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百三十九話 蒸留

 ノモスに蒸留器の作成を任せ、俺は蒸留をする為の建物を作った。岩をくり抜いただけだけど。


「ノモス、こっちは準備できたけど、蒸留器は上手くいった?」


「ふむ、まあ、形にはなった。後は使ってから調整じゃな」


 調整か……お酒を出し入れする場所以外は全部ガラスなのに後から微調整できるって、考えたら凄く便利だよな。ただ、ちょっと疲れ気味なのが気になる。


 俺を見る目もちょっと恨めしそうな光を宿しているし、ディーネのテンションを上げて置いて行った事に、思うところがあるのだろう。……うん、気が付かないふりをしよう。


「凄いね、俺の説明したとおりだよ」


 十八リットル入る灯油のポリタンクぐらいの大きさのガラスの箱と、その半分ぐらいのガラスの箱が置かれており、その二つをガラスの管がつないでいる。ちゃんと頼んだ通りに管はバネのように横にグルグルと回してある。


 蒸留器を直接見た事は無いので完璧とは断言できないが、見た目は完全に蒸留器っぽい。さっそく試してみるか。しかし素人が書いた絵図面で作った蒸留器が上手く行くのか物凄く心配だな。


 中央の空いているスペースに先程作った建物を出し、蒸留器を設置す……あっ、換気の事ばかり考えていて、火にかける場所を考えてなかった。


 とりあえず火の精霊は居ないんだし炭で加熱するとして、温度調整がしやすい方が良いよな。とりあえず今回は焼き台を利用するか。


 ノモスはもちろんディーネもドリーもワクワクした目で見ているし、今更作るのを忘れてたとは言い辛い。まずは焼き台に炭を入れ、ベルを召喚して炭をおこしてもらおう。


「ゆーたー、きらきらしてるー」 


 ベルはガラス製の蒸留器に興味津々だ。窓から入る日の光をキラキラと反射する蒸留器をグルグルと飛び回りながら観察している。なるほどっと分かってるよ感を出しているけど、何か分かっているんだろうか?


「うん、ノモスが作ってくれたガラスの蒸留器だよ。綺麗だよね」


 俺から見ても綺麗だし、なんかガラス器具の見た目ってワクワクするカッコ良さがあると思う。でも、今は炭火を熾して貰わないとね。


「ベル、悪いけど、この火を大きくしてね」


「いえっさー」


 昨日覚えたばかりの敬礼をピシッと決めて、嬉しそうに焼き台に飛んで行くベル。言葉だけではなくポーズもあった方がいい感じだな。今まで何度もお願いした作業だから手順は完璧だ。みるみる間に炭が赤くなっていく。


 任務が終わったベルの頭をナデナデして、お礼を言って遊びに戻す。ちょっと蒸留器の方に視線が向いていたが、お手伝いした事を自慢する為に皆の所に戻って行った。


 後は大きい方のガラスの箱にエールを入れて、焼き台の上に乗せる。もう片方は同じ高さの岩に乗せて完成だ。


「これで準備は完了だね。後は八十度ぐらいの温度でアルコールだけ蒸発させるんだ。それを二回から三回繰り返して、樽に詰めて最低三年寝かせれば、この前飲んだウイスキーに近いお酒が出来るはずだよ。(たぶん)」


 オーク樽でお酒を寝かせるって事は知ってるんだけど、オークの木がどのような木か分からないから、ワインの樽で寝かせるしか無いよね。漫画で読んだ知識ではここが限界だ。あとはノモスに頑張って貰おう。


 原料もエールだし泥炭も使って無いし、樽も何の木か分からないから、似た物が出来れば凄いと思う。似た物が出来たら良いなー。

 

「ふむ、三年か……儂等にとっては短い時間じゃが、酒を待つ時間となると長いのう」


 ノモスの言葉にディーネとドリーも頷いている。


「確かにそうかもね。でも、蒸留したばかりのお酒は荒々しく酒精が強い状態で、あんまり美味しくないらしいよ。できたら試しに飲んでみる?」


「うむ、何事も経験じゃからな。酒は美味い方が良いのは間違い無いが、不味くても酒は酒じゃ」


 よく分からない理屈をノモスが言っている。酒なら何でも良いって聞こえたのは俺だけなんだろうか?


