百十話 恥より利益を
待ち望んだ五十層突破者の報告がようやく届いた。やっと悩みが一つ解決する。
「それで、誰なんだ? 名の有るパーティーが組んでいたのか?」
「それが……」
口が重いな。深刻ぶった表情をしおってこの期に及んで焦らすつもりか? 俺が一刻も早く情報を手に入れろと急かしたから、軽い意趣返しのつもりかもしれん。
「心配しなくとも予算から情報部には特別報酬を出す。焦らさずに早く言え」
「いえ、特別報酬は結構です。情報は商業ギルドから漏らされたもので、私共の手柄ではありませんので」
そうか。自分達で探り出せなかったから、口が重かったのか。確かに商業ギルドに借りを作るのは気に食わんがこの際どうでも良い。商業ギルドからの情報なら、ポルリウス商会のタヌキが口を割ったという事だろう。
「構わん。お前達には無理をさせたから、特別報酬は出す。それで突破者達の正体は?」
「はい……商業ギルドの情報では、五十層の突破者は精霊術師、ギルマスと揉めた裕太という人物です」
「はっ? 何と言った? もう一度言え」
睡眠不足で幻聴でも聞こえたか? 不愉快な名前が出て来た。
「精霊術師の裕太という人物です」
「はは。有り得ん。精霊術師だぞ。仲間が見つからずスラムの子供を連れて来るような情けない男だぞ。お前がガセネタを掴まされるとは珍しいな。いや商業ギルドが騙されたのか。ポルリウス商会の商会長が口を割ったのではないのだな」
どうやらまだ睡眠不足に悩まされるようだ。期待した分、怒り狂っても良さそうだが、あまりにもくだらない報告で力が抜けた。
「いえ。商業ギルドのマスターと薬師ギルドのマスターが、揃ってポルリウス商会に押しかけ、聞きだした情報です。これがウソだった場合、ポルリウス商会は商業ギルドと薬師ギルドを敵にまわす事になります。それは考え辛いです」
「……だが有り得んだろう。あいつのハンマーの威力は凄かったが動きは素人だ。精霊術に関してもあの年で名も知られておらぬ精霊術師などゴミでしかない。そんな奴がファイアードラゴンの討伐など、出来るはずがない」
自分の弟子達に精霊の護衛をつけていたとの報告は受けている。まったくの無能では無いのだろう。だからと言ってファイアードラゴンを倒せるなど信じられる話では無い。
「ですが、ポルリウス商会からあの精霊術師の名前が出た事と、ファイアードラゴンと五十層以降の素材が出回っている事は事実です」
精霊術師など一部の実力者以外は、周りに迷惑を掛ける事しか出来ない無能揃いだぞ。そもそも一部の実力者でもファイアードラゴンの単独討伐など不可能……だが、四十九層には足跡が一人分しかない戦闘跡があったか……。
「とても信じられんが……確度は高い情報なのだな? お前の判断ではどうなのだ?」
「おそらく間違い無いかと。ポルリウス商会を探る過程でポルリウス商会長の娘の雑貨屋に、精霊術師が出入りしていた事は突き止めてあります。ただファイアードラゴンを倒した相手と精霊術師が結びつかず……誠に申し訳ありません」
「そうか……」
精霊術師とファイアードラゴンの討伐を結び付けるのは、私に情報が上がって来ていても難しいだろう。しかしどうする? あの男がファイアードラゴンを単独で討伐するような実力者だと? 夢か? 最近眠れてなかった影響で、いつの間にか眠ってしまったのか?
思わず手の甲を抓るが痛みを感じる。質の悪い悪夢であれば笑い話になったんだが、質の悪い現実らしい。どちらにしてもあの精霊術師の情報は集めるべきだろう。
「………………あの精霊術師を徹底的に調べろ。徹底的にだ」
「分かりました。失礼します」
「うむ。頼んだぞ」
野良の精霊術師などなんとでもなると、最初に揉めた時に詳しく調査させなかったのは失敗だったか。
その後に誘拐未遂の件でも報告があったが、あの精霊術師と言うだけで不快で話を流してしまった。冒険者時代に情報の大切さは身に染みていたのに、精霊術師と言うだけで目が曇っていたようだ。自業自得と言えば自業自得か。
ふー、あの精霊術師が本当に五十層を突破していたとしたらどうなる? 現在でも冒険者ギルドに懐疑的な話は出ている。身分の有る者達からの依頼も滞り、このままではいずれ大きな問題になるだろう。
不愉快だが情報が集まるまでただ待っている事は出来ない。本当に不愉快だがあの精霊術師が五十層を突破した前提で動くべきだろう。
だが、冒険者ギルドとあの精霊術師との関係は最悪だ。どうすれば……そうだ、あの精霊術師はなぜか自分の功績を隠している。表に出せん理由が、実力がバレると不味い理由があるのではないか?
