百四十一話 館
マリーさんとの話し合いの結果、ポルリウス商会が持つ、お客様用の別宅にお世話になる事になったが……別宅? これが別宅なの?
大きな門から中に入ると大きな庭が……芝生が植えてあり、花壇には花が咲いている。その奥には立派な石造りのお家が……別宅って名前から想像していた規模よりだいぶ大きい。
大きな雑貨屋以外にも迷宮素材を扱うお店も有るって言ってたし、お金持ちなんだろうなっとは思っていたけど、もしかして、考えていた以上のお金持ちなのかもしれない。
俺が恐ろしいと思った事はそんな大商会のお嬢様が、スリーサイズはひ・み・つ・です! とか言ってた事だ。何かが間違ってる気がする。
別宅の建物だけで、日本の普通の一軒家が四つぐらい建ちそうだが、大きな商会に来るお客様相手の宿泊施設だからみすぼらしいのはダメなんだろうけど、お金ってあるところにはあるんだな。
ポルリウス商会がどのぐらいの規模なのか知っておくべきなのかな? ……俺は素材を卸す。マリーさんはその素材を買う。これだけ分かっていれば何の問題も無いと言う事にしておこう。あんまり知り過ぎても気後れしそうだ。
「師匠、ここに泊まるのか? 大丈夫なのか?」
マルコがキョドっている。俺も一緒にキョドりたいが、師匠としてそんな姿を見せる訳にはいかない。落ち着いて威厳を保つんだ。
「マルコ、大丈夫だから落ち着いて。しかし、マリーさん、立派なお家ですね。本当にこちらに泊めて頂いてもいいんですか?」
「ええ、もちろんです。自分の家だと思っておくつろぎください」
くつろげる自信は無いな。俺は狭い部屋の方が落ち着くタイプだ。豪邸を建てたとしても、自分の部屋は六畳……いやちょっと贅沢して八畳ぐらいがいいかな? っとか考えていた。なんかテレビのCMみたいな事を考えてしまうな。
「ありがとうございます。マルコ、そう言う事だから気にしないでいいんだよ。ただし、騒いだりするのは止めておこうね」
「わ、わかった」
うっかり物を壊したら凄い高価な物ってパターンは、この家を見れば十分にあり得る。もう、この時点で落ち着かないよね。さっさと問題を解決してトルクさんの宿屋に移動しよう。
「ふふ、裕太さんはお弟子さん達に慕われていらっしゃるんですね。素晴らしい事です」
マリーさんに微笑ましい物を見るように言われた。
「あはは、ありがとうございます」
嫌われてはいないと思うけど、慕われてるかな? うーん、ある程度の信頼を勝ち取っている気もするし、順調だと思おう。話していると大きな玄関の前に馬車が止まった。玄関の前に出迎えの人達が……。
「セバス、ポルリウス商会にとって、とても大切なお客様をお連れしたの。最大限の敬意を持ってお仕えしてね」
「畏まりました、お嬢様」
要らない。そんな最大限の敬意とかいらない。そっとしておいて頂けるのが、一番の……ん? セバスさんの後ろに控えているのはメイドさんですな。
そうか……メイドが居てもおかしくない世界観だもんな、なんだか急に楽しくなってきた。こんな所で本物のメイドに出会えるとは、人生何が起こるか分かりませんな。セバスで執事っぽい服装、普通なら気になるところだけど、メイドの前には霞むよね。
「お客様、私はこの館の執事をしております、セバスと申します。何か御座いましたら、私共にお申し付けください」
「は、はい。俺は裕太と言います。この子達はサラ、マルコ、キッカです。よろしくお願いします」
「私共に敬語は不要でございます。どうぞ気を楽になさってください。では、お部屋までご案内させて頂きますね」
俺達がこんな状況に慣れていないのを見抜いたのか、雰囲気が変わり話しかけやすそうな雰囲気になったセバスさん。できる執事って感じだな。セバスさんの案内に従って家? 館? ……館の方がシックリくるな。館の中に入る。
石造りの館の内部には、いたるところに美術品が飾られ、華美では無いが上品な雰囲気だ。部屋割りを聞かれたので、俺は一人部屋、サラ達三人は同じ部屋にして貰った。
こんなハイソな場所でしばらく生活するのか……俺達の格好って冒険者まる出しなんだけど大丈夫なのか?
