百五十六話 ディーネがんばる
迷宮の翼、マッスルスターと別れ、六十層のボス部屋で大量のオーク達との戦い勝利した。何回も失敗している突撃がオークの集団相手にも通用しなかったので、いい加減新しい戦い方を考えないとダメだな。
でもハンマーを振り回して特攻以外の戦いが思いつかないんだよね。精霊無双なら簡単なんだけど、俺も戦いに参加したいし、悩みどころだ。……後で考えよう。
さて次の層に行くか。英雄の本で読んだらディーネ一択の層……あれ?
「ねえ、シルフィ、次の層からもシルフィに飛ばして貰えば普通に攻略できるかな?」
「んー、本の内容だと次の層には行けるけど、魔物と戦うのも大変だし宝箱も発見できないわよ。なによりディーネが拗ねるわ」
「そうかな?」
飛んで行けば楽かなって思ったけど、ディーネにお願いねって頼んであるのに呼ばないと、確かに怒りそうだ。それに本では英雄のパーティーは、六十一層から七十層に一番苦労して、探索範囲も狭いらしいから、宝箱も残っている可能性が高いもんね。
「ええ、あれだけ張り切ってたのに放置したら、後が大変よ」
お姉ちゃんに任せなさいってテンション高かったな。うん、楽な方に逃げたら後が怖そうだ。ディーネに頼もう。
「それもそうだね。じゃあ、ディーネを召喚するね」
「でぃーねくるー」「キューー」「こころづよい」「ククーー」
話を聞いていたベル達が喜びだした。ディーネってベル達に人気があるんだよね。俺的にはベル達が変な事を覚えてしまいそうでハラハラするんだけどね。ベル達も待ってるし早く召喚するか。
「お姉ちゃんの出番ねー」
召喚した第一声から張り切っている。呼んで良かったな。俺がディーネに話しかける前にベル達が突撃して、ワチャワチャになっている。ドリーの時と随分違うが、これはこれでディーネっぽいよな。
ベル達にとってドリーは優しいお姉さんで、ディーネは友達みたいなお姉ちゃんって感じなんだろう。シルフィはベル達のお母さん的な役割っぽいから、ちゃんと役割分担ができていて面白い。俺は頼れるお兄ちゃん枠で、ノモスがお父さん枠かな? ノモスは昭和のガンコ親父って感じだからピッタリだと思う。
「ディーネ、次からは海水がメインの層だから頼むね」
「ええ、お姉ちゃんに任せれば大丈夫よー」
ベル達を抱きしめながらディーネが言う。普段のディーネなら心配だけど、水場のディーネだったら大丈夫だよね。たぶん。
「頼むね。じゃあ行こうか」
六十一層への階段を下りると今までは普通の洞窟にでたが、この層では階段の途中から水が満ちている。最初、英雄は山岳に戻り筏を作って攻略しようとしたらしいが、魔物に筏を壊され死にかけたと書いてあった。
結局一度迷宮から出て、海水に対する対策を準備したらしい。高価な魔道具と水に特化した魔導士を仲間に加え、もう一度ファイアードラゴンを倒したそうだ。根性がハンパないと思う。俺だったらたぶん途中で心が折れるな。
迷宮の翼とマッスルスターもたぶん魔術師が水に強いか、魔道具を持ってるから選ばれたんだろう。でも英雄が苦労したように、魔術も魔道具も使い勝手が悪いらしいから、俺の優位は動かないはずだ。
「裕太ちゃん、それでどうするの? この前みたいに水の中で息ができるようにする?」
「えっ? ああ、ちょっと待って。今考える」
うーん、薄暗い洞窟の水の中で水中呼吸……あんまり楽しそうじゃないな。冒険者としては失格な気もするが、真っ当な攻略は諦めよう。
「ディーネ、俺の移動に合わせて、海水をどかしてくれる?」
「いいわよー」
ディーネの言葉と同時に洞窟の水がザザザッっと潮が引くように海水が奥に押しやられた。ベル達は大喜びだ。特にレインがキューキューとディーネに何か言っている。コツでも聞いているのかな? 勉強熱心だね。
