百六十四話 質の悪いバカだった
テンプレな傲慢貴族が館にやって来た。想像以上に話が通じなくて悩んでいると、冒険者ギルドのマスターが来た。冒険者ギルドって面倒だと思ってたんだけど更に面倒なのが来ると、冒険者ギルドのマスターの登場がちょっと嬉しい。不思議な気分だ。
「裕太殿、ここからは冒険者ギルドに話し合いを任せて頂いても構いませんか?」
ギルマスが俺に話しかけてくる。冒険者ギルドのマスターが俺に敬語なのは問題な気もするが、今までの関係上そうならざる得ないんだろうな。
「はい、お願いします」
とりあえず任せてしまおう。こういう面倒な相手を押し付ける為に迷宮の翼やマッスルスターを五十一層まで連れて行ったんだからな。しっかりお願いします。
「おお、冒険者ギルドのマスターなら話は早いですな。ガッリ様がそこの冒険者をお望みなのです。至急手続きを。それとそこの冒険者もそうですが、貴族に対する礼儀がなっておりません。もっと下に対する教育をしっかりして頂きたいですな」
筆頭従者様が喜色を浮かべて話しかける。子爵クラスの筆頭従者って冒険者ギルドのマスターに、偉そうに文句を言えるほど偉いのか? もしそうなら貴族の権力ハンパないな。いや、ガッリ子爵の場合は父親の権力もあるから、強気に出られる可能性もあるか。
「ガッリ子爵、国と冒険者ギルド、商業ギルド、ポルリウス商会で、貴重な素材の納入方法を取り決め、裕太殿には手出し無用と合意ができています。このような引き抜き行為をされては困りますな」
ギルマスが筆頭従者を無視してガッリ子爵に直接話しかける。筆頭従者様が無視されて、ポカンとした後にワナワナと震えだした。ギルマスが筆頭従者様を凹ましてくれる事を期待していたんだけど、まさか無視するとは。これはこれで面白いからいいか。
それに国に仕えている精霊術師のバロッタさんが、国はそう簡単に諦めないって言ってたんだけど、一応合意はできていたのか。表向きはってやつかな?
素材の納入方法の取り決めって事は、戦争に関連してそうだな。死の商人みたいな立ち位置になっている気もするんだが、人の役に立つ回復系統の素材を卸しても、戦争に利用されたら死の商人なのかな?
現状、ポルリウス商会が一番、貴重な素材を持っているから、国やギルドとの話し合いに参加していたみたいだな。さすがにあれだけ騒ぎになる素材を持ってるのに、国と関わらないのは無理だろう。
普通では得る事のできないコネを沢山手に入れたと言ってたし、色んな所に食い込んでそうだな。まあ、あのマリーさんのお父さんなんだし、素材をフル活用して色々やっていても違和感は無いな。
「知らんな」
ガッリ子爵が面倒そうに答える。筆頭従者が口を開こうとしていたが黙った。流石に自分の主の会話を遮ったりはしないんだな。しかし、国の決定を知らんとか言っちゃダメだろう。この国大丈夫か?
「ガッリ侯爵も同じ考えですかな?」
「父上とは関係ない話だ。私が使ってやろうと言っているのだから、お前はさっさとその冒険者を差し出せばよいのだ。私がこんなところまで足を運んでやっただけで異例な事なんだぞ。くだらん手間を掛けさせるな。それとも冒険者ギルドはガッリ家を敵にまわすつもりか?」
心の底からバカにした表情でギルマスを見るガッリ子爵。あそこまでムカつく顔ができるなんて、人間っての表現力って凄いな。それにしても国が合意しているのに、親が侯爵と言えどどうしてそこまで強気に出られるんだろう?
冒険者ギルドって魔物の討伐や素材の採取、商人の護衛とか色々やってる分、力を持っていて怒らせたら大変なはずなんだけど。冒険者ギルドにとっての急所でも握ってるのかな?
