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百二十話 ギルドマスター

「エルティナ、あの精霊術師はまだみつからんのか?」


「は、はい、冒険者ギルドに来ることもないですから、私の方に情報は入っていません。懲罰部隊の方達は発見出来ていないのですか?」


 受付のエルティナに聞いても分かるはずが無いか。未だに冷静になれていないようだ。


「迷宮に入った形跡けいせきも迷宮都市を出た形跡も無いそうだ。煙のように消えたと言っていたな」


「あの、マスター。僭越せんえつですがお休みを取られた方が、お疲れのようですし体を休めないと……」


「だまれっ……いや、すまん。だが休もうにも休めんのだ。家に戻っても余計な事を考えるだけで、ギルドで仕事をしていた方が気が休まる。報告は受け取った、さがっていいぞ」


 イライラする。あの精霊術師が消えた後から噂は急激に広まった。罠にハメてさえいれば何とでもなったものを、あの精霊術師はこちらの罠を全て回避した。


 それに加えて自分がファイアードラゴンを倒した事を宣言し、自分に嫌がらせをした者達を脅して去っていった。ギルド内一杯に厄介な植物を生やしてだ。


 ファイアードラゴンを倒した事を秘匿していた理由はなんだ? 実力を隠したかったのでは無かったのか? 精霊術師の弱みも結局は見つからず、なんの打つ手も無い。


 精霊術師の噂が広まり、心当たりがある者達の多くが迷宮都市を去り、植物を駆除する人数を集める事にも事欠き、その最中にもファイアードラゴンを倒した冒険者と決裂した噂はさらに広がり、商業ギルドや薬師ギルドのマスターや商人、貴族、軍人が文句を言ってくる。


 特にあの精霊術師との関係が深かったポルリウス商会は、連日抗議の嵐だ。自分の商会だけではなく、各ギルドや貴重な素材を卸していた個人にまで話を広め、騒ぎにせっせと火をつけている。三日後には迷宮都市の顔役が集まっての会議だと? 私を吊し上げる為の集まりだろう。


 現在、迷宮都市の冒険者ギルドはガタガタだ。普通の依頼をこなす冒険者も減り、期待されていた五十層以降の素材の確保も難しくなった。この事はこの国の冒険者ギルド本部でも問題視される。


 四十九層でのファイアードラゴンを倒す為の施設の完成も間近だと言うのに、このような状況では本部に応援を頼む事すら難しい。


 ただでさえSランク冒険者の行動には慎重なギルドが、ファイアードラゴンを倒せる人材との決裂に、どうにか関係修復することを望み俺に手を打てと騒ぐだろう。考えるだけで胃が痛くなってくる。


 使えない精霊術師を冷遇し、追い出すか職種を変えさせるだけだったはずが、なぜこんな大事になるのだ。そう遠くない内に本部からも詰問きつもんの使者が来るだろう。


 暗殺ギルドにあの精霊術師の暗殺を依頼したい気分だが、これだけ恥を掻かされた相手に対してそのような手段を取れば、当然私が疑われる。奴が死ぬのならそれでも構わんが、今回の騒ぎは当然知っているだろう。簡単に暗殺を引き受けるはずも無い。


 あー、利益の為に頭を下げる事などいとわんはずなのだが、今更、あの忌々しい精霊術師に頭を下げるのは気に食わん。


 俺も身分を捨てて身を隠すか? そうすればこの苦労ともおさらばだ。のんびり余生を過ごすぐらいの蓄えはあるし、いい考えかもしれん。 ……そう言う訳にもいかんか、迂闊に全てを放り出すと、あの精霊術師の機嫌取りの為に差し出されかねん。何とかしなければ三日後の集まりでも面倒な事になる。



 ***



「ふざけるな! そんな無法が通ると思っているのか!」


「無法でも何でもない。貴様が出した損害に対する真っ当な請求じゃ。随分体調も悪そうじゃし、さっさとケリをつけて、休んだ方が良いんじゃないか? 目の下のクマも酷いし、随分老けて見えるぞ」


