百六十話 素材の売却
迷宮から館に戻って翌朝、しっかりとお酒を飲み干していたディーネ達を送還し、ベル達を召喚して朝食にする。
「べるねー、れいすをやつけたー」「キューキュキュー」「レインはゴーストをやつけたのー」
パンを高々と掲げながらベルとレインが自分の戦果を報告する。なるほどベルとレインはレイスとゴーストを倒してくれたんだな。動物がレイスやゴーストに勝てるとは思えないから、護衛に行ってもらったのは間違ってなかったな。
「モフモフがあんぜんなおうちをつくった」「クーー」「タマモはあなのまわりに植物いどうさせた」
……どうやらトゥルとタマモはモフモフキングダムを改良していたようだ。俺は動物達が警戒するから近づけなかったもんな。足りない部分に手を入れてくれたのなら助かる。
「そっかー、ベル、レイン、トゥル、タマモ、ありがとうね」
朝食の途中だが褒めてーっと集まったベル達を撫でまくる。サラ達の手前ご飯の途中に騒いじゃいけませんっと叱るべきなんだろうな。注意はしておかないと。
「みんな、ご飯を食べる時はあんまり騒いじゃダメだからね。移動する時はご飯を食べ終わってからにしようね」
「はーい」「キュー」「うん」「クー」
ベル達はちゃんと理解してくれて、元の場所に戻り朝食を再開する。聞き分けがいい子達だから次からは大丈夫だろう。ベル達とサラ達の話を聞きながらゆっくりと朝食を終える。
食後に少しまったりとしているとセバスさんが、マリーさんが会いたいと待っている事を伝えにきた。そう言えば昨日の夜に朝から来る可能性があるって言ってたな。本当に来たんだ。
マリーさんの家の別宅なんだし、来たって言うのは変な気もするが……まあいいだろう。セバスさんの案内でマリーさんが待っている部屋に向かう。
「裕太さん、早朝から申し訳ありません。迷宮から戻ったばかりでお疲れと思いますが、なにぶん素材の事がありますので……」
ペコリと頭を下げられた。たぶん気を使ってくれたんだろうな。マリーさんの自制心が働かなかったら昨日の夜中に飛んで来てそうだ。今も気力が充実していて元気ハツラツって感じだ。
「いえ、大丈夫ですよ。素材を卸すんですよね、倉庫に行きましょうか」
サラ達とベル達にはお留守番してもらい、俺はシルフィをつれてマリーさんと馬車で倉庫に向かう。
「裕太さん、ファイアードラゴン以外の素材は何か手に入りましたか?」
えーっと、卸すのは……魔物の素材だけで大金になるだろうから、財宝は出さないでおくか。ファイアードラゴンだけで十億を超えるからな。現金を持ち過ぎても問題だろう。
「今回卸す予定なのはアサルトドラゴンとファイアードラゴン、シーサーペントとシーサーペントの亜種、それとソードフィッシュが沢山とグレートソードフィッシュですね。あと神力草も取って来ました。魔力草と万能草も卸せますね」
「シーサーペントの亜種? グレートソードフィッシュ? 神力草? ……うへへー」
おうふ、儲けに魂が飛んだのか、だらしない顔をしている。年頃のお嬢様のその顔は問題だぞ。
「裕太、この子凄いわね。欲に濁った人間を沢山見た事あるけど、ここまで純粋なのは初めて見るわ」
シルフィがおもしろそうにマリーさんを見ながら言う。それって褒めてるの? 何となくこのままでは不味い気がする。
「マリーさん、マリーさん、戻って来て下さい」
マリーさんの両肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。
「あっ、裕太さん? ええ、はい、申し訳ありません」
目に光が差し正気に戻ったマリーさんが口元を拭いながら詫びる。もしかしてヨダレが垂れる寸前だったのか?
