百十六話 対決 中編
今のところギルマスの作戦を全部潰している。まあ、作戦の内容も全部聞いてるんだし潰せないほうが驚きなんだけどね。残りは四番と五番だけど、作戦の要のランクアップで強制依頼大作戦が潰れたから諦めるかな?
「私としてはランクの問題も大切なので受けて欲しいが、確かに此処で話す話題では無かったな。申し訳ない」
強制依頼の手順は諦めないんだね。
「分かって下されば構いません。話は終わりですか?」
「いや。まだ話がある。裕太殿にとって悪くない話だから聞いて欲しい」
続けるらしい。諦めない心! それが大事なんだろう。俺もシルフィに情報を貰っていなかったら、受け入れていた可能性もある、特に次の作戦はヤバかったかも。
「分かりました。なんでしょうか?」
「精霊術師に対する偏見と私のせいで、裕太殿はパーティーを組めない状況になっている。そこで私が事情を話し、裕太殿の加入を受け入れてくれるパーティーを用意した。今までソロでは無理だった探索も出来るようになるだろう。この者達だ!」
ギルマスが大袈裟に奥を指差すと、ゾロゾロと美女が五人現れた。謝罪の場にこの演出って、頭がおかしいんじゃないかギルマス。って言う疑問はおいておいて確かに凄い美人だな。
「おいおい。なんでワルキューレがあんな奴を受け入れるんだよ。Aランクパーティーだぞ有り得ねえよ」
「俺の方が絶対に役に立つのに」
「神は死んだ!」
「ダメよ! お姉さま達が汚されちゃう」
……ギルマスが頭を下げた時よりも騒がしいな。しかし本当に美人揃いだよな。何も知らなかったらフラフラとついて行ってたかも。
でも、シルフィ曰くワルキューレのリーダーは相当野心家らしい。とても素晴らしい笑顔で俺を利用する算段をギルマスと密談していたらしい。
「あなたが裕太さんですね。ギルドマスターからお話は伺いました。大変でしたね。ギルドマスターも後悔しておりますし、私達も微力ながらお手伝いします。これからは共に頑張りましょう」
……すごいな。まるで聖母のような美しい微笑み、それプラス精霊クラスの美貌だ。なんで冒険者なんかやってるんだ? この人が野心家なの? 疑問に思ってシルフィを見ると、俺の疑問が伝わったのか教えてくれた。
「あのリーダーは、自分の役に立つ協力者以外は単なる下僕としか見ていないわ。外面は完璧に取り繕っているけどね」
下僕……女王様タイプか。それはそれで需要がありそうだな。他のメンバーもリーダーほどでは無いが美人揃いだ。出来ればこのパーティーがピンチの時に、颯爽と助け出す役割が良かった。
俺が答えずにいると、更に笑みを深めて言葉を掛けて来た。
「どうかしましたか?」
うん。内心では私の美貌にイチコロね! っとか思ってそうだ。
「いえ。別に必要が無いので結構です」
おうふ。今一瞬、リーダーの顔に般若が浮かんだような……幻覚か? 目を擦ってもう一度見てみるが相変わらず聖母のような微笑だ。
「いまなんと?」
「ですから、必要無いので結構です」
なんかとっても気持ちがいい。アニメで似たようなセリフがあったな。絶対を確信している相手を否定するみたいなやつ。ちょっと気持ちが分かった。癖になりそうです。
「おい、あいつ正気か? ワルキューレの誘いを断りやがった」
「お姉さまの誘いを断るなんて許せない」
「そう言えばあいつの仲間って少年と少女だよな。ロリショタなんじゃねえの? でなきゃワルキューレの誘いを断るとかありえねぇぞ」
「ああ、そう言えば他の少女も迷宮に引っ張り込んだって噂もあるぞ」
メルの事か? あの子は少女じゃなくて成人してるんだけどな。しかしあれだ。シルフィに頼んで冒険者ギルドごと、全てを葬り去りたい事を言われてるな。
「俺はロリでもショタでもありませんよ。普通に大人の女性が好きです。ただ、仲間は既にいますし必要無いから断っただけです」
「俺なら仲間を捨てるな」
