百十八話 後始末
ほんのちょっとだけ煽り過ぎた結果、なんか微妙にややこしい事になったので、マリーさんに話を聞く為に雑貨屋に向かった。マリーさんが居たら良いんだけど夜だから微妙かも。
雑貨屋に到着した時、閉店作業中っぽくてちょっと声が掛けづらい。……皆をメルの工房に待たせているしグズグズしてられないか。勇気をもって店員さんに声をかけてマリーさんが居るか聞く。
俺の顔を知っているのか、マリーさんは居ると言ってそのまま応接室に通してくれた。マリーさんに確認しなくていいのかと聞くと、俺はこの店にとって大事なお客様だから完全VIP待遇でおもてなしするように通達されているらしい。VIP待遇か、なんか偉くなった気がするな。
応接室で、キラリと白い歯を光らせる青年からお茶を受け取り、マリーさんを待つ。未だに俺の性癖が誤解されているようなので少し凹む。少し待つとカツカツカツと速足で歩いて来る音が近づいてきた。マリーさんかな?
「裕太さん、話し合いが終わったのですね。何があったのですか?」
応接室に入る早々、何かあった事を確信している様子で聞いて来た。確かに問題はあったが、何で分かるんだ? 夜にいきなり来たからか?
「ええ、まあ、ちょっと面倒事がありまして、でもよく面倒事があったと分かりましたね」
「店の護衛の冒険者に裕太さんとギルマスとの話し合いを見に行かせたんです。話し合いが終わったら大至急戻るように伝えていたのですが、その前に裕太さんがいらしたので、急いでこちらにいらしたと判断しました」
……その冒険者さん、今頃トゲトゲの植物に囲まれて苦労しているんだろうな。なんか申し訳ない。もしかして他にも、ただ様子を見に来た人が巻き込まれている可能性もあるんじゃ……勢いでやっちゃったけど、せめて刺が無い方を選択するべきだったかも。
「あー、その冒険者さんは多分戻って来るのに時間が掛かると思います」
「どう言う事ですか?」
「まあ、今からお話しますから、とりあえず座ってください」
俺の家でも無いのにマリーさんに席を勧め、冒険者ギルドでの内容を全部話す。
「………………と言う訳なんですが、俺って犯罪者になっちゃいますか?」
俺の話を聞いていたマリーさんがニタニタと不気味に微笑んでいる。何かよっぽど嬉しい事が俺の話に含まれていたらしい。
「まずは犯罪者になるかとの事ですが、冒険者ギルドが国に訴え出れば犯罪者になる可能性は僅かですがあります。ですがその問題は無いでしょう。冒険者ギルドが自分で捕まえて国に引き渡すのであれば別ですが、ただ国に頼るだけでは冒険者ギルドのメンツを潰してしまいます」
そう言えば、サラ達がカール達に誘拐されそうになった時に、そんな話を聞いたな。ガラが悪い奴らが多いからこそ冒険者ギルドで対処するようにしているって。懲罰部隊はその為にあるらしいし……あれ? あいつらが追手になるのか? もう少し骨をバキバキに砕いてもらえば良かったかな? まあ、あの程度なら何人来ても大丈夫そうだし、いいか。
「じゃあ、冒険者ギルドに捕まらなければ問題ないって事ですか?」
「ええ、ですがその分冒険者ギルドも本気で来る可能性があります。以前Aランクの冒険者が罪を犯した時、Sランクの冒険者が動いた事もありますので」
Sランクか……なんかシルフィ達がいるとどうとでもなりそうな気もするが、実際にはかなりの腕利きなんだろうな。
「ですが心配はいりません。裕太さんの話を聞いた限りでは、明らかに冒険者ギルドの不手際です。ふふ、今回の事で迷宮都市では強かった冒険者ギルドの権勢を削ぐ事が出来ますね。父も冒険者ギルドには苦労していましたから大喜びでしょう。裕太さんに手出しはさせませんので安心してください。貴重な素材を手に入れる事が出来る冒険者を罠にハメようなどと、くふふ……」
身振り手振りの大きなリアクションで話すマリーさん。よっぽど嬉しいらしい。……なるほど、それでニタニタしていたのか。でもなー、わざわざ手を貸してもらわなくても大丈夫そうだし断っておこう。商人に借りを作るのは怖い。
「いえ、犯罪者にならないと分かっただけで十分です。俺の事は俺で対処可能ですので気にしないでください」
