百二十八話 念願
ドリーにもう一つ森を作って貰って、次は何をやるか悩んでいると、とっても大事な事を思いつきそうな予感が……。
なんだ……何を見逃している? とっても簡単な、そう、とっても簡単な事で俺に幸せがやって来る予感が、考えるんだ俺。
「……そうだ! そうだよ。簡単じゃん。米だよ米! ドリーに米を作って貰えばいいじゃん。ドリーちょっときてー」
俺が興奮してブンブン手を振ってドリーを呼び寄せると、不思議そうな顔で近寄ってきた。
「何でしょうか? 裕太さん、そんなに騒いでどうしたんですか?」
「うん、あのね、これ! これって植物の種子を加工した物なんだけど、ドリーの能力で生み出せないかな?」
魔法の鞄の中から取って置きのツナマヨおにぎりを取り出し、ドリーに見せる。あぁ、凄く心臓がバクバクする。ドリーに米を作って貰えれば、この料理ご飯に合いそうなんだけどどうしよう? っとか悩まずに済む。
前に、日本の食べ物をシルフィ達に確認してもらおうって思ってたのに、色々あり過ぎてすっかり忘れてたよ。
「あら、お米ですね。この大陸では食べられていませんが、他の場所では主食になっていますよ」
あっさり答えが出た。ふふ、もっと早く聞いておけば良かったね。
「そう、米なんだけど、ドリーなら作れるかな?」
「ええ、できますよ」
無言で天に向かって拳を突き上げる。食べ物で一番の懸念事項があっさりと解決した。何故か俺が天に掲げた拳の上に、ベルがふよふよと飛んで来て座ったが、可愛いから許す。そのままベルを抱き寄せ、ドリーに質問を続ける。
米と言っても色々種類があるので、ツナマヨおにぎりを差し出し味を見て貰う。ちょっとヨダレが出そうになったがここは我慢だ。上手く行けば美味しいお米が食べ放題なんだからな。
「塩や中身の具で味付けがされているから分かり辛いと思うけど、できそう?」
目を閉じて真剣に味を確認しているドリー。緊迫した雰囲気だ。
「食感としては粒がしっかりしていて、粘りと僅かな甘みがありますね。同一の物とは言えませんが、似たようなものなら作る事ができますよ」
「是非ともお願いします」
腰を直角に曲げて頭を下げる。農作業で痛めた腰も今は忘れよう。
「ふふ、そんなに頭を下げなくても大丈夫ですよ」
ドリーの優しい微笑み後光が差しているように見える。拝んでおくか?
「あはは、俺にとってもお米が主食だから、嬉しくってね。さっそく食べたいんだけど作って貰えるかな?」
俺のお願いに、ドリーの顔が少し曇った。何か不味かったのか?
「裕太さん。主食と言う話も聞きましたし、とても嬉しそうな裕太さんに言うのは心苦しいのですが、作った種をそのまま食べるのは、森の精霊としては問題があるんです」
……ああ、そう言う事か。確かに生み出した穀物をそのまま食べたりしたら、色々なプロセスをすっ飛ばしている事になるから、そこに何か問題があるかもな。
植物を急激に成長させるのだって、ある程度は自然のエネルギーを使っているんから、土の養分の枯渇なんて事も起こる。それすら無いのは確かに問題がありそうだ。
「いや、そう言う事ならしょうがないよ。米がある事が分かっただけでも嬉しいんだから、そんなに申し訳なさそうな顔をしないで。田んぼを作ってお米を育てるのは問題が無いんだよね? それと、植えたお米をドリーに急激に成長させて貰うのは大丈夫?」
「ええ、それなら大丈夫です。土を作りその養分を利用するのなら、何の問題もありません。十分にお手伝いできます」
良かった。米を素人の俺が育てるとか考えるだけで無理ゲーだからな。急激に成長させるのが可能なら、なんとかなる。
「ありがとうドリー。それだけで十分だよ。あっ、稲を急激に成長させる場合は森の実が生る木みたいに少し間を時間を空けたりする?」
我慢はできるが、できるだけ早く食べたいのも間違いのない俺の気持ちだ。いっぺんに成長できるのなら田んぼができたら直ぐに米が生るからな。
「お米の場合だとその必要はありませんね。森の木は数年から十数年の時間を短縮しているので、時間を空けるのが無難ですが、稲の場合は短期間ですので土の養分も、稲も問題無く成長できます」
よし! あっ、でも、田植えとかした方が良いのかな? 俺が小学生の頃、学校の授業で田植えがあって、その事を今でも覚えている。結構楽しい思い出だし、サラ達に経験させるべきかもしれない。ヒルとか居たけど、死の大地にはいないからそこらへんも問題無いだろう。
……難しいな。一刻も早くお米を手に入れたい気持ちと、子供達に思い出を作りたい気持ちで揺れ動く。
………………はぁ、思いついちゃったらしょうがないよね。無視して全部をドリーに任せても、やっぱり田植えを経験させるべきだったかな? とか悩んで素直にお米を喜べそうに無いし、田植えイベントはやっておくべきだろう。
「時間を空ける必要が無いのは素直に嬉しいよ。俺はお米を作った事が無いから、ドリーの知識も貸してくれる? 後は土づくりにノモスの協力が必要だし、田んぼだと水を沢山使うよね。ディーネ、水の量は田んぼを作っても大丈夫かな?」
「うふふ、裕太ちゃん。嬉しいのは分かるけど、少し落ち着きなさい。子供達も戸惑ってるわよ」
ディーネに窘められちゃった。地味にショックが大きい。サラ達に目線を向けると、目を逸らされた。……精霊と話しているのは理解しているだろうけど、絵面は一人で大はしゃぎするおかしな男にしか見えないからな。確かに目を逸らしたくなる気持ちは分かる。
「あー、コホン。今日はもうお手伝いしてもらう事は無いから、サラ達はフクちゃん達と訓練をしておいで。昨日の訓練で巣を潰した時の経験を元に色々考えると良いよ」
「あっ、はい、分かりましたお師匠様。いつもの場所で訓練して来ます」
俺の言葉にサラがマルコとキッカとフクちゃん達を連れて走って行った。この場を離れられる事にホッとしているように見えたのは気のせいかな? さっきまでの自分のテンションに自信は持てないが、気のせいだと思う事にしよう。
「まだお話をするから、ベル達も遊んでおいで。お手伝いが必要になったら呼ぶからね」
「はーい」「キュー」「りょうかい」「ククー」
お話が退屈だったのか、嬉しそうに飛んで行くベル達。俺は本当にお米の事しか見えてなかったんだな。抱っこしていたはずのベルがいつの間にか空を飛んでたし、いつ俺から離れたんだ?
