百六十二話 メルの工房
豪腕トルクの宿に行き、トルクさんには会えなかったが、マーサさんに色々とお願いする事ができた。サラも料理を習う事もできそうだし、いい気分でメルの工房に向かう。……到着したらユニスに怯えられた。
「ユニスちゃんが私の為に言ってくれたのは分かってるの。私も一緒に謝るから、ねっ、ユニスちゃん」
メルが一生懸命にユニスを励ます。……こうなったら謝られたら許さないとダメなのかな? ダメなんだろうな、ベル達もサラ達も見てるいしメルも一生懸命だ。でもなんかムズムズする。ここでお笑い芸人のマネして許さんとか言ったらどうなるんだろう?
……ダメだよな。素人がプロのマネをしても大怪我するだけだ。しかもお笑いの下地も少なそうな異世界だと、収拾がつかなくなりそうだ。たぶんメルとか泣く気がする。
「わ、わかった……ゆ、裕太……さん……」
属性てんこ盛りの獣人褐色系グラマラス美女が、真剣な顔で俺を見る。ちょっとドキドキするけど、色っぽい展開じゃ無いんだよな。
「はい」
「その……今まで噂に惑わされ失礼な態度をとった事、本当にすみませんでした」
「お師匠様、私が落ち込んでいて、色々迷惑を掛けてしまったのが原因なんです。本当に申し訳ありませんでした」
ユニスとメルが深々と頭を下げる。……よく考えたら人生でこんなに真剣に謝られた事って初めてだな。なんて言葉を返したらいいのか分からない。
前ギルマスは謝ったのは謝ったけど、あれはどちらかと言うと本当に悪いと思っていた訳じゃ無くて、自己保身とか、謝るしかない所まで追い込まれてのお詫びだから、別にどうでもよかったんだよな。
今回は皆も見ているし、師匠として大人として恥ずかしくない返答をしなければ…………無理だ、思いつかん。
「俺は別に怒ってないから気にしなくていいよ。周りの皆が詐欺師だと言ってたし、精霊術師の評判も悪いから、ユニスがメルを心配するのも当然の事だからね」
ただ面倒だなって思っただけだし、途中からユニスをからかうのも面白かったから別に問題無い。
「お師匠様、ありがとうございます」
メルがお礼を言ってくる。ユニスはおそるおそる頭を上げて、不安そうに俺を見ている。ここまで怖がられるほどユニスを脅したつもりも無いんだけど、冒険者ギルドの顛末やファイアードラゴンの話を聞いたらしょうがないか。
俺って傍から見たら単独のドラゴンスレイヤーで、冒険者ギルドと敵対して植物テロをかましたのに、冒険者ギルドの人員を一新させた上に、Aランクに昇格した意味が分からない人物になってるからな。俺がユニスの立場でもビビる。ここは師匠の株を急上昇させる為にももう少しいい事を言おう。
「ユニス、そんなに不安そうにしなくてもいい。あれぐらいの事で本気で怒ったりしないし、もっと面倒な事を仕掛けてきた、前ギルマスも許しただろ。俺はメルの師匠で君はメルの親友なんだから、いつまでも仲が悪いとメルが困るよ。今までの事は水に流してこれからは仲良くしてくれると嬉しい」
自分で言っていてちょっと鳥肌が立つ。この雰囲気って苦手だ。俺は顔に出やすいから真面目な顔を崩さないようにしないとな。シルフィが俺の内心を読み取っているのか、俺の表情を面白そうに観察している。
俺が握手をしようと右手を差し出すとユニスが戸惑っている。あれ? もしかしてここには握手の文化が無いのか? やらかしちゃった? でも握手している人を見た事あるような……。
「えーっと、仲直りの握手をしようって事なんだけど、もしかしてここら辺では握手とかしないのか?」
「い、いや、握手は普通にする」
そう言いながらユニスが俺の手を握ろうと右手を出す。……なんか右手が物凄く震えてるんですが、もしかして握り潰されるとでも思ってるのかな? そこまで怖がられているのか、せめて冒険者ギルドに生やした植物は刺無しにするべきだったかもな。
ゆっくりとユニスが俺の手を握る。手が汗ばんでるし震えも収まっていないし、ケモミミもヘニョってしている。ここで俺が大声を出したら大混乱になるんだろうな。子供達に呆れられそうだからやらないけどちょっと残念だ。
「これで仲直りだ。俺からユニスに含むところは無いから普通に接してくれると嬉しい」
「わ、分かった。努力する」
手を放すとススっと俺から距離を取る。当分は普通に接するのは無理そうだな。まあ、仲直りしたって形が大事なんだ。
「お師匠様とユニスちゃんが仲直りできてよかったです」
「メルちゃんよかったね」
喜ぶメルと、喜ぶメルを見て声をかけるキッカ。キッカにとってメルは完全に友達のカテゴリーに入っているな。まあ、メルとキッカが手を取り合って、喜ぶ姿に年の差は感じられないからしょうがないよね。
サラとマルコはちゃんと理解しているみたいだけど、喜ぶキッカを前にすると注意し辛いみたいだ。俺も注意できないから、後でメルに謝っておこう。
「それでメル、俺が居ない間に冒険者ギルドからチョッカイは無かった?」