 子憎たらしい商業ギルドのじじいが、勝ち誇った顔で言ってくる。不愉快この上ない。


「それで、なぜ私の引退と私財の没収なんて話になる? 迷宮素材が手に入らない時など何度でも有っただろう。その事で出た損失を何故私が払わねばならん」


「それは今回の事が、迷宮にイレギュラーが起こった訳では無く、冒険者ギルドのマスターである、あなたの指示で起こったからですよ。もちろんあなたの私財で全てが賄われるとは思いませんが、残りは冒険者ギルドに肩代わりしてもらいます」 


「うるさい、たかが一商会の会長ごときが口出しするな。だいたい何故貴様がここに居る」


「私がここに居る理由ですか? それはあなたが嫌がらせをした、精霊術師と密接な関係があるからですよ。裕太殿が素材を卸していたのは我がポルリウス商会ですからね。冒険者ギルドもその事は知っているはずです。今更何を言ってるんですか?」


 ぐっ、ポルリウスの狸が、調子に乗りおって。お前が出どころを隠して素材を流したから、我々は苦労したと言うのに……。


「しかし、冒険者ギルドの内情にまで首を突っ込んで来るのは僭越せんえつだろう。だいたい組織に対して不利益をもたらす者を追い出す事の何がいけない。当然の事をした私が何故責任を取らねばならんのだ」


「まあ、儂も精霊術師の護衛なんぞ怖くて雇えんし、気持ちは分かるが今回に限っては運が悪かったな。貴様が嫌がらせをした相手が考えられん程の凄腕じゃった。同情できる点もあるが、組織のおさたるもの動けば責任が伴う。精霊術師に素直にびておけばまた違ったものを、欲を出してハメようとするからこうなる。あきらめい」


 誰が諦めるか。引退はともかく私財の没収など冗談ではない。


「そんな事はどうでもいいわ。それよりも素材の流通は何時頃元に戻るのかしら? 料理ギルドとしては、ラフバードのお肉すら品薄な状況に下は悲鳴を上げているのだけど」


 私の私財が没収されそうな状況をどうでも良いだと? 叩き殺してやりたいが、男社会の料理人達を纏め上げるこの女は、妙な迫力があって苦手だ。あの細い首など簡単にへし折れるはずなんだが……。


「迷宮がある限り直ぐに冒険者は集まってくる。素材の流通が戻る事も先の話ではない」


「それはおかしいですね。今回出て行った者達は冒険者ギルドの中堅や上級者も多くいたと聞いています。それだけの人材が直ぐに集まるとは到底思えませんな。何か対策は?」


 ポルリウス商会のクソ狸がしゃしゃり出て来る。


「……使いを出している。直ぐに各支部から人材が送られてくるはずだ。上級の冒険者と言えども出て行ったのは、せいぜいがBランクの冒険者だ。問題は無い」


 一流の者達は迷宮の四十九層の拠点作成依頼で、精霊術師と関わっていなかった事が不幸中の幸いだ。Bランククラスまでならば、ある程度は数が居る。各支部も恩を着せて来るだろうが、派遣を拒んだりはしないはずだ。


「そうなると、冒険者が集まるまでは品薄の状態が続くって事ね。野菜なんかは大丈夫だけど肉類の確保は急いで欲しいわ。せめて残っている冒険者にはラフバードを積極的に狩るように通達してちょうだい」


「分かった、通達は出しておく」


「それなら僕の方もどうにかして欲しいな。薬師ギルドは魔力草と万能草の入荷で狂喜乱舞していた。そして次の入荷が危ぶまれる状況に不満を溜め込んでいる。精霊術師との関係を修復するか、魔力草や万能草を手に入れてくれないと、抑えきれないよ」


 薬師ギルドか……やっかいだな。薬師ギルドの連中は研究者としての一面が強い。目の前の薬師ギルドのマスターもへらへらしているようで、目は笑っていない。半端な答えでは納得せんだろうが、今は対策が無い。時間を稼がねば。


「いま、四十九層で攻略拠点を建設中だ、少し時間を貰いたい」


「時間ね……精霊術師との関係修復は考えていないのかな?」


「……身を隠してしまってはどうしようもあるまい。冒険者達を脅して出て行ったから、戻ってくる可能性もあるが、どうなるか分からん。それならば確実な方法を選択するべきだろう」