「まあ、ここからは時間が掛かるからのんびり見ていよう。八十度ぐらいに保つのが一番良いらしいけど、俺には良く分からないから、湯気が出て沸騰しない温度を保つよ」


「うふふー、お姉ちゃんの出番ねー」


 俺の言葉にディーネが前に出て来た。なんか凄く自慢げな表情だ。


「温度は良く分からないけど、お水の状態なら分かるわー」


 バーンって感じでディーネが言った。物凄いドヤ顔だ。火の精霊が居ないから、温度は勘に頼るしかないかと思ってたけど、水の状態が分かるのならアルコールが蒸発する温度も分るって事か。


「凄いな、さすが水の大精霊。頼りになるな」


 ドヤ顔は気になるが、頼りになるのは事実なので素直に褒める。


「ふふー」


 ますます胸を張るディーネ。眼福ではあるんだが、褒めると何処まででも登っていきそうな雰囲気が、ディーネを褒めるのを躊躇ためらわせるんだよな。


「じゃあ、温度が低すぎたり高すぎたりしたら調節するから、教えてくれ」


「まーかせて!」


 ドンっと胸を叩くディーネ。楽しそうだしやる気満々だけど、隣のノモスが遠い目をしているのがちょっと切ない。このままだとお酒造りがディーネ主導になりそうで悲しいんだろうな。


 そこからはディーネのアドバイスに従い、炭を近づけたり遠ざけたりしながら温度を調節する。暫く経つとグルグルに巻かれたガラスの管を通り、反対側のガラスの容器にポタリポタリと水滴が落ちて来た。


「これが酒精が強くなった酒なんじゃな?」


 ノモスが興味深々の顔で聞いてくる。よっぽど気になるのか、蒸留器とノモスの顔が物凄く近い。このままだとガラスを通り抜けて水滴を舐めてしまいそうだ。


「ノモス、とりあえず一回目の蒸留が終わるまでは手を出すなよ」


「分かっておるわい!」


 心外そうにノモスが言うが、物欲しそうな顔を見ると信用できない。俺達がいなかったら絶対に舐めてるな。


 蒸留器を微調整したり、偶に様子を見に来るベル達と遊んだり、お酒が入っていない状態の大精霊達と珍しくゆっくりと会話をしたりと、なかなか有意義な時間を過ごしていると、一回目の蒸留が終わった。


 蓋を外して少なくなったお酒をガラスの容器に移す。無色透明だけど、アルコールの匂いはしっかりとするな。ワクワクとした表情の大精霊が三人。味見がしたいんだよね。小皿に少しだけお酒を入れて三人に渡す。量が少ないからってそんなに不満そうな顔をしないで欲しい。


「ふむ、確かに酒精は強くなっておるの。味は……麦の風味はわずかに残っておるが、たいして美味くはないのう」


「ホントねー。これが裕太ちゃんに飲ませてもらったウイスキーに似たお酒になるの?」


「確かにそうですね。裕太さんに飲ませてもらったウイスキーは、色も琥珀色でしたし似たようなものになるとは思えませんね」


 三人が懐疑的な視線を向けて来る。俺だって初めての経験なんだからまったく自信は無い。


「色は樽で寝かせたら琥珀色になるはずだよ。樽の中で時間を掛けて美味しくなっていくのがウイスキーなんだ」


 たぶん。


「そうなの? 不思議ねー」


 俺からしたら精霊の方がよっぽど不思議なんだけどね。


「裕太さん、エールを蒸留したらウイスキーになるのなら、ワインを蒸留したらどうなるんですか?」


「ブランデーってお酒になるよ。そっちも美味しいから時間がある時に作ってみようね」


 俺が言うとドリーがニコニコと頷いた。見た目も仕草も深窓の令嬢なのに、お酒が物凄く好きって所が何となく違和感だよな。飲む時は樽からジョッキでお酒をすくってるし。


「裕太、蒸留所を大きくして火を絶やさん環境を作れば、酒好きの火の精霊を連れて来てやるぞ」


 ノモスが何だか勘違いをしている気がする。別に俺は酒好きの精霊を集めている訳じゃないよ。シルフィが連れて来たのが、みんな酒好きだっただけなんだ。……あれ? もしかして、シルフィってお酒が好きな大精霊を選んで連れて来てる?


