百十九話 のんびりした時間
冒険者ギルドとの関係を物凄く拗らせてから、マリーさんに話を聞きに行きメルの工房に向かう。
「ただいまー」
メルの工房だけどいいよね。
「ゆーたー、おかえりー」「キュー」「おかえり」「クー」
出迎えてくれたベル達と戯れ、遅れて出て来たサラ、マルコ、キッカの頭を撫でながら、帰還の挨拶をする。
「お師匠様。なんだかとても機嫌が良いですね」
「ああ、メル、夜分にごめんね。ちょっとストレスを発散して来たから機嫌が良いのかもね」
犯罪者になる事も避けられそうだし気分は確かに良い感じだ。
「冒険者ギルドに話し合いに行ったんですよね? ストレスの発散ですか?」
「うん。まあ、冒険者ギルドにはユニスもいたから話を聞いてみると良いよ。悪口ばかりな可能性もあるけどね」
可能性じゃなくて確信を持てるぐらい悪口な気もする。無事に脱出できるかな?
「ユニスちゃんにですか? 分かりました聞いてみます。お師匠様、今日は遅いですし家に泊まられませんか?」
泊りかー。工房に泊まるのも面白そうではあるんだけど、出来れば今日のうちにコッソリ消えた方がギルマスも困るだろう。城壁も飛び越えて完全に存在を消そう。
「いや、今晩の間に迷宮都市を出たいから、泊まるのはまた次の機会にお願いするよ。あとはメラル、ちょっと来て」
「裕太。どうかしたのか?」
「うん、俺ねギルマスに嫌がらせして来たからしばらく消えるね。最後に来たここに冒険者ギルドのやつらが来るかもしれないんだ。メラルが居れば大丈夫だと思うけど、当分の間はメルから離れないようにしてくれ」
あと、迷宮都市で親しいのは豪腕トルクの宿屋の人達と、マリーさん達だけど……トルクさんは元冒険者で冒険者ギルドとも繋がりがある。何より強そうだし、俺が泊っていて料理を教えたぐらいで、手を出さないだろう。
マリーさんの方は、お父さんが冒険者ギルドに仕掛けるつもりみたいだから、身の安全には気を配るよね。護衛もいるみたいだし、大丈夫だよね。心配するとしたらやり過ぎの方だな。
「よし、分かった。メルを襲うような奴は丸焦げにしてやる。俺がいれば大丈夫だから裕太は安心していいぞ」
「うん、まあ、よろしくね。でもメルが捕まっちゃうかもしれないから、丸焦げは止めておいた方が良いな。あとくれぐれも切れて迷宮都市を火の海にはしないようにね」
メラルの過保護っぷりと昼間の訓練の時の様子で、シルフィからお墨付きをもらっているから大丈夫だとは思うけど、メラルの性格がちょっと不安ではある。
「お、お師匠様! ギルマスに嫌がらせ? 襲われる? 捕まる? 丸焦げ? 火の海? どう言う事なんですか? 説明してください」
ちっちゃな手で一生懸命俺のズボンを引っ張り訴えるメル。この光景をユニスが見たら血の涙を流しながら悔しがりそうだ。
「うーん、あんまり時間が無いからユニスに聞いてね。あと、冒険者ギルド関連の人が来たらいっさい信用しない事。俺を利用する為にメルを騙す可能性があるからね。メラルもよろしくね。じゃあ、しばらくしたらまた来るよ」
言うだけ言ってメルの工房を出る。悲痛な表情を見るとちょっと悪い事をしたかもしれない。弟子は師匠のワガママに振り回されるものだって言ったら納得してくれないかな?
