百四十話 迷宮都市
お酒を蒸留したりサラ達の訓練を見守ったり、拠点を見回ったりと充実した時間を過ごし、迷宮都市に再び旅立った。まあ、シルフィに飛んで連れて行ってもらうから直ぐに着くんだけどね。迷宮都市の近くの森で降りて城門に向かって歩く。
「裕太、今日はどうするの?」
「うーん、色々と揉めたから、まずはマリーさんのお店に行って、後で時間が貰えるように約束を取り付けるよ。その後にトルクさんの宿屋だね」
冒険者ギルドで騒いじゃったから、どうなっているか話を聞いておかないと不味いし、できるだけ早く約束をして、宿屋にサラ達を置いてから話を聞きに行こう。
前に聞いた限りでは犯罪者にはなっていないとは思うけど、冒険者ギルドには狙われているだろうから、いざとなったら家と家具を受け取って直ぐに帰ろう。
あれだけやったんだから、ギルマスもただでは済んでいないだろうが、冒険者ギルドは大きな組織だからな、何がどうなるか分かったもんじゃない。
「分かったわ。まあ、何があっても守ってあげるから、安心しても良いわよ」
「はは、ありがとう」
正直に言うと、自分の身は心配していないんだよね。ただ揉め事が戦いに発展して迷宮都市に大惨事が起こる事だけは避けたい。
メラルでも迷宮都市ぐらい火の海にできるそうなのに、シルフィが暴れたら洒落にならない。街を一つ滅ぼした男……本当に少しだけ、心くすぐられるものがあるけど実際には無理だ。
もしかして捕まるかもと逃げる準備をしながら城門を通過する。……何事もなく平和に通過できた。ただ、俺のギルドカードを見て、兵士が一人何処かに走って行ったのが気になる。俺が来たら何処かに知らせるように手配されていたのかもしれない。一応、シルフィが監視しておいてくれるそうだから、まずはマリーさんの店に行こう。
「裕太様、どうぞこちらへ」
店に入った瞬間、ソニアさんが現れて奥の部屋に通された。なんか慌ただしいな。面倒事か? サラ達は店員が見てくれるそうなのだが、一応ドリーを急いで召喚して子供達の護衛についてもらう。引き取る予定の家は土禁にしたので、そこで使うスリッパを選んでおくようにお願いしておく。
後でディーネに文句を言われそうだけど、ディーネの場合は子供達と一緒に楽しみそうだからな。お茶を出されて飲もうとすると直ぐにマリーさんが入って来た。
「お久しぶりです。突然訪ねて申し訳ありません」
「いえいえ、来てくださって嬉しいです。これからもお気になさらず好きな時にいらしてくださいね」
機嫌は良さそうだし焦っても無い、面倒事ではないっぽいな。
「ありがとうございます。それで、訪ねて来たらそのままここに通されたんですが、何か用事でも?」
「はい、お伝えしておきたい事がありまして、裕太さんは冒険者ギルドのマスターがどうなったか知っていますか?」
ギルマスか、責任でも取らされたか?
