百五十七話 海中探索
ディーネのおかげで六十一層から六十五層はあっさりと攻略できた。かなりのお宝も発見しウハウハだ。
ベル達と朝の挨拶をして、白米と焼き魚で朝食を済ませる……白米が手に入った事で充実した食生活。でも朝に白米と焼き魚だと、味噌汁が欲しくなる。
大豆はドリーに作ってもらえると思うけど、味噌に加工するのが難し過ぎるんだよな。白米が手に入ったら直ぐに次が出てくる。欲望って際限がないから困るよね。菌が見える農大生の漫画で味噌を作ってたけど、漫画知識で味噌が作れるのか? 難しい。
「じゃあ、今日から六十六層の海の探索をするね。ディーネには水中で呼吸ができるようにお願い。戦いは俺とベル達に任せてね。シルフィは危なくなったら助けてくれ」
「水中呼吸だけでいいの?」
ベル達が「がんばるー」っと返事をしてシルフィが頷く中、ディーネはちょっと不満そうだ。どうやらまだまだ活躍したいようだ。
「うん、水中呼吸だけでお願い。大精霊のディーネが戦うと凄すぎて俺達の出番が無くなるからな。俺達を見守っていてくれ」
「それもそうねー。お姉ちゃんが戦ったら裕太ちゃん達の経験にならないものね。分かったわ、お姉ちゃんがしっかり見守ってるから頑張ってね」
見守ると言うお姉ちゃん的な言葉が気に入ったのか、わりと機嫌良く納得してくれた。ディーネの対応はお酒で釣るか、お姉ちゃん心が満足できそうな言葉選びだな。
「ああ、お願いね。じゃあ水中呼吸を頼む」
「分かったわ。じゃあとりあえず丸一日持つように掛けておくわね」
ディーネに魔法を掛けて貰ったあと、どう行動するか考えながら海を見る。階段があるこの小島以外は基本的に海ばかりで、遠目に小さな島影があるぐらいだ。迷宮なのにどのぐらい広いんだろう。本でもここまで来た英雄や僅かな冒険者達も、海では碌に探索できず先を急いだと書いて有り、情報が少ないのが大変だ。
とりあえず六十六層以降の目的は神力草と海の中の宝箱だ。襲ってくる魔物を倒しながら隅々まで探索しよう。手分けして探す方が効率はいいんだけど、海の中の戦闘は初めてだし最初は全員で行動しよう。
「じゃあ、海に入るよ。まずは神力草と宝箱を探すね。神力草は出入口以外の小島の波打ち際に生えている事が多いらしいから注意して探そう。神力草の特徴は覚えてる?」
「ひかってるのー」「キュー」「よつば」「ククー」
ベルとトゥル以外は何を言っているのか分からないけど、みんな自信満々だし大丈夫だろう。
「皆ちゃんと覚えていて偉いね。海の中での移動はレインに任せるから、海水を動かして俺を運んでね。魔物が襲ってきたら沢山居たら全員で倒して、一匹だけなら俺に倒させてね」
「いえっさー」「キュキュッキュー」「イエッサー」「ククックー」
ベル達がピシッと敬礼を決めて返事をしてくれる。敬礼が完全に定着したな。まあ、もう諦めてるし、ベル達の敬礼はとっても可愛いから問題無い。
「よし、じゃあ行くよ」
装備もそのままに海に入る。パンイチになろうかなって思ったけど、海の中でパンイチでノコギリを振り回す自分の姿を想像すると、切ないから鎧を付けたままだ。水中呼吸できるし、移動はレイン任せだから大丈夫だ。ドポンと海に沈むと、ベル達も次々に俺の周りに飛び込んできた。
「ゆーた、うみのなかきれー」
「うん、とっても綺麗だね」
ベルの言う通りとても綺麗だ。まあ生活排水も無いし、ほとんど人も来ないから綺麗なのは納得できる。魔物は居るけどね。
「裕太、魔物よ。武器を構えて」
油断しているとシルフィから注意が飛んできた。慌てて魔法のノコギリを構える。おうふ、海水の洞窟では石畳の上でのたうっていたソードフィッシュが、集団で弾丸のように突っ込んでくる。ソードなのに弾丸って意味が分からないよな。
「キューー」
レインが鳴くとソードフィッシュのスピードがグンっと落ちた。どうやら海水を操作してエスカレータの逆走状態にしてくれているらしい。バッティングセンターの八十キロって速度だな。打ち頃だ。
諦めずに突っ込んできたソードフィッシュをノコギリで二枚におろす。レインは水の刃、トゥルは海底の鉱物の刃、タマモは海藻で次々とソードフィッシュを切り裂く。あれ? ベルは?
