百七話 お話終了
メルが大泣きした結果、ユニスが乱入して混乱した。メルがうれし涙である事を説明してようやく落ち着いたが、疲れる。
「まだ、話が残っていますから、あなたは向こうに行ってください」
「犬扱いするな!」
俺がシッシッと手を振ったのが気に入らなかったのか、プリプリと怒って反対側の廊下の端に戻って行った。
ベルに張って貰った風の壁は音を通さないだけだから、人も通さないようにしておいて貰えば良かったか? でも、それはそれでややこしい事になるから駄目だな。
「ご迷惑をお掛けしました」
「まあ、気持ちは分からないでもないですが、色々と大変だから落ち着いてくださいね」
「はい」
シュンとしているメルを見ると罪悪感が……メルは大人なんだ。別に今の状況はおかしな事では無いはずだ。
「さきほど教えた方法で、メラルとのコミュニケーションを、出来るだけ取るようにして下さいね。後は契約する為のレベル上げですが、何か当てがありますか?」
「……ユニスちゃんに頼めばお手伝いはしてくれると思いますが、パーティーを組んでいますので、少し時間が掛かるかもしれません」
「裕太。頼むぞ手伝ってやってくれ」
メラルがお願いのポーズで頼んで来る。工房に来て思ったがメラルも相当に過保護だな。俺が子供達に抱いているような感覚っぽい。レベル上げの手伝いぐらいはするって約束していたから、メラルに頷いておく。
「メルさん。今俺は弟子を育てているんですが、一緒にレベル上げをしますか? メラルとのコミュニケーションにも役立つと思いますよ」
「えーっと。ご迷惑では……」
「メラルからの頼みで出来ればメルさんにも、精霊術師として学んで欲しいみたいなので、俺は構いませんよ。ただ強制ではありませんから、メルさんの自由です」
暫くウンウンと考えた後、メルが「よろしくお願いします」っと結論を出した。
「分かりました。では、迷宮に入る時に声を掛けます。俺達は明日から迷宮の探索に入りますけど、どうしますか? たぶん三日ほどの泊まりになります。急すぎるのなら次の機会でも構いません」
「明日で大丈夫です。工房にもお客さんは殆ど来ませんから」
切ない事を言わないで欲しい。ちょっとしんみりしながらレベル上げの予定を決める。下級精霊と契約出来るぐらいの魔力が有るので、練習の為に浮遊精霊もしくは下級精霊との契約を進めたが断られてしまった。
物凄く申し訳なさそうに何度も頭を下げるメルさん。理由を聞くと代々鍛冶師の家系としてメラルと契約してきたのに、メラルと契約出来ないから他の精霊と契約するというのは信義に悖るんだそうだ。
なんかジーンと感動しているメラルは放っておいて、一応精霊側としては問題ない事を伝えるが、申し訳ないですと謝りながらも固辞されてしまった。頑固だってメラルが言っていたけどこういう所なんだろうな。
最後には我が儘を言って、その上レベル上げのお手伝いをして貰う訳にはいきません。自分で頑張ってみますと言い出した。
それに慌てたのはメラルだ。俺は自分で頑張るのならそれでも良いと思ったが、メラルに泣きつかれて、メルのレベル上げを手伝う事は決定事項だと告げる。
「では、明日の朝に迎えに来ますから準備しておいてください。冒険者ギルドのカードや装備は持ってますよね?」
「はい。メラル様との契約の為にレベル上げをしましたから、その時に準備しました」
「ではそう言う事で、ユニスさんが待ちきれないようなので話はここまでにしましょうか。くれぐれも今回の話の事と、これからの訓練内容は秘密ですからね。それが俺とメラルとで交わした約束ですから、秘密を話すと本当にメラルは居なくなります」
「わ、分かりました。絶対に秘密は守ります。あのー、聞いて良いのか分かりませんが、裕太さんは精霊と話せるんですか? ヒッ、いえ、何でもありません、余計な事を聞いてすみませんでした」
勝手に聞いて勝手に謝り出した。メラルの言った通り本当にビビりなんだな。
「別に良いですよ。秘密にしてくれれば何の問題もありません、それと俺は精霊と話せますよ。そこら辺も追々分かりますから、今日はここまでにしましょう」
「はい。分かりました」
「あっ、あと。ユニスさんに迷宮に入る事を教えるのは構いませんが、ついて来ないようにして下さいね」
あの心配する様子だと俺と会った次の日から、メルが三日も戻らなかったら、洒落にならないぐらい騒ぎそうだ。でも言ったら全力で付いて来そうな気もする。メルには頑張って貰わないとな。
「は、はい。頑張ります」
ユニスはこちらが気になってしょうがないみたいだから、話を終わらせてユニスと合流する。お預け状態だったユニスはメルを抱きしめて、変な事はされなかったか。怪しい約束をしなかったかなどとメルを問い詰めている。せめて俺が帰ってからにして欲しい。
なんとかメラルのお願いを大体は消化して工房を出る。簡単な内容を教えるだけなはずなのに予想外に大変だったな。
「裕太。ありがとう。この借りは必ず返すから、明日からもよろしく頼む」
(分かった。メラルもメルとしっかりコミュニケーションを取るようにね)
「うん!」
メラルの笑顔が眩しい。メルの心配もある程度解決したし、コミュニケーションが取れるようになった事が嬉しいんだろうな。少年の容姿に相応しい元気な笑顔だ。
ちょっと良いことした気分に浸れるな。この少年精霊を笑顔にしたのは俺です! まあ、精霊以外には見えないんだけどね。
「裕太ちゃん。これからどうするの?」
(んー。まだ朝の時間帯だからだいぶ時間があるね。大工の紹介状を貰ったから、一度その大工に会いに行って、時間が余ったら前回行けなかった家具屋に行こうかそれでいい?)