「いえ、人里から離れていましたので、なんの情報も得ていません」
「そうですか。では、ご説明しますね」
なんか嬉しそうだな。でも教えて貰えるのなら手間が無くて助かる。
「はい、お願いします」
***
「王都のグランドマスターが来て、ギルマスの引退に私財の没収。ギルドの職員を一新ですか……結構な大事になってますね」
思ってた以上に影響は大きかったようだ。グランドマスターは良くは分からないけど、字面から言ったら冒険者ギルドを統括している人だろう。全ての冒険者ギルドかこの国の冒険者ギルドかは分からないが、とりあえず偉い人っぽい。
ギルマスに罰はあるだろうと思っていたけど、予想以上に大きな罰になっている。お茶を濁すような話ではなく、しっかりと迷宮都市中に宣言したそうだ。
「ええ、それだけ裕太さんの行った事が、大きな影響を与えたって事ですね。迷宮都市から冒険者がかなりの数が逃げ出して、混乱も起こっています」
最後に脅した効果が出たのか。俺的には満足だけど、周りに迷惑を掛けまくってるな。
「混乱はおさまりましたか?」
「ええまあ、王都から派遣された新しいギルドマスターが冒険者を率いて来ましたし、他の冒険者ギルドも人員を派遣する事が決まり、ある程度は混乱がおさまりました。時間は掛かると思いますが、いずれ元に戻るでしょう」
落ち着いたのなら良かったけど、今回の事で結構色んな人に恨まれてそうだな。
「マリーさんにもご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」
しっかりと頭を下げ謝っておく。親しい人にもお礼と謝罪はちゃんとしないとね。ギルマスはあっちから喧嘩を売って来たんだから話は別だ。
「いえいえ、お世話になっているのはこちらなんですから頭をお上げください。それでですね、冒険者ギルドから商業ギルドを通じて、私のところに裕太さんと連絡を取って欲しいとお願いされています。新しいギルドマスターが、裕太さんにお詫びをしたいとの事です」
うーん、ここまで大事になってからのお詫びか……いくらなんでも再び罠を仕掛けてくるって事も無いよね。暗殺の可能性もあるけどシルフィがいれば大丈夫だし、契約を持ちかけられたら断ればいいか。
「分かりました、冒険者ギルドに顔を出せば良いんですか?」
「いきなり裕太さんが行かれると、あちらでも騒ぎになる可能性がありますから、私の方で使いを出しておきましょう。いつ頃、冒険者ギルドに行かれますか?」
いつ? んー、さっさと終わらした方がいいか。一応、再び揉め事が起こる可能性も考えて、先に家と家具は受け取っておきたいな。明日の昼過ぎにお願いしよう。
「お手間を取らせて申し訳ありませんが、明日の昼過ぎに冒険者ギルドに向かうとお伝え願えますか?」
「分かりました。私からの使いでなく、父のポルリウス商会からの使いと言う形で出しますが、問題ありませんか?」
ポルリウス商会の名前を出した方が都合がいいのかな? 俺はどちらでも構わないし、マリーさんの好きにやって貰おう。
「ええ、問題ありません」
ニコリと微笑んだし、影響力やらなんやらの複雑な絡みがあるんだろうな。マリーさんの関係者の影響力が高まっても俺に損になる事は無いだろうし、問題は無い。するとマリーさんが笑顔を引っ込めて改まって話し出した。急にどうしたんだ?
「それと、裕太さん。これはずうずうしいお願いになってしまいますが、冒険者ギルドとの関係が修復しても、ポルリウス商会に、素材を卸して頂けませんか?」
ああ、そんな心配もあるのか。俺が冒険者ギルドと関係を修復したら、素材が全部あっちに流れる可能性を考えているんだな。
うーん、別に冒険者ギルドとの関係を修復したとしても、完全にわだかまりが無くなる訳が無いんだし、マリーさんとの縁を切るのはありえないよね。
「心配しないでください。どんな話し合いになっても、マリーさんの所に素材を卸す分は確保しておきます。独占に関してはどうなるか分かりませんが、それで大丈夫ですか?」
「ええ、冒険者ギルドと別のルートを持っているだけで十分な強みになりますので、そうお約束頂けるだけで安心できます」
そう言ってマリーさんが頭を下げたので、問題無い事を伝え頭を上げて貰う。だいたい、冒険者ギルドに素材を流す必要はあるんだろうか? 関係を修復できたとしてもホイホイと素材を流すのも違う気がする。
冒険者ギルドとは距離を置いた、幽霊部員的な関係が望ましいし、できるだけ素材を卸さない方向に話を持って行きたいが、どうなるかは分からないから色々と考えておくべきだよね。
冒険者ギルド全体でって言うか、戦闘に関わるほとんどで精霊術師は嫌われてるからな、街でもその影響で肩身が狭いらしいし、そこら辺の問題もある。唯々諾々と従ういわれも無いし気合を入れて頑張ろう。
でも……新しいギルマスが、絶世の美女だったりしたら分からないかも……偉い立場だし若い女性がギルマスになる可能性って物凄く低そうだ。……いや待て、エルフとかダークエルフなら有り得る。
たぶん寿命が長いんだろうし、物凄い美女のギルマスの可能性は否定できない。そうなったら難しい事になるな。俺はマリーさんにもギルマスにも両方に良い顔をしたくなるだろう、迷宮の素材を根こそぎゲットしないとダメかもしれない。
「情報ありがとうございます。では、そろそろ宿屋に向かいますので失礼しますね」
「あっ、裕太さん少々お待ちを。トルクさんの宿屋に行かれるんですか?」
「ええ、そのつもりですが何か問題が?」
トルクさんの宿屋に何かあったのか? 俺が泊っていたとは言え、レシピを教えたぐらいで関係者とみなして襲われるとかあり得るのか?
