百六十三話 テンプレな貴族の襲来
メルにファイアードラゴンの牙の短剣を依頼して、のんびりと戯れているサラ達やベル達を見守る。しばらくするとユニスがパーティーでの打ち合わせがあるからと、メルをとても心配そうに見ながら帰って行った。なんかごめんね。
「裕太、よく来たな!」
ユニスが帰ってさっそくメラルが話しかけてきた。周りにベル達を引き連れているので、何となくガキ大将のように見える。
「ああ、メラル久しぶり。メルにも聞いたけど怪しい奴は来なかった?」
「大丈夫だ。しっかり見張ってたけど、メルに手を出そうとしたやつは居なかったぞ」
腕を組んでウンウン得意満面で話すメラル。ベル達もメラルのマネをして腕を組んでウンウン頷いている。タマモが上手に前足を組めていないところがプリティーだ。
「それなら良かった。メルと契約してからコミュニケーションは上手くいってる?」
「うん、色々と話すようになったし一緒にご飯もたべるんだ。それに外に行ったらお土産を買ってくれるようになったんだぞ。帰って来て一緒に食べるんだ!」
滅茶苦茶嬉しそうだな。メルとメラルの関係が上手く言っているようで良かったが、契約して変わった事が沢山あるようで、メラルが怒涛のように話し出した。まるでノロケ話を聞かされているようだ。メラルの話が途切れないので、話を逸らす為に昼食にする。
……賑やかな食卓になったな。
シルフィは食べていないけど人は俺、サラ、マルコ、キッカ、メル。精霊はベル、レイン、トゥル、タマモ、フクちゃん、ウリ、マメちゃん、メラル。これだけの数でワイワイとご飯を食べると学食を思い出して、ちょっと懐かしい。まあ、半数近くが動物型だから雰囲気は随分違うか。
***
「キッカ、楽しかった?」
「うん、たくさんメルちゃんとあそべてたのしかった、おししょうさま、ありがとう」
輝くような笑顔で俺を見上げるキッカ。なんかいい事した気分になる。メル、ありがとう。子供達の話を聞きながら館に向かって歩く。
門が見えると何故か門番の一人がこちらに走ってくる。門番が門からはなれたらダメだろう。何かあったのか?
「あら裕太、館に貴族のお客が来ているわ。門に向かっていた従者らしき人物が、門番の動きを見てこっちに気が付いたわね。ごめんなさい、油断して館を見てなかったわ」
シルフィも油断するんだな。まあ、別に館の確認をシルフィにお願いしていた訳でも無いし、謝る必要もないよね。なんだか厄介事っぽいけど今から逃げ出すと、マリーさんに迷惑が掛かりそうだ。小声でシルフィに問題無いと伝える。
「裕太様、実は先ほど先触れも無くガッリ子爵が来まして、裕太様に会わせろと居座っています。おそらく勧誘が目的だと思われますが、冒険者ギルドに使いを出していますので、ガッリ子爵がお帰りになるまで他で時間を潰された方が面倒事が少ないとの、セバスからの伝言です」
……冒険者ギルドが情報を周知したから、当分は大丈夫だと思ってたんだけど、先触れも無くいきなり来たのか。知らせてくれたのは嬉しいけど、もうバレてるから逃げられないよ。
できれば怪しまれないように知らせて欲しかったけど、従者が元々門に向かっていたみたいだし、運が悪かったか。
「いえ、もう「お前が裕太と言う冒険者だな。ささっ、ガッリ様が中でお待ちだ。はやく来なさい」お」
話を遮られた。門番がバレたって顔をしているけど、だいぶ前にバレているからね。門にいるもう一人の門番も従者が走って門に来た時に、何とかしようとしていたけど、流石に無理だったようだ。
そして従者は俺がついて来るのが当然って感じで館に向かって歩き出す。マリーさんに迷惑が掛からないのであればこのまま消えるんだけどな。適当に話を伸ばしていたら冒険者ギルドの職員が来るだろうし、時間稼ぎを頑張るか。
従者に先導されて館の中に入る。この従者って自分の家でもないのに我が物顔で偉そうだ。貴族の従者ってそんなに立場が強いんだろうか? 従者がこの調子だとガッリ子爵とやらも鬱陶しそうだな。途中ですれ違うメイドさん達の、見つかっちゃったのねって目が、子爵の鬱陶しさを確定している気がする。
しかも、このまま真っ直ぐ子爵の所に向かいそうだ。サラ達も連れて行くのか? 今の状況で偉そうに訪ねてくる、空気の読めない貴族をサラ達に見せるのはどうなんだ?
……うーん、普通なら醜い部分は見せたくないんだけど、貴族に関わると厄介だって事を教えるのにいい機会かもしれない。サラ達も俺の弟子なんだから、予想外のところで貴族が関わってくる可能性もあるし、危険な貴族を見ておけば貴族に対して警戒心が増すだろう。このまま連れて行くか。
もう俺の中でガッリ子爵はラノベで出てくる典型的な悪徳貴族になっているが、雰囲気的に間違ってないだろうな。まともな貴族ならこんなバタバタした状況にはならないはずだ。
従者が扉をノックすると中から扉が開いた。開けたのはセバスさんで、目が来ちゃったんですねと言っている。俺も目で来ちゃいましたと返事をしておく。たぶんセバスさんなら読み取ってくれるだろう。
中に入るとソファーにふんぞり返っている、ブクブクに太ったおっさんが居る。キラッキラの衣装に目が眩みそうだ。そして死ぬほど似合ってない。しかし、名前がガッリだからガリガリの男が出てくるのかと思ったけど、予想が外れた。
「その方が裕太か、我が家に仕える事を許す」
自己紹介も挨拶も椅子を勧められる事も無く、いきなり仕える事を許された。
「返事はどうした? 伏して拝命せよ」
俺が呆然としていると不愉快そうにガッリ子爵が言葉を続けた。ヤバい、ガチの奴だ。貴族以外は人間じゃないとか本気で思っているタイプだな。滅茶苦茶偉そうだけど子爵ってそんなに偉いのか?