 ファイアードラゴンさえ倒す事ができれば、あの精霊術師の価値は落ちる。そうなれば誰も文句を言う事は出来んだろう。元々迷宮都市では冒険者ギルドが圧倒的に有利なのだからな。


「ふむ、何度も攻略を失敗しているファイアードラゴンに挑戦する事が、確実な方法なのかな? 僕には精霊術師を探して関係を修復する事の方が確実に思えるけどね」


「どちらも並行して行えば良かろう。どうせ引退するんじゃから、そ奴の後釜あとがまと話し合えばよい」


 商業ギルドのマスターがまるで私の引退が確定したように言う。


「だから、なぜ、冒険者ギルドの人事を貴様らが決めるのだ」


「ふう、この通告は今まで共に迷宮都市を支えた、儂等わしらからの慈悲なんじゃぞ。今の内に自分で身を処しておけ。引退と私財を補填ほてんに回すんじゃ。そうすればこれ以上酷い事にはならんじゃろう」


 なんだ? ここに居る全員からの憐みの視線が突き刺さる。


「お主は頭が回っておらんようじゃの。いくら何でもこの話が迷宮都市内で収まる訳も無かろう。各ギルドが王都に報告を上げておる。直ぐに王都からも人が派遣されるじゃろう。今のままで地位にしがみ付けば財産を失うだけでは済まんぞ。お主はもう詰んでおるんじゃ」


「くっ、だが、四十九層の作戦は私の発案だ。確かに王都からの詰問の使者は来るだろうが、この作戦を説明すれば時間の猶予ゆうよは与えられる。その間にファイアードラゴンさえ倒せば全て丸く収まる」


「それは、お主が主導せずとも可能な事じゃ。精霊術師との関係が修復できればもっと楽にな。猶予を与える理由にはならんぞ。何もしていなければ処罰が厳しい物になる事は間違いないんじゃ。諦めろ」


 ………………本当に私は詰んでいるのか? ここから足掻あがくのは無駄だと言うのか?


 どうなんだ? ……確かに私ではなくとも作戦の主導はできるだろう。精霊術師との関係修復は私が居ない方がスムーズに進むな。騒ぎが各ギルドに広がっている以上、迷宮都市内での話に抑え込むのも無理だ。


 そして何より……詰んでいるんだろうな。あの憐みの視線がその答えだ。迷宮都市で確実に大きな権力を持っていたはずの私が、奴らの儲けの元を握っていたはずの私が、憐れまれるほどに落ちぶれたと言う事か。


「……分かった。私は引退し、私財を補填に回す」


「それがええじゃろう。よう決心した」


 ***


 全てを諦めて冒険者ギルドに戻ると、エルティナが走り寄って来た。焦っているようだが、また何か起こったのか?


「マスター、王都よりグランドマスターがお越しです」


 ……もう来たのか。しかもグランドマスターが来るとは。あのじじいが言った事がさっそく現実になったか。


「分かった直ぐに向かう」


 急いで部屋に戻るとグランドマスターが直ぐに声を掛けて来た。


「おう、戻ったか。お前、やっちまったな」


 相変わらずの態度だな。かるい口調だが鍛えられた肉体と鋭い視線は、おとろえを感じられない。


「お待たせしました。ええ、ご迷惑をお掛けします。先程、迷宮都市の顔役達に引退と、私財を損害の補填に回す事を話してきました。今回の事、申し訳ありませんでした」


 頭を下げる。


「そうか、自分で責任を取るか。いい覚悟だが、それだけでは済まん話になっている」


「何か冒険者ギルドから罰を受けるという事でしょうか?」


 遅かったようだ。


「ああ、まあな。商業ギルド、薬師ギルド、国、軍からの文句が止まらん。迷宮都市の冒険者ギルドの一新と、今回の騒動に関わった者達の処罰が必要だ」


「部下は私の命令で行った事ですから、何卒寛大な処置をお願い致します」


「そうは言ってもな、文句を言って来る者達に処罰をした事を明確に伝えねばならん。特に噂の精霊術師と直接関わった者達の処罰が重くなるのは避けられねえ」


「しかし、それでは……」


「だがまあ……迷宮都市の冒険者ギルドの一新は避けられんが、少しは処罰を軽くする事はできる。恥も外聞もなく精霊術師に詫びて協力を取り付けろ。成功すれば命までは取らねえよ」


