百五十二話 五十層を越える人達
グランドマスターとの大体の話し合いは終わった。後は書面の確認と連れて行く冒険者達の紹介だけだな。ランクアップの手続きもしないとダメか。
グランドマスターがこちらの弱点を女性と見たのか、しきりに好みを聞いてくる。そう言う話も嫌いでは無いんだが、ほぼ初対面の人達に囲まれて自分の好みを話せるほど図太くない。奥から秘書っぽい女性がゾロゾロと男達を連れて出て来た時、ちょっとホッとした。
「こいつらが連れて行ってもらうパーティーだ。こっちが迷宮の翼でこっちがマッスルスターだ。頼むぞ」
「は、はぁ」
凄いのを頼まれた。迷宮の翼はまあ問題無い。男性三人と女性二人で剣、槍、盗賊、魔術師、僧侶でゲームで言うバランスが取れた感じだ。リーダーがイケメンでちょっと悔しいとかはあるが、もう一つに比べたらどうでもいい。
マッスルスター……言いたい事は分かる。筋肉に信仰があるタイプなんだろう。全員が筋肉モリモリで、魔術師や僧侶の格好をしている人達もムキムキだ。特にローブや神官服を着ている二人はどうなんだ? その筋肉があればフルアーマーが装備できるだろう。
シルフィがしれっとマッスルスターの面々から距離を取った。苦手な感じらしい。
「二組ともAランクの冒険者パーティーで、この国でも上位の実力者だ。マッスルスターは俺が王都から連れて来た」
俺の反応が鈍い事に気が付いたグランドマスターが、追加で説明してくれる。そう言う問題じゃ無いんだけどね。しかもマッスルスターを連れて来たのはグランドマスターなのか。勘弁して欲しい。
「Sランクの人は居ないんですね?」
「ああ、Sランクを迷宮に縛り付ける訳にもいかねえからな」
そう言う事か。迷宮の攻略をSランクが進めたらはかどるだろうけど、迷宮に掛かりっきりになって素材を調達してたら、何かあった時に動けないもんな。Sランクって面倒が多そうだ。でもちょっとSランクを見てみてみたかった。
「そうなんですね」
「僕はアレク、迷宮の翼のリーダーをしています。冒険者として先に連れて行ってもらうのは情けない話なんだけど、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
性格も良さそうだ。イケメンだしモテるんだろうな。普通なら嫉妬しそうだが、隣にいる人が気になってしょうがない。
「私はマッスルだ。本名は別にあるが魂の名はマッスルなのでマッスルと呼んでくれ。しかし、私と同じくハンマーを使うと聞いていたのだが、本当か? 筋肉が足りてないぞ?」
マッスルさんが不思議そうに首を傾げる。魂の名がマッスルか……ヤバい人だな。関わり合いになりたく無いんだが、チェンジはできるのか? グランドマスターを見るとウンウンと頷いている。なんの頷きなんだろう?
