉に移る。切り替えが早い。


「レシピはマーサさんにお渡ししておきます。ファイアードラゴンはまた倒した時に持って来ますね」


「い、いや、マーサに渡しても二度手間だろう。レシピは直接俺に渡して貰って構わないぞ。いま持っているのか?」


 トルクさんが料理をしている間にレシピは書いたから持ってはいる。でも渡したらこのままレシピの再現に突っ走るんだろうな。俺の料理の合間にもお客さんに出す朝食も作ってたし、昼から忙しくなるのに暴走させたら宿に迷惑が掛かる。


「持っていますけど、マーサさんに渡します。トルクさんがしっかりと体調を整えたら渡すように頼んでおきますので、しっかり休んでマーサさんから許可を貰ってくださいね。では、マーサさんの所に行ってきます。今日はありがとうございました。ほら、サラもお礼を言って」


「はい、トルクさん、お料理を見せて下さってありがとうございました。次からよろしくお願いします」


「お、おう。いや違う、レシピをな……」


 トルクさんの言いたい事は分かるが、分からないフリをして一礼して厨房を出る。空を切るように伸ばされた手が切ないが、俺も社会人をやってたんだ。トルクさんとマーサさん、どちらに気を使うべきかは分かる。ごめんなさいトルクさん。


「おや、料理はできたのかい?」


「ええ、トルクさんに頑張って貰いました。あれだけの量を貰ってしまってすみません」


「あはは、何を言ってるんだい。あんたに食べさせてもらったマグマフィッシュやワイバーンなんて、お金を払ったってなかなか食べられないんだ。当然の事だよ。カルクも大喜びさ」


 付け届けって大事だな。


「喜んでもらえて良かったです。それで、揚げ物について新しいレシピを書いたので、後でトルクさんに渡しておいてください」


 レシピには唐揚げとフライドポテトも追加しておいた。肉ばっかりに拘って、揚げ芋を忘れるなんて反省しないとな。


「気を使って貰って悪いね。後で渡しておくよ。それで、教えて貰ったレシピなんだけど、話題になって色々マネするところが出て来ているんだけど問題無いかい? この宿だけで独占するには惜しい料理ばかりだから、許してやってくれるとありがたいんだけどね」


 人気の料理が出たら他の料理人も研究するよね。俺的には全然問題無い。そこから色んなメニューが派生してくれた方がベル達も喜ぶだろう。迷宮都市がグルメ都市って言われるぐらい発展して欲しいぐらいだ。


「問題ありません。色んな料理が増えるのは俺にとってもありがたいですから」


「そうかい。そう言ってくれると助かるよ」


「いえいえ、では、俺はそろそろ失礼しますね」


「ここで食べて行かないのかい?」


「できるだけ早く料理を運びたいので帰ります。料理の感想は次に来た時に言いますね」


 ベル達の視線が早くご飯を食べたいって言ってるから急いで帰らないと。サラ達も味見としてちょっとは食べたけど、まだまだ食べられるだろう。マーサさんに別れの挨拶をして宿に出る。宿に居る間、ずっと待てってされてた気分だったから、待ちきれない。少し犬の気持ちが分かったかも。


 足早に迷宮都市を歩き館に向かう。ベル達の先導ペースも若干早いし、サラ達のペースも早い。みんな同じ気持ちなんだろう。


「裕太、ワルキューレが来るわよ」


 シルフィが面倒な事を教えてくれた……何故このタイミングで現れるんだろう。避けるか? 大通りから路地に抜ければ、避けられそうだが結構な遠回りになる……今のところ基本的に挨拶だけだし、手早く済ませた方が早く帰れそうだな。


 諦めてそのまま先に進むと、周りの注目を集めながらワルキューレのメンバーが歩いてくる。そして当然のように俺を見つけ聖母のような笑顔で近寄ってくる。


 この人もマリーさんも利益に忠実なのは変わらないはずなんだけど、印象が違うのが不思議だ。マリーさんは欲望が抑えきれずに顔に出るから安心できるのかな? ワルキューレは完全に外見を取り繕っているから、逆に怖いのかもしれない。


