百十四話 始まり
昨晩はシルフィが収集してきたギルドの情報を元に対策を考えた。メルの工房に行ってメラルとの契約を見守ってから、夕方まで休ませて貰おう。
そこから冒険者ギルドに出陣だ! 醜い争いをベル達に見せるのは良くないから、お留守番してもらおう。サラ達もおいて行くかな?
うーん、サラ達は世間の醜い部分も見てそうだから大丈夫かもしれないけど、好き好んで見せる必要も無いか。お留守番だな。今日の予定を考えながら歩き、メルの工房に到着した。
「おはよう」
工房のドアを開けて中に入るとカウンターにポツンとメルが座っていた。相変わらず小さい。
「おはようございます。お師匠様、サラちゃん、マルコ君、キッカちゃん、精霊の皆さん」
メルの挨拶で思う。俺って結構な集団で移動してるんだよな。
「おはよう、裕太。待ちかねたぞ!」
メルもメラルも契約が待ち遠しいのか少しソワソワしている。俺が居なくても契約はできるから、寝坊してたらさっさと契約してしまってたかもな。メルはともかくメラルは忍耐強くなさそうだし。まずは大事な事を聞いておこう。
「ユニスは?」
「ユニスちゃんですか? ユニスちゃんはパーティの仲間と打ち合わせだと言ってたので、今日は来ないと思います。何か用事ですか?」
ユニスもちゃんと冒険者をしてるんだな。
「いや、契約をしたり精霊の話をする時に近くに居ると、色々と面倒だから確認しただけ。メルも幼馴染相手にでも色々とバレないように注意してね」
「あっ、はい。そうですね、ちゃんと注意します」
真剣に頷いているから大丈夫だろう。
「じゃあ、メラルが待ちきれないみたいだから契約する?」
「はい!」「するぞ!」
「じゃあ、俺は見てるだけだから頑張ってね」
何度も契約に挑戦していたみたいだし、手順は問題無いんだろう。メルとメラルが炉の前に移動する。あの炉にメラルは祭られてるから、契約する場所に相応しそうだな。
中級精霊の契約を見るのは初めてだからちょっとワクワクする。興味津々で見守っていると、ベルが懐にポスンと飛び込んできた。
「ゆーた。めるとめらる、けいやくする?」
クリクリとした瞳を好奇心でいっぱいにして聞いて来る。
「うん。契約するよ。楽しみだねー」
「たのしみー」
楽しそうなベルに影響されて温かい気持ちになる。ん? レイン、トゥル、タマモもピトっと引っ付いてきた。あー、なんか俺、幸せかもしれない。
ひょんな事から幸せを感じていると、メルとメラルの契約が始まった。
「鉄をも溶かす火の精霊よ。我が家系に宿りし守護精霊よ。願わくば我の新たなる門出に火の祝福を!」
メルが朗々(ろうろう)と祝詞のようなものを唱える。……あれって必要なのかな? ちょっと疑問に思ってシルフィを見ると、黙って首を左右に振った。必要無いらしい。まあ、様式美って必要だよね。
シルフィだって契約に演出を付け加えたりしてたんだ。人生の節目となりうる契約ならあれぐらいの特別感があって当然だ。
メラルがポッっと火の塊をメルの前に浮かべた。風玉みたいなものなのかな? 確か既に名前を持っている精霊の場合は、名前を付ける以外の方法があるって言ってたから、あれがその方法なんだろう。
メルが火を両手で包み胸元に引き寄せると、火が解け魔力となってメルの胸に吸い込まれて行った。シルフィの風玉に比べると力が弱いが、それが大精霊と中級精霊の差なのかもしれない。
「ふぶー。け、けいやく。できましたー」
感極まったのか、契約が完了するとメルが泣きだした。「ふぶー」って、ちっこいとは言え成人した女性の泣き声としてどうなんだろう? いや、そんな声が出てしまう程に嬉しかったのか。契約が出来なくて悩んでたからこその「ふぶー」なんだよな。
「うん、これで安心だ! 泣くなメル。俺が守ってやるからな」
メラルも契約が完了してテンションが高めだ。ベル達も飛び立ちメラルに飛び付きお祝いを言っている。
「お師匠様。メルさんとメラルさんの契約は無事に終わったんですか?」
「うん。何の問題もなく契約が終わったよ」
「そうですか。安心しました。お祝いして来ますね」
サラも安心したのか笑顔になって小走りでメルに向かって行った。マルコとキッカも後に続く。
「メルさん。おめでとうございます」「メル姉。おめでとう。よかったな」「メルちゃん。おめでとう、よかったね」
サラ、マルコ、キッカのお祝いの言葉に、涙腺が決壊しているメルは、更に涙を流しながら喜んでいる。
上では精霊達が喜び。下では子供達が喜んでいる。あっ、メルは子供じゃないか。でもまあ、とてもおめでたい事だ。
「ねえ、シルフィ。中級精霊ってどのぐらいの力があるの」
そう言えば中級精霊の力とか聞いて無かったよね。国が頭を下げて迎えに来るレベルって言ってたけどどの位の力を持っているのか想像がつかない。
「どのぐらい? うーんそうね。メラルが怒ればこの都市ぐらい一日で火の海なんじゃないかしら?」
………………えっ? いやいやいや、あの過保護な火の精霊がそんな力を持ってるの? ダメだろ。それはダメだろ。
「ねえ、シルフィ。メラルってメルに何かあったら怒るよね?」
「そうね。とても大切にしているから、とっても怒るとおもうわ」
「そうだよねー」
今日、この瞬間。迷宮都市に危険物が生まれた。もしかして精霊術師が不遇なのって、世界にとって良い事なんじゃなかろうか?