「今回の出来事で裕太さんの事は完全に広まっています。騒ぎが落ち着かないままに宿屋に入ると、恐らく人が押し掛け宿屋に迷惑を掛ける事になります」
「な、なるほど。そう言えばそうでしたね。前回も裏口からコッソリ入ったのを忘れていました」
何かが起こった訳じゃ無くて、俺が普通に行くと迷惑が掛かるのか。今回も裏からコッソリ入らせて貰うか?
「前回は噂が広まって直ぐでしたから、裏口からでも問題はありませんでしたが、今はトルクさんの宿屋が裕太さんの定宿である事が、情報を集めている者達には周知の事です。裏口から入ってもバレてしまうでしょう」
マジで? 新しい宿屋を探さないとダメなのかな? トルクさんの宿屋の雰囲気、結構気に入ってたんだけどな。マーサさんも優しいし融通を利かせてくれるうえに料理も美味しいのに……結構ショックだな。でも、だからこそ迷惑を掛ける訳にはいかない。
「マリーさん、何処か人目につかない宿屋を紹介してくれませんか?」
「その事なんですが、ポルリウス商会でお客様に滞在頂く別宅がありますので、そちらにおいでになりませんか。もちろん裕太さんであれば、本宅にいらして頂いても構わないのですが、気を使ってしまいますよね」
気を使うと言うよりも、本宅とか夜這いイベントとか起こって、翌日には既成事実が広められてそうで嫌だ。
「いえ、宿屋を紹介して頂くだけで十分です」
「ですが、新しく宿を取られても噂は必ず洩れます。宿屋としても、お偉い方達の要望では面会を断るのも難しいでしょうから大変ですよ。少なくとも私共の管理する家であれば、商人に関しては排除する事ができますし、小さなお子さん達も安心できると思うのですが……」
うーん、マリーさんの提案も一理ある気がする。少なくとも商人の突撃を避けられるのはありがたい。五十層以降の素材って相当儲かるみたいだからな。商人達も必死になるだろう。サラ達もあんまり人が来ると落ち着けないだろうし、マリーさんにお世話になるか。
結構な騒ぎになっているみたいだし、後でシルフィにメルとトルクさん達の様子を見て来て貰おう。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、お世話になって構いませんか?」
「まあ、本宅にいらして頂けるのですね」
「いえ、別宅の方でお願いします」
一瞬、マリーさんがチッって顔をしたぞ。何か企んでたよな。
「分かりました。ではご案内致しますね」
サラ達と合流して、ドリーに目線でお礼を言いスリッパの代金を支払う。後は、マリーさん自ら別宅の方に案内してくれるらしく、馬車を用意してくれて話しながら別宅に移動した。
何気に馬車って初めて乗ったな。石畳の上でも結構揺れる。マルコとキッカは初めての馬車に大興奮だ。サラはやはり良い所の出である事は間違い無いのか、何だか懐かしそうにしていた。いずれはサラも過去の事を話してくれたりするのかな?
マリーさんと、前に教えた調味料の話をしながら別宅に向かう。どうやら売り出す種類も決めていよいよと言ったところで、冒険者達が迷宮都市から逃げ出したので、発売を延期したらしい。ご迷惑をお掛けしてます。
読んでくださってありがとうございます。