「裕太さん、お久しぶりです。迷宮の翼とマッスルスターの方達とのお約束の日から、あまり日数が経っておりませんが、もう戻られたのですか? なにかアクシデントでも?」


 とても心配そうな表情で聞いてくるワルキューレのリーダー。俺が飛べるのを知ってるかどうかは分からないが、移動速度を短縮できる方法があるって知ってるだろうに、微塵も匂わせないのが凄いな。


「いえ、何もアクシデントはありませんでした。無事に終わりましたので問題ありません」


「まあ、ではファイアードラゴンを討伐されたのですね。是非ともお話をお聞かせ頂きたいですわ」


 スッと体を寄せてくるワルキューレのリーダー。裏の顔を知らなければ確実に手玉に取られてたと思う手管だ。今までは挨拶だけだったのに、急いでる時に限って次の展開に移行しないで欲しい。


「いえ、たいした事はありませんでした。申し訳ありませんが約束がありまして、失礼しますね。ほら、サラ、マルコ、キッカ、行くよ」


 ペコリと一礼してサラ達と足早に立ち去る。迷宮の翼やマッスルスターの事が知りたくて、情報を得ようとしたんだろうな。迷宮の翼とマッスルスターの情報を得たら、様子見を止めて接近して来そうだな。


 ……面倒だが今は忘れて美味しいご飯だ、ワルキューレの事は後で考えよう。更に歩くペースを上げて館に戻る。セバスさんに声をかけて速攻で部屋に籠る。さあ、美味しいご飯の時間だ。


「みんな、何が食べたい?」


 俺が聞くと、次々にリクエストが出る。みんな食べたい物が決まってたんだね。リクエストされた料理を並べいつもより少し遅い朝食を始める。


「おいしーー」「キュキューー」


 わき目も降らず極厚のワイバーンステーキ(ニンニクましまし)にかぶりつくベルとレイン。花が咲くような笑顔だ。


「すごい」「クククーー」


 ワイバーンのカツを食べたトゥルとタマモも大興奮だ。


「キッカ、これも美味しいわよ」「キッカ、こっちもうまいぞ」「うん、これもおいしいよ」


 サラ達はフクちゃん達にご飯を分けながらも、シェアして色々な料理を楽しんでいる。なんか日本でもよく見た光景だな。


「裕太、この揚げ物っていいわね。エールに合いそうだわ」


 そんな目で見ても朝からエールは出さないからね。


「そうだね、エールも合うと思うよ。今度みんなでお酒を飲む時におつまみとして出すね」


 そんなに露骨にガッカリしないで欲しい。さすがに朝からエールのジョッキが空中に浮かんでいるのを、サラ達に見せる訳にいかないんだ。目を逸らして俺も朝食にしよう。


 何を食べるかな? オークカツやラフバードカツも気になるが、ずっと気になっていたマグマフィッシュからにするか。ワイバーンの極厚ステーキは夜だな。マグマフィッシュの塩焼きと白飯を並べる。シンプルだけど、なかなか魅力的な光景だ。味噌汁とお漬物があれば百点の朝食だな。


 サーモンピンクのマグマフィッシュの身を箸で解し口に運ぶ。おうふ、思った以上に身が熱々だ。ハフハフ言いながら身を噛み締める。まるで焼き立てのタコ焼きを口に入れたみたいだ。


 身に熱を溜め込む性質なのか? 魚とは思えない熱量、さすがマグマフィッシュだな。毎回ハフハフ言うのが面倒だけど。


 熱々の身を噛み締めると、一瞬の強い抵抗の後にホロホロと身が崩れ、口の中いっぱいに濃厚な魚の旨みが広がる。鮭に似た肉質かと思ってたけど違うんだな。焼き魚を食べたはずなのに濃厚な魚介スープを食べたような気分になる。


 異世界の珍味って言うだけあって、他の魚とは比べ物にならないほど不思議な味だ。まあ、美味しいのは美味しいんだけど、違和感が凄い。でも美味しい。

読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