九話 水
魔法のハンドオーガーをくるくる回して穴を掘る。直径二メートルの大きな穴をグイグイ掘り進める。
クルクル回して収納。くるくる回して収納。くるくる回して収納。ひたすら繰り返す。無心で穴を掘り進める。
「裕太。お疲れ様。短時間で随分深く掘れるのね」
「あっ、シルフィ。ハンドオーガーが凄いからサクサク掘れるよ。それより何かあったの?」
「いいえ。穴をのぞいたら随分深くまで掘れてたから様子を見に来ただけよ」
シルフィの言葉にふと上を見上げると、地上の穴がずいぶん遠くに見える。五十メートルぐらいは掘り進んでいるか?
「そうなんだ。結構深くまで掘れてるよね。でも全然水が出る気配が無いよ」
「うーん。周りの土を見ると土が死んでるから水は出ないでしょうね。あとどのぐらい掘るつもりなの?」
土が死んでる……怖い言葉だ。二か所ほど岩盤をぶち抜いたのにまだ土が死んでるとか、どれだけ酷い争いが起こったんだろう。ハッチャけ過ぎだな。
「まだ土が死んでるんだ。限界まで掘り進めるつもり。土が死んでいるなら、土が生きている所までは辿り着きたいな」
「限界まで掘るの? どこが限界か分からないから怖いわね」
日本でも温泉を掘る時には千メートルを超えるんだ。五十メートルぐらいはまだまだだよね。出てきて欲しいのは水なんだけど。いざとなったら温泉でも構わない。石油は使い道が難しそうだから勘弁だ。
「そんなに無理はしないよ。せめて土が生きている場所までは掘りたいけど……」
「程々にして無理はしないようにね」
「うん。肉体的には辛くないから大丈夫だけど、無理はしないで頑張るよ」
穴が深くなると酸欠が怖いよね。シルフィに風を送り込んでもらいたいけど、直接的な協力は駄目って言ってたから無理だろうな。まあ直径二メートルあれば空気は入ってくるだろう。
あとシルフィが風に乗って降りてきてくれたから、勝手に空気が掻き混ぜられて助かる。偶に降りてきてくれるように頼んでおこう。
「ねえ裕太。そもそもここからどうやって出るつもりなの?」
「ん? 水が出なかったら収納した土を放出して穴を埋めながら外に出るよ。水が出たら壁に螺旋階段を掘りながら上に登るつもり」
大変だけど螺旋階段を掘り進めながら外に出れたら嬉しい。
「ちゃんと考えていたのね。良かったわ」
「シルフィ。俺の事を馬鹿だと思ってない? ちゃんと考えてるよ」
「ふふ、馬鹿だなんて思ってないわ。ただ少し心配だっただけ、ごめんね」
おうふ。可愛いな。
「心配してくれてありがとう。いい気分転換になったよ。偶に様子を見に来てくれると助かる」
「ええ。でも次に来るのはあの子よ。騒いでも怒らないであげてね」
あの子……幼女精霊か。明るくて楽しい子だから来てくれると気分転換にはなるよね。
「怒らないけど騒いで壁が崩れたら怖いから、あまり騒がないように言っておいて」
「あら、それは危険ね。ちゃんと注意しておくから安心して」
「お願いね」
シルフィと別れて、再び穴掘りに没頭する。クルクル回して収納。くるくる回して収納。あと何回繰り返すんだろう。
***
「きゃはは。くらーい」
穴掘りに没頭していると上から笑い声が響いてきた。幼女精霊が遊びに来たのか。暗い……うん、暗いな。没頭していたからあまり気にしなかったけど、光も届かないほど深くなっている。とりあえず明かりを上げるか。魔法で光球を打ち上げる。
「あー、ひかったー」
光球の向こう側から幼女精霊が突っ込んできた。そのスピードで止まれるのか? 突っ込んできそうだから受け止める為に身構える。精霊の質量ってどうなってるんだ?
