百八話 家
注文を受けてくれるつもりになった、ジルさんの後ろに付いて行く。奥で作る家の詳細を纏めるらしい。
奥の雑然とした部屋に通された。ここってお客を迎え入れる場所じゃ無いよな。
「おい。客を連れて来たから茶を頼むぞ。裕太。こっちじゃ」
ジルさんフリーダムだ。表の建築会社っぽい雰囲気が粉みじんになり、これぞ大工って雰囲気だ。
「それで、どんな家が欲しいんじゃ?」
木造の家がちょっと欲しいんだけど、死の大地は環境が過酷だからな。手入れをしないと直ぐに痛みそうだ。でも木の温もりは欲しい。部屋数は今のところ俺とサラ達だけだから二部屋で足りると言えば足りる。でも余裕があった方が良いし、人が増えても対応できるように少し多めが良いな。
「収納が出来て、部屋数は五部屋は欲しいです。それにリビングとキッチンとトイレとお風呂。外側は石造りで、内装は木をふんだんに使った温もりがある家が欲しいです」
「おいおい、結構大きくなるぞ。魔法の鞄で収納できるのか?」
「大丈夫です。かなりの容量がありますので問題ありません」
「具体的にどのぐらい入るんじゃ? 入らんかったら大惨事じゃぞ」
「そうですね。この建物ぐらいなら簡単に入りますよ」
この建物はアサルトドラゴン一匹よりもちょっと大きいぐらいだ。宝箱に入っていた魔法の鞄の方でも入るし問題無い。
「うーむ。かなりの性能じゃな。わざわざ険しい場所に家を持って行かんでも、魔法の鞄を売れば迷宮都市に豪邸が建つぞ」
そうは言っても家が欲しいのは死の大地の拠点だからな。迷宮都市は居心地が良いとは言えないし、魔法の鞄も売る気は無い。
「そうかもしれませんが。家を建てたい場所が気に入ってるので、諦めるつもりは無いんです」
周辺にゾンビがうろつきレイスやゴーストが飛んでこようが、あの場所は俺にとって大事な場所な気がする。自分で手間を掛けるとやっぱり愛着が湧くよね。
「そうか。まあ、分かった。じゃあ細かい所を詰めるぞ」
運ばれて来たお茶を飲みながら、どんな家が良いのか、偶にディーネやドリーからのリクエストをジルさんに伝えながら想像を現実に落とし込んでいく。ツリーハウスも頼もうと思っていたが、一つの家だけでも大変だ。また次の機会だな。
因みにベル達は退屈して部屋の中で鬼ごっこをして遊んでいる。さっきまで、「おへやー」っと喜んでたんだけどな。子供は気まぐれだ。
ディーネはとにかくお風呂は大きいのが正義だと言い、ドリーは木の質に拘りを見せた。聖域になっている訳じゃ無いんだから、当分使う事は無いはずなんだけどね。
「こんなもんじゃな。しかし結構高くつくぞ。金は大丈夫なのか?」
確かに。色々楽しくなってワガママを言ってしまった。予定よりサイズも大きくなったし、内側の木張りと、魔道具が高くつくらしい。魔道具なんてあったんだね。どうやら高級品だから俺の行動範囲には設置されていなかったようだ。
迷宮都市は結構歩いたけど、高級店には足を踏み入れて無かったからしょうがないか。取り敢えずお風呂を沸かせるのと、トイレの魔道具は購入を決定した。家を作る場所は店の敷地を貸してくれるそうだ。現場まで行かなくて良いから楽なんだそうだ。
「どのぐらいになります?」
「そうじゃな。諸々(もろもろ)での概算じゃが、七千万エルトと言った所じゃな。払えるか?」
……払える。払えるんだけど、大きな金額を聞くと心臓がドキドキする。ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない。
土地の値段は関係なくて上物だけでこの値段って相当だよね。決めちゃって良いのかな? なんか勢いに任せたから値段を聞いて冷静になっちゃったよ。
落ち着け。冷静になれ。……マリーさんに薬草を卸せば三軒は買えるな。問題無い気がして来た。買っちゃおう。
「問題ありません。いつお支払いすれば良いですか?」
「そうじゃな。お主は冒険者じゃろ。そうなると前金一括、もしくは保証人が必要じゃな。あと七千万は概算じゃから多少上下するぞ」
冒険者の信頼の無さに泣けてくるが、命を失う事も珍しく無い職業だし当然の用心なんだろうな。頭金だけ支払って家が出来たら注文主が死んでましたとか、リスクが高すぎる。
「分かりました。ではこれで」
白金貨を七十枚渡す。
「即決じゃの。普通もう少し悩むもんじゃぞ。そうは見えんが金持ちなのか? ……まあいい、契約書を作るから金はしまっておけ」
まあ、確かにそうなんだろうけど。薬草の値段を考えると気持ちが楽になったんだ。失敗しても大丈夫な値段だよね。
「分かりました。それで完成までどれぐらい掛かりますか?」
「ふむ。この規模で内装が木張りじゃから。二十日と言った所か?」
「そんなに早いんですか?」
家って完成するのに何ヶ月も掛かるよね。この前かったベッドも十日掛かったのに家が二十日。明らかに計算が合わないな。
「ん? まあ素材もあるし、うちは職人がドワーフの集団じゃからの。このぐらい朝飯前じゃ。特にお主の注文は細工や飾りは要らんから、時間は掛からん。契約書を作って来るからちょっと待っておれ」
スゲーなファンタジー。いや、凄いのはドワーフか。こうなってくるとエルフやサキュバスがとても気になる。
「あっ、ちょっと待ってください。ドアを二枚と取り付ける為の金具が欲しいんですが、ここで買う事は出来ますか?」