「特に何をされると言う事はありませんでした。ですがお師匠様が居なくなって最初の頃は一日に何度もお師匠様が来ていないか確認しに人が来ました。あと、お師匠様が来たら冒険者ギルドに来るように伝えてくれって言われました。でも、もうお師匠様は冒険者ギルドに行かれてますよね?」
物騒な行為には出なかったみたいだな。まあ、知り合いと言っても数回しか行動を共にしていないんだから、人質としての価値は無いと判断されただけかもしれないけどな。なんにせよメラルが暴れるような事にならなくて良かった。
「ああ、冒険者ギルドには顔を出して、話し合いも終わっているからたぶん問題無いよ」
「それは良かったです。お師匠様の事をユニスちゃんに聞いた時は驚きました。凄い人だとは思ってたんですが、ファイアードラゴンまで倒されていたんですね」
メルの目がキラキラだ。尊敬の視線が心地良いはずなんだが、純真な瞳だと照れるよね。
「ま、まあね。それより今日はメルに頼みがあって来たんだ」
「頼みですか? お師匠様の頼みであれば誠心誠意頑張りますが、私にできる事でしょうか?」
メルは請け負ってくれそうだが、背後でユニスが物凄く心配そうな顔をしている。そんなに無茶な事を頼まないから安心して……オリハルコンってメルでも扱えるんだろうか? ちゃんと確認した方がいいな。
「俺の頼みは迷宮で色々素材を手に入れたから、メルに俺達の武器や防具を作って欲しいんだけど、ミスリルやオリハルコン、ファイアードラゴンの素材は扱える?」
メルが顔を強張らせている。無理なのかな?
「オリハルコンと言う事は六十一層から出るソードフィッシュですか?」
「そうだよ」
「えーっと、すみませんお師匠様。父から一通りの鍛冶仕事を仕込まれてはいますが、それだけの素材となると経験が足りません。腕のいい鍛冶師を紹介しますのでそちらで頼んだ方がいいと思います」
せっかく弟子が鍛冶師をしているのに他で頼むのも違うんだよな。素材は沢山あるんだから失敗しても沢山練習して、腕を上げて貰えれば凄い物を作ってもらえる気がする。ミスリルは量が少ないから別ので練習してもらうか?
「うーん、メルってドラゴンの牙を短剣に加工する事ってできる?」
ドラゴンの牙の短剣とかカッコいいよね。問題は鍛冶とは関係なさそうなところだ。
「牙を加工して武器にする事はできますが、ドラゴンの牙は扱った事が無いので分かりません」
「じゃあ、失敗してもいいからファイアードラゴンの牙で短剣を作ってよ。この牙なら何本ぐらい作れる?」
大きなドラゴンの牙を魔法の鞄から取り出して見せる。
「えーっと、これだけ大きいと沢山作れるとしか……でもこれだけの素材であれば短剣にするのはもったいないですよ。凄い剣が作れます」
ドラゴンの牙の剣か、それもカッコいいけど剣を使うメンバーが居ないから意味が無い。どうせなら弟子達にファイアードラゴンの牙の短剣を持たせたい。サラ達も結構レベルが上がったし、そろそろ短剣ぐらい持たせてもいいだろう。弟子の証がファイアードラゴンの牙の短剣とか特別感がハンパないよね。
「剣は誰も使えないし短剣で問題無いよ。それに沢山作れるのなら練習になるよね。とりあえず満足できる短剣を五本作れるように頑張って。ダメでも素材を追加するから気にしないでいいよ」
マジで? って顔で俺を見るメル。幸い素材も資金も余裕があるからメルを鍛えるのも楽しいだろう。後世でメルが伝説の鍛冶師とか言われたら面白いよね。
「わ、分かりました。素材を無駄にしないように頑張ります」
「まあ、これ以外にも色々と頼むと思うから、無理しない程度に頑張ってね」
引きつった顔で頷くメル。これが伝説への第一歩だね。
「おししょうさま、メルちゃんとのおはなしおわった?」
キッカが期待した顔で俺を見ている。はやくメルと遊びたいらしい。
「うん、お話は終わったよ。でもちょっと待ってね。メル、今日って忙しい?」
「いえ、私はまだ未熟ですので、昔からの付き合いがあるところから少し仕事を回して貰っている状況です。今はお師匠様から頂いた短剣の作成依頼だけで……」
それって結構ピンチなんじゃ、メルの親父さんが亡くなって仕事が少なくなっちゃったのか。でも資金援助とか言ってもメルは受け入れないだろうし、色々注文しまくるか。色んな素材で色々と作りまくれば腕も上がるだろう。ある意味都合がいい展開かもしれない。
「そうなんだ、仕事は俺が頼むから問題が無いとして、短剣はゆっくりでいいから今日はキッカと遊んであげて欲しいんだけど、構わない?」
「は、はい、それは構いません」
「やったー、メルちゃんあそぼー」
キッカがメルに抱き着き話し始める。さて、俺はメラルと話したいところなんだけど、ユニスも居るし精霊とのんびりお話をする訳にもいかないな。仲直りして直ぐにユニスを追い出すのも問題だし、今日はまったりと子供達を見守る保護者役に徹するか。
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