百二十六話 芝生
読んでくださってありがとうございます。
久しぶりの拠点を散策する。精霊とチートな道具の力を借りたとは言え、着々と形になっている自分の拠点。見て回るだけで結構テンションが上がるな。
次は……畑か。タマモが管理している畑に向かうと、タマモが尻尾を振りながら俺を案内してくれた。ここは最初に植えた植物の畑だな。タマモがある地点で一生懸命前足をタシタシしている。
「ん? そこに何かあるの?」
不思議に思って聞くと「ククー」っと元気に答えてくれた。何かがあるらしい。近づいてみると枯れた花の後に小さな実らしき物が生っている。……花が終わってるんだ。何気にチョットショックなんだけど。
俺が迷宮都市に行っている間に花が咲いちゃったんだな。花が咲いた時に居れば、絶対に大喜びをしてたと思うんだけどね。
でも今はタマモが一生懸命教えてくれている、実に集中するべきだな。タマモをモフりながらじっくりと観察する。緑色の小さな丸い実、よく見るとシマシマのような模様が薄っすらと浮かんでいる。
もしかしてカボチャ? カボチャだったとしたらどうやって食べよう。焼くだけで美味しいけど、煮つけは難しいよね。カボチャのスープも捨てがたい。
こうなってくると急激に成長させて速攻で食べたくなるけど、ここは我慢だ。育つ過程もしっかりと楽しまないとな。花が咲いたところは見逃しちゃったけど……。
「タマモ。これは俺の大好きな野菜だよ。ありがとうね」
タマモを褒めると尻尾をブンブン振りながらじゃれついて来る。俺も負けずにモフり返していると、ベル達も乱入してきて、いつも通り幸せに戯れまくる。
一通り戯れて満足した後、散策を再開する。隣に植えたトマトの苗を確認するとちゃんと根付いているようで、青々と葉っぱが茂っている。流石タマモとドリーだな。
もう一つ最初に植えておいた野菜は、いまだ正体が掴めないがしっかり育っているのは確認出来た。後は水路の最終地点の大き目な泉を確認すれば、一通り見て回った事になるな。
最後の泉はディーネの水質管理が完璧なのか、水がキラキラと煌めいている。ディーネに話を聞くと、放流した生物や植えた植物の影響はまったくないそうだ。
胸を張るディーネを俺とベル達でしっかりと褒めまくっておいた。
***
「しるふぃもどってきたー」
ベルが教えてくれた方向を見ると点のような影がみるみる間に近づいて来る。傍目から見るとあんなに早いのか。発見から数秒でもう目の前だ。
「おかえり。サラ、マルコ、キッカ。シルフィも子供達の面倒を見てくれてありがとう」
シルフィが構わないわって感じで手を振ってくれる。
「お師匠様、ただいま戻りました。これが手に入れた魔石です」
サラに手渡された袋にはジャラジャラと沢山の魔石が。
「凄い魔石の数だね。みんなよく頑張った。そして、ごめんね。お昼のお弁当を渡し忘れてたよ」
サラ達に頭を下げる。しっかりご飯を食べさせるって約束したのに、飯抜きにしちゃったからな。謝っておかないと。サラ達はキョトンとしているがケジメは大切だ。
「お師匠様、気にしないでください。昼食を食べない事なんて私達にとって普通の事ですから、何の問題もありません」
マルコとキッカもウンウンと頷いている。
「そう言ってくれると助かるよ。次からは忘れないように気を付けるね。じゃあ、お腹も空いただろうし少し早いけど夕食にしよう」
俺の言葉にサラ達の顔に笑みがあふれる。平気だと言ってても、最近ずっと三食しっかり食べてたんだからお腹も減るよね。
そう言えば、俺が五十層を突破した事がバレたんだから、素材をトルクさんに渡して、料理してもらう事も可能になったんだよね。
マグマフィッシュ、アサルトドラゴン、ワイバーン、ファイアードラゴンを渡して大量の料理を作って貰おう。ついでにサラに料理を教えて貰うのも良いかも。揚げ物の作り方も教えたから、次に迷宮都市に行った時には楽しみがいっぱいだ。夢が広がりますな。ギルマスも苦労してるだろうし、俺はウハウハだ。
まあ、今はその料理が無いから屋台の料理が中心だけどな。サラ達のリクエストを聞きながら料理を出して夕食を開始する。お腹が空いていたサラ達が、いつも以上に積極的に料理を食べるのにつられて、ベル達もいつも以上にご飯に夢中だ。
「そういえば、シルフィ、命の精霊って今の状況で契約出来る?」
一緒になって子供達の食事シーンを見守っていたシルフィに話しかける。
「うーん、ちょっと無理そうね」
少し考えたあと、首を横に振るシルフィ。なんとなく予想はしていたけど無理か。自然が豊かな場所でなら契約できるだろうけど、死の大地を拠点にしている以上、ここで無理なく過ごせるぐらいじゃないと辛いよね。
「やっぱり生き物の数が足りないんだよね?」
「ええ、魚や虫が増えたと言っても、それでもまだまだ少ないわ」
そうなるとやっぱり森を増やして、他の森から生き物を捕まえて来る必要があるな。とりあえず明日は芝生と森を作るか。
自然が豊かになって勝手に動物たちがやって来てくれれば楽なんだけど、距離が遠すぎてほぼ有り得ない。鳥ぐらいなら来ても良さそうなんだけど、今のところ一羽も飛来していないし、鳥の飛行コースからも外れているんだろうな。
