百六十一話 マーサさんとお話
マリーさんに素材を卸し、豪腕トルクの宿屋に様子を見にきた。ちょっとトルクさんが忙しいみたいだけどお願いだけでもしてみよう。
「えーっと、いくつかお願いがあってですね。一つ目は渡したレシピの料理を大量に作って欲しい事と、二つ目は迷宮で手に入れた素材で料理を作って欲しい事で、三つ目は今度ここに泊めてもらう時なんですけど、サラに料理を教えて頂ければと言う事なんですが、どうですか?」
「なるほどねえ、大量に料理を作るってどれぐらいだい? 食べきれるのかい?」
うーん、マーサさん達なら秘密を守ってくれそうだけど、うっかりとか気が付かないうちに秘密が漏れる事もあるし……時間停止の魔法の鞄は国宝以上ってシルフィが言ってたから言うのは止めておこう。
素直に精霊が食べるって言うか? ……それはそれでうっかりバレたら面倒な事になりそうだ。申し訳ないが大所帯って事で誤魔化そう。
「ええ、大丈夫です。ここでは少数で行動していますが、実際は大所帯ですので直ぐに食べつくしてしまうんです」
「へー、そうなのかい。孤児を引き取って仲間にしてたし、精霊術師って事で仲間がいないのかと思ってたよ」
実際に仲間は精霊しかいなかったんだけどね。人間の仲間は……メルとマリーさんは仲間と言っていいんだろうか? サラ達は弟子でメルも弟子、マリーさんは商売相手……あれ? 仲間は? いやいやいや、悲しい事実は気づかなかった事にしよう。
「迷宮都市には来てないですが、拠点にしている場所に仲間は沢山居るんですよ。あはは……」
泣くな俺、これからだこれから。ちょっと精霊術師で冒険者ギルドと揉めたからしょうがない。落ち着いたしこれからだよね。
「なんだい、そうだったのかい。分かったよ。でも昼と夜は忙しいから大量に作るのは明日の朝になるけど構わないかい?」
「ええ、明日、受け取りにきます」
引き受けてくれて良かった。ベル達も話を聞いて大喜びしている。知らない料理が食べられるのが嬉しいんだろうな。
「次は迷宮の素材の料理だったね。料理するのは問題無いけどどんな素材だい?」
マグマフィッシュ、アサルトドラゴン、ワイバーン、ファイアードラゴンって所なんだけど、いっぺんに渡したらトルクさんが大変な事になりそうなのは分かる。
そうなると一つか二つ……マグマフィッシュは興味があるから確定として、アサルトドラゴンは食べたしワイバーンかファイアードラゴンだな……。
うーん、美味しい物を後に取っておくとしたら、やっぱりワイバーンが先だよな。ワイバーンの舌は無いけどとりあえずお肉だけでお願いするか。マリーさんに解体を頼んでおけば良かったけど、魔法の鞄の収納量を誤魔化すにはちょっと量が厳しかったもんな。アサルトドラゴンじゃなくてワイバーンの方の解体をお願いすれば良かったな。
あとは米料理もお願いしたいところだけど、この大陸では食べられていない主食……トルクさんの料理人魂に火をつけまくってしまいそうなので、様子見だな。
「マグマフィッシュにワイバーンかい、うちの旦那も大喜びするね。いいよ、任せな」
「この二つも大量に色々な物を作ってもらっていいですか? トルクさんの予定に合わせて取りに来ますので、時間がある時でいいですから」
「ああ、明日の朝に纏めて渡すから問題無いよ。マグマフィッシュにワイバーン、今日は眠らないだろうから明日の朝には色々と作れているはずさ。でも温め直せるもの以外は冷めちまうよ?」
冷めるのはもったいないな。朝早くに受け取りに来るか。って言うか今日はトルクさんの徹夜確定なんだな。
「あまり冷めてしまうのももったいないので、温め直せないのを仕上げるのを朝方に回してもらう事は可能ですか? 直ぐに受け取って運びますから」
「それぐらいなら構わないよ。でも運ぶための鍋や食器は用意しておいておくれ」
魔法の鞄内の料理は結構食べたし、空いている鍋もいくつかある。でも大量に作ってもらうつもりだし、鍋も鍋類も買い出ししておくか。
「はい、いくつか出しておきますが、残りは明日の朝に持って行けばいいですか?」
