百二十九話 田んぼ作り
意外と簡単に念願のお米が手に入りそうでテンションが急上昇した。酒樽三樽で大精霊に米作りを手伝って貰えるなんて激安だよね。
サラ達は訓練、ベル達は精霊樹で遊んでいる。昼食を終えてまったりしたい時間ではあるが、米作りとなると話は別だ。一刻も早く行動を開始しないと落ち着かない。
水路の最終地点の一つ前のブロックにいそいそと向かう。まずは田んぼ作りだから、その分地面を掘り下げないとな。魔法のシャベルを取り出し、とりあえず地面を掘るか。
大体の田んぼの仕組みは授業で習ったから何となくは覚えている。覚えてはいるんだが細かいところまでは分からないよな。確か固い土の上に柔らかい土がある、みたいな感じだったと思うんだけど。
「ねえ、田んぼってどのぐらい地面を掘れば良いのかな?」
「裕太、そもそもお主が掘らんでも儂が形は作ってやるぞ?」
ノモスから物凄く魅力的な提案が飛び出した。でもどうなんだろう? ノモスにお願いしちゃってもいいのか?
お願いしたらアッサリ地面が田んぼの形になって、土とかもウゴウゴとこねくり回されて水を張ればもう田んぼって姿が想像できる。そしてその想像は現実になるだろう。
確かに俺は米が食いたい。海で魚も取れるし干物も作ってる。何度干物を焼いて米が食いたいと思ったか。だが、ここで楽な方に流されると、恐らく開拓ツールの出番が無くなる。
魔法のシャベルで地面を掘り下げて、水漏れし辛いように土をハンマーで叩き固め、その上にまた土を撒き、魔法のクワでサクサクと土を柔らかくする工程を、今か今かと開拓ツールも待ちわびているはずだ。せっかく授かったチートツール、眠らせたままで良いのか?
大精霊達なら、大半の事はお願いしたらやってくれるぞ。楽な方に逃げたらもう、開拓ツールの出番は荷運びと戦闘ぐらいでしかなくなる。
死の大地に来て、何も出来なかった俺を救ってくれた開拓ツール。他に楽な方法が出来たからと言って、あっさり死蔵してしまって良いのか? 道具は使われてこその道具なんだぞ。
「……ありがとうノモス。でも、自分で出来る事は自分でやりたいんだ。どのぐらい掘り下げればいいのかな?」
物凄く気持ちが揺れ動いたが、俺は開拓ツールを忘れはしない。一緒に頑張ろうぜ開拓ツール。
「ふむ、それならそれで構わん。土に手を入れるのはやってやるからそこまで頑張れ。深さはそうじゃな余裕を持って六十センチは掘っておけ」
「了解。田んぼの形を作るぐらいは俺一人で出来るから、みんなは自由にしていて」
魔法のシャベルを取り出しさっそく地面を掘り下げる。サクっとすくって収納……おうふ、虫が残った。そう言えば虫は全体的にバラ撒かれているんだよな。
今までは土を掘るだけで良かったのに、これからは虫も移動させないといけない。ちょっと手間が増えたが虫が居るのは正常な事なんだから、その手間も喜ぼう。でも、田んぼになったら水を入れるんだけど、虫は大丈夫なのかな?
……どうしようもないか。虫は別の袋に入れながらひたすら土を掘る。サクサクサクサク土を掘り、ついでにこのブロックの真ん中を通っている水路も端っこに移動させる。
大精霊の力には及ばないかもしれないが、開拓ツールもやっぱり凄いチートだよな。堀り終わった土を水漏れしにくいように、大きくした魔法のハンマーで叩き固める。
この力加減が結構難しい。うっかり勢いをつけると隕石が落ちたみたいな跡が出来るし、土の下に敷いてある岩も割れてしまう。慎重に軽く地面が沈むぐらいの力加減で地面を叩く。
その後も叩く叩く叩くを繰り返し、しっかり地面を固めた後に回収した土を再び上に敷く。あんまり土を出し過ぎると六十センチを超えてしまうので、慎重に魔法のクワで土を均しながら出来るだけ均一にする。
大まかな形が出来ればノモスが整えてくれるだろうけど、自分で出来る事は出来るだけやっておかないとな。全体に土を敷いた後は、魔法のクワで細かく土を耕していく。
この時もサクっとクワを深く入れ過ぎると、叩き固めた地面まで耕してしまうので、魔法のクワを横幅だけ大きくして、縦は普通のクワのサイズに留める。
なんか、学校とかのグラウンドを整地するトンボみたいな形になったな。出来るだけ土の塊を砕いてふわふわの柔らかい土になるように、願いを込めて土を耕す。
目指すは美味しいお米だ、手抜きは許されない……のか? なんか手を抜いていてもあっさりとノモスが修正してしまいそうな気はする。まあ、だからって手抜きはダメか。楽な方に流されないように自分を戒めながら、細かく細かく土を耕す。
「ふいーー、完成!」
もう直ぐ日が暮れそうだが、わずか半日で田んぼのおおまかな形が完成した。やっぱり開拓ツールはチート性能だ。ノモスなら一分もかからずに整地しそうな事は気にしない。
「終わったか。どれ、儂がちょっと手を入れてやろう」
そう言ってノモスが手を振ると僅かに土がモコモコと動いて止まった。
「あんまり見た目変わってないけど、なにをしたんだ?」
「うむ。土を水平に均したのと、残っていた土の塊を砕いただけじゃ。後はもう水を入れていいぞ。後で掻き混ぜて泥状にしておいてやる」
あっさりだな。でもあんまり変化が無いという事は、それだけ俺の作業が真っ当だったって事だよな。誇りに思おう。俺、頑張った。
「了解、頼むね」
水路に向かいストッパーを収納すると、そこから水が田んぼに流れ込んでいく。この水が溜まれば田んぼの完成、明日は田植えに収穫まで出来ちゃうかな? ワクワクしてきた。
「ぶーー」
「ディーネ、いきなりどうしたんだ?」
変な音がして振り返ると、何故かディーネがむくれている。
「お水を入れるのなら、お姉ちゃんの出番でしょ」
なるほど。そこに引っ掛かっていたのか。確かにディーネに頼めば一瞬で水が満タンになりそうだな。
「……まあ、あれだ、今回は明日までに水が溜まればいいんだから、明日水が溜まってなかったら頼むよ。ディーネは大精霊なんだから簡単に頼むのはダメだからね」
疑惑の視線が止まらない。絶対に忘れてただろって顔だ。実際に忘れてたから分が悪い。
「あっ、そろそろ日も暮れるし、皆に食事の準備をしないと食事が終わったら約束通り酒を出すぞ」
話を逸らして家に戻り、食事の準備をする。ディーネの不機嫌もお酒を飲めば直るだろう。子供達に食事を食べさせ休ませる。あとは少しソワソワとしている大精霊達に酒樽とツマミを出すだけだ。
ディーネもむくれていたのを忘れてニコニコだし、俺ってお酒にかなり助けられているな。リクエストされた酒樽を出してツマミを並べる。今日の酒樽はエールとロゼワインと赤ワインだ。
「じゃあ、また明日な。大丈夫だとは思うけど飲み過ぎるなよ」
「あら、裕太は飲んでいかないの?」
シルフィが首を傾げて聞いてくる。そんなに疑問なのか?