「師匠。いまから死の大地にもどるのか? なんだか夜逃げみたいだな」
マルコが不思議そうに聞いて来る。ある意味間違ってはいない、ちょっと違うのは逃げる必要が無いのに逃げる事だな。
「うん、今晩中に消える事に意味があるんだ。サラ達は飛行中に寝ていて良いからね。あと、フクちゃん達は送還する事」
「お師匠様。死の大地に送還するんですよね?」
「うん」
俺も送還しておこう。
「ドリー、今回はありがとう。ディーネ達にはもう直ぐ帰るって伝えておいてくれ」
あっ、外なのに普通に話しちゃった。まあ、誰もいないし、見られていてもサラ達と話していると思うだろう。
「分かりました。人の営みも迷宮も楽しかったので、また呼んでくださいね」
楽しかったのなら良かった。大精霊はあんまり出番が無いから、呼んでも退屈だろうと召喚を控えてたけど、もう少し気軽に呼んでみようかな。
「また機会があったら頼むよ。じゃあ向こうでね」
ドリーを送還して、ベル達も一人一人撫で繰り回した後に送還する。
「シルフィ、手間だろうけど、誰にも見られないように脱出できる?」
「ええ、夜だし問題無いわ。もう出発する?」
サラ達を見ると準備はすんでいるようだ。今から飛び立つ事を伝えてシルフィにお願いすると、風の繭に包まれて上空に飛びあがった。人に見つからない為かいつもより急発進だったな。暗い空を飛びながら、俺が出かけてからサラ達は何をやっていたのかを聞く。
「へー、サラはメラルともコミュニケーションを取ったんだ。中級精霊とのコミュニケーションはフクちゃんと何か違った?」
「そうですね、存在が分かりやすいのと、難しい質問にもどうにか答えようとしてくれます。それとシルフィさん達ほどではありませんが、何だか頼もしい感じがしました」
メラルが頼もしいのか。少年の姿で過保護な様子を見ていると違和感があるが、存在の強弱で考える場合は頼もしいのかもしれないな。
「いい経験になったね。また会いに行くから、色々と相手をして貰うと良いよ」
「はい、楽しみです」
喜んでいるしメラルと馬が合ったのかもな。ドンドン精霊とコミュニケーションをとるのはいい事だし、メルも俺の弟子なんだからまた会いに行こう。ついでにユニスもからかうのも楽しそうだ。
「マルコはどうだった?」
「おれはメル姉ちゃんに少しだけど鍛冶を見せて貰ったのが楽しかった。ガンガンハンマーで叩くんだ。師匠のハンマーで叩いたらどうなるのかな?」
……どうなるんだろう? 熱い鉄が粉々に飛び散ったりしたら大惨事だよな。
「今度メルに試させてもらうか。小さくして手加減すれば大丈夫だろう」
未だに開拓ツールの性能が分かっていないから、暇になったら本格的に道具の研究をするのもいいかもな。
「そのときはおれも見たい」
マルコは剣だけではなく鍛冶にも興味があるのか。色々興味があるのは良い事だよな。でも精霊術師の事は忘れないでね。
「まあ、メルの工房には一緒に行くだろうし、試す時はマルコも呼ぶよ」
「ありがとう。師匠」
「どう致しまして。キッカはどうしてたの?」
「キッカはメルちゃんとたくさんあそんだの!」
……たぶんキッカの中ではメルは友達なんだろうな。メルも大体は状況は理解しているんだろうが、優しさと気弱さが合わさった感じで状況を受け入れたんだと思う。
師匠としてはメルが成人している事と、年上に対するある程度の礼節を説くべきなんだろうが……キッカがこんなに楽しそうなのを俺は初めて見るんだよな。
サラとマルコは身内だし、俺はだいぶ仲良くなったとはいえ師匠という立場だ。精霊は見る事も出来ないし、メルが初めての友達なのかもしれない。……うん、甘いといわれてもいいや、メルには犠牲になって貰おう。
「そっかー沢山遊んだのか。メルと遊ぶのは楽しかった?」
「うん、あのね、たくさんおはなしして、マメちゃんとメラルさまのこともべんきょうしたの」
キッカもメラルを様って呼んでるのか。メルの言い方が移ったんだろうな。これだけ饒舌なキッカも珍しいし、もっと友達を作ってやらないとダメかもしれない。
「勉強もしたのか。偉いなキッカは。またメルの所に行くからその時は沢山遊ぶといい」
「うん!」
嬉しそうに笑顔で返事をするキッカ。それにしっかりしているとは言え、サラもマルコも子供なんだし精霊術師の訓練だけではなく、友人と遊ぶ機会も必要なんだろうな。
………………どうしたらいいのか皆目見当がつかない。とりあえず弟子を増やして友人関係が構築できればいいのか?