「そんなに量があるのかい? まあ入れ替えるだけだしそれで構わないよ。後はサラちゃんに料理を教えるんだね。昼と夜は忙しいから無理だけど、朝とその後に仕込みの時なら教えられると思うよ。旦那が仕入れから帰って来たら聞いておくから、返事は明日の朝でいいかい?」
トルクさん居なかったんだ。てっきりトルクさんが話を聞いて暴走するのを阻止する為に、マーサさんがわざと呼ばないんだと思ってたよ。
「ええ、お願いします。素材は何処に出しましょうか?」
「そうだね、じゃあ、ちょっと奥にきておくれ」
マーサさんに厨房に案内された。料理大好きのトルクさんの聖域だけあって、綺麗に整頓されているし道具類も充実しているようだ。しかも結構広い……物凄く拘ってそうな厨房だ。元は有名な冒険者だったらしいけど、その時に稼いだお金をガッツリと注ぎ込んでそうだ。
「立派な厨房ですね」
「あはは、ここを作る時は大変だったよ。普段はワガママ言わないんだけど、そんなの必要無いと言っても駄々をこねるし、泣き落としまでしてきてね」
大変だったとか言いながらちょっと遠い目をして笑っている。大変だったけど今となっては面白い思い出って感じかな? トルクさんのワガママか……駄々をこねた時点で俺なら恐怖で逃げ出すな。
「こっちだよ」
マーサさんが厨房の奥にある扉を開けて中に入る。三畳ぐらいの小部屋に棚が置かれ、肉や野菜が保管してある。そしてタライにデッカイ氷が……冷蔵庫みたいな場所なのか?
「凄いだろ。旦那が冒険者をやっていた時に手に入れた魔道具で氷が作れるのさ。こんなの持ってるのは王侯貴族か超一流の宿ぐらいだよ」
トルクさんのパーティーメンバーは売ってお金に変えるつもりだったらしいけど、トルクさんがどうしても欲しいと仲間に頼み込んだそうだ。俺が思っていたトルクさんのイメージがだいぶ崩れてきたな。でも氷が出せるのならアイスクリームを作ってもらう事も可能だ。
確か氷に塩を掛ければ温度を下げられるんだっけ? まあ、材料を見つけてトルクさんに余裕ができてからだな。マーサさんの中で今日のトルクさんが徹夜なのは確定みたいだし、お願いし過ぎると大変な事になりそうだ。
「これだと食材が痛みにくくていいですね。宿の部屋に氷を置けば更に人気が出そうなんですけど、やらないんですか?」
何処に行っても暑いこの大陸。部屋に氷があれば大人気になりそうだよね。
「それがそう上手くいかないのさ。この氷の魔道具、Bランクの魔石が必要でね。この部屋だけならともかく客室まで使っていたら、宿の料金を値上げしないといけないのさ。ああ、そこの空いてる棚に食材を並べておくれ」
値上げしても氷があれば客は来そうだけど、何か拘りがあるのかな? 言われた通りに魔法の鞄からマグマフィッシュを八匹と、ワイバーンのお肉の各部位を棚に並べる。
「とりあえずこれだけお願いします」
「こんなに沢山かい? これだけでも相当な値段になるよ?」
「自分で狩って来た物なので値段はあまり関係ないんですよ。無くなったらまた迷宮に行けばいいだけなので」
「そう言えば、あんたはファイアードラゴンを倒してたんだったね。ワイバーンも相手にならないのかい。冒険者ギルドも揉める相手を間違えたね」
うんうんと頷くマーサさん。俺が逆の立場でもそう思うな。シルフィを敵にするとか無謀でしかない。
「はは、まあそう言った訳ですので、問題無いんです。マーサさんとカルク君も良かったら味を見てください。マグマフィッシュ一匹とワイバーンのお肉も一塊ぐらいなら、消費してくださって結構ですから」
「普通ならそんな高級な物食べられないよって言うんだけど、本当に簡単に取って来られるって感じが怖いねえ、まあ、あんたに遠慮してもしょうがないみたいだし、ありがたく味見させてもらうよ。その分旦那には頑張って貰うから期待しておくれ」
「ええ、楽しみにしています」
「ああ、それとだね、商業ギルドのベティって受付嬢があんたに会いたいって言ってるんだけどどうする?」
商業ギルド? 迷宮素材を卸して欲しいって話かな?