「コホン。ディーネ、水は大丈夫か?」
「ぷふ、裕太ちゃん。いきなり真面目な顔になってもさっきの醜態は消えないわ」
物凄く楽しそうにディーネにツッコまれた。激しくショックだ。そして普段と違う立場が嬉しいのか、ディーネの顔がかつてないほど、輝いている。
「シルフィ、醜態を晒してたかな?」
「うーん、醜態は言い過ぎだけど、普段とは随分違ったのは確かね」
シルフィの顔も少し笑っている。うん、形勢は不利だな。冷静を取り繕ってさっさとこの雰囲気を流してしまおう。
「そうか、ちょっと嬉しくてテンションが上がり過ぎちゃったな。もうだいぶ落ち着いたよ。それでディーネ、水は足りるのかな?」
「えっ? そ、そうね。水量は豊富だから、よっぽど大規模にしない限りお水は足りると思うわー」
俺が慌てたり取り繕ったりせずに、冷静に返答したのが不満なのか、少し唇を尖らせ残念そうに答えるディーネ。そんなに簡単にディーネに弄られるつもりは無いのだよ。弄るのが俺で弄られるのがディーネ。このスタンスを崩すつもりは毛頭ないぞ。
「それなら大丈夫だね。ノモス、ドリー、田んぼの土は森の土で何とかなる?」
「ふむ、手は入れねばならんが、概ね何とかなるじゃろう」
「そうですね土は大丈夫だと思います。ただ、田んぼは水を抜いたりするので、作る場所を考えた方が良いと思います」
あー、そうか。水路はどのブロックにも通っているから水を入れるのは問題無いけど、その水抜きの際に流す場所が問題なのか。
「ディーネ、田んぼの水って生き物にも良さそうだよね。ただ捨てるのはもったいないかな?」
「んー、そうね。生き物にとっても過ごしやすい環境になるから、最終地点の大きな泉の前に田んぼを作るのがいいわね。そうすれば泉の水位を調整して一気に水を流し込めるし、最後の大きな泉も、豊かな生態系が築けると思うわ」
なるほど、それはそれでいいな。森の池だけだと大きな魚は増やし辛い。田んぼに生き物が増えれば、最終地点の大きな泉に魚を放して釣り堀にもできそうだ。くふっ。夢が広がるな。
「分かったよ。最終地点の泉の一つ前のブロックに田んぼを作るね。沢山力を貸してもらうと思うけど、よろしく頼む」
「ふむ、儂、今晩酒が飲みたいのう」
「あっ、お姉ちゃんも飲みたいわ」
「ふふ、私も飲みたいです」
「私は田んぼを作るのにやる事がないけど、飲みたいわね」
………………いや、いいんだけどね。お酒ぐらいでお米を作ってくれるのなら、酒蔵ごと買い占めても良いぐらいだけど……仮にも大精霊なんだから、あれ? いまチャンスじゃね? 的な顔はしないで欲しかった。特にノモス。してやったりのドヤ顔を見ると悲しくなるぞ。
「シルフィには稲を刈った後、風を当てて乾燥を早めて欲しいし、精米にも協力して欲しいから問題無いよ。今晩は三樽出すから、飲みたいお酒を考えておいて」
あれ? でも乾燥ならディーネに水分を抜いてもらえば直ぐに終わるような。でも天日干しをするとお米が美味しくなるって聞いた覚えも……悩ましい。
成長して刈り取った後の稲に、ドリーが干渉できるのかも疑問だし、天日での乾燥に拘るべきか? 美味しい方が嬉しいが、稲のまま干すのって二週間ぐらい干さないとダメだったような……うーん、正解が分からん。
もう、あれだ、その時の気分で決めよう。一刻も早くどんぶり飯を掻き込みたいならディーネに頼んで、美味しく食べたいのならシルフィに頼もう。
考えるのを止めて、何を飲もうかと盛り上がる大精霊達を見る。前にも同じ事を思った気がするけど、お酒で動く大精霊、安価で助かります。
読んでくださってありがとうございます。