百三十二話 実食
田植え、稲刈り、脱穀、精米を半日で終わらせ、いよいよ新米の調理開始だ。短期間過ぎて感動が薄れるかとも思ったが、自分の米に対する欲求は並ではなく、涙をこぼすほど喜べた。これなら新米を全力で楽しめるだろう。
「サラ、お米の炊き方を教えるから、見においで」
一生懸命玉ねぎを切っていたサラを呼び寄せる。サラがお米の炊き方を覚えてくれたら、俺は楽ができるよね。
「まずは第一段階。これは飯盒って言う、お米を炊く為の道具なんだけど、蓋を開けるともう一つ内蓋がついているんだ。これでお米の量と水の量を計る」
サラの目の前で洗ったお米を内蓋で掬い、ちゃんとすりきり一杯にして飯盒に入れる。あんまり量が多いと失敗した時に悲しいから、今回は内蓋二杯分にしておくか。
「ここまでは分かるよね?」
「はい、大丈夫ですお師匠様」
真剣な顔で頷くサラ。俺も小学校時代からこれだけ真剣に勉強してたら、凄いエリートに成れてたかも。医者とか弁護士とかなんかカッコいいよね。まあ、今の俺は精霊術師だからカッコ良さでは負けて無い。ジャンルは違うけど。
「お師匠様?」
「ん? ああ、えーっと、続きだね。お米を飯盒に入れた後に次は水を入れる。基本的にはお米と同じ量を入れると良いらしいんだけど、飯盒でお米を炊く場合は水の量を多めにした方が上手く行きやすいんだ。今回はお米を内蓋で二杯入れたから、水を内蓋で二杯入れて、更に内蓋の三分の一ほど水を入れるね」
あぶない、あぶない。妄想の中にトリップしてたよ。今はお米だ。
「分かりました。お米よりお水を少し多めに入れるんですね」
「うん、そうする事でお米に火が通らないって事も少なくなるんだ。次はこのお米を水に浸けたまま三十分ほど置いておく。これもお米の内部まで火が通りやすくなる大事な作業だから忘れないようにね」
サラがしっかり頷いたのを確認する。この調子なら直ぐにご飯の炊き方をマスターしてくれるよね。この先が楽しみだ。でもフクちゃんも真剣に頷いているけど、覚えて意味があるのかな?
「よし、飯盒はあと二つあるからこれに同じようにしてみて」
「はい」
単純な作業だから間違える事も無く、サラは二つの飯盒にお米をセットし終えた。ここまでは完璧だな。
「じゃあ、次は三十分後だから、調理に戻ろうか」
「はい」
サラが笑顔で返事をする。料理を習いたいって言ってきたし、本当に料理を作るのが楽しいんだろうな。ある程度基礎的な事を教えたら、トルクさんに頼んで料理を教わる時間を作ってもらうのもありかもしれない。
お店が繁盛しているから時間を取って貰うのは難しいかな? あっ、そう言えば戻って来る前にトンカツとかの揚げ物レシピを渡したな……結果次第では本当に時間が取れなさそうだ。行ってみてから確認するしかないな。
「ゆーたー、ぼーぼー」
振り返るとエッヘンと胸を張るベルと、赤々と燃える炭と薪が……しまったな。お米に水を吸わせる時間を計算に入れずにベルに火熾しを頼んでしまった。頑張ったよって満面の笑みのベルに、まだ火を使わないとは言い辛い。
「おお、凄い。流石ベルだね。ありがとう」
まずはお礼を言って褒めまくる。抱きかかえて頭を撫でまわしてホッペをムニュムニュしながら、どうするかを考える。焚火の方は薪を追加しながら火をもたせる。焼き台の方はチャーハンの具材を先に焼いておくか。
焼くところを見せた後に、ご飯まで遊んでおいでと送り出す。完璧な作戦だな。さっそく塩胡椒を振ったオークのバラ肉を、厚みを持たせてカットしてノモスに作ってもらったフライパンで焼く。
よし、ベルに声を掛けようとすると、プカプカと浮かびながら一心不乱に焼いているオーク肉を見つめるベルがいた。なんかたりっとヨダレが……。食いしん坊な幼女になっちゃったな。これってやっぱり俺の責任なんだよね。
「あー……ベル」
俺の声が届かなかった。契約者の声が届かないって問題じゃ無いのかな? とりあえずもう一度呼ぶとようやく「う?」って感じで気付いてくれた。
「ベル、ご飯の時間までまだまだあるから、みんなと遊んで来るといい、今日は新しい料理だからってみんなに伝えておいてね」
「あたらしー。おいしい?」
コテンと首を傾げて聞いてくるベル。とっても可愛いが、自分で作っている場合は美味しいと自信を持って言うのも勇気がいる。なんせ素人料理だからな。