構えていると幼女精霊は急ブレーキを踏んだように急激にスピードを落とし、俺の目の前にふわふわと浮かんでいる。精霊って凄い。
「ゆーた。げんきー?」
「おう。元気いっぱいだ」
「いっぱい。いっぱい」
何が楽しいのか光球の周りをグルグル飛び回りながらはしゃいでいる。子供のツボが何処にあるのか、まったく分からん。
「あなほり、たのしい?」
ピタッと止まって質問してきた。展開の速さに付いていけない。
「あ、ああ。楽しい訳じゃないな。水が欲しいから頑張って穴を掘ってるんだ」
「そっかー。おみずだいじねー」
顎に手を当てて、うんうん頷いている。分かっているのか? 何となく誰かの真似をしているだけな気がする。ツッコミを入れてもしょうがないから流すか。
「そうだぞ。お水大事だ」
「かぜもだいじー」
「うん、風も大事だな」
風の精霊のプライドか。とりあえず頭を撫でて風の良いところをあげておく。風が褒められて嬉しかったのか、二パっと笑って猛スピードで飛んでいった。シルフィに報告するそうだ。さて気分転換も済んだし穴掘りを再開するか。
クルクル回して収納。くるくる回して収納。暫く掘り進めると螺旋から上がって来る土が、岩に変わった。また岩盤だな。
岩盤になっても込める力を変える必要は無い。魔法のハンドオーガーは凄い。ゴリゴリと岩を巻き上げながらドンドン掘り進む。今回の岩盤はかなり分厚いな。
ゴリゴリ、ゴリゴリと上がってきていた岩が終わり、再び土が上がってくる。ようやく岩盤を抜けたか。穴を掘りつつ土を収納したがふと違和感を覚える。
土をよく見てみると今までの赤茶けて乾いた土ではなく。黒っぽい日本で見ていた土に代わっていた。テンションが上がり更に掘り進めると、土から小石が混じった砂に変わっていく。砂を手に取ってみると僅かに湿り気がある。
逸る気持ちを抑えながらゆっくりとハンドオーガーを回す。収納を繰り返しながら何回転かさせると、勢いよく水がしみ出してきた。念のためにもう半回転させてハンドオーガーを収納するとその跡にもドンドン水が溜まっていく。
嬉しくて叫び出しそうになるが、大声を出して崩落したら最悪なので無理矢理我慢する。喜び勇んでからになったペットボトルに水を汲もうとすると、湧き出してたまった水が濁っている事に気が付く。
そういえば井戸って石とか砂利とかを敷き詰めて濾過槽とか作らないと駄目だった気が……しかも濁りが沈殿するまで一晩ぐらい待たないと駄目だったような……。
悲しい現実に上がっていたテンションが急激に萎む。いや悲しむな。水が出たんだから乾き死にの危機は遠のいた。この水に毒でも入っていない限り、あともう少し手を加えるだけで水は手に入る。
水はもう膝丈位まで湧き上がっている。なかなかの水量みたいで期待が持てる。ポジティブに考えるんだ。水は出た。かなり深くて水を汲みに来る事すら大変だけど、とりあえず命を繋ぐ事は出来るんだ。必死に自分の心を奮い立たせていると、シルフィが目の前にいた。
「水が出たのね。裕太、凄いじゃない。あれ? せっかく水が出たのに元気が無いわね。どうしたの?」
「あっ、シルフィ。いや元気が無いと言うか、水が出たのは嬉しいよ。でも濁りがあって直ぐに飲めないとか、この水の水質は大丈夫なのかとか、ここまで水くみに来るのが大変だとか、色々現実的な事がのしかかってきたからちょっとブルーになっていただけ」
「あはは、それならここの水しだいだけど解決するかもしれないわよ」
「ん? シルフィ、どういう事なの?」
何かいい方法があるのか?
「前に言ったでしょ。環境を整えなさいって。水の精霊を連れてきてあげるから、その精霊が居着いてくれたらいくつかの問題は解決すると思うわ。まあ気に入らないって住んでくれないかもしれないけど、確認の為に水を綺麗にするぐらいはやるはずよ」
おお、精霊って素晴らしい。水を綺麗にしてくれるだけでもだいぶ助かる。
「凄く助かるよ。お願いね」
「ええ。明日の朝には呼んでくるわ。それよりも裕太は此処から出る為の階段を急いで作りなさい」
「えっ? なんでそんなに急がないと駄目なの? 急がなくても明日の朝までには間に合うよ?」
「私はゆっくりでも構わないけど、あと二~三時間で日が暮れるわ。ゾンビやスケルトンが動き出すんだけど、井戸に落ちたら最悪よ。ゾンビが落ちた井戸の水が飲みたいの?」
ゾンビがひゅーんビチャ。……最悪以外の何物でも無いな。さっさと脱出して穴を塞がないと。
「全力で頑張る。シルフィ。ナイスアドバイス」
「ふふ。それが良いと思うわ。頑張ってね」
シルフィが戻って行ったので急いで螺旋階段作りに取り掛かる。壁が崩れないように慎重にノコギリで階段状に切り取る。
ここで崩れたら切ないから、慎重に階段を作る。円形の井戸に綺麗に螺旋階段を作るのが難しい。今度は切っては収納を繰り返すが目的地がハッキリしている分気持ち的には楽だ。
どれだけ掘っても水が出ないかもしれないという恐怖は、命に直結している分、結構なプレッシャーになってたんだな。
切っては収納を繰り返し、合間に遊びに来た幼女精霊の相手をする。時間制限があるから手を止める事が出来ないが、幼女精霊は愚図らず頑張ってと応援してくれる。なんかホロリときた。
シルフィと幼女精霊の応援に力をもらいながら何とか地上まで辿り着いた。外は真っ暗になっていたが、日が暮れてからニ十分程しか経っておらず、ゾンビはまだ出てきていないそうだ。
拠点を作る時に切り取った岩を井戸の上に置き封鎖完了。めんどくさかったから大きめに切り取っておいて良かった。
「裕太。この後はどうするの?」
「あー、どうしようか。明日の朝には水の精霊を連れてきてくれるんだよね。今から拠点に戻って、明日の朝またここに戻ってくるのは大変だから、ここら辺で休みたいんだけど……湿地帯だったからか近くに岩山が無いんだ。どうしよう」
「なら井戸を塞いでいる大岩に眠る場所を作ったら。寝るだけならそんなに大きな穴を開けなくても良いでしょ?」
「おお、シルフィ天才」
「てんさいー」
今度、岩山を出来る限り大きく切り取って、部屋を作れば移動可能な拠点が作れる。夢が広がるな。
読んで下さってありがとうございます。