オリハルコンが取れる魚でもレイン達はあっさり倒せちゃうのが凄い。浮遊精霊は固いとダメージを与えられないのに、一つランクが上がると相当違うよな。でもベルが攻撃しなかったのが少し気になる。ソードフィッシュの素材を収納した後、ベルに聞いてみるか。
「ベル、もしかして水の中で戦えないの?」
「うん、かぜないー」
ちょっとションボリしてベルが言う。……なるほど、タマモも草木が無いと戦えなかったもんな。環境によって得意不得意があるのは当然か。そうなると風壁も使えないんだよな。心細い。
「シルフィも戦えないの?」
「私の風の刃は海上から海底まで簡単に届くから戦えるわ。風の刃を海中でも自由にコントロールできるから安心していいわよ」
大精霊クラスになると得意不得意はそんなに関係ないようだ。まあ、シルフィが戦えるのなら安心だな。
「了解。じゃあ今回のベルのお仕事は神力草と宝箱の発見と皆の応援だね。できる?」
「べる、できる!」
やる事があるのなら問題無いようだ。直ぐに元気になっってさっそく周りを確認しだした。ちょっとションボリしているベルも可愛いと思ったのは内緒だ。ベルを元気にした後は、戦ってくれたレイン達をしっかり褒める。
「じゃあ探索を続けるよ。レイン、お願いね」
「キュー」
レインが鳴くと俺の周りに海水の流れが起こり、海の中を流されていく。水生生物を採取しに行った時の池とまた違った感じだ。海が広いからか流されるスピードが結構速い気がする。
流れに乗ったまま海の中を探索する。神力草や宝箱を探すが怪しい所すら発見できない、っと言うか何処が怪しいのかすらよく分からない。そう言えば水中で行動してるのに普通に目が見えるし水圧も感じないな。
「なあ、ディーネ、海水の中で行動しているのに体に違和感が無いんだが、水圧とかどうなってるんだ?」
「んー、水中呼吸の魔法は水の中で行動する為の魔法だもの、ちゃんと水の中で行動できるようになってるわよ」
何を言ってるのかしらって顔だ。微妙に納得ができないがディーネの中では当たり前の事らしい。とりあえず問題無いって事で納得しておこう。
「そうなのか。分かった、ありがとう」
「どういたしましてー」
「あー! べるみつけたー」
突然、ベルが大きな声を出した。見つけたって事は宝箱かな?
「レイン、止まって」
レインにお願いすると周りの流れがピタっと止まり、俺の体もその場に止まる。
「ゆーた、あっちー」
ベルが嬉しそうにちっちゃな指で方向を示す。ん? なにか光ってるな。
「ほんとだ何か光ってるね。よく見つけたね偉いよベル」
「ふひー。べるがんばった! にんむかんりょー」
どうやら俺がお願いしたお仕事を、一生懸命頑張ってくれていたらしい。感動して褒めまくりの撫でまくりだ。
「レイン、あの光の所まで連れていってくれる?」
しっかりベルを褒めまくった後、光っている場所にレインに連れて行ってもらう。
「……これって神力草だよね? 波打ち際にあるんじゃないの?」
っていうか四葉のクローバーだよね。なんで海の中にクローバーが生えてるの? 違和感がハンパないんですけど。
「波打ち際しか探索できないから、そこでしか発見できてないだけじゃないの? ここって相当深いから水に特化した魔術師でもなかなか来れる場所じゃないわよ」
……なるほど。この広い海の中でピンポイントでここまで潜って来るのも難しいか。魔力の消費とか水中での戦闘を考えると、気軽に潜るって訳にもいかないから発見されないのか。
「そう言う事か。俺はみんなのおかげで苦労してないけど、普通だと難しいよな。みんなありがとう」
改めて精霊の凄さを認識した。自分のフィールドだと皆凄い力を持っている。しっかり皆に感謝しておく。色々仲良くしてくれるから、気軽に接してるけど最低限の敬意は忘れたらダメだよな。ディーネ相手だとちょっと自信が無いけど。
お礼を言うとベル達が褒めてくれるのって感じで集まって来たので、たっぷりと感謝を込めて褒め称える。
「裕太、もうそろそろ採取したら?」
……褒めたたえているつもりだったが、いつの間にか普段の戯れに変化してしまった。シルフィが呆れた顔で俺を見ている。
「あー、うん、そうだね、採取しようか」
光っている神力草の群生地を見る。迷宮とは言え根こそぎ取るのも怖い。絶滅したらもったいないもんな。
「三分の一ぐらい残して採取するから、みんな手伝ってね」
はーいと元気に手を挙げるベル達。野菜や薬草を採取しまくってるから問題無い。とりあえず全員で採取を始める。しかし神力草って見れば見るほどクローバーにそっくりだな。全部四葉だけど……もしかして異世界では三つ葉の方がレアなのかな?