「えーっと、裕太です。よろしくおねがいします。俺のハンマーは色々と特殊なので気にしないでください」
「そうか、筋肉を使うタイプでは無いのだな……」
マッスルさんが残念そうにしている。筋肉仲間を期待していたっぽいな。それぞれのパーティーメンバーとも挨拶をしたがほとんど名前が入って来ない。まあいいや、短い付き合いだしアレクさんとマッスルさんだけ分かっていれば何とかなるだろう。
「それで、僕達は準備ができてるけど、いつ頃出発する? 連携を確かめる為に一度迷宮に潜ってみた方がいいと思うんだけど……」
「うむ、そうだな。共に行動するのだ、ある程度の実力を把握しておきたい」
アレクさんとマッスルさんが予定を確認し始めた。でも、俺が思っていた事とちょっと違う。
「あのー、考え方に違いが有るようなので言っておきますが、俺は一緒に行きませんよ。五十層に下りる階段前で合流します。そこから皆さんとボス部屋に入って、俺がファイアードラゴンを倒して五十一層に抜けたら解散です」
正確には倒すのはシルフィなんだけど、言っても理解されないだろう。一瞬、一人一人別々にボス部屋に入って十体のファイアードラゴンを手に入れる事も考えたが、それはそれでシルフィに怒られそうなので止めておこう。
「それと、ファイアードラゴンの素材は全部俺のですからね」
途中で欲しいと言われたら面倒だから言っておく。前回のファイアードラゴンの素材も残っているし、お肉以外は分けてもいいけど、それならお世話になっているマリーさんに卸すべきだ。お肉は半分あればしばらく持つし、心臓と舌はチャレンジしたいから貰っておこう。牛タンならぬ竜タン、楽しみだ。
それにそろそろ素材の加工もしたい。ドラゴン装備とか憧れるよね。最初はアクスさんに頼もうかと思ったけど、メルが弟子になったんだしメルに頼もう。専門外の事でも職人の知り合いは居るだろう。代々迷宮都市で鍛冶師をしている家系なんだ、コネは凄そうだ。
いっそのことサラ達にもファイアードラゴンの素材で装備を作るか? 子供にそんなヤバそうな物を装備させてもいいのか悩みどころだが、命の危険がある仕事だから装備もいいものにしておいた方がいい気もする。でも装備を狙った誘拐とかの可能性もある。じっくり考えて決めるべきだな。
「えーっと、集合場所はファイアードラゴンの部屋の前で、戦うのは裕太君一人って事かな?」
君って呼ばれたのって久しぶりな気がするな。
「私達の力は必要無いと?」
アレクさんとマッスルさんが困惑して、グランドマスターの方を向いた。グランドマスターも驚いた顔をしている。
「えっ? 一緒に行かねえの?」
「そうですよ。俺は五十層を突破するお手伝いをするとしか約束していません。他の層まで面倒はみませんよ。だいたい俺がいなくても五十層にたどり着けないのなら意味が無いですよね?」
「いや、でも普通一緒に行くだろ? それに一人で戦うよりも全員で戦った方が確実だ。あいつらは期待のパーティーだし、お前のミスで死なれると困るぞ」
おっ、ここってチャンスな気がする。迷宮の翼とマッスルスターに力を(シルフィの)見せつける予定だけど、ここでも大きく出ておいた方が浸透するだろう。
「いえ、元々一人で倒していますし、ファイアードラゴン程度なら、どんなミスをしたって負ける訳ないじゃ無いですか」
なにをバカなって表情で言う。実際はファイアードラゴンを見たら、ガクブルしないか心配だ。倒せる事は分かっているから気合を入れれば平静を装えるとは思うが、ファイアードラゴンの迫力はハンパないからな。
周りの冒険者達も騒めいてるし、噂は直ぐに広がるだろう。これで実際にファイアードラゴンに楽勝で勝つところを、迷宮の翼とマッスルスターに見せれば完璧だ。
「本気で言ってるのか?」
今まで軽かったグランドマスターの雰囲気が一変する。ピリピリとした気配を出して威圧するように聞いてくる。
「本気も何もあの程度、片手間で倒せますよ。前回も一撃でしたし楽勝です」
「裕太! いけてるわ。でももっと大きく出てもいいわね」
シルフィが喜んでいる。確実に俺の内心を読み取ったうえで楽しんでるな。こう、調子に乗った状況って、気づかない間に調子に乗ってたら冷静になるまでは平気だけど、冷静な時にやると滅茶苦茶恥ずかしい。黒歴史を自ら量産している気分になるな。
「まじかよ、ファイアードラゴンが一撃? 楽勝?」
