百五十四話 必殺技?
休日を挟みながらサラ達の訓練をおこなった。湿原に二回ほど籠ったんだが、その度に素材を持ち帰っていたらマリーさんと言うか、マリーさんの所の解体職員が悲鳴を上げたらしい。
十日の間に二階建ての一軒家ぐらいの大きさのジャイアントディアーを四匹やジャイアントトード。ポイズントードが沢山にマーシュランドリザードニ十匹……元々、迷宮素材を仕入れる商会と言えど、解体を含めるとキャパをオーバーしてしまったらしい。
ジャイアントディアーはレアだと聞いていたが、湿地の全四層を探せば一匹か二匹は見つかった。出る数が決まってるような感じなのかもしれない。
まあ、ジャイアントディアーは喜んでくれたが、ポイズントードの解体が大変だそうだ。毒物を薬に利用するので繊細な作業が必要らしいが、山のように積み上げちゃったから大変だったんだろう。なんか申し訳ない。
実際にはマリーさんは儲け時だと、賃金アップをエサに発破を掛けたらしいが無理だったそうだ。このままではファイアードラゴンの解体にも影響が出ると、申し訳なさそうに断ってきた。
まあ、六千万エルトも儲かったし、残りは魔法の鞄に収納しておけば問題無いので、タイミングが合った時にまた放出しよう。冒険者って儲かるんですねってマリーさんに聞いたら、魔法の鞄があるから相当有利になっていると言われた。
魔法の鞄を持っている一部の一流冒険者はもっと先に進むし、鞄の容量も一軒家程度らしいから、開拓ツールはやっぱりチートだな。なんか地味だけど。
***
「サラ達は外に出てもいいけど、訓練は欠かさないように。あと外に出ると、またワルキューレに会うかもしれないけど、ついて行かないようにね。じゃあ行ってきます」
アレクさん達との合流日の早朝、見送りに起きてくれたサラ達に軽く注意して、ドリーに目線を送る。頷いてくれたしドリーに護衛を任せれば安心だよね。
しばらく泉の家を空ける事になるから、ノモスにも管理の手伝いをお願いし万全の体勢だ。でもワルキューレに出会った時が心配だ。出歩いていると偶に遭遇するんだよな。ヒタヒタと距離を詰められているようで結構怖い。
まあ、悪い事を企んでいる様子は無いので、美貌にグラつかなければ大丈夫なはずだ。自分を納得させる。そろそろ出発するか。セバスさんに一礼してシルフィとベル達と共に迷宮に向かう。ディーネは六十六層から出番だとちゃんと伝えてあるので、拗ねる心配もなく安心だ。
(そう言えばこのメンバーで行動するのって久しぶりだね)
「ひさしぶり?」「キュー?」「そう?」「ククー?」
ベル達がそうだったかな? って首を傾げている。可愛いので撫で繰り回したいが、早朝とは言え外なので我慢する。
「ふふ、確かにそうね。私がサラ達の護衛に付いていたりしていたから、このメンバーでの行動は久しぶりよ。まあ、精霊にとって裕太と出会ってからの時間でも最近の出来事だから、ベル達には分かり辛いかもね」
精霊って長生きだもんね……って言うか寿命ってあるんだろうか? シルフィが補足を入れてくれ、ようやく理解したベル達。
「ひさしぶりー」「キュキューー」「わかった、ひさしぶり」「ククーー」
理解できて嬉しかったのか早朝の迷宮都市を楽しそうに飛び回る。声が周りに聞こえていたら迷宮都市の人達を起こしてしまってたな。
楽しそうに飛び回るベル達を見守りながら迷宮都市を歩き迷宮に到着する。当たり前だけど、こんなに早朝でもちゃんと迷宮の入り口に兵士が立ってるんだな。
ギルドカードを見せて中に入る。ランクアップして初めてギルドカードを見せた時は驚かれたけど、もう通達が回っているのか普通に確認されるだけだ。無理やり押し付けられたようなAランクだったけど、驚かれた時、ちょっと気持ち良かったのは内緒だ。
「じゃあ、行くわよ」
「うん、お願いね」
シルフィに風の繭で包んで貰い、迷宮内を高速移動する。洞窟タイプの層はジェットコースターみたいで結構怖い。周りを楽しそうに飛んでいるベル達に視線を向けて癒しを求める。何度か繰り返せば慣れるのかな?
