百二十四話 聖域への道?
水生植物と水生動物を泉から採取して、シルフィにお願いして急いで泉の家に戻る……と言っても全部シルフィ任せだから、俺とサラ達は四つの鍋の様子を見ながらまったりしている。ちょっとシルフィに申し訳ないが、俺達に出来る事は無いのでしょうがない。
サラ達は綺麗な泉の中を自由に泳ぎ回れたことがよっぽど楽しかったのか、興奮気味に泉での出来事を話している。目的の物も確保出来たし、子供達も楽しんでくれたのなら今回の計画は大成功だよね。
密かに自己満足に浸っていると泉の家に到着した。シルフィが本気を出すととても早い。出迎えてくれるベル達にただいまを言い、スキンシップを我慢して素早く森の池に移動する。
はやく環境を整えないと植物も生き物も弱っちゃう。問題は魚とかを移動させる時に、水合わせって行為が必要だと何かで見た事があるけど……詳しく覚えていない。金魚すくいの金魚しか飼った事が無い俺としては不安がいっぱいだ。とりあえず出来る事をしよう。
泉から採取してきた泥を、ディーネとレインに頼んで水が濁らないように池に入れる。次に鍋から水生植物だけを取り出し、みんなで池の中に植える。
未だに水中呼吸の魔法は切れていないので、問題無く植物を植え終わった。あと俺に出来る事って何だろう? もう、生き物を放してもいいのか?
「あっ、ディーネ。池の水を鍋の水と同じ温度に出来る?」
たぶんだけど、急激な温度変化は魚には良くないはずだ。あくまでたぶんだけど。
「簡単よー。同じ温度にすれば良いのね。出来たわ!」
はやっ!
「あ、ありがとう」
あとは、何も思いつかない。人事は尽くしたし運を天に任せて放流しよう。サラ達と協力してゆっくりと鍋を池に沈め、中に入っている水生動物をゆっくりと池に放つ。鍋の中に入っていた小魚、カエル、エビ、カニ、虫が池の中に散って行く。
「ゆーた、おさかなふえる?」
一緒に池を覗き込んでいたベルが聞いて来た。とっても難しい質問だ。
「うーん、どうだろう? 俺に出来る事はやったから、後はお魚に頑張って貰うしかないね。そうだ、お魚が驚いたらいけないから、しばらくレインと水路で遊ばないようにね」
「わかったー。べる、おさかなおうえんする!」
ふよふよと池の上に飛んで行き、真剣な表情で池の中を見るベル。応援してるのか?
「お師匠様。これからどうするんですか?」
「もう直ぐ日が暮れるし。ご飯を食べて今日はお終いかな。明日から俺は開拓、サラ達は訓練だね」
シルフィに頼んでサラ達にはアンデッドの巣を潰して貰おう。流石にキングやリッチやジェネラルは厳しいだろうけど、ナイトやメイジでも十分集団戦の訓練にはなるはずだ。数が多いと大変だからな。
じっと池を見ていても出来る事は無いし、生物や植物の生命力を信じて家に戻るか。
「シルフィ、ディーネ、ドリー、今日はありがとう。今晩はお酒を出すけど何が良い?」
今日も随分手を貸して貰ったんだ。お酒ぐらい出さないとな。三人……いつのまにかノモスも加わって四人で話し合いをしだした。ノモスは用事があるって言って無かったか?
「裕太ちゃん、お酒は何樽出してくれるの?」
……樽で聞いてくる時点で末期なんだろうな。精霊ってアル中になったりしないよね?
「明日もあるし一樽かな」
俺の言葉に、大精霊達が頭を寄せ合い相談しだした。なんでだろうな、ベル達が集まってフンフンと相談しあっている姿はとても微笑ましいのに、大精霊が相談していると酒樽が浮かんでいるように見える。様子を見ているとディーネが覚悟を決めた表情で話しかけてきた。
「裕太ちゃん、お姉ちゃんのお願い。もう一樽!」
……ディーネの背後では期待の目で大精霊達が俺を見ている。それで良いのか大精霊。でも、酒樽一樽ぐらい大精霊達には誤差だろうし、お世話になってるんだから問題無いか。もう少し酒樽を買い占めておくべきだったかな?