「了解、準備が出来たら小動物を捕獲しに行くと思うから、その時はお願いね」
「ええ、分かったわ」
シルフィが請け負ってくれたから安心だって言いたいところだけど、小動物を捕まえて運んで来るのって大変そうだよな。ある程度の数を揃えるまで、何回か捕まえに行かないとダメそうだ。
「ありがとう、シルフィ。ところで、今日のサラ達はどうだった? 結構な量の魔石を持って帰って来たけど無茶してなかった?」
「ふふ、あの子達は裕太が思っている以上にしっかりしているわよ。心配しなくても大丈夫ね」
詳しく話を聞くと、サラ達は二つの巣を潰したそうだ。スケルトンナイトとゾンビメイジの巣で、魔物から囲まれない場所を選び、遠距離から慎重に魔物の数を削ってまったく危なげなく巣を潰してしまったそうだ。
細い通路にゾンビをおびき出した時は、フクちゃん、ウリ、マメちゃんの順番での三交代攻撃なんかもしていたそうだ。一瞬信長か! って突っ込みそうになった。
話を聞くと安全マージンはしっかり取っているし、フクちゃん達の攻撃が通用しない相手でも現れない限りサラ達は問題無さそうだな。
蛮勇とは無縁の戦い方を聞いてホッとすると同時に、もうちょっと子供っぽくても良いんじゃないかという思いもある。なんか複雑な心境ってやつだな。俺が子供の頃にあれだけの力があれば、ヒャッハーして痛い目に遭ってたのは確実だもんな。
まあ、平和な日本でテレテレと暮らしてきた俺と、命が軽いスラムで精一杯生き抜いてきた子供達との考え方が同じな訳ないか。そう考えて、食卓で美味しそうに笑いながらご飯を食べているサラ達を見ると、ちょっと誇らしい気持ちになる。俺も少しは他人の役に立っているって事だよな。
まあ、それ以上に冒険者ギルドに嫌がらせをしているけど。世間への貢献度でいえば差し引きでちょっとマイナスっぽいな。
***
「さて、今日は皆で芝生と森を作ります」
「つくるー」「キュー」「がんばる」「ククーーー」
朝食を終え、みんなの前で今日の予定を伝える。ベル達は元気に返事をしてくれるが、サラ達は完全に戸惑っている。ちゃんと説明しないとな。
「サラ、マルコ、キッカ、トマトの苗を植えた時の事を覚えてるよね。あの時と同じような事をするんだよ」
「あっ、分かりました。芝生を植えて森を育てるんですね、お師匠様!」
「そう言う事。サラ達にも種まきとか手伝って貰うからよろしくね」
「はい」「わかった」「うん」
サラ達もやる事を理解したしさっそく始めるか。まずは芝生からだな。全員で精霊樹のブロックに移動する。
「ノモス、お願い」
「うむ、下がっておれ」
ノモスに言われた通り、皆を連れて下がると精霊樹の周りの土が、ひとりでにモコモコと動き出しふかふかの土に変身した。凄いな土の大精霊。
「終わったぞ」
「ありがとうノモス。次はドリー、お願いね」
「分かりました」
ドリーが両手を前に出すと土の上に山盛りの小さな種が現れた。ドリーが作ったんだろうけど、精霊樹の種を作った時と比べて物凄くあっさりしてたな。それだけ精霊樹の種の力が凄いんだろうな。
「ドリー、ありがとう。じゃあ、皆の役割を発表するね。ベル、サラ、キッカ、フクちゃん、マメちゃんは種まき。トゥルとマルコとウリは種がまかれた後に優しく土をかける。レインはその後に水を撒いて、最後にタマモが芝生を成長させる。この流れで作業するからね。みんな分かった?」
簡単な作業だからみんな一度で理解してくれたので作業を開始する。種まき部隊が山盛りの種を掴み、ふかふかの土にバラ撒いて行く。キャッキャと種をバラ撒く姿が、微笑ましい。
その後をトゥルとウリが追いかけながら土を被せる。偶にトゥルがウリに何かを教えているようだ。その後にレインが水を霧状にして土を湿らせる。
最後に本日の主役。タマモの登場だ。尻尾をブンブンと振りながら「クーー」っと鳴くと、土の中から緑の草がピョコピョコ飛び出してきて、緑の絨毯が完成する。なかなか良い出来だ。
「ねえ、ディーネ、ドリー。レインとタマモは一人の作業だから、大変だと思うんだ。無理しないように見てあげてね」
俺が居るとレインとタマモは張り切っちゃうからな。レインもタマモもここに来る前に畑と森の管理も手伝っていて、まだ小さいのにあんまり無理はさせられない。オーバーワークには注意しないと。
「自分で水を生み出している訳じゃなくて、泉の水を使っているからレインちゃんは大丈夫よー」
「タマモも大丈夫ですよ。ノモスが土に手を入れてくれてますし、小さな芝生です。数は多いですが力の消耗は少ないですね」
良く分からんが大丈夫のようだ。大精霊達がニコニコと見守ってくれているんだ。何があっても大丈夫だろう。
「大丈夫ならいいか。分かった。じゃあ俺も種まきしてくるね」
ベル達に合流して俺も芝生の種をバラ撒く。密集するように撒くのが意外と難しいな。でも流れ作業が効率的なのか、二時間もかからずに精霊樹のブロックは緑の絨毯で覆われた。
芝生が終わって、次は森に取り掛かるべきなんだけど……その前に芝生で少しのんびりしても良いよね?