「そうなんですか? お手伝いできれば嬉しかったのですが……」
ちょっと残念そうなマリーさん。
「ですが、私達も商人として影響力を増すチャンスですから、関わることになりますがそれは構いませんか?」
「ええ、それはマリーさんの自由ですから、俺が何かを言う資格はありません」
俺の言葉にニタニタとした微笑みが一層深まる。まずは父に連絡……商業ギルドと薬師ギルドを巻き込んで……ぐふふって、独り言を呟いている。これはあれだな、関わると言うか、周りを巻き込んで騒ぐつもりだな。
「えーっと、それよりも冒険者ギルドを辞めたので新しい身分証が必要なんですが、商業ギルドか傭兵ギルドって入会可能ですか? 迷宮に入れるのならどちらでも構わないんですが」
商業ギルドの方が気楽そうでいいんだけどね、傭兵ギルドは周りが怖そうだ。
「辞めた? ギルドカードの返却もしたんですか?」
「いえ、辞めるって口に出しただけです」
「でしたらしばらくは、冒険者として行動した方がいいと思います。他のギルドに入った場合は、冒険者ギルドが裕太さんの事を国に訴える可能性が出て来ます。商人や傭兵になった場合は冒険者ギルドが裕太さんに干渉するためには国の介入が必要ですから」
あくまで冒険者ギルドが自分達のメンツを守る為に冒険者を捕縛するのであって、他ギルドに介入するのであれば国に頼むのも恥ではないって事か。面倒な考え方だな。でもギルドカードを叩き返したりしなくて良かったかも。
そうなると他のギルドに移動するのは悪手って事で、あくまで冒険者として活動しながら、ギルマスと敵対するのか……なんかややこしいな。あと、冒険者ギルドを辞めるって言っちゃったから、しれっと冒険者でいるのが恥ずかしい。
「ん? 辞めると宣言しましたから、冒険者ギルドが俺のギルドカードを無効にしたり、追放処分にしたりしませんか?」
「小者の場合はその可能性もありますが、ここまでの騒ぎになりますとメンツの問題で選択できないでしょう。冒険者ギルドとしての方針は、和解、捕縛もしくは殺害と言ったところです。身を隠されるのであれば大丈夫だと思いますが、くれぐれも暗殺にはお気を付けください」
暗殺かー、なんか実感が湧かない言葉だな。とりあえず死の大地は安全だろうし、ゆっくり考えよう。
「分かりました。ありがとうございます。では、しばらく迷宮都市を出ますので、また来たら顔を出しますね」
「迷宮都市を出られるんですか……どのぐらいでお戻りになりますか?」
……どのぐらい。うーん、次に来るとしたら家が完成した時かな。
「二十日ぐらいは来ないと思います」
「……その間に薬草は卸して頂けませんよね?」
「迷宮都市にいないですし、迷宮にも入りませんので無理ですね」
魔法の鞄に入っている分を卸せば暫くは持ちそうだけど、今の状況だと出さない方が利口なはずだ。特殊な薬草を期待していた人達にギルマスに突っ込んで貰わないとな。
マリーさんもしばらく薬草が入荷出来ないって分かって、ギルマスに文句を言うみたいだし……もともとギルマスと揉めなくても、帰るつもりだったって事は言わないでおこう。
「マリーさん、色々教えてくれてありがとうございます。また戻って来たら顔を出しますね」
一応食事にも誘われたが、状況が状況だし子供達が待っているのでと断り店を出る。他のカードを作らない方が良いのなら今晩中に迷宮都市を出るか。でも、あれだけ啖呵を切っておいて冒険者ギルドのカードを使うのはやっぱり恥ずかしいな。
***
いたるところで悲鳴が聞こえる。あの忌々(いまいま)しい精霊術師が帰ったとたん、ギルドの中で急激に植物が繁殖しだし、あっという間に視界が緑に染まった。「グッ」迂闊に動くと植物に生えている鋭いトゲが体に刺さる。
この現象もあの精霊術師の仕業なのは間違い無いだろう。精霊術でこんな現象を起こせるなんて聞いた事が無いが、懲罰部隊を捕らえた時も植物を操っていた。
植物に関する精霊と契約しているのは間違い無いが、植物の精霊では周囲にある植物の操作、もしくは作物の成長を早めるぐらいのはずだ。何がどうなっている?