貴重な素材が領地にあるとか、冒険者に必要な装備品や道具の生産地とか、それとも回復魔法を独占しているらしい教会と太いパイプがあったりして、冒険者の神官を引き上げるとか? ギルマスはどう事を収めるんだろう? 自分の事なのに他人事のようにワクワクしてきた。
「そう仰られては仕方がありませんな」
「分かればいいのだ」
満足そうに頷くガッリ子爵。ギルマスは受け入れるなんて一言も言って無いけど、何を分かったんだろうね。
「冒険者ギルドとしてクリソプレーズ王国に抗議を申し入れ、しかるべき対応がなされるまでガッリ侯爵・子爵領での冒険者ギルドの活動を停止する事になりますが構いませんかな?」
「なんだと!」
驚くガッリ子爵と筆頭従者、それと俺。冒険者ギルドの活動停止って大問題になるんじゃないのか? そんなに強気で大丈夫なのか心配になる。だいたい迷宮都市のギルマスにそんな権限があるのか?
「自分の言っている事が分かっているのか? ガッリ家は軍の重鎮だ。そのような事をしたらただでは済まさんぞ!」
たるんだ頬肉を震わせ唾を飛ばしながら大声で喚くガッリ子爵。…………えっ? それだけ? 自信満々でギルマスを脅しておいて、軍の重鎮だから怒らすと怖いんだぞって言ってるの? 冒険者ギルドが撤退すれば、この国が亡ぶ可能性もあるのに?
「ガッリ子爵、先ほど私は国と合意ができていると言ったはずです。国と言う事は王家と話がついていると言う事です。ガッリ家は王命に背き、軍を動かし冒険者ギルドと敵対できるほどの力をお持ちなんですか? 裕太殿に関する限りグランドマスターに権限を頂いています。迷宮都市の冒険者ギルドとしては引くことはありませんぞ」
ギルマスがガッリ子爵に対して、幼子に言葉を教えるようにゆっくりと丁寧に説明する。なるほどガッリ子爵は、難しい事はゆっくり言わないと分からないタイプの人間なんだな。
「ふん、私があの冒険者を使いこなせば戦争に勝てるのだ。ファイアードラゴンを何頭も倒させその鱗で鎧を作り牙で剣や槍を作る。騎士団など相手にもならん最強の部隊が出来上がるのだ。王家が反対なさる訳が無いだろう」
いかんゆっくり話しても、話がかみ合ってない。すでに王家と合意ができているって教えているのに、なんで反対する訳が無いって返事になるんだ? 王家や国が俺に手を出すにしても、冒険者ギルドと揉めないようにこっそり手を出すだろ普通。あとガッリの赤備えとかなんか嫌だ。
「そうですぞ! ガッリ様の部隊が力を持てば、大陸の統一すら可能なのです。その時になって後悔しても遅いですからな!」
筆頭従者様も参戦してきたけど、なんかもうどうでもいいな。ギルマスと傲慢貴族とのギリギリの駆け引きやがある訳でもなく、単なるバカに頑張って言葉の意味を教えるだけの話し合いか。
しかし素材が目的だとは思ってたけど、最強の軍隊に大陸統一か……大陸を統一できるとか言うのなら、その原動力である俺がほいほい一国の子爵にシッポを振る訳ないだろ。大陸を統一したいのであれば自分でするぞ。
だいたいガッリ侯爵は何をしているんだ? 息子がバカなら筆頭従者様とやらには、せめてまともな人間を付けて欲しい。いい迷惑だ。
シルフィは今までガッリ子爵を汚物を見るような目で見ていたんだが、許容範囲を通り越したのか、目の光が消えている。今、やっちゃってって言ったらバラバラどころか、見えなくなるまで切り刻まれそうだな。
俺もガッリ子爵を見ていると気分が悪いので、心を閉ざして話が終わるのを待とう。ガッリ子爵の相手をするぐらいなら、前ギルマスの方が会話ができるし少しはマシだ。
***
「もうよい、お前では話にならん! 父上にお願いして罰を与えてくれる。おい、裕太、貴様は奴隷としてこき使ってやる。私の勧誘を素直に受けていれば良かったものを、今更後悔して詫びても許さんからな」
ガッリ子爵が立ち上がったので終わったかと意識を戻すと、奴隷にすると言われた。意味が分からないが決裂したのは間違い無いな。ギルマスを見ると物凄く疲れた顔をしている。頑張っても話が通じなかったらしい。
もしかして俺達とガッリ子爵は違う言語で話しているのかもしれない。俺のスキル言語理解でも理解できない言葉があったか。
「ギルマス。ガッリ子爵と決裂したようですが、大丈夫なんですか? 冒険者ギルドの活動停止って大問題ですよね?」
「活動停止を受ける訳にはいかないので侯爵側も表向きは引くでしょう。これで大丈夫ですと言いたいところなんですが、あの方もその御父上も困った方ですので、何かちょっかいを掛けてくる可能性は十分にあります。私も対策を考えますが裕太殿も身の回りに注意してください」
物凄く疲れた顔で話すギルマス。俺が言うべきセリフではないんだけど、この人も貧乏くじを引いてるよね。
「えーっと、父親も困った人なんですか? この国は血筋が良ければ困った人でも軍で重鎮になれるんですか?」
戦争が頻繁に起こるらしいこの世界で、困った人でも出世できる軍とかヤバくね?