「分かったよ。追加でもう一樽ね」
盛り上がる大精霊達。ある意味とても安上がりで助かります。さあ、お酒をっと言い出した大精霊達をなだめ夕食が終わってからだと告げる。酒が空中でガブガブ消費される光景を、サラ達に見せるのは教育に悪いからな。
夕食を済ませて、サラ達とベル達を寝かせたあと、エールと白ワインとツマミを出して宴会がスタートした。
「あら、今日は裕太も飲むの?」
珍しいわねって目で見るシルフィ。お酒は好きなんだけど、こっちに来てからはあんまり飲んでないからな。
「ああ、少しだけね。聖域の事がどうなってるのか知りたいんだ。ノモス、どんな状況か教えてくれ」
「ん? 飲みながらなら構わんぞ」
だから早く酒を出すんじゃっと目が言ってる。飲みながらじゃないと話が進みそうにないよな。とりあえずリクエストのエールの樽と白ワインの樽を出し、ガラスのジョッキを並べる。
「ディーネ。エールの樽を冷やしてくれ」
「はーい」
ディーネがルンルンで樽の周りを凍らせる。
「ディーネ、池の水の温度を変えてくれたんだから、樽を凍らせなくても普通に温度を下げたら良いんじゃないのか?」
「ん? 温度も下げたわよ。でもそのままだと直ぐに温くなっちゃうから周りを凍らせて、低温を維持するの。凄いでしょ!」
エッヘンと胸を張るディーネ。確かに凄いですな。
「あ、ああ、確かにそうだな。うん、凄いよディーネ」
とりあえず褒めておく。ノモスが早く飲むぞと騒ぎ出した。ジョッキで直接樽からエールを汲み出し乾杯をする。
ゴクゴクと喉を鳴らしながらエールを流し込む。暑い死の大地にキンキンに冷えたエール。炭酸が無いのが残念だが、これはこれで堪らない。
「ふー、でも裕太の言う通りガラスのジョッキだとお酒が美味しいわよね」
シルフィが上機嫌で褒めてくれる。宿での飲み会の時もガラスのジョッキを褒めてくれたし、相当気に入ったみたいだな。作ったのはノモスだけど。
「ええ、この涼やかな見た目も良いですが、口触りも木の香りが抑えられる所も素敵ですね」
ドリーもにこやかだ。まあ、樽の木の香りはどうしようもないが、ジョッキが違うだけでも結構印象が変わるからな。因みに褒めてくれないディーネとノモスは既に二杯目を胃に流し込んでいる。
「うん、ガラスだけじゃなくて、陶器で作ったコップなんかもお酒を飲むのに適してるよ」
「へー、陶器のコップね。それはそれで試してみたいわね」
「どう言う事じゃ、詳しく聴かせい」
シルフィのあとに、ノモスも陶器のコップに食らい付いて来た。感想は言わないが酒が美味くなりそうな話なら会話に加わって来るんだな。
「それは後で話すよ。その前に聖域について教えてくれ」
「ん? ああ、そうじゃったの。と言ってもたいして進展はしておらん。精霊王と話したが今のこの場所では、聖域として指定には足りんそうじゃ」
「ん? それじゃあここは聖域にならないんだな」
ホッとしたような残念なような。聖域になれば精霊が無理なく実体化出来るそうだし、ベル達にとってもサラ達にとっても良い勉強になっただろう。
……そう考えると少し残念だな。フクちゃん達と直接スキンシップが出来るようになれば、サラ達ももっと精霊と仲良くなれたのに。
「今はと言ったじゃろ。この先はまだ分からん。ただ、話をした感触としては悪く無いのう。壊れた自然のバランスが修復出来、精霊達が自由に行動できる場所が一つぐらいあってもええじゃろと言っておった。これからの裕太の頑張り次第じゃから、頼んだぞ」
んー、という事は開拓を頑張れば聖域になる可能性はあるって事か。聖域とか恐れ多い気持ちもあるが、無理なくシルフィ達が楽しめるようになるのなら、頑張る価値は有るだろう。
元々開拓は進めるつもりだったし、ノモス達の意見を参考にしながら、コツコツと頑張ってみるか。
「分かった。出来る事から進めていくからアドバイスをくれ。取り急ぎやっておかないとダメな事はあるか?」
「ふむ、何を如何したらという事は無いんじゃ、裕太が開拓を続けて精霊王達が納得したら聖域になる。じゃからあまり考えずにやりたい事をやればええ。ただ、儂らは自然のバランスが取れておる場所が好きじゃな」
それって正解がないって事? 精霊王の気分次第って事じゃん。余計に難しい気がする。しかも好きなようにやれって言いながら、自然が好きだよってリクエストが入ってるし。
……単純に考えれば自然を大事にしながら開拓は続ければ良いって事だよな。いや、死の大地なんだから自然を大事にする以前に、自然を増やさないとダメなんだ。何気に大変だな。
………………とりあえず飲もう。あれだ、今はお酒に逃げたい。
***
「あんた、いい加減寝ないと体を壊すよ」
「分かってるんだが、どうにも料理が気になってな。マーサ、この料理は凄いぞ。無限の可能性を感じる」
「味見をしたから分かってるよ。確かにその揚げ物って料理は美味しいけど、無限の可能性もあんたが体を壊したらどうしようもないんだよ、さっさと寝な!」
未練がましく厨房に視線を向ける夫を、無理やり寝室に追いやり厨房を片付ける。裕太からレシピを貰って二日、夫は一睡もせずに揚げ物を研究している。
素材の厚み、油の温度、揚げる時間、パン粉の量、調味料、考えだしたら止まらないようで、怖い顔を更に怖くしながら考え込んでいる。
私やカルクなら、夫が喜んでいるのが分かるから平気だけど、最近増えた女性客には見せられないね。怖がって来てくれなくなるよ。
しかし裕太と知り合ってから、おかしな事になったもんだね。珍しい服装で不思議な雰囲気をしていたから話を聞いてみたら、見た事も聞いた事も無い料理を教えてくれた。
裕太が精霊術師で冒険者ギルドと揉めた影響で、宿屋の泊り客も減っちまったけど、それ以上に食事を食べに来る客が増え、儲けも倍増した。もう宿屋を止めて食堂にしちまおうかね。
今回の揚げ物だって衝撃的な美味しさだ。夫はまだまだ研究し足りないみたいだけど、しばらくしたら商業ギルドのグルメな嬢ちゃんに連絡をしてみるかね。
新しい料理を教えて貰ったら必ず知らせるように言われたし、あの子が認めると商業ギルドの職員だけでなく、大勢のお客が押し掛けてくる。また忙しくなっちまうね。
ただ、揚げ物のレシピを貰った後に、裕太が冒険者ギルドで大騒ぎを起こしているのが心配だね。ファイアードラゴンを倒したらしいし、強そうには見えないけど凄い実力者だったのには驚いたけど、大丈夫なのかい?
子供達も居るんだし無茶してなきゃいいんだけど、裕太はこれからどうなっちまうんだろうね。心配だよ。
読んでくださってありがとうございます。