「いいわね。家具屋。楽しみだわー。それで裕太ちゃん、大工さんの所で何を頼むの?」
(まだ決まってないんだけど、死の大地での生活を豊かなものにしたいから、家の事を聞こうかと思ってる。お金が入ったから参考になる家を作って貰うのも考えてるよ)
家具もだいぶ揃ったし、いつまでも岩をくり抜いた家って言うのも寂しいからな。せっかく開拓しているんだから、俺の理想の場所を作りたい。
「お家を買うのねー。じゃあお姉ちゃんのお部屋もお願いね」「べるもおへやほしー」「キュキュー」「おへや? みんなといっしょがいい」「ククー」
あれ? みんな部屋が欲しいの? トゥルはみんなと一緒が良いみたいだけど、どうなんだ? 豪邸作らないと部屋が足りないんじゃ? そもそも聖域になる前提で動いてるよね。もう聖域になるのは確定なのか?
(ディーネは自分の家が欲しかったんじゃ無いのか?)
「私は裕太ちゃんのお姉ちゃんなんだから、裕太ちゃんのお家にお部屋があるのは真理なのよ」
なんの真理だ。そもそも真理ってこういう場面で使う言葉なのか?
(ドリーも部屋があった方が嬉しい?)
「そうですね、普通の人の生活が体験できるお部屋があれば嬉しいですね。でも裕太さんが前に仰っていた精霊樹の上に建てるお家も素敵ですよね」
……ドリーもあったほうが嬉しいのか。しかもツリーハウスの方に心を動かされているようだ。お嬢様の雰囲気のドリーがツリーハウス。ちょっと違和感があるな。
でもそうなるとシルフィとノモスの部屋も用意しておかないと不公平だし、新たに精霊や弟子が増えるかもしれない。何部屋必要なんだ?
(そうか。そうなると大きな家を建てないとダメだから。今回は小さな家を頼んで、聖域になるのが確定したら大きな家を頼むか作ろう。みんなはどんな家や部屋が欲しいか考えておいて)
豪邸を頼んでおいて、聖域に指定されませんでした。豪邸に住むのは少人数ですって事になったら、悲し過ぎる。
「良いわねー。お家とお部屋と家具と考える事が沢山で楽しいわー」
「そうですね。長く生きて来ましたが、住居の事を真面目に考えるなんて初めてですからね。私も少しワクワクします」
ディーネは性格的に不思議に思わないけど、ドリーも楽しみにしているのか。家って思った以上に精霊達にとって、楽しいイベントなのかもしれない。俺も気合入れるか。マイホームって大事だからな。
色々と考えながらマリーさんに紹介して貰った大工の所に到着した。しかし大工を紹介してって言ったけど、建設会社って雰囲気だな。取り敢えず中に入ってみるか。
「いらっしゃいませ」
中に入るとお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。ますます会社っぽい。
「おはようございます。紹介状があるんですが、こちらでお見せすれば良いですか?」
「はい。こちらでお預かりします」
マリーさんから貰った紹介状を受付嬢に渡す。
「ポルリウス商会様のご紹介ですか。担当の者を呼びますのでお掛けになってお待ちください」
並べてある椅子に座って待っていると、髭もじゃの、ちっこいおじさんが歩いて来た。こっちは一発で分かるドワーフだ。今日はなんだかドワーフに縁がある日なのかもしれない。そしてノモスに似ている。
「おう。マリーの嬢ちゃんからの紹介状を持って来たのはお主か。儂はジルじゃ。よろしくな」
なんか会社の雰囲気が一気に現場になったな。
「俺は裕太って言います。よろしくお願いします」
「うむ。それで、どんな要件じゃ? マリーの嬢ちゃんの手紙には、頼みを聞いてやってくれとしか書いてなかったぞ」
「そうなんですか。えーっと、収納できる家が欲しいんですが可能ですか?」
「うん? あれか魔法の鞄に入れる事が出来る家を作れって事か? かなり高性能な魔法の鞄をもつ金持ちが偶に作っておるから可能じゃが、お主も性能が良い魔法の鞄を持っておるのか?」
考える事はみな同じって事か。まあ、家が持ち運べる鞄があれば誰でも考えるよね。でも元から作られているのなら、注文もしやすいから助かる。
「ええ。かなり高性能な魔法の鞄を手に入れまして、持ち運べる家があれば嬉しいのでお願い出来ますか?」
「あんなもん道楽にしかならんぞ。良い家を作っても出かけねば使う機会は無いし、防衛を無視した作りにすれば外では危険じゃ。そもそも家が入る分の収納量が減る。そのうえ、容量が厳しければ家を鞄から出して、その中に荷物を入れるなどの手間が増える。テントを入れておいた方が随分マシじゃし、儂は好かん!」
話を聞くと確かに道楽ではあるな。総合的にテントの方が便利なのも頷ける。でも、今、もしかして注文を断られようとしてない? ジルさん不機嫌なんですけど。
「大丈夫です。険しい場所なんですが安全な土地を確保出来たんです。そこでの生活に使う為に、ちゃんとした家の方が良いんですよ」
険しいよね死の大地。無駄にはしないから作って欲しい。容量の問題は無限なので大丈夫なんです。言えないけど。
「ふむ。そう言う事なら無駄にはならんか。よし、いいぞ作ってやる。奥に来い、どんな家が欲しいんじゃ?」
ドスドスと歩いて行くジルさんについて行く。なんか気分で注文断られそうだったけど、何とかなって良かった。
読んでくださってありがとうございます。