でも、自分で頼んだんだけど、むき出しになった石畳の上で魚の魔物達が苦しんでいるのを見ると、少し申し訳なくなる。
たぶんあの魔物って英雄を殺しかけたって言う、ソードフィッシュだよね。体が剣みたいだし、顔は鋭く尖り、背びれは刃物みたいになっている。筏で洞窟を進んだ英雄が、その筏をバラバラに切り裂かれ水に落ちた所に、集団で突き刺されたって書いてあった。
英雄達のパーティーだけあって、強靭な防御力で致命傷は避けたらしいが、水の中で次々に切り裂かれる事で、回復が追いつかず失血死するところだったそうだ。英雄自身がもう少し筏が先に進んでいたら生きて戻れなかっただろうって言ったらしい。
そんな大金星を上げそうになったソードフィッシュが、数匹無残にのたうっている。背びれが迷宮の石畳をガキンガキンと切り付け、火花が散っている所が恐ろしい。
「おさかなー、ゆーた、あれおいしい?」
ベルが興味津々で聞いてくる。ちょっとヨダレがでてるよ。お魚を見ると食べるって考えになっちゃったか。食べるの大好きだもんね。
「洞窟で出てくるお魚は食べられるのが少ない上に、美味しくないって書いてあったよ」
「ざんねんー」
俺の言葉にベルだけではなくレイン、トゥル、タマモも残念そうにしている。食いしん坊になっちゃったよね。素材的にソードフィッシュの鱗や背びれはオリハルコンを微量に含んでいるらしく、高値で取引されるらしい。
一匹からゴマ粒程度のオリハルコンしか取れないらしいが、それでもソードフィッシュ以外にオリハルコンを手に入れる方法が無いらしく、鍛冶師の憧れの魚らしい。メルのお土産にしたら喜びそうだ。
それにオリハルコンはゴマ粒程度でも他の金属と混ぜ合わせれば、混ぜた金属自体の性能を上げる事ができるそうで、オリハルコンが混ざっているだけで値段が跳ね上がるそうだ。そのせいで詐欺も横行したらしい。
しかしオリハルコンか……名前からしてカッコいい。迷宮の先に進めばオリハルコン鉱脈とか見つからないかな? オリハルコンの剣とかオリハルコンの鎧とか憧れる。まだミスリルの剣すら手に入れてないけど。
「ありがとう、ディーネ。じゃあ、みんな行こうか」
得意げなディーネにお礼を言って、海水が無くなった通路を進む。落ちている魚はノコギリで首を落として収納する。なんか洞窟を歩くだけでレベルが上がりそうだ。
ソードフィッシュ以外にも、魚型の魔物が出てきたが……相変わらず地面でのたうっているので、サクッっと始末する。唯一戦ったのは強力な毒を持つシースネイクだが、陸上では相手にならないので、直ぐに始末した。
シーサーペントの子供かとシルフィに聞いたが別枠だそうだ。六十六層でシーサーペントは出るらしいし、てっきり子供だと思ったんだけどな。
完全にチートを使い六十一層から六十五層を二日掛けて隅々まで探索する。魔法の鞄の中には逃げ遅れた魚の魔物達が満載だ。ソードフィッシュとか群れで居るし俺を見つけると突撃してくるから、洞窟を抜けた時には千を越えていた。
宝箱も数多く見つかり、金銀財宝に魔剣、ミスリルの鎧に雷が飛び出す魔法の杖、炎が飛び出す魔法の杖なんかも手に入れた。探索し辛い水の中だけあって、多くの宝箱が取り残されていたようだ。六十六層からも楽しみだな。
魔法の杖は手に入れた時にテンションが急上昇したが、生活魔法しか使った事のない俺には上手く使えなかった……魔力を流し込むってどうやればいいのかすら分からん。
少しの魔力を属性に変換して、なおかつ威力を何倍にも上げると言う貴重な物らしいんだが……。頑張って練習しよう。俺単独でレイスなんかを倒せるようになるのなら素晴らしいアイテムだ。
「ふいーようやく洞窟を抜けられるね。ディーネ、ありがとう」
「ふふ、お姉ちゃんの凄さが分かった?」
