百五十五話 集団戦
必殺のファイナル・ウインド・スラッシュが炸裂し、ファイアードラゴンの首を切り落とした。俺の活躍が英雄のパーティーみたいに本になったとしたら、必殺技として記入されるはずだ。将来そうなったら悶絶確定だな。
……でも、技名を叫ぶのってちょっと気持ちがいい。あと、シルフィや子供達に必殺技が大好評だ。サラはちょっと戸惑っていたけど……。
「ふぁいなる・ういんど・すらーーしゅ」
ベルが技名を叫びながら、レインに向かってちっちゃな右手を振り下ろす。
「キュキュキューーー」
レインが鳴きながらのけ反り、フラフラと地面に落ちてパタリと死んだフリをする。芸が細かい。
「ふおおおお、たのしーーー」
ベルが手足をワキワキさせて大興奮だ。なんか戦隊物のヒーローをマネしていた子供の頃を思い出す。楽しいよね。
後ろを見ると、アレクさん達とマッスルさん達が呆然としている。ファイナル・ウインド・スラッシュの威力に思考が停止しているらしい。
話しかけるとどんなリアクションが飛んで来るか分からないので、正気に戻るまで放っておこう。楽しそうにはしゃぐベル達を引き連れ、ファイアードラゴンの首と胴体を魔法の鞄に収納する。
目の前でファイアードラゴンが消えた事を切っ掛けに、冒険者達が動き出した。
「裕太さん、さっきのはなんですか? ファイナル・ウインド・スラッシュ?」
アレクさんが詰め寄ってきた。興奮して目がキラキラしているように見えるのは気のせいなんだろうか?
「えーっと、必殺技です。秘伝なので詳細は聞かないでください」
「必殺技ですか! ちゃんとした精霊術師の方とお会いするのは初めてですが、これほどの力を持つとは……名門の精霊術師が王侯貴族に囲われる理由がやっと分かりました」
「私も感服した。魔力の動きも無く、何がどうなったのかさっぱり分からなかったが、気が付いたらファイアードラゴンの首が落ちていた。できれば教えを請いたいところだが、秘伝であるのなら無理であろうな」
アレクさんとマッスルさんだけでなく、そのパーティーメンバーにも口々に褒められる。なんか魔術師の人に憧れの目を向けられて、微妙に気まずい。
ファイナル・ウインド・スラッシュ……ただ何となく単語を並べた必殺技名。実際は俺が右手を振り下ろしたら、シルフィがファイアードラゴンの首を切り落とす合図だから、なんの意味も無い。
迷宮の翼やマッスルスターから報告を受ける人達に、ミスリードしてもらう為だけの適当な必殺技名だ。それが物凄く評判がいいと、気まずい……。
「そ、それよりも、早く五十一層に出ましょう。その為にここまで来たんですからね」
心が痛くなってきたので先に進む事を促し、五十一層の階段に向かう。ファイアードラゴンを倒した時に開く扉も、誰にも注目されずに既に全開だ。
本当ならファイアードラゴンを苦難の末に打ち破り、長い迷宮都市の歴史の中でも僅かな者達しか通り抜けられなかった扉が開くシーンは、重要な演出のはずなんだけどね。誰にも注目されずに開き切ってしまった扉……こころなしか寂しそうに見える。
「ここからが五十一層ですので俺の役目はここまでです。皆さんが先に進むのか戻るのかは分かりませんが、全滅して俺が失敗した事になったら困るので、身の安全には注意してください」
さっさと別れたいが、彼らが一度も冒険者ギルドに戻らなかったら、それはそれで難癖付けられそうなので注意しておく。一応一筆貰っといた方がいいかな? ああ、でも全滅したら俺が殺したとか疑われそうだし無意味か。
「裕太殿、実力の違いを確信した今、共に行こうとは言わぬが、この先の情報を貰えないだろうか? 我々も無謀な行動をするつもりはないが、資料でしか知らぬ状態よりも裕太殿がその目で見た情報が欲しい。無論、情報料は支払う」
マッスルさんが冷静に情報を求めてきた。話の所々で筋肉を膨らませなければ、物凄くまともな人なんだけどな。さて、問題なのは山岳の山々と空から見た魔物の数に心が折れて、ほとんど地面に下りなかったから情報が少ない事だ。