「しかし、あの精霊術師はギルドに敵対行為を働きました。謝るのはギルドのメンツが潰れます」


 冷静になったはずなのに、あの精霊術師に頭を下げたくない自分に驚く。


「ああ、一瞬でギルドいっぱいにトゲ付きの植物を生やしたってやつだな。話は聞いてる。だが、お前はそんな事ができるって聞いた事があるか?」


「……いえ、植物を操作、成長させる事ができる一族が居る事は聞いた事がありますが、ここまでの事ができるとは聞いた事がありません」


 奴が何をしたのか、いつ詠唱したのかすら分からなかった。


「そう言う事だ。ファイアードラゴンを倒し、俺達の想像を超える能力を持っている相手に、メンツだなんだと敵対してどうするよ。無駄どころか害にしかならん」


「しかし、Sランクの冒険者を派遣して頂ければ、奴を処罰できる可能性はあります」


「はー、お前がファイアードラゴンを倒す為に本部に出した計画書では、何人のSランクが必要だった? お前はどれだけの人員を要求したんだ?」


「……この国にいる三人のSランク全員と、搔き集められるだけのAランクです」


「そうだ、それだけの戦力があってもファイアードラゴンに勝てるのか疑問視されている。昔、同じような計画で失敗した過去があるからな。洒落にならん損害を被った」


「ですが、今のSランクはドラゴンに有効なスキルを持つ者がいます」


「そうだな。だからこそ得られる利益と貴重なSランクを天秤にかけ、準備が整い万全のサポートができるならと計画を進めてきた。だが、その貴重なSランクを、ファイアードラゴンを倒した精霊術師にぶつけて何になる? メンツを守る為に勝てるかも分からん相手にSランクをぶつけるのか?」


「しかし……」


「しかしもクソもねえよ。お前自身が詫びを入れるか、お前達を処罰して冒険者ギルドとして詫びを入れるかの二つに一つだ。お前はどっちを選ぶんだ?」


「……自分で詫びます」


「そうか、まあ許しを得られたら主犯の奴らでも命は取らねえよ。それで精霊術師の居場所は分かっているのか?」


「いえ、迷宮都市内をくまなく探しましたが行方は掴めません」


「そうか、なら、お前の引退と私財の没収、迷宮都市の冒険者ギルドの人事の一新を大きく発表する。冒険者ギルドが変わる事を伝えれば、顔ぐらい出すだろう。お前は冒険者ギルドに詰めていろ、チャンスを逃すなよ。お前だけではなくお前の部下の命も掛かってんだ」


「……分かりました。全力で頭を下げます」


「おう。しっかりやれよ。ギルドにデカイ損害を与えたんだ。失敗したら本気で命は無いからな」


「はい」


 ふふ、結局あの精霊術師に頭を下げる事になってしまったか。しかも、恥も外聞もなく詫びる……だがギルドにメンツを捨てさせたのだ、みっともなくともやらねば確実に命を落とす。部下達にもキツイ処罰が下るだろう。頭の下げ方を練習するか、何とも情けない事になったものだ。

一応これでギルマスの話は終わりになります。あとは先の方で追加の処罰内容を少し書いてあるだけなので、このギルマスの出番はほとんどなくなります。


ご満足頂ける結果になっているか不安ではありますが、これからも更新を続けますのでお付き合い頂ければ幸いです。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よき! [一言] タダの無能だと思ってたのに部下を思う心は持ってたってのがいいね。なんであんな選択をしてしまったのやら
[一言] 仕事を失敗したからクビなのは良いけど私財没収は組織としてはやっちゃいけない事だと思うんだよね。 全体的には面白い作品なのにここだけがすごく残念。
[良い点] だいぶ長く引っ張りましたけど最高っすね。 主人公がイキりすぎてキツイ作品も多いですけど、たまったカタルシスの発散としてこの展開は超良かったです。 ギルマスが無能すぎないところがまた良いです…
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