百九話 グッスリ
昨日は色んな事があって妙に疲れた。昨日のサラ達はジーナお姉さんって人に会いに行って、冒険者になってお金が稼げるようになったと報告したらしい。
褒めてくれると思っていたら、しきりに大丈夫なのかと心配されたそうだ。子供が冒険者になって稼げるようになったって言われたら、確かに心配になるな。
師匠がいるから大丈夫って答えたら、今度は師匠も一緒に食堂に来るようにと言われたそうだ。完全に俺を見定めるつもりだよね。
「師匠。今日からそのメルって人と一緒に迷宮に潜るんだよね。俺達と一緒に戦うのか?」
ぼーっと昨日の事を考えながら食堂で朝食を食べていると、マルコが質問してきた。
「いや、まだ精霊と契約していないから、最初の時のキッカと同じようにレベルを上げるんだ。別行動になるね」
「師匠の弟子になるんじゃないのか?」
「そうだね。彼女は鍛冶師だからちょっとの間だけ一緒に居るって感じかな?」
そうなのかっと頷き再び朝食に取り掛かるマルコ。これもある意味成長だよな。最初の頃は食事に一心不乱に集中していて、会話する余裕なんて無かった。今では気になる事があれば質問する余裕ができたって事だ。
毎日一緒に居るから違和感が無かったけど、心なしかお肉が付いたような。……うん。初めて会った時にはガリガリだったもんな。今はちょっと痩せすぎかなって見た目だから、いずれは健康的な少年少女になりそうだ。
「お師匠様。どうかしましたか?」
俺が見ている事に気が付いたサラが、どうしたのかと聞いてくる。
「何でもないよ。美味しい?」
「はい。美味しいです」
笑顔で頷くサラ。
「沢山食べなさい」
なんか子供の成長を喜ぶお父さんみたいな気持ちになってしまった。微妙な気持ちだな。俺はまだ若いんだ。お父さんの気持ちじゃなくて、恋心に翻弄されたい。朝食を終えて宿を出る。さてメルを迎えに行くか。
***
メルの工房に到着した。中に入るとメルの隣にユニスが居る。説得に失敗したとか嫌だよ。
「おはようございます。準備は出来ていますか?」
「は、はい。おはようございます。裕太さん。あのユニスちゃんが裕太さんにお話があるそうなんです」
「はあ、なんでしょうか?」
朝から美女との険悪な会話は勘弁して欲しいんだが。
「心配しなくてもついて行かないわよ。本当はついて行きたかったんだけど、メルが絶対にダメって言うし、あんたとの会話の内容も教えてくれないし……」
ブツブツと不満を垂れ流しだした。
「ユニスちゃんごめんね。でも大丈夫だから心配しないで」
メルがユニスを宥める。
「昨日は凄かったぞ」
隣に飛んで来たメラルが恐ろしかったとブルブル震えている。
(なにがあったの?)