「構いませんが聞きたい事がありますので、意識を飛ばすのは止めてくださいね」
「はい、もう大丈夫です。それで聞きたい事とは?」
「シーサーペントって食べられますか? っていうか美味しいですか?」
俺にとって今大事なのはそれだ。ぶっちゃけ素材は凄そうなのが沢山あるから大丈夫だ。
「シーサーペントですか、私も食べた事が無いので聞いた話ですが、弾力がある鶏肉と言った感触らしいです。普通の蛇肉よりは美味しいらしいですが癖が強いようですね」
蛇肉……そう言えばシーサーペントって蛇か……美味しければ蛇肉でも食べるんだけど、癖が強い蛇肉だと食指が動かないな。でも一応少しだけは貰っておこう。
「そうなんですか、では、シーサーペントとその亜種の素材を少しだけ分けてください。ソードフィッシュはオリハルコンを含んでいる部位を全体の半分、後はアサルトドラゴンとファイアードラゴンの舌とお肉を半分お願いしますね」
最初はお肉全部貰うつもりだったけど、あれだけの巨体だし半分あれば十分だろう。なによりお肉が市場に流れなかったら色々と疑問を持たれそうだ。
「相当なお肉の量になりますが大丈夫ですか?」
「ええ、消費できる当てはありますから、大丈夫ですよ」
魔法の鞄に眠らせて少しずつ自分達で食べるだけだけどね。
「そうですか、それなら良かったです」
マリーさん、良かったと言いながら、もっとお肉欲しかったのにって顔に出てるよ。
倉庫に到着し広い倉庫内でマリーさんに指示された場所に出していく。一つ出すたびにマリーさんの奇声が響くが、そこはもうスルーしよう。
「ソードフィッシュがこんなに……」
とりあえず三百匹のソードフィッシュを取り出した。でも一匹でゴマ粒ぐらいしかオリハルコンが取れないんだよな。三百個のゴマ粒……想像し辛いが片手で掴めそうな量にしかならないよね。オリハルコンの鎧とか何匹ソードフィッシュを倒せばできるんだろう?
「魔物はこれで最後ですね、後は神力草ですけど、魔力草と万能草も出しますか?」
「ぜひ! お願いします」
「分かりました」
神力草も魔力草と万能草と同程度出しておく。神力草って海底で群生していたから大量にあるんだよね。
「こ、これが神力草。何と神々しい!」
マリーさんが四つ葉のクローバーを見つめながらうっとりしている。マリーさんには四つ葉のクローバーよりも、金運が上がると言う五つ葉のクローバーの方が似合うよな。
「これで全部ですね。魔物の量が多いですが大丈夫ですか?」
俺が湿原の素材を大量に持ち込んだからな。ポルリウス商会の職員が音を上げていたのに、更に大量の素材、恨まれそうだ。
「問題ありません。人員を補充しましたので余裕をもって対処できます」
自信満々に頷くマリーさん。ちゃんと手を打ってたんだな。
「そう言えば裕太さん。神力草を手に入れたと言う事は、海に行ったって事ですよね? 今思いついた事で恐縮なのですが、海産物は手に入りませんか?」
「んー、手に入らない事もありませんが、どうしてですか?」
俺が答えるとマリーさんの顔が輝いた。いつもと違って儲けに濁っていない感じがちょっと不思議だ。
「迷宮都市からは海が遠いので海産物が手に入り辛いのです。魔物の素材ほどの値はつきませんが、海産物が卸されれば喜ぶ人も沢山います。迷宮を脱出するのに時間が掛かるのは承知していますが、裕太さんならなんとかなりませんか? もちろん無理にと言う事では無く、ついでに気が向いたらと言う事で構いません」
……そう言えば迷宮都市で魚を食べた覚えが無いな。死の大地では、基本的に海産物でお腹を満たしていたから気にしなかったけど、迷宮の海にも魚はいた。空を飛ぶ事は迷宮の翼やマッスルスターが戻ればバレるから、魚が腐ると言う事も問題無い。
ただ、マリーさんが俺ならって言ってたのが気になる。空を飛ぶ事は知らないはずだから、魔法の鞄に時間関連の機能がある事に気付いてそうだな。さすがに時間停止は気づいてないだろうけど、俺が卸した素材から、時間の流れが緩やかになる機能ぐらいは推測していそうだ。
その事を吹聴して俺を敵にまわすほど愚かじゃ無いだろうから構わないか。でも魚を確保するのはレインとディーネに頼めば簡単だけど、後の処理が面倒だよな。大量の魚の内臓とか取りたくない。味は落ちるだろうけど、急速冷凍して運ぶぐらいなら問題無いかな?
「あのー裕太さん、本当に思いつきですので、無理なら全然問題無いんです」
マリーさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。考え込んでいたから気を使わせちゃったようだ。しかし魚か……沢山持って帰れば精霊術師の評判が上がったりするのかな?
でも手に入り辛い海産物なら、お偉いさんが買い占めちゃって一般の人達の評判が上がらないか。金持ち連中は五十層以降の素材で何とでもなるんだよな。一般の人に安く流通できるように何か考えてみるか。
「とりあえず方法は思いついたので、次の機会に試してみますね」
「まあ、ありがとうございます」
嬉しそうなマリーさん、海産物が好きなのか?