***
ボスの部屋の扉前と、洞窟内での他の冒険者とのスレ違い以外はほぼぶっ飛ばした結果、体感で四時間程度で四十九層に到着した。人目を気にしないとかなり早い。
ボスの部屋は一度倒しているので魔物は出て来ないが、扉を開ける作業が地味に面倒だ。しかも入り口の扉を閉めてから、出口の扉が自動でゆっくりと開くので微妙に焦らされる。普段は休憩替わりで何とも思わないけど、先を急ぐ時にはちょっと困るな。
進路を塞いだ魔物達は、周りを飛んでいるベル達に吹き飛ばされていた。俺の後を通った冒険者が居たら、運が良ければ素材を拾えるかもしれない。
「裕太、そのまま頂上に向かっていいの? あそこの拠点に寄って行く?」
あー、冒険者ギルドが四十九層に作っている拠点か……どうしよう?
「……止めておくよ。中の人に一緒に行きたいとか言われたら面倒だ」
「了解、じゃあ行くわよ」
拠点に寄らずそのまま空を飛び頂上を目指す。火山地帯はワイバーンやファイアーバードが襲って来るからちょっと面倒なんだよね。偶に襲い掛かって来るワイバーンを弾き飛ばしながら頂上に到着する。
おっ、階段の前に迷宮の翼とマッスルスターが揃ってるな。こっちを見て何か騒いでいる。俺って分かってるよね? 攻撃とかしないで欲しい。念のために軽く手を振りながらゆっくりと降りる。
「お待たせしました」
「い、いや、そんなに待ってないからいいけど、……裕太君って飛べるんだね」
「ええ、飛べますよ」
何でもない事のように言う。自慢げにならないように注意しないと、痛い奴になってしまうから難しい。これでアレクさんやマッスルさん達から、俺が飛べる事がギルドに報告されるだろう。
飛べる事によって周りから反応があるだろうけど、冒険者ギルドに丸投げできるし、それを乗り切れば気軽に飛び回れるようになる。悪くない選択だ。
「はは、そうなんだ……」
物凄く何か言いたそうなアレクさん。色々と聞かれるのも面倒だし、さっさと終わらせて別れよう。
「裕太殿! その力で我々を飛ばす事も可能なのか?」
話を先に進める前にマッスルさんが話に入ってきた。ワクワクしている表情で何が言いたいのか直ぐに分かる。サラ達を連れて飛び回る予定だし、ここでウソをついても直ぐにバレるな。
「ええ、可能ですけど皆さんを連れて飛ぶ気はありませんよ。それよりもさっさとファイアードラゴンを倒してしまいましょう。皆さんは俺の後ろで待機してください。くれぐれも余計な事をしないでくださいね」
マッスルさん達と空を飛びたいとは思わないので、話を先に進めて頼まれるのを阻止する。
「えっ、もう? 休憩や打ち合わせは?」
アレクさんがビックリしている。
「一撃で終わるので、休憩や打ち合わせは必要ありませんよ」
「しかし、戦いにイレギュラーは付きものだ。できる限り作戦は立てておくべきだよ」
アレクさんが真剣な表情で忠告してくる。確かにそうなのかも、色々と経験しているAランクの冒険者だけあって、言葉に説得力があるな。
「……では、一撃で倒せなければ撤退する事にしましょう。無意味に戦っても怪我をするだけですしね」
Aランクの冒険者達と作戦会議とか、確実に俺の無知が晒されるから嫌だ。俺の言葉に納得している人は居ないようだが強引に話を先に進める。
「入り口からは離れませんから、いつでも撤退できますし安心です。じゃあ行きましょうか」
「えっ、ちょっと待って、そんなに簡単に……」
「アレク、私達は足手まといなのだ。ダメだった場合に逃げられるのであれば、それで十分だろう」
マッスルさんがフォローしてくれた。魂の名がマッスルとか言っていた危険人物だけど、意外と常識的な対応だ。
「しかし、相手はファイアードラゴンなんですよ!」
「裕太殿が一撃で勝てると言い、倒した実績もある。その裕太殿に対して、連れて行ってもらうだけの未熟な我々が指示をするなどありえん。グランドマスターの話に乗った時から、我々は裕太殿に命を預けたのだ、黙って従うのが筋だろう」
マッスルさんの言葉にアレクさんが驚いた表情をした後、何か考えだした。
「……分かりました。裕太さん、ご迷惑をお掛けしました。よろしくお願いします」