それならば、ファイアードラゴンを倒した後の沈黙も納得ができる。脛に傷を持つのであれば、情報を掴めばこちらの言いなりにさせる事も可能だろう。
ソロでファイアードラゴンを倒せるのであれば、こちらでパーティーを組ませて、五十層以降を探索する冒険者を増やす事ができる。四十九層に作っている拠点を利用すれば大量の素材を得る事も可能だ。
俺のギルドで精霊術師が我が物顔でのさばるなど耐えられんが、利用価値があるのであればそれなりの待遇を保証しても良い。
だがその前にあの精霊術師の弱みを握るか、罠にハメてこちらの言いなりに出来るようにしなければな。実力を隠しているのなら大問題になれば困るのは精霊術師だ。自分の力が元で騒ぎになると分かれば、こちらに従うだろう、奴について話を聞いておくか。
「エルティナを呼んでくれ」
秘書にエルティナを呼びに行かせ、どう動くべきか考える。ノックがあり許可を出すとエルティナが入ってきた。
「エルティナ。あの精霊術師はどんな人間だ? 人格、実力を含めて知っている事を話してくれ」
「精霊術師の事ですか?」
「そうだ。あの精霊術師が五十層を突破したとの情報が入った。信じたくは無いが確度の高い情報だ」
「まさか!」
エルティナの顔が驚愕に染まる。その気持ち、十分に理解できるぞ。
「商業ギルドの上層部から流れて来た情報だ。対策は練っておかねばならん」
「……分かりました」
………………
一通り話を聞いたが目新しい情報は無い。
「ギルドが協力を求めた場合、あの精霊術師は承諾すると思うか?」
「普通に依頼するのでは難しいと思います。ですが強制依頼にはランクが足りませんし、指名依頼は断る事が可能ですから当てには出来ません」
「ふむ。金銭に対する欲求はどうだ? もしくはランクにこだわりは?」
「弟子の子供達とランクアップした時は喜んでいましたし、金銭やランクに興味が無いようには見えませんでした。ですが彼が最初に求めるのは、冒険者ギルドが行った嫌がらせの説明と、冒険者ギルドとギルマスの公の場での謝罪だと思います。私が力を証明できるかと聞いた時に、そのように条件を出してきましたので、まず間違いないです」
ランクや報酬で転がせるのであれば簡単だったが、公の場での謝罪か。怒りで腸が煮えくり返りそうだが、こうなってしまったら仕方が無いだろう。
どうせなら情報を集め、あの精霊術師の弱みを握ってから動きたかったが、時間をおいては商業ギルドと薬師ギルドが動く。他に囲われる前に手を打たねばならん。公式での謝罪はあの精霊術師を呼びだす口実にはなる。不愉快だが利用しない手は無い。
奴を呼んで頭を下げる。不愉快だが下手に出て、あの精霊術師の気分を良くして罠に掛けよう。これでもし情報が間違っていたら、どうにかなってしまいそうだな。
「エルティナ。精霊術師の居場所は分かるか?」
「はい。出かけていなければ、トルクさんの宿に宿泊しているはずです」
「では、呼んで来てくれ。私が謝罪したいと言っていると、伝えて構わん」
「私は彼に冷たい対応をしていますから、別の者を行かせた方が良いと思います」
「いや。別の者を行かせても話がややこしくなるだけだ。お前に頭を下げさせるのは心苦しいが、まずお前が詫びて、冒険者ギルドの対応が変わった事を示してくれ」
「……分かりました。彼がいなかった場合はどうしますか?」
「エルティナはトルク達と知り合いだったな? 精霊術師の予定を聞いて出来るだけ早く会えるように段取りを組んでくれ。私が詫びるつもりである事を伝えれば、隠し立てする事も無いだろう」
「分かりました。では行ってまいります」
「頼んだぞ」
こんな事になるとはな。だがここを乗り切れば、迷宮都市での冒険者ギルドの立場は揺るがん。いや、更に希少な素材が手に入るようになると考えれば、更なる利権も確保出来るだろう。
屈辱に見合うだけの利益を提供してもらうぞ精霊術師。
***
「よし、じゃあ今日はこの十六層でレベル上げをするね。サラ達はいつも通りに魔物を討伐しながら、戦闘の訓練をする事。シルフィについて行ってもらうから安全だけど、だからって油断しないようにね」