「そうですね。ここから五十九層まではひたすら魔物の数が多いです。Aランクの皆さんなら楽勝なゴブリン達ですらキングの統率の元に、疲労を誘うような行動を取って来ますので、自分達の体力を見極めておかないと数で潰される可能性がありますね」
「やはり集団戦になるのだな」
マッスルさんが難しそうに考え込む。空から見ただけで面倒だと分かるぐらいウヨウヨ居たからな。一度見つかると面倒だろう。
「山岳のどの層でもパワーバランスは違いますが、種族毎に王が居て多数の手下を従えていますので、その縄張りと縄張りの隙間が比較的安全のように見えました。囲まれたり退路を断たれたりしなければ生き残れるとは思いますよ。この程度の情報しか無いので情報料は要りません」
このまま直ぐに別れたかったが、命が掛かっているから当然なんだろうけど、色々と質問された。どうやら彼らは魔力草と万能草が自分達でも採取可能か確認するつもりのようだ。まあ、それができなかったら、五十層を越えた意味が無いから当然だな。
死なれると面倒なので、分からない事は分からないと正直に言い、空から見たおおまかな魔物の分布も伝えた。今回は五十六層の山岳を探索して切り上げるそうだが、出来れば死なないで欲しいな。
***
迷宮の翼とマッスルスターの人達と別れ、シルフィに六十層まで一気に運んでもらう。前回は面倒だったので、ボスと戦わなかったけど今回は先に進むから戦わないとな。
「皆、今回のボスは集団戦だから、何が出て来るか分からないけどベル達も力を貸してね。俺も戦いたいから大技を使わないで地道に数を減らす感じでお願い」
「いえっさー」「キュキュッキュー」「イエッサー」「ククックー」
ベル達がピシッと敬礼のポーズをしながら返事をしてくれた。戦闘前だけど、可愛らしくてホッコリしてしまう。
「裕太、どうしていっきに倒さないの? どれが出て来ても今の裕太なら楽勝でしょ?」
シルフィが不思議そうに質問してきた。この層のボスは五十六層から五十九層で、一番勢力が強い種族のキングが手下と共に現れるそうだ。
試行回数が少ないので確実では無いらしいが、資料と食い違いが出る事に疑問を持った冒険者が調べたらしい。英雄の時はオークキングだったのに、その冒険者の時はトロルキングが出てきたらしい。他にもゴブリンキングの時もあったと、英雄の本の注釈に書いてあった。
「皆の力を借りたら普通に倒せるだろうけど、最近直接戦闘をしてないから、自分でも戦っておくよ」
近接での戦い方を忘れてしまいそうだし、開拓ツールにも出番を与えないと錆びついてしまう。
「そう言う事ね。確かに裕太が直接戦う事が減っているしいい機会かもね、でも、用心の為に自然の鎧は付けておいた方がいいわ」
「そうかな? 前に同ランクのリッチと戦った時からかなりレベルも上がっているし、風壁だけで大丈夫じゃない?」
別に誰に見られるわけでも無いから問題無いんだけど、魔力で薄っすらと光る鎧って恥ずかしくなるんだよね。ファイナル・ウインド・スラッシュって叫ぶ方が俺にとっては気分が楽だ。あれはあれでストレスが発散できる。
「ゆーた、よろいきる? べるつくる!」
あっ、ダメだ詰んだ。ベル達がやる気になっちゃったら、自然の鎧を着ないと悲しい顔をさせてしまう。なんか最近、諦めが早くなったな。
「そっか、じゃあお願いね」
「いえっさー」「キュキュッキュー」「イエッサー」「ククックー」
元気いっぱいに敬礼をするベル達の後ろで、シルフィが楽しそうに笑っている。狙い通りなんだろうな。ベル達の可愛らしい演出を受けて自然の鎧を身に付ける。
「ありがとう、これで安心だね」
「あんしんー」「キュー」「むてき」「クー」
うん、トゥルは自然の鎧に絶対の信頼を持ってるよね。でも、無敵ってのは言い過ぎな気がするな。ファイアードラゴン相手ならぺチッっと踏みつぶされる気もする。ベルに風壁も掛けて貰い、ハンマーを準備して扉を開けて中に入る。さて、何が出るのかな?