あまりにもゲスイ相手だと、精霊が避けるから大丈夫だとは思うけど、精霊にもいろんなタイプがいるからな。ある日突然、精霊の怒り爆発とか洒落にならんのですが。
「心配しなくても大丈夫よ。メラルが居るんだから、メルにめったな事は起こらないわ。心配なら裕太が精霊術師の事をしっかりメルに教えておきなさい」
「う、うん。そうするよ」
迷宮都市の冒険者ギルドは嫌いだけど、お世話になった人やお気に入りの屋台もある。火の海とか勘弁だ。俺が教えられる事なんて少ないけど、話し合いの後はどうなるか分からない。いつ時間が取れるのか分からないし、時間がある今日の内にしっかり教え込まないとな。
「メル!」
「あっ、お師匠様。お師匠様の御蔭で契約する事が出来ました。ありがとうございます」
少し涙が残ってはいるが、嬉しそうにメルがお礼を言ってきた。ホンワカした小動物的な雰囲気に、気合が抜けそうになる。
「うん、おめでとう。でもね、メル。メルが契約したメラルはとても強い力を持っているんだ。その力を暴発させないようにしっかりと学ばないといけない。俺達は今日の話し合い次第では直ぐに迷宮都市を離れるかもしれない。だから、今からしっかり特訓だよ」
俺の気合にメルがビクッっとするが、頑張って貰わねばならんのだ。師匠としての威厳を今こそ発する時!
そこから冒険者ギルドに行く時間まで、シルフィやドリーの協力も得ながら、徹底的にメルの特訓をおこなった。若干の不安はあるが何とかなっただろう。迷宮での探索の時にベル達と色々体験していたのが良かったな。
***
「じゃあ、メル。夜には迎えに来るから、悪いけどサラ達とベル達をお願いね」
「は、はい。分かりました」
うん、元気がないな。たぶん、メルの家が代々受け継いできた精霊の知識を、ほぼ否定してしまったのが原因なんだろう。でも、そこは俺の弟子になったんだから諦めて貰うしかない。
メルとメラルのコミュニケーションが盛んになって、俺がちょこっと口を出しした結果、メラルを祭っている炉が耐えられないほどの火力を生み出した。熱の調整も自由自在になり新しい金属の加工が出来るようになると喜んでたし、結果的には良かったはずだ。
「ゆーた。べるたちおるすばん?」
なんで? っと首をコテンとしている。
「うん。今から行く所はお話合いで退屈だから、ここでメルやサラ達の特訓のお手伝いしててね」
少し考えた後、お手伝い頑張る! っと請け負ってくれた。これで安心して対決に挑める。みんなに手を振って別れ、冒険者ギルドに向かう。
「裕太、冒険者ギルドの計画忘れてないわよね? うっかり承諾したらダメよ?」
(流石に大丈夫だよ。相手の攻め手も分かってるんだし負けないよ)
そう。今回のギルマスの詫びは、新たにギルマスの神経を傷めつける最高の舞台になる……はずだ。たぶん。……なんか緊張して来た。
「裕太さん、落ち着いていれば大丈夫です。側にシルフィと私もいるんです。何の心配もいりませんからね」
(そうだね。ありがとう、ドリー)
大精霊に励まされながら冒険者ギルドに到着し中に入ると………………おおうふ。ギルマスやる気だな。
カウンターの周りには大勢の冒険者が集まり、その中央にテーブルと椅子が設置されている。俺が公開での話し合いを望んだんだし、ギルマスが冒険者を集めて自分が有利な状況を整える作戦なのも知ってるけど、実際に見るとギルマスの気合に驚くな。
どうせ公開するのなら、人を減らすよりも人を集めて自分に有利な空気を作る。なんにも知らなければ、その場の雰囲気にのまれて、しどろもどろになっていたかもしれない。シルフィに感謝だな。
「裕太さん。お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
エルティナさんが近づいてきて深々と頭を下げた後、俺を人込みの中心にあるテーブルに案内した。なんかスターになった気分? キャーキャー言われて無いから違うか。大体ほとんどがむくつけき男達の集まりだ。キャーキャー言われたら逆に怖い。
椅子に座ると直ぐに奥からムキムキのギルマスが出て来た。準備万端、待ってたぜって感じだ。冒険者達が道を開けギルマスが俺の前に来て、おもむろに話し出した。
「裕太殿。わざわざ来て貰って申し訳ない。今回、このような場を整えたのは、私と冒険者ギルドがおこなった数々の非礼を詫びる為だ。今回の事、誠に申し訳なかった」
いきなりギルマスがみんなの前で俺に深々と頭を下げた。エルティナさんと同じ方法だな。なんかテンプレートでもあるのかな? まあいい、全部シルフィに聞いていた通りに事が始まったんだ、本番に集中しないとな。
最初に皆の前でギルマスがしっかりと頭を下げる。この時、周りにギルマスの意を酌む人間を複数人配置して、他の人間を先導しギルマスに対する同情的な雰囲気を作る。これがギルマスの一番目の作戦だ。
いきなり殿つきで呼ばれたこと以外は全部予定通りだな。なんかドラマの再放送を見ている気分だ。でも、ここからの筋書きは俺が描く! ぷふ。俺、ちょっとカッコいいかも。
読んでくださってありがとうございます。