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百十一話 詠唱

 迷宮十六層。メルのパワーレベリングの開始だ。


「ベル。魔物の所に連れて行って。レイン、トゥル、タマモは周辺の警戒をお願いね」


「はーい」「キュー」「けいかい」「クー」


 張り切って散開するベル達。お願いをすると楽しそうに引き受けてくれるから嬉しい。左右、背後をレインとトゥルとタマモに守られながらベルの後ろをついて行く。その様子をドリーが微笑ましく見守っている。


 まあ、気持ちは分かる。なんかボディガードごっこをしている雰囲気で可愛いよね。実際には普通のボディガードよりも頼もしいと思うけど、見た目が可愛いからしょうがない。


「ゆーた。あそこー」


 ベルがちっちゃな指で指し示す方向を見ると、木々の隙間からオークが四体ノシノシと歩いているのが見える。おっ、俺達に気がついたな。獲物を発見した喜びか、声をあげながらドスドスと走って来る。


「みんな近くに来たら手足を攻撃。動けないようにしてね」


「ゆ、裕太さん。大丈夫なんですか? オークが走って来てます」


 俺の服をグイグイ引っ張りながら、焦った声を出すメル。俺がのんびりしているので怖いのかもしれない。


「大丈夫だよ。さっき精霊にお願いしたのを聞いてたでしょ。それよりもお師匠様だからね」


 メルから言い出したんだから、守って貰わないとこまる。ユニスの前でニヤつく準備は出来ているんだ。


「あっ、そうでした。いえ、魔物が、詠唱は?」


 アタフタするメル。ちっこい少女がアタフタする姿は、小動物が騒いでいるような微笑ましさがある。年齢は成人してるんだけどね。


 ここに来るまでに普通に倒したけど、見てなかったのかな? ……あーそう言えば最初は緊張でガチガチだったし、最初の方は最短距離を移動したから、他の冒険者に討伐されたのか魔物が出て来なかったな。


 途中からはバテてたし、シルフィに運ばれるようになるとパニクッてたからな。それどころじゃ無かったのかもしれない。もう少し気を使わないとダメだな。まあ、魔力が上がれば迷宮には用事が無くなるんだから大丈夫だろう。


「まあ、大丈夫だから見ていて」


 近づいてきたオークに対して、ベルとレインは風と水の刃でオークの四肢を切り飛ばす。トゥルとタマモは土と草を操り、オークを転ばした後に土と草で包んで動けなくしてしまった。


「ヒッ」


 メルのビビり声が聞こえる。魔力を上げる為に迷宮にも入っていたはずなんだけど、いまだに魔物に慣れていないんだな。


 でも、いつもは首を切り飛ばすか頭を潰して終わりだから、四肢を切り飛ばすのは俺もちょっとエグイと思う。がんばったー。ほめてーって感じで飛んで来るベル達を撫で繰り回して褒め称えた後、メルに視線を向ける。


「じゃあ、メル。止めを刺して」


 メルがマジで? って表情で俺を見る。俺はマジでって顔でうなずく。自分の役割を思い出したのか、キリッと表情を引き締めたメルが、ハンマーを振りかぶりオークの頭に振り下ろした。


 おうふ。自分でやっているとあんまり気にしないが、ハンマーで頭を叩き潰す行為って結構エグイな。しかも少女がやっているんだから、更に猟奇的りょうきてきだ。


「これからは大体こんな感じを繰り返すけど、出来そう?」


「大丈夫ですが、こんなにお膳立てして頂いて良いんですか?」


「まあ、目的がレベルを上げる事だから、問題無いよ」


「そうなんですか。あとお師匠様。お師匠様は詠唱をしないんですか?」


「詠唱? 詠唱はした事無いな。メルは詠唱するの?」


「はい。我が家に代々伝わっています。私も頑張って覚えました」


 そう言えば、ちゃんとした詠唱とか異世界に来て聞いた事無いな。ディーネが一度だけなんか言ってたけど途中で諦めてたし、どんなのだろう? 取り合えず俺には必要は無いと思うんだけど、聞いてみたい。


「メル。その詠唱をしてみてくれる。俺、どんなのか聞いた事無いんだ」


「分かりました。では一番簡単なのですが詠唱してみますね」


 フン! って感じでメルが気合を入れるとおもむろに詠唱を開始した。


「偉大なる火の精霊。我らが祭りし守護精霊よ。願わくば我にその力を示し、大いなるお力をお貸しください」


 両手を広げ歌うように詠唱するメル。詠唱が終わるとどうですか? っとちょっと不安そうに俺を見るメル。


 ……えーっと、火の精霊さん力を貸してねって言ったんだよね?


「ありがとうメル。ちょっと待っててね。えーっとメルの詠唱の意味が分かった?」


「わかんないー。でもすきー」「キュー?」「ようしきび?」「クー?」


 意味は通じていないようだ。でもベルの感触は悪くないみたいだ。詠唱の雰囲気は好きなんだな。


「ドリーはどうだった?」


「力を貸して欲しい事は分かりました」


 にっこり微笑むドリー。そこまでは俺も分かった。精霊術師の詠唱がこんな感じなら誤爆や不発もいくらでも起こるだろう。


「えーっと。メル。今の詠唱を唱えると、どうなるの?」


の温度が上がります」


 炉なんて一言も出て来てないじゃん。これってメラル以外は理解出来ない詠唱なんだな。メラル特化の精霊術師って事か。意味があるのか? あっ、戦う場合は詠唱がある事で精霊の動きが分かり辛くなる効果はあるな。でもメルは鍛冶師なんだよね。