「裕太さん、すこしお茶でも如何ですか?」
場違いな雰囲気に戸惑っていると、マリーさんにお茶に誘われた。子供達、サラはそうでもないが、マルコとキッカは明らかに疲れているので、部屋で休ませて貰う事にして、俺だけでお茶の誘いを受ける。
マルコとキッカには暴れたりしなければ大丈夫だからと念を押し、ドリーと落ち着いているサラに後の事を頼みお茶に行く。子供達の方にも簡単なお茶とお菓子を出してくれるそうなので、少しはこの雰囲気に慣れると良いな。
ベル達やフクちゃん達も待ってるだろうし早めに召喚したいが、もう少し待ってもらおう。
気を使ってくれたのか館の中ではなく、庭が見えるテラスに案内されお茶が用意された。現在の迷宮都市の状況等をマリーさんが詳しく説明してくれたが、あんまり集中できないな。
真剣におもてなしをしてくれようとしているのは分かったが、庶民の俺にはアウェー感がハンパない。これが本宅だったらどうなってたんだろうね。俺が落ち着けていない様子をマリーさんも見抜いたのか、早めに切り上げてくれた。
再び部屋に案内され豪華なベッドに寝っ転がる。商人でこんな生活をしているのなら、王侯貴族はどんな生活をしているんだろうな。想像が追いつかない。
ふー、セバスさんが退出の際にこのベルを鳴らせば使用人が来るとか言ってたベルを見る。漫画やアニメの世界でよく見ていたけど、自分にも使う機会があるとは思わなかったな。
鳴らせばメイドさんがやってくる魔法のベル。必要なのは魔力ではなく財力が必要な、悲しいぐらい現実的なベルだけど憧れる。
「裕太、ベル達が待ってるわよ。召喚しなくていいの?」
おっと、メイドさんを呼ぶベルじゃなくて、精霊のベルを呼ばないと。ちょっとややこしいな。直ぐにベルを召喚しようとして思い止まる。シルフィが言ったんだから大丈夫だと思うけど、一応確認しておかないとな。
「シルフィ、監視とか付けられて無いよね?」
「ええ、近くで待機しているメイドは居るけど、こちらを探ろうとしている人は居ないわ」
良かった。まあ、俺の能力が未知数なのに、怒らせるような事はしないよね。安心してベルを召喚する。
「まったー」
召喚されると同時にベルが顔にしがみ付いてきた。いつもよりだいぶ時間が掛かったから、お待ちかねだったらしい。
「ごめんねベル。色々と忙しかったんだ」
顔にへばり付いたベルを引きはがし、抱っこしながら言い訳をする。
「れでぃーを、またしちゃだめなのー」
おそらくディーネあたりが吹き込んだであろう、覚えたての言葉をニコニコと得意げに披露するベル。言葉と表情が合って無いし、意味は良く分かってなさそうだ。
想像でしか無いがディーネが、レディを待たせるなんてダメよねーっとか言ってたのを覚えて使ってみたんだろうな。
「ごめんねベル。レイン達も召喚するからもうちょっと待っててね」
ベルを抱っこしたまま、レイン達を次々と召喚する。みんな待っていた分スキンシップが激しかったが、周りの状況が違う事に気付くと、直ぐに探検に行ってしまった。少し寂しい。
「裕太、ノモスはともかく、この状況でディーネを放っておくと拗ねるわよ」
シルフィがアドバイスをくれる。……そう言えばドリーも召喚してたな。確かに呼ばないと拗ねてしまいそうだ。
「お姉ちゃんの出番なのねー」
召喚されて直ぐにディーネが言ったが特に出番は無い。でも、拗ねそうだから呼んだとも言い辛い。
「出番って訳じゃ無いんだ。しばらく新しい場所に厄介になるから、ディーネにも確認してもらおうと思ってね」
「あら、そうなの?」
ディーネは周りをキョロキョロと見回して、納得したのかちょっと残念そうにこちらを見る。何を期待してたんだろう?
「うん、特に何か起こった訳じゃないよ」
ディーネを軽く慰めてサラ達の部屋に向かう。探検しているベル達はそのうち合流してくるだろう。
とりあえずまずはこの館に慣れる事に全力を傾けよう。不慣れな状況だからっていつまでもビビッていたら、サラ達に示しがつかないからな。
***
のんびりと散歩がてら建築会社に向かって迷宮都市を歩く。セバスさんが馬車を用意してくれると言ったが断った。
できるだけ人目に付かない方が良いとアドバイスも貰ったが、身の安全はシルフィが守ってくれるし、ちょっと気分転換がしたかった。マルコとキッカも落ち着かない感じだったし、迷惑を掛ける事になるかもしれないが、ワガママを通させて貰う。
昨日の夕食も今日の朝食も、豪華で至れり尽くせりだったけど、メイドにかしずかれるってのも意外と緊張して大変だ。のんびり外を歩きたくなるのもしょうがないよね。
「師匠、かんせいしたのってどんな家なの?」
ボーっと歩いていると、マルコが質問してきた。
「んー、お願いしただけで俺も実物を見た訳じゃ無いから説明は難しいな。見てからのお楽しみって事にしておいて」
「わかった」
日本で考えたら信じられない流れだよな。要望を伝えて細かく話し合いはしたけど、完成までに二十日で、その間に一度も家を見に行ってないとか……。
あれ? 大工さんに差し入れとかしなくて良かったのか? いや、迷宮都市に居ない事は伝えてあるんだし、地鎮祭や棟上げ式とかの話も出なかったんだから大丈夫だよね。
歩いていると何人かの冒険者とすれ違ったが、誰も俺の顔を見て驚いたり嫌そうな顔をしない。俺も見た事がない顔だし、新しく来た人達なんだろう。
俺に嫌がらせをしていた冒険者達は、逃げ出したって言ってたし、今日の話し合いと素材を得ようと押し掛けてくる人達を捌けば、迷宮都市でも暮らしやすくなるかもな。
まあ、迷宮都市に拘るのは冒険者ギルドの嫌がらせに逃げたくなかっただけだし、仲良くなった人達には偶に会いに来ればいいんだから、冒険者ギルドと決着がつけば迷宮都市に拘る必要も無いと言えば無いな。
考え事をしたり、飛び回るベル達を眺めたりしながらのんびり迷宮都市を歩き、目的の建築会社に到着した。いよいよマイホームをゲットだな。
読んでくださってありがとうございます。