「はは、ガッリ様、冒険者風情がガッリ様にお仕えする事ができるのです。感動で言葉が出ぬのでしょう。裕太、跪きガッリ様に忠誠を誓うのだ」
従者も逝っちゃってるタイプだ。この時点でごめんなさいって言いたいな。えーっとなんて言えばいいんだ? 冒険者ギルドの職員、早く来ないかな。
冒険者ギルドと距離を置こうとしているけど、この貴族相手だと第一印象で冒険者ギルドの方がマシだと思えるのが凄い。
「裕太、どうしたのだ。はやく言われた通りにせぬか。いくらガッリ様が寛大と言えど、無礼を続けると筆頭従者のこの私が許さんぞ」
筆頭従者だったのか……別にどうでもいいな。でもこいつに裕太って呼び捨てにされると、ちょっとカチンと来る。
「えーっと、俺のような庶民が貴族様にお仕えするなど、恐れ多い事ですので、お断りさせて頂きたく存じます」
いかん、敬語ってこんな感じで良かったのか? 俺って言うのもダメだったかも、こういう場合は私だったか? 俺も絵に描いたようなテンプレ貴族の登場に動揺しているようだ。
「なんだと! 貴様、冒険者の分際でガッリ様の慈悲を踏みにじるつもりか!」
筆頭従者様の顔が憤怒に染まる。俺の精一杯の敬語は通用しなかったらしい。今までどうやって生きてきたんだろうな。全てがこの調子で上手くいってたんなら楽しい人生を送って来たんだろう。ある意味羨ましいぞ。
うーん、マルコとキッカは理解不可能で遠くを見てるし、サラはこういう人って面倒なんですよねって感じで達観している。いい勉強になったと思うが、これ以上は毒にしかならんな。
ベル達も「じひってなにー」っとか学習しようとしている。そろそろ汚いものを見せる時間も終わりだ。教育に悪い。
「セバスさん、申し訳ないのですが子供達を部屋に連れて行ってもらえますか?」
「畏まりました」
セバスさんが一礼して、サラ達を連れて出て行った。ベル達も小声でサラ達の護衛を頼んだから、サラ達について行く。とりあえずこれで安心だ。
「私としては、今の生活に満足していますので、その素晴らしい慈悲は他の方に施してあげてください」
冒険者ギルドの職員が来るまで、適当に答えて時間を稼ごうかと思ってたけど、予想以上に逝っちゃってるな。時間の進みが遅く感じる。
「なんと無礼な! 物を知らぬお前に教えてやる。ガッリ様のお父上は侯爵であり、この国に絶大な影響力を持っておられるのだぞ。そして、ガッリ様は子爵として侯爵をお支えになる、重要な立場であらせられるのだ。ガッリ様のお怒りを買うとこの国で生きていく事はできんのだぞ!」
さらに怒られてしまった。今のも無礼な物言いだったか? 貴族の相手は難しいな。しかしパパが偉いってパターンなのか。
バカ息子の迷惑な行動もパパに遠慮して注意されず、好き勝手やってきた結果、こんなどうしようもないモンスターが生まれたんだな。教育の大切さが身に沁みる。俺もサラ達を立派に育てないとダメなんだから、子供達の前ではできるだけ立派な大人を装おう。
「あのですね、私に対する交渉窓口は冒険者ギルドが担ってますから、続きがあるのであればそちらにお願いします。その為の書面も有りますから確認しますか?」
「ガッリ様自身が足を運び、光栄にも直接お言葉を賜りながら、その価値を理解もせぬのか! 冒険者ギルドと話せだと、ガッリ様に掛かれば冒険者ギルドなど言いなりにしかならぬのだ。無駄な手間を掛けさせるな! 貴様は黙ってガッリ様に忠誠を誓えば良いのだ!」
おうふ、話が通じない。せっかく冒険者ギルドから書面を貰ったのに、見て貰えないと意味が無い。とりあえずガッリ様とやらの目的は迷宮の素材で確定なんだろうけど、それだけ高価な物を手に入れられる人間が、わざわざ人に仕える必要が無いって事を切実に理解して欲しい。
手早いのが護衛も弱そうだしボコボコにぶちのめして、館から放り出す事なんだけど、それをやって大騒ぎになると、今度は国が相手になる可能性があるんだよな。大精霊VS国家……流石に洒落にならん気がする。
あっ、シルフィがこんなやつら、サッサとやっちゃいなさいよって目をしている。いや、大事にはしないよ。最低でも今度は面倒な事にならないように手を打つからね。
「裕太、後の事は心配しなくていいから、こういうバカは叩き出しちゃいなさい。文句を言って来ても、城の一つでも吹き飛ばせば黙るわ。なんなら私がバラバラにしましょうか?」
直接言われてしまった。シルフィもこういうタイプの人間が嫌いなんだね。マリーさんの事は結構気に入ってるし、強欲でもタイプによって好きか嫌いかが分かれるみたいだ。
たぶん俺がお願いしたらこの人達って一瞬でバラバラになるんだろうな。ガッリ子爵とやらは自分がどれ程危ない状況に居るのかまったく気づいていない。情報の大切さがよく分かる。
どうしたものかと悩んでいると、部屋がノックされセバスさんが入ってきた。その後ろには大汗を掻いた冒険者ギルドのマスターが……はじめて冒険者ギルドの人が来て嬉しかった気がする。ギルマス、頑張って。
読んでくださってありがとうございます。