「明日は念願の田植えだからな。うっかり二日酔いになるのも嫌だから早めに休むよ」
ヒラヒラと手を振って寝室に戻る。少しぐらい飲んでも構わないんだが、スイッチが入っちゃうといつの間にか最後まで付き合っちゃうからな。用心は大切だ。ぐっすり眠って体調万全で明日に備えるぞ。
***
「さて、みなさん。今日は田植えですのでお手伝いをお願いします」
朝食を済ませ、全員に今日の予定を説明する。ベル達が「おてつだいー」ってはしゃいでいる中、サラが質問してくる。
「お師匠様。田植えってなんですか?」
そうだよね。この大陸ではお米が食べられていないみたいだから、当然田植えも知らないよね。
「田植えって言うのは、米って言う穀物を作る為に、その苗を植える事だよ。まあ、畑仕事みたいなものだね」
「それなら私達でもお手伝い出来ますね。頑張ります」
話を聞いて頑張ると言ってくれるサラ達、喜んでお手伝いしてくれるのは嬉しいよね。簡単な説明をしてみんなで田んぼに移動する。
おお、田んぼに水が満ちキラキラと輝いている。……浅くて土が見える以外、泉とあんまり変わらないな。でも土がドロドロになってる感じだから、ノモスが掻き混ぜてくれたんだろうな。
サラ達が昨日は何にもなかったのに! っと驚き、俺が昨日作ったと説明すると凄いと褒め称えられた。ふふ、尊敬の視線が心地いい。
「お師匠様、これからどうするんですか?」
「ああ、ちょっと待ってね。下準備をするから。そうだ、水に濡れるからこの前泉で泳いだ時の格好になって、ついでに体を解しておいて。結構大変だからね」
泥の中はかなり体力を使うし、足でもつったら大変だから体を解しておいた方が良いだろう。
「分かりました」
サラ達が準備をしている間に、俺も下準備を済ませないとな。まずは苗を用意しないと。隣のブロックに森の土を出しふかふかに解す。
「ドリー。この土にお米の苗を生やしてくれ。十センチぐらいにまで成長させてくれると助かる」
「構いませんが何故そんな事を? 種を田んぼに植えないのですか?」
俺が知っているやり方とは違うらしい。
「えーっと、俺が知っているのは、苗まで成長させてから田んぼに植えるんだ。そうしたら発芽率とかが良くなったり、風通しが良くなって病気にならないとか、収穫がしやすいとか色々あるらしいよ」
……言っている途中で気が付いたけど、ドリーに成長させてもらうのなら、別に種をそのまま突っ込んでも良かったんじゃ……あれ? これって無駄な知識を披露した感じ? ちょっと恥ずかしい。
「へー、異世界にはそんな方法があるんですね。興味深いです」
なんか恥ずかしいけど、森の大精霊が興味を持っちゃったし、このまま続行するしかない。
「うん、まあ、そんな感じだから苗をお願いします」
苗を用意してもらう間に次の準備だ。
「ノモス、お願いがあるんだけど、田んぼの中に三十センチぐらい間を開けて縦と横に線を引いてくれないか?」
「ん? 構わんがなんでそんな事をするんじゃ?」
「縦と横が交わった所に苗を植えるんだ。そうすると一定の間隔で苗が植えられるからね」
もう必要無い気がしてきたけど、これは教育だから大丈夫。俺はサラ達に田植えの正しい知識を伝える為に、こうやって面倒な手順をわざわざやっているんだ。決して無駄な行為をしている訳じゃ無い。いつかサラ達が独り立ちした時、この経験が力になってくれるはずだ。……たぶん。
「そうか、分かった」
ノモスがふいっと手を振ると田んぼに碁盤の目状に泥の上に線が引かれる。なんかカッコいいな。田んぼは準備が出来たので、ドリーの所に戻ると緑の苗がワサワサと生えていた。
これで大体の準備は完了だな。いよいよ田植えだ。そして多分今日の間に収穫まで行けるはずだ。八十八回の手間を掛けるという米農家に喧嘩を売ってるよな。
読んでくださってありがとうございます。