すこし三つ葉のクローバーも探しながら採取するが、見事に全部四葉だ。こうなってくると三つ葉も探したいがどうやらそうもいかないらしい。レインが「キュー」っと鳴き俺に注意を促す。前を向くと何かがこっちに向かってくる。距離があるのにちゃんと見えるって事は、結構な大きさだな。
「裕太ちゃん、あれがシーサーペントよー。知能は高くないけど獰猛で、巨体と本能で操る水魔法が強力で強いわ。裕太ちゃん一人でだと大変だと思うけど、どうするのー?」
ディーネに説明されると少し違和感があるな。まあ海の中はディーネの専門なんだし間違っていないだろう。しかし知能が高くないか……アサルトドラゴンみたいな感じかな? 水の魔法を使うらしいし確かに大変そうだ。ディーネに頼むと一発で終わるんだろうけど、俺も経験を積みたいし……。
「水の魔法はレインで防げる?」
「もちろんよー。水の精霊が水の扱いで負けたりしないわー。あっ、まだ力を持たない浮遊精霊は別よ」
レインなら問題ないって事だな。
「レイン、シーサーペントの魔法を防ぐのと、俺を水流で移動させる事はできる?」
「キューー」
コクコクと頷くレイン。できるらしい。それなら……ちょっと怖いけど戦ってみるか。勝てる方法も思いついちゃったし。
「じゃあレイン、水流を操作してシーサーペントとすれちがうようにしてくれる。ノコギリで切りながら進むから。あっ、相手の攻撃が当たらないようにお願いね」
「キュー」
レインがピシッと敬礼を決めて請け負ってくれた。後は信じてやるだけだ。危なかったらシルフィとディーネが助けてくれるよね。他力本願だけどお願いします。
「じゃあ、お願いね」
俺が魔法のノコギリを構えるとレインが水を操作し、グングンとシーサーペントに向かって流されていく。ベル達も俺を囲むように一緒に来てくれている。
……こちらもシーサーペントに向かっているので、凄い勢いで距離が縮まる。騎士同士が馬に乗って、お互いに突撃して槍で突き合う決闘ってイメージなんだけど、想像以上に怖い。映画で見た時はカッコ良かったから憧れてたんだけど、止めておけばよかった。
シーサーペントが間近に迫る。大きさはデッカイぐらいしか分かんないけど、ドラゴンとは違って蛇っぽい。シーサーペントが大口を開けると口から何かを吐き出した。水のブレスかな?
「キューーー」
レインが鳴くとシーサーペントのブレスが左右に分かれ、その間に突っ込んでいく。ブレスを抜けるとシーサーペントの巨大な顔が目前だ。大口を開けて咬みついてくる。
「ぎゃーーー」
あまりの迫力に口が勝手に悲鳴を上げる。咬まれると思った瞬間水流が変化し、バレルロールのような軌道でシーサーペントの攻撃を避ける。ベル達のとっても楽しそうな声が聞こえるが、俺には楽しむ余裕は無い。っていうか洩らしそうなぐらいに怖い。
「ゆーた、こうげきするのー」
ベルの声が聞こえた。……そうだった、悲鳴を上げている場合じゃ無いよね。真横にあるシーサーペントの胴体にノコギリをさしこみ、ノコギリをシーサーペントの体内に残したまま尻尾まで進む。
「うわー」
振り返るとシーサーペントが海中で悶え苦しんでいる。体の三分の二ほどを深く切り裂かれ、大量出血している。止めを刺すべきかな? どうするか考えているとシーサーペントの動きが緩慢になり、最後には動かなくなった。勝ったんだよね? 喜んでレインにお礼を言おうとすると、ディーネが話しかけてきた。
「裕太ちゃん、シーサーペントの血の匂いで、魔物が沢山集まって来ているわー」
……連戦はご遠慮したい。急いでシーサーペントを収納して逃げ出そう。しかし、今回の戦いって俺はノコギリを構えていただけだよね? これも何かの経験になったのかな?
読んでくださってありがとうございます。