「あの二人は仲良しだからな。その二人の間に異物が入り込んだから、もうあれだ、修羅場だ。ユニスが泣いて縋りつくし、メルは話の内容を話せないから困ってしまうし。そのうえ迷宮に入るって話をしたら、ついてく、ダメの繰り返しでまた収拾がつかなくなったんだ」
異物って、その異物を放り込んだのはメラルなんだけどな。まあ、大変だった事は分かった。想像するだけでげんなりするな。
とりあえず落ち着いたのか、ユニスがメルを抱きしめたまま俺に向かって歩いて来た。ブランブランとメルの足が揺れている。サイズの違いが激しい幼馴染だな。
「メルがまったく内容を教えてくれないけど、秘伝でメルの悩みを解決する為ならしょうがないと納得するわ。でも、メルに変な事をしてみなさい。どんな事があろうとあなたを殺すわ」
なんか怒鳴りながら言われるより、静かに微笑んで言われる方が怖いな。しかも目が笑ってないし。人助けをしているのに、これだけ言われるんだから評判って大事だ。
あとメルの口を塞ぐのは良いけど、鼻も一緒に塞いでいるから、迷宮に行く前に天に召されそうだよ。
たぶんメルが口を挟むのを嫌ったんだろうけど、そこまでしっかり塞がなくても良いのにね。あっ、ジタバタしていた足がダランってなった。
「おい。まじまじと見てないで助けろよ。顔色が青くなって来たぞ」
メラルがアタフタと慌てている。
「変な事が何を指しているのかは聞きたくないけど、あなたほど酷い事をするつもりは無いので安心してください。そろそろ危ないですよ」
メルを指差しながら言ってみる。
「私が酷い事って何を言って……メル。どうしたの? メル、しっかりして」
「どうしたのって、あなたが幼馴染の口と鼻を塞いで息の根を止めかけたんですよ」
俺の言葉も届かずメルを揺さぶるユニス。意識は取り戻したみたいだけど、そんなに揺さぶったら呼吸が出来ないと思うな。いざとなったらシルフィに頼んで、空気を肺に送り込んで貰うつもりだったけど大丈夫みたいだ。
「ふー。少しくらくらします」
「大丈夫? 今日の探索は休みにしようか?」
「いえ、大丈夫です。行きます!」
気合を入れて真剣な顔で言うが、泣きながら頬ずりしているユニスが居るから締まらないな。あと鼻水を垂らしながら泣くユニス。美人が台無しだ。普段からこうなら情緒不安定も甚だしいが、メラル曰く、あんなユニスは初めて見たそうだ。よっぽど俺とメルが行動するのが不安なんだろう。
「分かりました。ではそろそろ行きますので、後ろに引っ付いているのをどうにかしてください」
「は、はい。ユニスちゃん離れて。私はもう大丈夫だし怒って無いよ」
「いや~。いっしょにいる~」
グスグスと泣いているユニスを宥めるのに時間が掛かった。このコンビって面倒臭いな。でも見えて無いのに、一生懸命ユニスを慰めようとしているベル達は素敵だ。
「なあ、師匠。だいじょうぶなのか?」
何について心配しているのか分からないが、多分全体的に心配なんだろう。俺もマルコと同じく心配でたまらないよ。
「一緒に頑張ろうね」
とても嫌そうにマルコは頷いた。嫌だけど一応頷いてくれる所がマルコの優しい所だな。
ようやくユニスを引きはがし、準備を整えて迷宮に向かう。しかし半泣きでグスグス言っているユニスが、迷宮までは一緒に行くとついて来ているので、周りの視線がとても痛い。
周りから見ると俺とユニス以外は全員小さな子供に見える。そうなると泣かしたのは俺だろうって事になるんだよな。納得がいかない。今度はどんな噂が立つんだろう?
***
「みんな準備は良いね。じゃあ迷宮に入るよ」
全員が頷いたのを確認して迷宮の入り口に進もうとすると、引き止める声が掛かった。
「裕太。ちょっと待って」
(シルフィ。どうしたの?)
「ちょっと気になる事があるからちょっと待って」
シルフィの言葉に、取り合えず進みだそうとした皆を引き留める。何があったんだろう?