「俺もだ。殴り飛ばして唾を吐きかける事も辞さない」
………………これはあれだな。言葉での説得は不可能だな。手足の一本でも切り落とせば少しは話を聞いてくれるかな? 魔法のノコギリを取り出すか考えていると、ワルキューレのリーダーが再び話し出した。
「もちろん裕太さんのお仲間も、ワルキューレに迎え入れますからご安心ください」
ニコニコ笑顔のリーダーさん。この人って完全に善意の立場に立っているから厄介なんだよな。下手な事を言うと俺が悪役になる。
いや……すでに悪役だからそれは良いんだけど。身に覚えのない性癖が広まるのは許容出来ない。
「光栄な事ではあるんですが、仲間と言うのは精霊術師として育てている弟子なんですよ。今は低階層でのんびりと訓練をしているので、Aランクパーティーをそれに付き合わせるなんてもったいない事は出来ませんよ。他の冒険者の皆さんになんて言われるか分かったもんじゃありません。皆さんもそう思いますよね?」
個人でこの状況は厳しい。嫉妬に狂っている冒険者達なら、喜んで俺の味方になってくれるだろう。ほら、案の定、冒険者達が騒ぎ出した。
「そうだよな。ワルキューレに低階層はもったいないよな。そう言えば俺達って二十六層で行き詰まってるんだよな。誰か助けてくれねーかなー」
「おう、そうだな。俺達が湿地を抜けるには、美しい助けが必要だよな!」
「おいおい、ふざけんな。湿地に苦戦するような雑魚にワルキューレはもったいねえ。俺達が苦手なアンデッドの層を抜ける協力こそが相応しい」
「ふざけんな。ワルキューレは俺のもんだ」
「うるせぇ。ぶっ殺す!」
おおう。予想以上に簡単に火がついたし、殴り合いの喧嘩も始まっちゃったよ。ワルキューレの人気の凄まじさ、予想以上だ。
「静かにせんかぁぁぁ!!」
いつの間にか空気になっていたギルマスの大喝がギルドの中に響き渡る。ピタッと止まる喧噪。初めてギルマスっぽい所を見たな。
「すまなかった。裕太殿。彼女達は必ず君の力になると思う。子供の面倒も大変だろうから、力を貸してもらうのが良いと思うんだがどうだろう?」
しれっとギルマスがワルキューレを勧めてくる。しぶといな。
「低階層での子供達の訓練に実力者をつき合わせる訳にはいきませんから。この事がまた俺の悪評に繋がると困りますし、残念ですがお断りします。ワルキューレの皆さん、あなた方の慈悲深いお気持ちには感謝しています。出来ましたらどうか、俺以外の困っている方達にお力を貸してあげてください」
「え、ええ。機会があれば……」
俺の真摯で美しいお願いに、ワルキューレのリーダーは戸惑いながらも頷いた。
「俺! 俺を助けてくれ」
「いや、俺だー。俺にはワルキューレの力が必要なんだー」
話を聞いていた冒険者達が再び騒ぎ出すが、再度のギルマスの大喝で沈静化する。ワルキューレはちょっと引きつりながら退場して行った。今までで一番の難敵だったな。
「裕太殿の力になれず残念だよ。余計なお世話だったようだね」
ギルマス。口では穏やかな感じだけど表情が隠せて無いよ。目つきが鋭くなり過ぎて怖い。
「お気遣いは感謝しますが、一言相談があればワルキューレの皆さんに、お手数をお掛けする事もありませんでしたね」
「ああ。彼女達にはすまない事をした。後でもう一度謝っておこう。それで裕太殿。裕太殿は精霊術師の現状を不満に思っているのは間違いないのか?」
「ええ。少なくともギルドに入会しようとしたら、絡まれて差別されるような事は無くしたいですね」
「その事なら、私も協力できると思うんだ」
五番に突入した。この人って本当に諦めないな。ここまで上手く行かなかったんだから、仕切り直しとか考えれば良いのに。
ああ、時間的余裕が無いのか。迷宮の素材と神力草、注文が殺到してるんだったな。しかも結構なお偉いさんが多数。さぞかし首筋が寒いのだろう。マフラーぐらいならプレゼントしてあげても良いかもしれない。喜んでくれるかな?