一瞬で軽い状態に戻ったグランドマスターが混乱している。そう言えば卸したファイアードラゴンって直ぐに解体したから、一撃で首が落とされてるってマリーさんの関係者ぐらいしか知らないんだよね。
「そう言う訳なので心配はいりません。迷宮の翼とマッスルスターの皆さんは、ファイアードラゴンの部屋までどのぐらいでたどり着けますか?」
「え、ああ、えーっと、迷宮の翼だけだと十日は掛かるけど、マッスルスターの皆さんと協力すればもう少し早く着けるかな?」
アレクさんが混乱しながらも答えてくれた。十日か結構掛かるんだな。良かった一緒に行かなくて。マッスルスターの人達と一緒に居ると、筋トレに付き合わされそうだ。
日本で筋トレが趣味の友人がいたけど、時間があればどこでも筋肉を鍛えていたからな。マッスルスターの人達は更に酷そうだし、迷宮内でも野営中や休憩の時に絶対に筋トレを始めるはずだ。偏見かもしれないけど、間違った予想には思えない。まあ、十日あれば到着するって事だよね。
「そうですか。では明日から十日後にファイアードラゴンの部屋の前で落ち合いましょう。四十九層に冒険者ギルドが施設を作っていますから、時間の調整はできますよね?」
「ああ、構わないけど、本当に僕達はファイアードラゴンと戦わないのかい?」
なんかちょっと残念そうなアレクさん。ファイアードラゴンと戦ってみたかったのかな? あんなのと戦ったら直ぐに死んじゃうと言いたい。
「私の筋肉もファイアードラゴンとの戦いを望んでいるのだが……」
マッスルさんも参加してきた。後ろのパーティーメンバーも筋肉を膨らませながら頷いている。意味が分からん。俺は精霊と会話できるけど筋肉の気持ちは分からないし、分かりたいとも思わない。
「ファイアードラゴンとの戦いは諦めてください。俺としても余計なリスクは負いたくないですから」
戦ってみたいとか言ってプチっと踏みつぶされたり、こんがりと焼かれてしまったら困る。依頼失敗でもう一回とか嫌だ。アレクさんとマッスルスターの皆さんは残念そうだが、アレクさんのお仲間さんはちょっと安心しているようだ。
「そうか、連れて行ってもらうのにワガママは言えないよね」
「そうだな、私もいずれ実力をつけて自力で挑戦しよう」
なんか二人とも性格がいい気がする。人選で揉めないタイプの人を選別したっぽい。勝手なイメージだけど、こんな奴がファイアードラゴンを倒せるわけねえ! とか文句を言われるかと思ってた。いや、普通に考えたらそんな人を連れてくる訳が無いんだけど、ワルキューレとかも居るから安心できないよな。
「では、そう言う事で。後は書類の確認とランクアップの手続きですか?」
「いや、話を進めるなよ。っていうかお前ってどんだけ強いの? ファイアードラゴンを倒したのは知ってるけど、一撃とは聞いてなかったよ」
混乱していたグランドマスターが戻って来た。どれぐらい強い? ……やってはくれないだろうけど、契約精霊達に全力で暴れて貰えば……悲惨な事になるのは分かる。確実に危険人物だ。
「どのぐらい強いのかは判断が難しいですが、ファイアードラゴンを一撃で倒せる程度には強いです」
自分で自分の事を強いって言うのは地味に恥ずかしい。俺、ケンカ強いっすよって言ってる気分になる。しかも俺だけでファイアードラゴンに勝てないし、完全に虎の威を借るキツネだ。
「ぜんぜん分かんないんだけど! っていうかそれだけ強いなら、力を見せれば前のギルマスも納得したよな? こんなに騒ぎにならなかったよな? なんでだ?」
精霊術師がバカにされて前ギルマスから嫌がらせをされたから、陰湿な仕返しがしたかっただけなんだけど……ほとんどが俺の事を知らない冒険者の中で言うには度胸がいるな。ごまかそう。
「なりゆきですね。嫌がらせをされた冒険者ギルドに貴重な素材を卸すのも嫌ですから、別の所に卸していたら、色んな事が絡み合った結果、ああなりました」
凄く残念な物を見るような目で見られた。
「それよりも、早く帰りたいので続きをお願いします」
周囲の雰囲気が微妙な空気になったので、急いで書類の確認をしてランクアップの手続きをする。
「では、十日後にファイアードラゴンの部屋の前で会いましょう」
迷宮の翼とマッスルスターに言って、そそくさとギルドを出る。話し合いの結果は悪くない所に落ち着いたと信じよう。
読んでくださってありがとうございます。