「ん? ドアか? 買う事は出来るが寸法はわかるか?」
移動拠点を出して、取り付けまでやって貰うか? 流石に大袈裟だな、大き目のドアを買って拠点の方をドアに合わせるか。
「片開きのドアで大き目の物であれば問題ありません。デザインは地味目のものでお願いします」
注文が終わり、ドスドスと歩いて行くジルさんを見送る。
「裕太ちゃん。良いお家が出来そうね。お姉ちゃんのお部屋は何処にしようかしらー」
(今回の家は部屋数も少ないからディーネの部屋はないぞ。本当に聖域になったら、大きな家を建てるって言っただろ。それまで我慢してくれ)
「そうだったわねー。ノモスちゃんに頑張るように伝えておかないとね」
ノモスは酒作るぜーって感じで燃えてたから、言われなくても頑張ってると思うけどね。
ディーネがドリーとどんな家を作るのか盛り上がっている。でも聞いていると面倒な事を言っている。家の中に水路を通してお部屋に水を引くとか言わないで欲しい。出来ないこともなさそうだけど、俺は普通の家の方が良い。
ディーネ達の会話にツッコミを入れて、ベル達を眺めながら時間を潰しているとジルさんが戻って来た。結構時間が掛かったな。
「待たせたな。これが契約書だ。値段は少し上がってドア込みで七千二百万エルトだ。構わないか?」
「問題ありません」
契約書にサインをしてお金を支払う。マイホームが意外と簡単に手に入ってしまった。日本だと頭金を貯める事すら難しいのに。
……ああ、コツコツ貯めた俺の貯金。どうなってるのかな? こんな事になるのなら、貯金を使い果たすぐらい遊んでおけば良かった。頑張って貯めた貯金の存在を思い出し心にダメージを受ける。日本を思い出すと危険だ。
なんとか気持ちを立て直し、先にドアを受け取る。家が完成した時に迷宮都市に居ないかもしれないので、豪腕トルクの宿に伝言をお願いして店を出る。
(ふー、結構時間が掛かったから家具屋を覘いて宿に戻ろうか)
お昼を食べ損なったからな。俺以外は食べなくても問題無いが、ベル達も食事を楽しみにしているから出来るだけ食べさせてあげたいよね。
「そうね。裕太ちゃんが考えるお家のイメージも分かったから、お姉ちゃんがピッタリな家具を探してあげるわね」
「良いですね。私もお手伝いします」
ディーネとドリーが楽しそうに話し合っている。なんか凄くキャピキャピしているな。二人とも相当お歳のはずなんだけど……異世界でも、いくつになっても、たとえ精霊でも女性はショッピングが好きなのかもしれない。こんな時は黙ってお任せするのが基本なはずだ。
俺とサラ達のベッドを買った家具屋に向かう。ベッドは無いけど家具は結構あったから問題無いだろう。
家具屋に到着しておばちゃんに挨拶をする。短い期間で四回も来ているからおばちゃんも俺の事を覚えてくれている。まあ、俺のベッドを買った時に細かく注文しまくったから、その時から覚えられている気もするけどね。
俺がおばちゃんと話している間にディーネ達は、良い家具が無いか吟味している。そして俺を通して、おばちゃんとディーネとドリーの会話が始まった。
黙ってお任せするのが基本だって思ってたけど、俺の場合は無理だった。俺が話さないと話が先に進まないからね。
店にある品物だけではなく、家具屋で抱えている職人の作れるもの、素材に至るまで細かい質問が続き、ようやく話が終わる頃には日も暮れかかっていた。
おばちゃんは未だに元気いっぱいだが、俺はもう限界だ。途中でお客さんが入って来ると僅かに休憩できる。
何がおばちゃんに火をつけたのか、イキイキと家具について語るおばちゃんと、それに食い付くディーネとドリー。俺はロボットのようにディーネやドリーの言葉を発するだけだ。
ベル達をだいぶ前に遊びに行かせたのは失敗だったな。ベル達が退屈そうだからって、この場を切り上げる言い訳になってくれたのに。
「色々質問してすみませんでした。家が完成したら引き取りに来ますので、注文した家具の作成はお願いします」
「気にしなくていいよ。あんたは興味なさげに見えて鋭い質問をしてくるから、あたしも楽しかったよ。足りないものがあったらまた買いに来な」
「はい。ありがとうございます」
鋭い質問をしていたのはディーネとドリーなんだけどね。興味なさげなのは間違って無いよ。自分の家なんだから家具も気合を入れて選ぶつもりだったけど、女性陣の勢いに負けてしまった。
いやそもそもどんな家具を買うのか下見のつもりだったんだけどな。いつの間にか注文までしていたよ。
「楽しかったわねー」
「ええ。あの女性はちゃんとした知識を持っていて、大変為になりました」
「そうよね。私達の部屋を作るのにも参考になったわー」
ご機嫌なディーネとドリーを引き連れて宿に戻る。はやくベル達と戯れて癒されたいな。マーサさんにカギを貰い部屋に戻る。
「裕太。おかえり」
「ただいま、シルフィ。サラ達に付き添ってくれてありがとう。問題は起こらなかった?」
「ええ。楽しそうにしてたわ。冒険者達には裕太の噂が広がっていて、精霊の護衛を恐れて誰も近づいて来なかったわね。こちらに気が付いたら離れたぐらいよ」
実際に大精霊の護衛が付いてるから、離れる判断は正しいな。シルフィの話を聞いた後、ベル達を召喚して思う存分戯れて気力を回復させる。これで明日も頑張れる。
読んでくださってありがとうございます。