 ……まあ、いいか。好みが一緒の方が楽だ。定期的にお酒を渡しておけば、皆ご機嫌だし頼み事もしやすい。


「まだどうなるか分からないけど、その時になったらお願いするかも。シルフィも考えていると思うから、話し合っておいてね」


「うむ」


 しかし、火の精霊の為の施設が蒸留器ってどうなんだろう? なんか思ってたのと違う……できればもっとカッコいい場所を用意したいよな。


 ***


 昼食を挟んで夕方までで何とか一樽分のお酒を蒸留した。三回蒸留したお酒は俺にとって酒精が強く、香りもキツイ……正直美味しくなかったが、ディーネが意外と気に入っていた。「ポンってなるわー」っと言う事らしい、意味が分からないが荒々しい感覚が悪くないようだ。


 ノモスとドリーはアルコールが強くなった事は喜んでいたが、味は好みではないそうだ。気に入ったら三年寝かせる前に飲ませろと騒ぐだろうから、助かったな。


「じゃあ、この樽は預かっておくね」


 時間が止まらない方の魔法の鞄に収納するのを、ディーネがちょっと残念そうに見ている。初めて作ったお酒なんだし、この樽は長期間寝かせておきたいから、今回は我慢してもらおう。


「ディーネ、もうすぐ迷宮都市に行くから、お酒を買い占めて来るよ、飲むのはその後にね」


「裕太ちゃん、ありがとー」


 ニコニコと頭を撫でられた。よっぽど嬉しいようだ。


「裕太さん、ブランデーの方もお願いしますね」


「分かった。次はワインも蒸留してみるね。確か白ワインを蒸留するんだったから、そっちも買っておくよ」


「ふふ、ありがとうございます。楽しみにしていますね」


 ドリーはブランデーが気になるようだ。俺も試してみたいし、次はワインだな。なんかワインの蒸留で注意事項があったよな……何だったっけ? 作る時までに思い出せると良いんだけど。


「ノモス、今日みたいな工程なんだけど蒸留器を大きくできる?」


 大樽いっぱいにお酒を詰めるには、試作の蒸留器では小さいからな。もう少し大型化したい。


「ふむ……強度を保つために厚みを増せば、大きくは出来るぞ」   


「じゃあ、試作の蒸留器の三倍位のを作ってくれる?」  

 

「うむ、任せておけ。聖域になったら儂が大量に酒を造るから、肩慣らしに丁度いい。ぐふ、成功すれば飲み放題じゃな」


 珍しいな。ノモスが欲望丸出しで笑っている。突然ノモスが「またな」っと言って消えた。いきなりどうしたんだ?


 ……ああ、なるほど。遠くからシルフィとサラ達が飛んで来るのが見える。そこまで子供が苦手なんだな。


「皆お帰り、今日はどうだった?」


「お師匠様、ただいま戻りました。今日は無事にスケルトンナイトの巣とゾンビナイトの巣を攻略する事ができました」


 サラがしっかりと報告してくれる。怪我も無いようだし順調だったみたいだな。マルコもキッカも元気いっぱいだ。しっかりと頑張った事を褒める。俺は褒めて伸ばす教育法だから、褒める時はしっかり褒めないとな。


 ……と言うより、サラ達って子供なのに怒られるような事をいっさいしないんだよな。俺としては楽なんだけど、子供としてはそれでいいのか?


 シルフィにサラ達の護衛のお礼を言って皆で夕食にする。その晩、俺はさっそくシルフィに怒られた。自分の居ない所で、お酒の蒸留なんて楽しいイベントをやった事にご立腹だ。本気で怖かったので全力で謝った。


 思いついたからつい試しちゃったけど、ちゃんとした大人ならそこら辺は気を使えないとダメだよね。シルフィだってお酒は大好きなんだから。ごめんなさい。反省しています。

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ウィスキーとブランデー、樽に加工しないと琥珀色が出てこないのではないでしょうか、蒸留し樽詰めだけでは安易すぎますよ、後気温が高いと揮発したり味が変わると思います
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