百十五話 対決 前編
主人公の性格の悪い部分が出て来ます。ご不快に思われたら申し訳ありません。
ギルマスが冒険者達の前で深々と頭を下げる事で、第一イベントが始まった。周りの冒険者達の驚愕の騒めきも計算済みなんだろう。
「いきなりの事で驚いたのですが、どうして急に謝る気になったんですか? ああ、頭を上げてください。理由も分からずに謝罪を受け入れる事は出来ませんので、本当にお詫びしてくださるのなら、最後にお願いします」
「新人冒険者がギルドマスターに頭を下げさせて何て言い草だ。調子に乗ってるんじゃねえぞ」
さっそく冒険者のヤジが飛ぶ、しかも先陣を切ったのがセイルな所が面白い。初心者講習の時も金を貰って俺に嫌がらせをしてたし、ギルマスとはズブズブの関係なんだろうな。セイルに続いて幾つかのヤジが飛ぶ。
しかし、冒険者達をぐるっと確認してみたけど、懲罰部隊的な人って全然分からないな。どんな人達なんだろう。少しの好奇心と疑問で冒険者達を確認するが見つけられない。残念に思っていると、頭を上げたギルマスが話し出した。
「我が身の行いを振り返る機会があったのだ。その時に迷宮都市の冒険者を纏める立場として、相応しくない行いを悔い改める為に、まずは迷惑をかけた裕太殿にお詫びをしようと思ったのだ」
神妙な面持ちでよく言うよ。腹の中は真っ黒なのにね。こういう人を慇懃無礼って言うんだろうな。……なんか違うか? 丁寧な態度なのに無礼な人の事だっけ? うう、ググりたい。
「そうだったのですか。ではどのような非礼を働いたのかお教え願えますか? 何しろ冒険者ギルドでは色々不愉快な目に遭いましたので」
俺の言葉にギルマスの手下の冒険者達のヤジが飛ぶ。そろそろヤジを排除しよう。
「ああ、ギルマスちょっと待ってください。先に外野の煩いのを下げて貰えますか?」
「ふむ。しかし、今回の場は私が失態を詫びる事を周辺に伝え、わざわざ集まって貰った。私が追い出す訳にはいかぬのだ」
「またまたー。あそこで騒いでいる人はセイルさんですよね。よく覚えてますよ。危険な迷宮に入る為に知識を欲して受けた初心者講習。ギルマスの命令を受けて俺に嫌がらせをして、碌に講義をしてくれなかった人じゃないですか。セイルさん、初心者講習の後のギルドからのおごりの宴会は楽しかったですか?」
そもそも、嫌がらせに関わった人をもう一回ヤジに使うとか、リサイクルの仕方も考えて欲しい。ヤジぐらいになら使っても大丈夫と思ったのか? シルフィから聞いた時は驚いたよ。
俺の事が分かったのは四日前で、信用できる手駒が少なかったのが原因らしいけど、それにしてももう少しやりようがあったと思う。俺が他の勢力に囲われたら困るからって、急いだのは理解出来るけど杜撰だよね。
「な、何の事だ」
セイル、滅茶苦茶引き攣ってるよ。
「いや、あれだけ大きな声で俺を笑いながら宴会をして、知られていないと思ったんですか? 俺なんか死んでも構わないって笑っていたらしいじゃないですか。あなたを見ると俺は不快な気分になるんですよね」
「待ってくれ。その過ちも、セイルの責任ではなく命じた私の責任なのだ。申し訳なかった」
もう少し嫌みを言いたかったのに、ギルマスが話に割り込んできた。まあいい、揚げ足を取るチャンスだ。
「ギルマス。あなたが汚れ仕事を命令できるセイルさん。そんなギルマスとズブズブな関係のセイルさんを、ギルマスが引かせられない理由が無いと思うんですが。もしかして他にヤジを飛ばしていた人達も、みんなギルマスとの関係が深かったりなんて……あはは、そんなセコイ事をギルマスがする訳ありませんよね」
俺の言葉にヤジを飛ばしていた冒険者達が注目される。ギルマスに対する不信感もちょっとは増したかな?