「メラル。あなた何処までついて来るつもりなの?」
シルフィが声をかけたのはメラルだ。そう言えば当然のようについて来ているな。
「何処までって、何処まででもついて行くぞ。メルが心配だからな」
「却下よ。契約もしていない精霊が迷宮の中に入っても消耗するだけなんだから、大人しく待ってなさい」
そう言えば前にそんな事を言ってたな。それならついて来たら不味い。
「そのぐらい平気だ」
「聞き分けのない事を言わないの。あんまりワガママを言うと裕太にディーネを呼んでもらうわよ」
ビクッっと体を震わせるメラル。シルフィはサラ達についていてもらったから、現場を見ていない。でも俺が話した内容でしっかりとメラルの苦手な所を抑えているのが凄いよね。
「工房でお留守番しているのと、ディーネと三日間一緒に居るの、どっちが良いのかしら?」
ディーネならメラルの行動を制限できるだろうし、メラルと話したがっていたから、喜んでメラルを引き受けてくれるだろう。
「……留守番してる。裕太。メルの事をくれぐれも頼むぞ」
(分かった。だから大人しく待ってろよ)
「分かった」
「お師匠様。どうしたんですか?」
「ああ、ゴメン。なんでもないんだ。じゃあ迷宮に入ろうか」
捨てられた子犬のような目をした、メラルとユニスを残してようやく迷宮に突入する。
***
「ふーー」
いかんな。今のままではどうしようもない。最近、冒険者ギルドが関知していない所で、迷宮の五十層以降の素材が出回っている。
ギルドとしても突破者達を探しているが、いまだに正体が掴めない。
モタモタしている間に、国、軍、貴族、商人から、素材の採取依頼が大量に届く。冒険者ギルドに頼むのは間違っていない。間違ってはいないのだが、問題は五十層を突破した人物達を冒険者ギルドが把握していない事だ。
軍や傭兵が迷宮を利用する事はあるが、腰を落ち着けて迷宮を攻略している冒険者には一歩劣る。当然五十層のファイアードラゴンを攻略するには冒険者の協力が必須のはずだ。
しかし、四十九層に前線基地を作っている者達も、一時期アサルトドラゴンとワイバーンが騒いだ事は確認しているが、それだけでしかない。確かに戦闘の跡らしき場所は見受けられるが、足跡は一人分。
気配を隠す事に特化し実力があれば四十九層まで辿り着く事は可能かもしれないが、ファイアードラゴンの討伐はどう考えても無理だ。
この大陸最高峰の魔術師、騎士、冒険者でさえも単独でのファイアードラゴン討伐など命を捨てるようなものだ。仮に討伐に成功したとしても、それを隠す意味が分からない。
考えうる限りの富と名声を得られるチャンスを、無意味に捨てるなど正気ではない。いや素材は売り払っているのだから、富は得ているのか? しかし公表して得られる利益に比べれば微々たるものだ。
しかも、四十九層に検問を張ったが、新たに五十層以降の素材が流された。見張りについていた冒険者達は何も通っていないと証言している。何がどうなっているのだ? 不可解な事が多過ぎる。突破者達は何がしたい?
五十層が突破された事によって、神力草の確保を期待されている。戦争で戦う事の出来なくなった実力者は大勢いる。欠損回復薬が出来ればどれ程の福音となるのか。
素材を手に入れている商業ギルドにも圧力をかけているが、結果は芳しくない。ようやくポルリウス商会が素材を独占して仕入れている事を突き止めた……が、のらりくらりと我々の追及を躱す、忌々(いまいま)しい商会長。あの顔を思い出すだけで殺意が芽生える。
いずれ限界が来るのは間違いないが、出来るだけその期間を延ばし利益を貪ろうと言うのだろう。あのタヌキめ!
「グッ」
胃に刺すような痛みが走る。最近よく眠る事も出来ず体調もすぐれない。仕方なく夜中に溜まっている書類の整理をするが、どれもこれも五十層以降の素材に関するものばかりだ。ますます眠れなくなる。
ゴンゴン! ゴンゴン!
いつになく荒々しいノックだな。緊急事態か?
「入れ」
「失礼します」
入って来たのはギルドの諜報を担う責任者だ。
「何があった?」
「ギルマス。五十層を突破した人物が分かりました」
「何! 誰だ!」
これだけ迷惑を掛けられたのだ。相手は実力者の集団ゆえ無体な事は出来ないが、それなりには役に立ってもらうぞ。最低でもうちの冒険者達の五十層突破を手伝って貰わんとな。クク、ようやくグッスリと眠る事が出来そうだ。
読んでくださってありがとうございます。