「俺が大好きな料理だから、楽しみにしててね」
「わかったー。いってくるー」
少し考えた後、何かに納得してビューンと飛んで行った。レイン達にどんなふうに説明するのか少し心配だ。
まあいい、それよりも料理をしないと。ついでに隣の焼き網で干物も焼いておこう。今日の新米と合わせる干物は脂がたっぷりと乗ったアジのようなお魚だ。この干物は間違いなく新米に合う。
沢山のオーク肉の両面をカリカリに焼き上げ、残った油にみじん切りにしたニンニクを投入して、火から遠い場所に置く。シルフィ達大精霊も食べるそうだから沢山作らないとな。
「お師匠様、ニンニクを入れた後何故火から遠ざけるんですか?」
ネギを輪切りにしながら横目で見ていたサラが質問してきた。
「刻んだニンニクは焦げやすいからね、ゆっくりと火を通して油にニンニクの風味を移すんだ」
なるほどっとコクコク頷くサラ。俺もちゃんと教えられて気分はいいが、精霊術のアドバイスよりも反応が良いのが少し気になる。
「お師匠様、そろそろ三十分経ちます」
「おっ、じゃあお米を炊こうか」
ベルが火熾ししてくれた焚火に飯盒を掛ける。
「お師匠様、こっちの蓋は入れなくてもいいんですか?」
焦った様子で中蓋を持って来るサラに、飯盒でご飯を炊く時には中蓋は入れない事を教える。俺も最初は迷ったから焦っちゃうよね。先に教えておけばよかった。
飯盒から蒸気が噴き出す事は先に教えておこう。あれもいきなりだと焦るからな。友達なら悪戯半分に何も教えないのはありだけど、相手が子供で弟子ならちゃんと教えないとな。
ちょっと驚かせて経験から覚えるのだ! とか厳しい事も言ってみたい気もするけど、嫌われると悲しいから止めておく。ギルドに嫌われるのと弟子に嫌われるのでは、まったくダメージが違うよね。
「あっ、お師匠様。本当に蓋から蒸気が噴き出しました」
「うん、ここで慌てて蓋を取ると失敗しちゃうから注意してね。この吹きこぼれるのが収まってから、火から下ろして十分間蒸らせば完成だよ」
「分かりました」
ジリジリとお米が炊き上がるのを待ち、十分間の蒸らし時間が過ぎた。ドキドキしながら飯盒を開けるとムワッと上がる蒸気の奥にツヤツヤのお米が……ゴクッっと知らず知らずに喉が生る。
ドリーに作ってもらった木のしゃもじを水で濡らし優しく切るように掻き混ぜる。飯盒と接している部分が茶色く焦げて真っ白な新米にアクセントを加えている。我慢できずにしゃもじについたお米を口に入れる。
ああ、お米。これがお米だよね。炊き具合も申し分ない。固過ぎず柔らか過ぎず完璧なお米だ……隣で見ているサラにも味見させてみる。
俺が感動しまくっている様子を見て物凄く期待していたのか、笑顔で口に入れてもむもむしていた表情が曇っていく。
「お師匠様。味がしないです」
慣れていたら粘りとか甘味とか色々感じるんだろうけど、初めて食べるとそんな感じだよね。
「うん、まあ、パンみたいなものだからね。料理にはちゃんと味付けをするから期待していて」
「はい……楽しみにしています」
そう言ったサラの表情はちょっと曇っている。これは料理に気合を入れないとな。お米の未来が掛かっている。俺が美味しそうに頬張っている横で、あれって味がしないのに美味しそうに食べるよねって目で見られたら凹む。
とりあえずチャーハンを仕上げておくか。日本では鳥ガラスープの粉末を入れてたから、割と美味しく作れてたけど、その分をオーク肉のポテンシャルで補えるかが問題だな。
ニンニクが入った油を別の容器に移し、軽く玉ねぎを炒めた後、サイコロ状に切ったオーク肉、刻んだネギ、白米、塩胡椒を投入。出来るだけパラパラになるように願いながら炒める。
出来上がったのはちょっとモッチャリしたシンプルなチャーハン。俺、上手にパラパラのチャーハンが作れた事無いんだよな。冷やしたご飯を使うとか、お米を洗うとか色々試したけど上手く行ったためしがない。
俺の中で一番パラパラになるのはご飯を先に卵に混ぜておく方法なんだけど、肝心の卵を手に入れて無いから辛い。
味見をすると、ちょっとモッチャリしている所も懐かしい日本の味だ。いやシンプルだけど、素材が良いからか普段作っていたものより美味しいかもしれない。これならパラパラでは無いが喜んでくれるだろう。