得意満面のディーネだが、今回の場合は得意満面でも全く問題無い。ただ海水を引かせるだけで、英雄パーティーが苦労したこの洞窟をほぼ無力化したからな。
六十五層のボスにいたっては、ソードフィッシュの大軍を引き連れた金色に輝くグレートソードフィッシュも含めて、ボス部屋の中でのたうっているだけだった。グレートソードフィッシュは豆粒ぐらいのオリハルコンが取れる凄い魔物だそうだ。
「ああ、こんなに簡単にここまで来れたのはディーネのおかげだ。凄いよディーネ」
洞窟の水の中で魔物と戦うのが嫌だったから、フルでディーネに頼ったけど、完全にチートだった。六十六層からは、自分でも戦わないと完全に堕落してしまうな。
「ふふーー。そうでしょー、そうでしょー。裕太ちゃん、お姉ちゃんは凄いんだから沢山頼ってもいいんだからねー」
ディーネの鼻が天まで届きそうなぐらい伸びている幻覚が見える。ベル達も無邪気にディーネを褒めたたえるから伸びっぱなしだ。
ここ三日の間、想像以上に張り切っているディーネに疑問を覚えてシルフィに聞いてみたら、俺が戦闘でディーネに頼るのが初めてだから張り切ってるんだそうだ。そう言えば水場での戦いって初めてだな。森でドリーを呼んだ時も拗ねてたし、もう少し気を使うべきだったかもしれない。
「ああ、頼りにしてる。でも次からは俺も戦いたいからサポートを頼むよ」
「むふーー。分かったわ。お姉ちゃんに任せておきなさい」
「おきなさいー」「キューー」「……」「ククーー」
あっ、ベル達がディーネのマネをし始めた。ここは叱る所なのか? でも、ディーネのマネをしちゃダメって叱るのか? それは無いだろう、どうしたらいいんだ? シルフィに助けを求めるが、諦めなさいとでも言うように首を左右に振られた。
ディーネの影響力って結構強いから怖いんだ、前にディーネがベル達に愛について熱く語ったら、しばらくは「あいねー」っが口癖になってたからな。干物が上手に作れて喜んでたら「あいねー」って言われてなんか切なくなった。ハイテンションのディーネをベル達が学習したら大変な気がする。
……うーん、トゥルが恥ずかしいのか沈黙を守っているのは救いだな。絶好調なディーネのテンションを落とすのは流石に不憫だし、後でさりげなくベル達に注意する事にしよう。時間が経てば落ち着くんだし、あまり神経質にならないように、それでいてさりげなく注意する……子育てって大変なんだな。
「じゃあ、そろそろ六十六層に行こうか」
「ええ、みんないくわよーー」「よーー」「キューー」「いく」「クーー」
張りきったディーネを先頭にベル達とキャイキャイと騒ぎながら階段を下りていく。はしゃぐ美女と幼女とイルカと少年と子狐、微笑ましい光景なんだけどちょっとだけ不安だ。
「……シルフィ、大丈夫かな?」
「まあ、少し騒がしくなるだけで問題無いわよ。今日はもう遅いし少し六十六層を見て回ったら休むでしょ、その間に落ち着くわ……たぶん」
たぶんって最後に小さく言われると余計に不安になるよね。六十六層に下りると出口は小さな小島になっていて、大海原が広がっている。英雄の本に書いてあったけど実際に見ると驚くな。迷宮って何なんだろう。草原まではまだ分かるけど、火山に山岳に海って意味が分からない。
「裕太ちゃん、海の水もどけちゃう?」
輝かんばかりの笑顔でディーネが聞いてくる。もう少し落ち着いて欲しいし今日はもう休むか。海の探索は明日だな。
「いや、今日はもう遅いから休むよ。明日からは水中呼吸で探索したいからお願いね」
「あら、そんな時間? わかったわー」
ちょっと残念そうだけど、納得してくれたのでご飯にする。ワインぐらいなら出してもいいか。テンションが更に上がる可能性もあるが、軽くお酒を飲んで休めば一区切りついたと落ち着くかもしれないからな。
読んでくださってありがとうございます。