それと遊びかー。死の大地で遊ばせるのも違う気がするし、小学校なんて無いだろうから難しいな。うーん、誰か相談できれば良いんだが、マリーさんは商売以外は頼りにならなそうだし、マーサさんなら相談できるかも。カルク君もいるし今度迷宮都市に行ったときには色々聞いてみよう。
のんびりと飛びながらまったりと会話をしていると、いつの間にかサラ達は眠ってしまった。夜も遅いし、シルフィの風の繭の中は快適だからな寝落ちもするだろう。
「裕太も寝ていていいのよ」
「うーん。まだ眠く無いからもう少し話に付き合ってよ」
「そう? じゃあ久しぶりにじっくりお話しましょうか」
「久しぶり? ……そういえばシルフィと二人でゆっくり話すのって久しぶりだね。前に話した時は迷宮都市に行く事を決めた時だったし」
まだそんなに時間は経っていないはずなのに結構昔のように感じる。最初の頃は食べ物にも困ってたし、色々あったからな。
「ええ、裕太も結構忙しかったから、なかなか話す機会が無かったものね」
「うん、怒涛の日々を送っているよ。シルフィは面白そうだから俺に付いて来るって言ってたよね。今のところ及第点は貰えてるのかな?」
「ええ、とっても楽しいわよ。美味しいお酒、食べた事のない料理、冒険者ギルドとの揉め事。漫然と世界を旅しているのと比べたら、今の方が圧倒的に楽しいわね」
「あはは、風の大精霊を楽しませているのなら、結構凄い事かもな」
「ふふ、とっても凄い事よ。だから裕太、これからも頑張ってね」
綺麗な笑顔だし本音で言ってくれている気がする。できる事とできない事があるけど、精一杯頑張るか。
「期待に沿えるかどうかは分からないけど、まあ、色々頑張るよ」
「楽しみにしているわ」
とりあえず、シルフィにお酒に合いそうな新しい料理を思い出して献上しておくか。そう言えば魔法の鞄に仕舞いこんでいる日本の食料……食べ物には困らなくなったんだし食べてもいいんだよな。
………………貧乏性なのか食べたいと思う事はあっても、もったいなくて食べられないんだよね。心の支えみたいな面もあるし。
味噌汁とか持っているけど我慢しているのと、全部飲んでしまって一生飲めないのとでは気持ちが全然違う。せめて米と大豆は発見したい。全然違う野菜もあればまったく同じ野菜もある。米や大豆があっておかしくないはずだ。
一度少しずつだけど俺の食料もシルフィ達に確認してもらおう。米と大豆が見つかれば、希望は持てるからな。醤油と味噌が奇跡的に作れる可能性もある。そう言えば麦味噌なら麦があるんだし作れるのか? 作り方は漫画で見たぐらいしか分からないけど。
「そう言えばシルフィ、拠点に引いた水路や池に魚や水中植物を放したらどうかって思っているんだけど、上手く行くと思う?」
「私には専門外だから、ディーネやドリーに聞いた方がいいわ。二人ができるって言ったのなら、面白そうだし今度皆で川に魚を捕まえに行きましょうか?」
それは良いな。死の大地の水路でも元気に育ちそうな水生植物や魚を集めてみよう。水路に生物が増えるとまた賑やかになる。
あー、でも中心の泉には魚や植物が行かない方が水は綺麗だよな。そこら辺も相談してみるか。出来そうなら皆で出かけるか。お弁当は変わり映えしない出来合いの物だけど、ベル達もサラ達も楽しんでくれるだろう。
「うん、楽しいイベントにもなるし相談してみるよ」
どうせなら泳ぎたいけどマリーさんに水着の事を聞くのを忘れてた。失敗したな。のんびりシルフィと会話をしながら空の旅を続ける。偶にはこういう時間もいいものだ。
読んでくださってありがとうございます。