山岳風景の中に……オークがとっても沢山います。広い部屋にワンサカとオークがとっても沢山います。なんかアンデッドの巣を思い出すが、オークの方が臭くないしまだマシだな。でも手加減してお肉の確保をしている余裕はなさそうだ。
「ブギャーーー」
群れの奥から大声が聞こえると同時にオーク達が足並みを揃えて行軍してきた。凄い迫力だな……なんか外に出て扉を閉めたい気分になったけど、この集団を倒さないと先に進めないんだよな。トロルやオーガよりもマシなんだ頑張ろう。
「じゃあ、皆、行くよ」
俺のレベルと自然の鎧に開拓ツールがあれば、オークなんか紙切れだ。無双してやる。
***
とりあえずザコは無双した。でも、ゾンビやスケルトンと比べると断然大変だった。ゾンビは知性が無くただただ襲い掛かってくるだけだったけど、オークは頭がいいとは言えないもののそれぞれが意思を持っている。
後ろに回ろうとするし近づけば距離を取る。弱いので簡単に勝てるのは勝てるが、オークキングの統率の影響で組織立った動きをされてスカッと無双ができない。
最初にハンマーを振り回しながら突っ込んで行くと、誘い込まれるように……完全に誘い込まれてオークの大集団のど真ん中で囲まれた。ブヒッっと周りで囲んでいるオークに嘲笑された時、とても切なかった。
悲しみを堪えてハンマー大回転を連続使用して、オークを弾き飛ばしながら囲みを脱出する。リッチと戦ってからレベルがかなり上がったから、無双できると思ったんだけどな。
嘲笑されて悔しかったのでベル達を呼んで等間隔で一直線に並び、オークの集団に正面からぶつかってやった。左側にベルとレイン、右側にトゥルとタマモ、俺はセンターでハンマーを振り回し、ベル達は単発の魔法で俺のペースに合わせながらオークを狩る。
真正面からオークの隊列を叩き潰した事で、ようやく気分がスッキリした。取り巻きの居なくなったオークキングなど、今の俺にとっては相手にもならない。お肉と魔石の確保の為に、魔法のノコギリに持ち替えて綺麗に首を落としてやった。
「ふいー、終わったー。皆ありがとう、助かったよ」
お礼を言うとベル達がもっと褒めてと集まって来たので、いつものごとく全力で褒め称え撫で繰り回す。
「裕太、お疲れ様。でもいくら威力があっても、大軍にハンマーを担いで突っ込むのはそろそろやめた方がいいわよ。ゾンビやスケルトンならともかく、ある程度考える事ができる魔物には通用しないわ」
完全に正しい事を言われた。なんかハンマーを振り回しながら大軍に突っ込むのってゲームっぽくて好きなんだけど、これだけ綺麗に誘導されると、ちゃんと考えないとダメなのは分かる。ジェネラルゾンビ辺りからこの作戦ってほとんど成功してないもんね。もっとレベルが上がれば行けるのかな?
「うん、今度からもう少し考えて戦うよ。いい加減上手く行かない事には気付いたからね」
シルフィもそうしなさいって頷いてるし、あとで戦い方をちゃんと考えよう。とりあえず今は沢山のオークを収納してディーネを呼ぶか。次からはディーネの独壇場だからな。たぶん出番を待ちかねているだろうし急ごう。
なんで精霊とのコミュニケーションを教えないのか等の感想を幾つか頂いています。
公表すると主人公の手の届かないところにその方法が広まって、戦争や自分の手に負えない事に精霊を利用されるのが困るので、教える相手を選びたいので隠しています。
精霊術師の評判を上げる行為を何一つしていない等の感想も頂いておりますが、ちゃんとした精霊術が使える弟子を育てる事で少しずつ前進していく予定です。
詠唱につきましてはファイアードラゴンを倒すような強い精霊術を無詠唱で放った場合は、精霊との関係に注目が集まるのを嫌っての詠唱といった考えで書きました。
自分では今までの本文の中でその考えを書いているつもりなのですが、説明不足なのか分かり辛かったようで申し訳ありません。もう少し上手に文が書けるよう頑張りますのでよろしくお願い致します。
読んでくださってありがとうございます。