……ガッツリニンニクを利かせたチャーハンって女性にはどうなんだ? ……大丈夫か。トルクさんのニンニク満載の料理も美味しそうに食べてたもんね。
横で見ていたサラにチョットだけ試食させる。パクリと食べてモムモムとチャーハンを噛み締める。さっきと違い顔が直ぐに笑顔になる。
「お師匠様、とっても美味しいです! さっきと全然違います! こんなに変わるんですね」
「はは、気に入ったのなら良かった。でも白いご飯も他のおかずと一緒に食べると美味しいんだからね」
一応白米のフォローもしたし、これなら大丈夫そうだな。パラパラのチャーハンはトルクさんに丸投げしよう。俺が食べる予定以外の白米は全部チャーハンに投入して、大量のチャーハンを作り上げる。
夜までまだ時間もあるし、白米のストックも欲しいからあと何回かご飯を炊いておこう。
***
テーブルの上には様々な料理が並べてある。その中でも一層輝いている白米とチャーハン。俺の目にだけそう映っているのかもしれないけどね。今日はいつものメンバーに大精霊達も座っているから、とっても賑やかだ。これも俺の目に限ってはだけどね。サラ達は気配が増えただけにしか感じない。
「みんなの前に並べてあるのが今日育てたお米の料理だから、まあ、味わって食べてね。じゃあ食べようか」
食事が始まる。サラが美味しいとマルコ達に伝えていたので一番にチャーハンに手を付けている。ベル達も同様にチャーハン一直線だ。
子供達は口いっぱいにチャーハンを頬張り、素晴らしい笑顔を見せている。飲みこんだ後は美味しいっといって直ぐに次のチャーハンを口に運ぶ。これだけ上機嫌ならお米も受け入れられたと思っていいだろう。
大精霊達はお米を食べた事があったらしいが、品種改良をされたお米を元に作ったこのお米は別物だと褒めてくれた。農家の皆さん何時も美味しいお米ありがとうございます。
さて、皆が気に入ったからには心置きなく俺も米が食える。目の前にあるアジの干物と白米に視線を向ける。うーん、美しい光景だ。出来ればお味噌汁も付けたかったが残りわずかしかないお味噌汁、出す勇気が持てなかった。
ドリーに頼めば大豆は何とかなると思うんだけど、そこからのお味噌が果てしなく遠い。漫画で読んだ事がある知識だけで、味噌までたどり着けるのかが不安でしょうがない。もしかして米に恋い焦がれる時間が終わったら、味噌に恋い焦がれる時間が始まるのか?
……なんか解決したら直ぐに次が出てくるな。終わりが見えない戦いにチョットげんなりしそうだが、それは後にしてまずは米だ。
アジの身を解し口に放り込む。塩気の利いた脂が乗ったアジの身を噛み締め、すかさず白米を食べる。んー、これだよねー。少し強めの塩気がご飯と合わさり幸せを感じる。
アジの干物を食べ、白米を食べ、アジの干物を食べ、白米を食べる。何度も繰り返していると直ぐにご飯が無くなった。魔法の鞄から飯盒を取り出し、熱々のご飯をお茶碗に盛り付け、再び白米に「ゆーたー、それおいしい?」
顔をあげると、おいしいの? おいしいの? ベルも食べたい! っと顔に書いてあるベルが目の前に浮かんでいた。俺があまりにも夢中で食べているので興味が湧いたらしい。チャーハンでお米は美味しい物だと理解してくれたみたいだし、白米にステップアップしてもいいかもな。
「ベル、あーんして」
あーんとちっちゃなお口を精一杯広げているベル。可愛いからそのまま見ていたい気分になるが、それはダメなんだろうな。
アジの身を乗せた白米をベルのお口に放り込む。モグモグとご飯を食べるベル。「ゆーたー、おいしー、べるこれすきー」手足をワチャワチャさせながら喜ぶベル。気に入ってくれたようだ。
後ろに並んでいたレイン達も口をパックリ開けて待機しているので、同じようにアジと白米を放り込む。ついでにサラ、マルコ、キッカにも口を開けさせアジと白米を放り込む。
「お師匠様、こうやって食べると、味付けをしていないご飯も美味しいですね」
サラがにこやかに良い感想をくれる。最初の白米のマイナスイメージは完全に払拭したな。
そこからは全員に干物と白米を出しての夕食になった。余分に炊いた白米も無くなったし、明日もお米を炊かないとな。でもみんなが気に入ってくれたから、俺は満足だ。
読んでくださってありがとうございます。