頭を下げるアレクさん。敬称が君からさんに変わったよ。しかし、何でも筋肉で解決しそうなタイプなのに、マッスルさんのキャラがよく分からなくなる。
冷静にアレクさんを説得したかと思えば、頭を下げたアレクさんを見ながら、自分の筋肉を膨らませて頷いている。仲良くなると振り回されそうだから、できるだけ関わらないようにしよう。
筋肉アピールが無ければ尊敬できる人な気がするが……筋肉アピールを止めるような人がマッスルと言う魂の名前を付けるとは思えないし、俺がこの人を尊敬する事は無いんだろうな。
「心配されるのも分かりますから大丈夫ですよ。じゃあ、先に進みましょうか」
ベル達が退屈そうなので、さっさと終わらせたい。迷宮の翼とマッスルスターを引き連れて階段を下りる。あっ、確認しておかないといけない事があった。
「あのー、ファイアードラゴンを見た事が無い人って、メンバーの中に居ますか? なかなか迫力があるので、パニックになられると困るんですが」
初めて見た時に俺は足がガクブルになったからな。Aランクの冒険者なら大丈夫だろうが、念の為だ。
「僕達はファイアードラゴンを倒せないか、確認しに来た事があるから大丈夫です。マッスルさん達はどうですか?」
「私達も見た事があるから大丈夫だ。今のままではとても敵わんと思い撤退したが、パニックを起こす事は無いだろう」
「そうですか、安心しました。扉を開けて中に入ると、俺は精霊術の準備で忙しいので話しかけないでくださいね。攻撃が失敗したと判断したら各自退避してください」
頷く迷宮の翼とマッスルスターの皆さん。精霊術に関しては普通にお願いして倒して貰うと、俺が秘密にしたいところまで冒険者ギルドにバレる恐れがあるので、シルフィと話し合った末に小声で詠唱っぽい事を言うのと、身振り手振りを付け加える事にした。
最初は普通に詠唱する為にカッコいい詠唱を考えたりもしたが、あまりにも厨二の心が疼くので、小声で詠唱しているフリをする。なんか楽しくなってきて、危うく封印された右目が疼くとか言い出しそうになったからな。そこまで開き直るのは弟子を持つ人間としてダメだ。全部は抑えきれなかったけど。
シルフィに目で合図を送って扉を開ける。ゾロゾロと中に入る俺達を見て、ファイアードラゴンが威嚇の咆哮をあげる。とてつもない恐怖を覚えたが、なんともないフリをする。足、震えて無いよね?
シルフィがいれば一発なんだから大丈夫と心に言い聞かせ、小声でブツブツと適当に呟きながら、手を動かす。カッコいい詠唱の振り付けなんて分からないから、仮面の変身ヒーローの変身ポーズを改良して誤魔化す。一応規則性もあるし、ちゃんと意味があるように見えるだろう。
ファイアードラゴンがこちらに向かってズンズンと足音を立てながら近づいてくる。いきなりファイアーブレスを選択されなくて良かった。これで強い攻撃を出すには時間が掛かる事が印象付けられる。
暗殺者に狙われやすくもなりそうだが、奇襲には無詠唱で対応しているのも見せてあるから、大丈夫だろう。精霊が話せば分かるって事が広まれば、戦争に利用されそうだからな。身振り手振りを印象付けるのは大事な事だ。
ズンズンと近づくファイアードラゴンに、俺の背後から焦ったような声が聞こえる。ごめんねもう少し焦らすから耐えてね。
………………もうそろそろいいか。逃げようっとか言ってる人が居るし、本当に逃げ出されたら面倒だ。最後の仕上げに右手を高々と上げて、必殺技の名前を叫びながら大きく振り下ろす。
「ファイナル・ウインド・スラーーーッシュ」
俺の適当に並べた恥ずかしい言葉に合わせて、シルフィがファイアードラゴンの首を切り落とす。そして俺の両隣ではベル達が俺の真似をして右手を振り下ろし、技名を叫んでいる。レインとタマモはキューキュー、クークー言っているようにしか聞こえないが、ちゃんと技名を叫んでいるつもりなんだろうな。
シーンとした静寂が生まれる。
「し、失敗か?」
アレクさんの仲間の一人が呟くと同時に、ズルリとファイアードラゴンの首がズレ、そのまま地面に落下した。なんか凄くドヤってしたいけどなんて事無い風を装わないとな。
読んでくださってありがとうございます。