「普通は無理なのですが先代侯爵が戦争で大活躍なさいまして、その影響で御子息である現侯爵も軍で出世して大きな力をお持ちなのですよ。現国王がお若い時に先代侯爵に命を救われた事もあるそうで、なにかとガッリ家に甘くなってしまうようです」
いや、命の恩は大きいけど、国王がそんな理由で軍の私物化を許していたらダメだろ。この国の命運ってそう遠くない内に途切れそうな気がする。
「では、冒険者ギルドが国に抗議しても効果は無いんですか?」
それなら冒険者ギルドに防波堤になって貰った意味が無いんだけど。いや、小者は防いでくれているし王家とも話し合ったみたいだから、少しは助かってるのか。極めつけの奴が来ちゃったから意味が無いように感じているんだな。
「効果はあると思います。王家からもお叱りの使者が出る事は間違いありません。罰も与えられるでしょう。ただあのような方達は逆恨みをなさいますから、揉めてしまうと引きずってしまうのです」
素晴らしく説得力がある説明だ。この場合は冒険者ギルドに任せていてもいい結果にはならないだろう、自分で動いた方がマシだな。いつの間にか国家の敵とか言われたら面倒この上ない。ボヤの内にさっさと火を消しておこう。
「分かりました。身の回りには注意しておきますので、抗議はお願いします。それと迷宮の翼とマッスルスターは無事に五十一層に連れて行きましたよ。俺が帰る時は五十六層に居ました。あと十日以内には帰ると言ってましたね」
ついでだし伝言も伝えておこう。良い知らせだし、少しはガッリ子爵を相手にした精神的疲労が回復するだろう。
「おお、そうでしたか。ありがとうございます裕太殿」
少しだけ迷宮の翼とマッスルスターの様子を話しギルマスが帰るのを見送る。さて、問題はあの子爵か、自分で手を打つにしても上手くやらないと周りに迷惑が掛かる。
子爵を何とかしてもバカ親が出て来そうだし……サクッとガッリ侯爵と子爵の首をハネてしまえば簡単なんだけど、シルフィ達に人殺しをさせるのも嫌だな。まあ、今のシルフィなら喜んで首をハネそうだけど……。
でも、俺自身の手で殺すのも嫌なんだよな。こんな世界なんだし身を守る為に、人を殺す事もあるのかもしれないけど、あの子爵は嫌だ。あの顔が強烈に脳裏に焼き付いたりしたら最悪だ。思い出す度に違う意味で気分が悪くなる。
ふむ、あんまり気分が悪くならない方法で、俺にちょっかいを出す暇が無くなればいいのか…………。あの子爵相手にあんまり手間を掛けたくないし、簡単に済ませるべきだな。
「うん、決めた! シルフィ、悪いけどあの子爵の監視をお願い。あの様子なら明日には王都に向かうと思うけど、子爵と侯爵が会ったら俺に教えて」
「別に監視なんかしなくても、襲ってきたら徹底的に潰しちゃえばいいんじゃない?」
シルフィがガッリ子爵を見る目は生物を見る目じゃ無かったから、監視するのが嫌なのかもしれない。そして反撃する時は本気で容赦なく徹底的に潰しそうだ。
「せっかく冒険者ギルドとのもめ事が終わったんだし、騒ぎが大きくなったら面倒だよ。タイミングを見て簡単に終わらせよう」
「しょうがないわね。分かったわ、でも直接見るのは嫌だから位置の特定だけにするわよ。王都に付いたら教えるわ」
ガッリ子爵を直接見るのは嫌らしい。俺も見るのは嫌だから無理は言えないな。
「うん、侯爵と会ったのが分かれば十分だから、できるだけシルフィの気分が悪くならない方法でお願い」
なんか他にももっと大変な事を頼んでいるはずなのに、今回の頼みが一番気を使うな。
読んでくださってありがとうございます。