「では、そろそろ俺は戻りますね。マリーさんはどうしますか?」
「えっ? はい、私はこのまま解体の指揮をとります。裕太さんがお戻りになられるのであれば、表の馬車は自由にお使いください。それとこれらの代金は前回のように後ほどで構いませんか?」
「ええ、それで大丈夫です。ではお先に失礼しますね」
まだまだ資金に余裕はあるし急がなくても大丈夫だ。って言うか今回の代金って肉が少ないけど前回を越えそうだよな。使い切れない気がする。
***
「俺が考えているのはトルクさんの宿屋に顔をだすか、メルの所に顔を出すかなんだけど、皆はどっちに先に行きたい?」
倉庫に素材を卸して館に戻ってきた。まだ朝だし冒険者ギルドの護衛もついているらしい。わずらわしい勧誘を冒険者ギルドが排除してくれるなら、もう最低限の注意を払えば普通に出歩いても問題無いはずだ。
「どっちー?」
ベルがコテンと首を傾げる。説明が難しかったかな?
「あのね、トルクさんの宿屋では新しいご飯を買えるかな? メルの所はメルとメラルに会えるよ。まあ、結局両方行くからどっちを先に行きたいかだね」
シルフィにちょっと見て来て貰った時には、新メニューで繁盛していたらしいが、余裕があれば注文はできるはずだ。まあ、忙しかったら翌朝まで待たないとダメだろうけど。一応待つ可能性も教えておこう。
「わかったー。べる、おいしいのたべるー」「キュキュー」「しんめにゅー」「ククーー」
どうやらベル達は美味しいご飯が食べたいようだ。
「サラ達はどっちがいい?」
「お師匠様、私は新しい料理が見てみたいです」「おれはどっちでもいい」「キッカはメルちゃんとあそびたい」
ふむ、宿屋が優勢だな。キッカはメルと遊びたいらしい。
「じゃあ、先に宿屋に行って用事を済ませてからメルの所に行こう。そっちの方がゆっくりメルと遊べると思う。キッカはそれでもいい?」
「うん! たくさんあそぶ」
いいようだ。既にキッカとメルが遊ぶ事が確定しているのが気になるが、なんとかメルに頑張って貰おう。じゃあまずは宿屋に行くか。セバスさんに出かける事を伝えて、ベル達とサラ達を連れて出発する。
***
まだ朝だから宿の前にお客さんが並んでいる事も無いようだ。忙しいと話し辛いから助かるな。宿の中に入るとマーサさんが速攻で声をかけてきた。
「よく来たね、心配してたんだよ。冒険者ギルドの話は聞いたよ! あんた凄かったんだね。なんでこの宿に泊まりに来なかったんだい? 今どこに泊ってるんだい? そういえばあんたに教えて貰ったメニューは大人気だよ。男受けするメニューだったから、今まで来た事がなかったお客も来て大繁盛だよ! あははははは!」
会ってそうそうマシンガントークをぶちかまされた。相変わらずの話しっぷりだ。話に入り込む隙が無い。
「御心配をおかけしました。ちょっと周りが騒がしいので隠れてました。落ち着いてきたので次に迷宮都市に来る時にはお世話になると思います」
「そうかい、泊りに来てくれるなら旦那も喜ぶよ。そう言う事なら今日は泊まりに来たんじゃ無いんだね、何か用事かい?」
「はい、この前渡したレシピがどうなったかが気になったのと、マーサさんとトルクさんに少しお願いがありまして」
「もしかして、また新しいレシピを教えてくれるのかい? ありがたいんだけど、また旦那が徹夜しちゃうね」
トルクさん、睡眠時間を削ってるんだ。んー、忙しいのに睡眠時間を削っている所にマグマフィッシュやらドラゴンの肉を持ち込んで大丈夫なのか? ついでにサラに料理を教えて貰おうかと思ってたんだけど、トルクさんが過労死しそうだ。
「新しいレシピじゃないんですけど、ちょっとばかしトルクさんが暴走しそうなお願いと、手間がかかるお願いがあるんですよね。トルクさんがお忙しいならやめておいた方がいいですか?」
「そうかい、旦那の暴走ならケツを蹴っ飛ばせば済むから、話すだけ話してみなよ。まあ、忙しいのは確かだから対応できないかもしれないけどね」
トルクさん、ケツを蹴っ飛ばされるのか。でもマーサさんが体調管理しているのならそれはそれで安心な気がするな。断られたら別の方法を探せばいいだけだし相談だけでもしてみるか。
読んでくださってありがとうございます。