 なんか可愛そうだけど詠唱は使わない方向で行こう。どう伝える? 言葉をかざるなんて器用なマネは俺には無理だ。正直に伝えよう。


「えーっとね。メル。よく聞いてね」


「はい。何でしょうか、お師匠様」


「うん。言い辛いんだけどね。詠唱って必要ないんだ」  


「へ?」


 何を言っているのか分かりませんって表情だ。


「あのね。難しい言葉を使うのは精霊を混乱させるだけだから、逆効果なんだ。さっきの詠唱も必要無くてね。契約すればメラル、火の温度を上げてって言えば済むんだよ」


「えっ? えっ?」


 オロオロしだした。頑張って詠唱を覚えたって言ってたからな。俺もメルの立場だったらショックを受けるだろう。


「で、でもお師匠様。我が家は代々この詠唱を受け継ぎ、上手く行ってたんです」


 両手を胸の前で握りしめて一生懸命訴えてくるメル。大切な物なんだろうな。


「うん。まあ、まったく無意味って訳じゃ無いんだよ。詠唱をする事で敵にどんな事をするのか分かり辛い効果はあると思う。でもね、メルは鍛冶師だよね? それにメラルも普通に言葉が話せるから、コミュニケーションを深めて普通に話し合うだけで、大体の事が出来ちゃうんだよね」


「そ、そんな……」


 地面に崩れ落ち、うなれるメル。リアルorzって実際に見るのは初めてだな。


「ま、まあ、まったく役に立たない訳じゃ無いんだし元気を出して。この事が分かったから、これからはメラルともっといろんなことが出来るようになるんだから」


「そ、そうですよね。ありがとうございます、お師匠様」


 力なく微笑むメル。心が痛いです。


「さ、さあ、グズグズしている暇は無いよ。頑張って魔物を倒さないとね」


 声を張り上げて無理やりその場の空気を払拭ふっしょくすると、メルも落ち込んでいる暇は無いですねっと空元気を出して付き合ってくれた。


 その後、ベル達に簡単にお願いする姿を見て、再び落ち込みかけたが何とか持ち直し、魔物に止めを刺し続けた。ただ、魔物の頭に振り下ろすハンマーの威力が、少しだけ上がっていた気がする。


 ***


 魔法の鞄から出て来る移動拠点に驚き、温かい料理に驚き、ベル達と精霊とのコミュニケーションのとりかたを懸命けんめいに勉強し、ひたすら魔物の頭を潰し続けて三日、ようやく魔力のランクが上がった。


「お師匠様。魔力がCランクに上がりました!」


 両手を高々と空に挙げて喜びを表すメル。


「良かったね。これでメラルとも契約出来るよ。おめでとうメル」


 なかなか魔力のランクが上がらず、成長が止まったかもと内心冷や冷やしたからな。途中から標的をトロルに絞り効率化を図った結果何とかなった。いざとなったらシルフィに四十九層まで連れて行って貰って、ドラゴンを討伐する事も考えたよ。


「メルちゃんおめでとう!」


 キッカがメルに抱き着く。身長が近いからか、キッカはメルにとてもなついた。ちょっと羨ましいのは内緒だ。


「メルさんおめでとうございます」


「メル姉、おめでとう」


「ありがとうございます。キッカちゃん、サラちゃん、マルコ君」


 よっぽど嬉しいのか、少し涙目なメルをサラ達が囲み、祝福の言葉を投げかける。なんかチョット良いシーンだな。三日間行動を共にし、同じ釜の飯を食ったからかメルとサラ達は急速に仲良くなった。


 俺がサラ達と普通に話せるようになるの結構大変だったんだけどなー。ちょっとジェラシーだ。なんだか寂しくなったので、ベル達とフクちゃん達も呼び寄せ思う存分撫で繰り回す。心をいやすにはベル達とたわむれるのが一番だな。満足するまで戯れた後、メル達に声を掛ける。


「じゃあ、きりが良いから今から迷宮を出ようか。たぶん日が暮れる前に迷宮を脱出できるからね」


 俺が声を掛けると、皆が頷いたのでさっそく迷宮を脱出する。メラルとユニスはドキドキしながら待ってそうだな。いや、ユニスはイライラしながら待ってそうだ。


 ***


「ふー。毎回思うけど、迷宮を出るとホッとするね」


「「裕太さん!!」」


 おふ? 何故に迷宮を出ると声を掛けられるんだ? 初めての経験に一瞬、思考が追いつかない。今まで声なんてかけられた事無いからな。


「「メル!」」


 呆然ぼうぜんとしていると、目の前を凄い勢いで二つの影が通り抜けた。


「メルー。無事でよかったー。変な事されてない? 大丈夫?」


 ユニスがメルに抱き着いて頬ずりしている。


「おお。魔力成長してる! 十分だ。裕太、さっそく契約をするぞ!」


「えっ? あー」


「「裕太さん!」」


 そうだった。俺も声を掛けられてたんだ。えーっと、マリーさんとエルティナさん? ……なんとなく状況が飲み込めた。素材を卸しているのが俺だってバレたんだろうな。


 ようやくと言うか待ってたと言うか、一時期は自分でバラそうかと思ったからな。無事バレて良かったです。


「裕太。契約だ!」


 いかんメラルも興奮してグイグイ来る。しっちゃかめっちゃかだな。とりあえず落ち着け俺。頭を撫でてくれてありがとうベル。少し落ち着いたよ。

読んでくださってありがとうございます。

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