「マスター、指示をお願いします」
姿が見えないがエルティナの声が聞こえる。護衛の者達の姿も見えぬ、完全に分断されているな。……くっ、気になる事は多いが今は考えている場合では無い。
「まずは、植物を排除せねばどうにもならん。鋭いトゲがついておるゆえ、防御のしっかりしている者達が植物を切り払え。何処に何があるか分からん、人に当たらぬように慎重に行動しろ! 他の者達は邪魔にならんように声だけ出して極力動くな!」
周りの冒険者が俺の命令通りに動き出すが、植物の排除がいっこうに進まない。原因はこの植物のトゲが異常に鋭く、植物本体も異常に頑丈だからだ。
迂闊に動けば魔物の革で作られた頑丈な鎧を貫きトゲが刺さる。冒険者の斬撃でも一度に数本しか切断できず、しかもその度に植物が揺れ周りに被害を与えている。
見た事のない植物だが、信じられないほど厄介だ。手元に武器があればなんとかなるが、詫びの席と言う事で護身用の短剣しか身に着けていない。……大人しく救助されるのを待つしかないか、忌々しい事だ。
いたるところで悲鳴と罵声が飛び交う中、ようやくギルド内にいる全ての人が救出された。植物が生えた後に戻って来た冒険者達に、緊急依頼で人と装備を集めさせ救出させたが、あくまでも人命救助が終わっただけだ。
無傷の者は一人も居ない。大きなケガは負ってはいないが、鋭い刺に刺され誰もが血を流している。後から来た者達も、装備を整えているにも関わらず傷を負う。
質の悪い事に弾力がある植物なので、切断した植物が予測不能にうねり、腕利きの者でも狭い行動範囲では全てを躱す事ができない。植物を切れば切るほど傷が増える、耐えられん事は無いが、作業をすればするほど傷が増え、精神も傷つける厭らしさだ。
しかも植物はホールだけではなく、ギルド内部を隅々まで侵食しているらしい。人がいなくなり動きやすくなったとはいえ、残りの作業を考えると頭が痛い。
「ギルマス! あの精霊術師がファイアードラゴンを倒したって本当なのか?」
人命救助が一段落つくと、冒険者達が周りに集まって来た。いずれ広まる話だ、ここで隠しても意味は無いが……この状況では更なる混乱が起こるだろう。
「植物の撤去が終われば話をする。それまで待て」
「そうはいかねえよ。あの量の植物を片付け終わるのは何時になるか分からねぇ。俺達はギルドの指示であいつに嫌がらせしてるんだぞ。ファイアードラゴンを倒したかもしれない化け物にだ! それともギルドが責任を取ってあいつに勝てる護衛をつけてくれるのか?」
そのような護衛がいれば、とうの昔にファイアードラゴンを討伐している。今日の出来事で分かったが、あいつを処罰するには真っ向からでは危険だ。Sランクの冒険者を要請するか、絡め手を使うしか無いだろう。
いや、例えSランクとは言えファイアードラゴンの単独討伐など考えられない。Sランクの冒険者にパーティを組ませるか? 現実的では無いな。
「ギルマス! どうなんだよ。あいつが迷宮で遭った時は注意しろって言ってただろ。洒落になんねえぞ」
どんどん周りの冒険者も集まって来る。このままでは収まらんか。
「ふー、未確認だがあの精霊術師がファイアードラゴンを討伐した可能性は高い。だが、ギルドに敵対したあの者をこのままにはしておかん。皆は落ち着いて行動して欲しい」
「具体的にはどうするつもりなんだ?」
「本部に相談し、Sランクの派遣を要請する」
実際には厳しいだろうが、暗殺するとも言えんしな。
「そんないつ来るかもわからねえ話に命は掛けられねえよ。悪いが俺は迷宮都市から移動するぞ。確実に顔を覚えられてるからな」
冒険者の集団からゾロゾロとパーティーが離脱していく。無理に引き留めても碌な事にならんが、人数が減るのは痛い。
これで、植物の撤去に更に時間が掛かる。依頼料を上げて人を更に集めるしかないが、大勢の冒険者が去って行った。これからも話を聞いて離脱する者も増えるだろう。ただでさえ人手が必要な時に……。
読んでくださってありがとうございます。