「分かりました。お師匠様」
「師匠。トロルとも戦って良いのか?」
「いいよ。でも無茶はダメだからね」
「わかった」
「よし。キッカは大丈夫? ここまで急いだけど疲れてない?」
「だいじょうぶ」
三人の様子を見るが疲れは問題無いようだ。休憩を挟んだとはいえ、結構なスピードでここまで来たのに、レベルアップの効果って凄いよね。
「よし! じゃあ頑張って。シルフィ、サラ達をお願いね」
「分かったわ。裕太も十分に注意するのよ。それと一応だけどドリーも召喚しておきなさい。森でのあの子は頼りになるわ。迷宮なんて何があるか分からないんだからね」
「了解」
シルフィを護衛につけたサラ達と別れ、俺は足元でへばっているメルに目を向ける。移動について来れなかったので途中からシルフィに風で運んでもらったんだが、精神的に疲れてしまったらしい。
「メルさん。少し休憩しますから、今の内に体調を整えてくださいね」
「は、はい」
メルが休憩している間にドリーを召喚しておくか。ドリーを思い浮かべて召喚すると、ポンって感じでドリーが目の前に現れた。相変わらずの美少女だな。
「あら。ここは迷宮の森ですか。珍しい所に召喚されましたね」
「ああ、特に出番は無いと思うんだけど、用心の為に護衛をして欲しいんだ。構わないか?」
「ええ、大丈夫ですよ。危険な時だけ介入すれば良いんですよね」
「うん。頼むよ」
俺が話し終わると、それを待っていたベル達が「ドリー」っと近づき、お行儀良く目の前に並んでご挨拶している。楽しい光景だな。
「ん? メルさん。もう大丈夫なの?」
「は、はい大丈夫です。あの裕太さん。私も裕太さんに教わる身ですし、サラちゃんみたいにお師匠様って呼んだ方が良いですか?」
……もし俺がメルにお師匠様と呼ばせたらユニスがうるさいだろうな。……それはそれで面白い気がする。どうせ仲が良いとは言えないんだし、楽しんでも罰は当たらないだろう。
「そうですね。その方が訓練にも気合が入りそうですし、そうしますか」
「分かりました。お師匠様、よろしくお願いします。あと敬語も必要無いですから、普通に話してください」
「そう? 俺、敬語は苦手だから助かるよ。じゃあ、レベル上げに行くよ」
「はい!」
気合十分に返事をするメル。改めてメルの装備を確認する。ちっこい体に皮の鎧。何だか微笑ましくもあるが、背負っているハンマーに違和感だ。
俺の魔法のハンマー程では無いが結構大きめのハンマーで、明らかに体の大きさに対して釣り合っていない。まあ、メルはドワーフで鍛冶師だし、ハンマーは基本だよね。俺も同じくハンマーを使う者として少し嬉しい。
今回の目的は魔力をDランクからCランクに高める事だ。本来中級精霊と契約するにはもっと魔力が必要らしいが、俺がシルフィ達とBランクで契約出来たように、メラルが調整するそうだ。過保護だよね。
こういう所が、代々精霊と関係を持ってきたメリットなんだろう。普通契約出来ないランクの精霊とも契約出来る。結構凄いメリットだよね。精霊術師って人気ないけど。
サラ達もシルフィの仲介で人間側に負担が少ないように調整して、フクちゃん達が契約してくれているので余裕をもって戦えていそうだ。そのぶんフクちゃん達の成長は遅くなるらしいが、ご飯を沢山食べられるので結構満足してくれているらしい。
「じゃあ、俺がベル達に頼んで魔物を動けなくするから、メルは止めを刺す役目ね」
まんまパワーレベリングだな。
「えっ? それで良いんでしょうか?」
「冒険者としてはダメだけど、メルは鍛冶師だしね。でも参考になる事もあるだろうから、よく戦いを観察しているといいよ」
精霊とのコミュニケーションは戦を見ている間に少しは勉強になるだろう。
「分かりました。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるメルに頷きパワーレベリングを開始する。
読んでくださってありがとうございます。
ご指摘により、目立ちたくない⇒実力を隠すに変更しました。