「どう言う事ですか?」
「ああ、迷宮都市の冒険者ギルドで、精霊術師の講習を開いてみてはどうかね? 君が優秀な精霊術師であれば教え子も優秀に育ち、精霊術師の評価も変わると思うんだが。もちろん報酬もギルドが用意する。一回の講義で二時間と仮定して百万エルト支払おう。どうだろうか?」
周りの冒険者が騒めく。なんであいつばっかり美味しい事がって声も聞こえるな。全部断っているんだから、羨ましがられる事も無いと思うが……理屈じゃ無いんだろう。
「素晴らしいお話ですね」
裏が無ければ。
「おお。そう言って貰えると嬉しいよ。エルティナ、契約書を」
ギルマスが大袈裟に喜びエルティナさんに契約書を頼むと、スッっと差し出される数枚の書類。準備が良いよね。
「なに、形だけのものだが一応サインを頼む。これで精霊術師が苦しむことも少なくなるだろう。素晴らしい事だな」
うんうんと満足そうに頷くギルマス。サインしても全無視するから構わないと言えば構わないけど、わざわざ犯罪者になる必要も無い。俺が契約書に目を通し始めるとギルマスが話しかけてきた。
どうやら、契約書に目を通すなとは言えないので、会話をして気を反らしたいらしい。何故か裕太殿は文字に堪能なのだなっと褒められた。もしかして字が読めない可能性を願っていたのか?
それは馬鹿にし過ぎだろう。まあチートで読めるだけで、言語理解が無かったら読めなかっただろうけど。
「ギルマス。ここの教える人物はギルドが選出するって言うのはどう言う事なんですか?」
「ああ、それはな。むやみやたらと術を教えるのは危険なのだ。だが誰に教えるのかを裕太殿一人で判断するのは大変だろうから、ギルドが代行する形だな」
そう言ってギルマスに都合の良い者達を送り込むんだよね。
「では、このギルドが選出したもの以外を教えるのは不可と言うのは? 自分で弟子を取る事も許されないのですか?」
「裕太殿が弟子にしたい人物が見つかれば、ギルドに報告してくれれば問題無い。形だけの審査をするだけだな」
そんな事契約書には書いてないから、サインしたらすっとぼけるんだろうな。
「しかし困りましたね。迷宮都市からの移動の制限。ギルドの要請で迷宮での素材採取の受諾。契約期間が三年で自動更新。この契約を破棄するにはギルド側の許可が必要。どれもこれも俺に不利な条件ばかりでとてもサインできません。そもそも文の中に紛れ込んでいる素材採取って講習に何の関係が?」
芸が細かいのが、俺に不利な条件は目が滑りやすい所に目立たないように配置されていて、しかも前後の文がもっともらしい言い回しになっていて分かり辛い。あと字が小さすぎ。
「……たいした事ではない。形だけの物なのだから、サインだけして後は自由にやってくれて構わない」
いくら何でもそれは無いだろう。周りの冒険者もザワついてるぞ。計画が全部潰されてテンパってるのか?
「契約書なんですからそう言う訳にもいかないでしょう。どうもギルマスの言動には信頼がおけませんね。今回の事は全て無かった事にしてください」
席を立つフリをすると、慌ててギルマスがとち狂った事を言い出した。
「ま、まて。そうだ、指名依頼がある。私自らの指名依頼だぞ」
「拒否します。俺が納得できる和解が出来れば指名依頼を受ける事もあるかもしれませんが、今の状況ではとても受ける気にはなれませんね」
そんなもん受けるのなら強制依頼があるランクアップも受け入れているよ。いよいよギルマスがとち狂ってきたな。俺が想像している以上にギルマスってピンチなのかもしれない。
読んでくださってありがとうございます。