「商業ギルドの人に会っても、迷宮の素材は卸し先が決まってるんですけど……」
「ああ、そう言うんじゃ無いから心配しなくていいよ。ベティは有名な食通でね、この宿の料理を褒めてくれた子なんだけど、この国に無い料理を知ってるあんたと話したいみたいだね」
……食通……色々な食材を知ってそうだな。俺としても話を聞きたいかも。
「今は色々とせわしないので、次に泊まりに来た時に段取りをお願いできますか?」
「あいよ、あの子も楽しみにしているみたいだからいつでも大丈夫さ」
その子も新しい料理にかなり食い付いているらしい。そのままマーサさんと軽く雑談するが、トルクさんが戻るまでまだ時間がかかるとの事なので、明日の早朝に会う事にして宿屋を後にした。とりあえず雑貨屋に寄って鍋とか買い足してからメルの所だな。歩きながらサラに話しかける。
「サラ、たぶんだけど今度トルクさんの宿屋に泊った時から、お手伝いしながらだけど料理を習えそうだよ。良かったね」
正式な返事は明日の朝だけど、トルクさんって見た目は怖いけど優しい人って言う、漫画やアニメのテンプレみたいな人っぽいからな。マーサさんが許してくれたし子供のお願いは断らないだろう。
「はい、お師匠様、ありがとうございます」
うん、とってもお顔が明るい。料理が習えるのがよっぽど嬉しいんだな。マルコとキッカも喜んでるし、ベル達は新しい料理が明日手に入る事で、ワクワクが止まらない状態だ。宿屋に行っただけで皆のテンションがこれほど上がるとは、予想外だな。
***
雑貨屋で鍋と食器を買い足してメルの工房に到着した。
「こんにちは」
ドアを開けて工房の中に入ると「ヒッ」っと言う恐怖で引きつった声が聞こえた。声の方を向くとユニスが顔を青くして固まっている。ユニスも居たのか。
「お師匠様、お久しぶりです」
メルは笑顔で出迎えてくれる。うん、ユニスに色々吹きこまれてそうなんだけど、まだお師匠様と呼んでくれるらしい。
「うん、久しぶり。ようやく周りが落ち着いたから遊びにきたよ」
「メルさんお久しぶりです」「メル姉ちゃん、ひさしぶり」「メルちゃん!」
俺の挨拶の後にサラ達もメルに挨拶する。キッカが一番嬉しそうだ。直ぐにメルに走り寄って何事かを話している。友達に会えて嬉しいんだな。メルも優しく相手をしてくれているし問題は無さそうだ。
ベル達はメラルに突撃して話しかけている。俺も挨拶をしたいところだが、ユニスが居るから後でだな。そう言えばユニスの反応が無い。ユニスの方を向くと、ユニスが顔を引き攣らせながら何かを言おうとしている。
「あ、あ、あ……あんたのせいで酷い目に遭ったんだからね、どうしてくれるのよ」
たぶん、冒険者ギルドで刺付きの植物に巻き込まれた事を言ってるんだろう。でも足がちょっと震えている所が可愛いかも。おもむろに手を振り上げて頭を掻いてみる。ユニスがビクッとして既に涙目だ。相当怖がられているらしい……なんか楽しい。
「ユ、ユニスちゃん、どうしたの? 詐欺師扱いした事と失礼な事を言った事を一緒に謝るって言ってたじゃない」
メルが慌ててユニスに話しかける。ユニス、そんな事言ってたんだ。あれか? 素直になれないってやつなのか? もしかしてツンデレなのかも、ツンツンしてなくて怯えていてデレそうにないけど、タイプ的には似たジャンルなのかもしれない。
デレさせる事ができれば怯えデレ……オビデレ? ……新たなるジャンルを開発できるかもしれないな。見た感じデレさせるのは無理そうだけど。攻略できる未来が見えない。
読んでくださってありがとうございます。