「そのような事は断じて無い。セイル等は私が訓練をつけていたことが有り、確かに関係がある。だからこそ私を心配して声を出してしまったのだろう」
「そうなんですか。でしたら、ギルマスから心配しなくてもいいから、声を出すなと言えば問題は無くなりますね」
「……そうだな。聞いての通りだ。今後声を出すのは控えてくれ」
「とっても簡単な事なのに俺が言うまで止めようともしないのは何故だったんですかね? ギルマスが本当に謝りたいのかも疑問に思いますが、せめて話し合いの邪魔だけはしないように、今後教育してあげると良いと思いますよ」
俺が善意の忠告をすると、ギルマスは僅かに口元をひくつかせながら頷いた。ギルマスの作戦の一番は潰したな。
俺の性格の悪さも際立っている気もするが、元々俺に対して優しさの欠片も無かった連中だ。ここまで来たら、今更どう思われようが知った事じゃ無い。
冒険者達を見渡しているとユニスがいた。そう言えばユニスも冒険者だもんね。ふむ。ユニスからメルに話が伝わりそうだけど、まあ問題は無いか。なんたってお師匠様だからな。メラルとの契約も出来たし結構な信頼を得ている自信はある。
「私が謝りたいと思っているのは本当だ。頭を下げるだけでは申し訳ないので、賠償の為に一千万エルトを用意した。冒険者ギルドの予算から出す訳にもいかず、私個人からの賠償金ゆえにこれだけしか出す事は出来んが、受け取ってくれればありがたい」
作戦の一番はサックリ見切りをつけて二番発動か。ギルマス自身が自分のポケットマネーから、俺に対する嫌がらせへの賠償金を支払うと宣言するが……実はギルドの予算からお金が出るようになっている。
これは受け取るつもりもないんだよね。素直に受け取って、ギルマスがギルドの予算から補填したところを抑えるのも考えた。でも手間が掛かる上になんでギルドの内部情報を知ってるんだって話になるから面倒だ。
「賠償金ですか。ギルマスの個人資産からとは恐縮ですが受け取る事は出来ません。ギルマスが悪いと思っているのであれば、責任の所在を明確にして相応の罰を公式に実行してくだされば結構です。あれだけの嫌がらせは一人では出来ませんからね、しっかりとギルマス自身と関わった人間を処罰してください」
「全ての責任は命令した私にある。他の者達は命令に従っただけなのだ」
ギルマスの目が素直に金を受け取れよって言ってる。一千万エルトは大金だが、幸い資金には余裕がある。お金では動かないよ。
「そのふざけた命令に唯々諾々と従うようなギルド職員を、処罰してくださいって言ってるんですよ。その結果いかんでギルマスのお詫びを受け入れるか考えます」
これで身内を形だけでも処罰しないと、俺を利用できなくなった。ギルマスはどっちを選ぶかな? 実質的な罰なんてどのみちギルマスが与える訳がないんだから、形だけの処罰を選択するかな?
まあ、どっちでも良い。嫌がらせに加担した職員だと発表されれば気分は良くないだろう。小さな嫌がらせにはなる。ギルド員全員が処分とかになったらウケるけど、精々が俺と直接関わった人間ぐらいだろうな。
「……もう一度、ギルドの内部を調査するので時間が欲しい」
「そうですか。では、結果が出てから改めてお話しましょう。では、失礼しますね」
「ま、まて。いや、待ってくれ。まだ話したい事がある。席に座ってくれ」
俺が立ち上がると慌てて制止してきた。周りの冒険者からもなんでギルマスがああも言われているのに、我慢しているのだろうと疑問が出ている。一般の冒険者は俺の事をまだ知らないみたいだな。今のところ俺の情報を一番持っているのは商業ギルドか。
「なんでしょうか?」
「うむ。調査の結果、裕太殿のランクは現在のEランクは相応しくないと判断した。Aランクの魔石を含む大量の魔石の納品。決闘でカール達に勝利した実力。人攫いを捕縛した実力。様々な面で考慮した結果、Bランクに私の権限で昇格させる事にした」
二番も諦めて三番に移行したか。ギルマスにとってある意味ここからが本番なんだろうな。そう言えばカールが見当たらないな。居たら嫌みぐらい言いたい所だったけど、危険を察知したのか? ちょっと残念だ。まあいい、その分もギルマスに嫌がらせをしよう。
「必要ありません」
「何故だ! ランクが上がれば様々な優遇措置が得られるのだぞ」
俺が思い通りに動かないからか、ギルマスの声が少し荒くなる。最初から最後まで思い通りになるつもりは無いんだけど、ギルマスの胃は大丈夫かな? 吐血しちゃわない?
素直にランクアップを受け入れないのはギルマスの狙いが、Cランク以上から出せる強制依頼だからだ。冒険者ギルドがその人を見込んで特別に依頼する特殊な依頼。よっぽどの理由が無いと断ったらダメで。むやみに断ると重い処分が下るってやつだ。
冒険者ギルド側も乱発を防ぐために、強制依頼を出すのはちゃんとした理由が必要なんだけど、ファイアードラゴンに関する事だし、理由はつけられるんだろうな。
しかし現在Eランクだから三階級特進ってやつか。周りから見たら大盤振る舞いだよね。強制依頼は嫌だから、Dランクまでしか上げないようにしないとダメになったのがちょっと残念だ。
毎日コツコツと依頼を熟してランクを上げるのは、結構楽しかったんだけどな。無表情に俺にランクアップを告げるエルティナさん。でも手続きの時に手が震えていて明らかにイライラしていた。なんか勝った気になれたよね。
徐々に上がっていくランク、嫌がる冒険者ギルドってのも面白かったんだけど、強制依頼なんてものがあるのなら全部がパーだ。
「弟子達とのんびりランクを上げるのも楽しいですし、何より今の状況でランクが上がれば、揉め事に乗じて、汚い取引で上位のランクを手に入れた事になってしまいます。俺にはそのような屈辱耐えられません」
実際にはそんな事気にしないけどね。強制依頼が無ければ貰っても良かったし……いややっぱり無いな。あのギルマスから恩を着せられたりしたら腹が立つもん。
「そ、そのような事は無い。これだけの冒険者が揃っているんだ。裕太殿を疑う者など出ないだろう」
「そうですか? ギルマスやエルティナさん。大勢の冒険者の前で正当にカールさん達を倒した次の日に、俺は詐欺師と呼ばれてましたけどね。迷宮都市の冒険者はどうにも周りに流されますから、とても信じることは出来ません。自由が売りの冒険者としては悲しい事ですね」
ぐるりと冒険者達を見渡しながら言う。イラっとした顔。殺すぞって感じの目。気まずそうな顔と様々だ。ユニスは滅茶苦茶イラっとしている顔だな。メルのお師匠様発言を随分と頑張って止めさせようとしていたらしいし、違う原因でイラついている可能性の方が高そうだけど。
「そう言われてしまっては反論も出来ないが、実力ある冒険者が相応しいランクに居ない事は、冒険者ギルドでも問題があるのだ。なんとか受け入れて貰えるとありがたい」
「お断りします。やはり、今の状況では受け入れる事は出来ませんね。実力に相応しいランクに居ないと問題があるとの事ですが、元々俺は常時依頼しか受けていないので問題は無いはずです。ギルマスはなんでそこまでランクアップにこだわるんですか? 俺に対するお詫びの席ならば無理をする必要も無いはずですし、何か理由でも?」
強制依頼をお前に受けさせるためだ! っとか言わないかな。それはそれで面白いのに。
「いや、特別な理由は無いが、ギルドの安定の為には必要な事だと思っている」
流石にぶっちゃけないか。しかし、分かってはいたけど、本気で俺をファイアードラゴンに突っ込ませたいんだな。
偶然とか何か一度だけのアイテムを使ったとか考えないのかな? ……それはそれで俺が死ぬなら問題無いって感じかもな。俺が死んだら死んだでとても喜びそうだし。
「それなら、謝罪の時に出す話題では無いですよね。この場でそんな話を持ち出すと、ランクを上げてやるから文句を言うなって、受け取られても仕方がありませんし」
「………………失礼した。確かにその通りだな。改めてランクについて話し合う機会を頂きたい」
「ですから、ランクを上げて頂く必要はありません。ランクを上げたい時は自分で頑張りますから話し合いは必要ありません。そんな事よりギルドの内部調査に力を入れて貰える方が有難いですね。あっ。出来るかどうかは分かりませんが、もし強制的にランクを上げるような事があれば、俺は冒険者ギルドを辞めますから」
クックックッ。どうするギルドマスター。俺がギルドを辞めちゃったら利用できないよー。ふはっ、たのしいなー。俺が笑みを堪えられずにいると、シルフィは笑いながら、ドリーは少し呆れた表情で褒めてくれた。
むっ、周りの冒険者達の中にギルマス、チャンスだ辞めさせろって言っている奴がいる。顔は覚えておこう。
これで三番目までの作戦は潰した。残りは四番と五番だけどそのまま作戦を続けるのかな? 強制依頼を出す為の手順が潰れたから諦めて仕切り直す可能性もある。
読んでくださってありがとうございます。