百四話 そろそろバレそうだ
サラ達がトロルを倒した後、沢山のキノコと薬草を持って帰って来たベル達を、褒めまくり訓練を続行した。二日掛けて何度もトロルと対戦した結果。サラ達は一撃では倒せないものの、安全を確保した状態でトロルを討伐出来るようになった。
最初の奇襲で目や口を狙う作戦は効き目はあるが、決め手に欠けたので最終的には奇襲でトロルを転ばせてからの、一斉攻撃が一番確実だという結果に落ち着いた。
転ばせて上からボコる。何とも言えない作戦だが効果はあるので問題無いだろう。ただ、傍から見るとちょっとトロルに同情する雰囲気になるだけだ。合計で三日間。しっかりと訓練をして迷宮を出る。
「ふあーー。やっぱり迷宮から出るとホッとする。みんなお疲れ様」
前回まではサラ達も楽勝だったから、のんびり見守っているだけで楽だったけど、今回は苦戦と言うか危ない場面もあって気が抜けなかったから結構疲れた。
「お師匠様。ありがとうございました」
サラが頭を下げると、慌ててマルコとキッカもピョコっと頭を下げる。相変わらずサラは真面目だな。
「どう致しまして。でも前にも言った通り、精霊術師を馬鹿にする奴らを見返す為に、サラ達を利用しているんだから、そこまで真剣に敬わなくて良いよ。やる事をやってくれれば問題無いんだからね」
「はい。分かりました」
そう言って頷くサラなんだけど、態度はあんまり変わりそうにないな。もうちょっと気楽な感じの方が助かるんだけど……不真面目よりか百倍マシなんだから贅沢言い過ぎかな。
「うん。じゃあ、宿に戻るよ」
みんなを促して宿に向かって歩く。今回の探索はサラ達が一番大変だったんだから、明日は休みにしよう。
俺は……素材を卸すついでにマリーさんに会いに行って、大工さんでも紹介してもらうか。自分で死の大地に家を作るにしても助言が欲しいし、幸い大金が入ったから、移動できる家を建てて貰うのも良いかもしれない。
「マーサさん戻りました。カギをお願い出来ますか?」
「おや、お帰り。えーっと、ほら。カギだよ。夕食はどうする?」
「いつも通り追加でお願いします。今回も部屋でお願いして良いですか?」
「あいよ。二時間後で良いかい?」
「ええ。俺は少し出かけますので、戻っていなかったらサラ達に渡してください」
マーサさんに頼んでサラ達の部屋に移動する。
「聞いてた通りマーサさんが二時間後に夕食を運んで来てくれるからね。俺はちょっと雑貨屋に行ってくるから、帰って来なかったら受け取っておいて。あと、明日はお休みにするから予定を考えておくと良いよ」
「分かりました」「やすみかー」「ジーナおねえちゃんとこにいく!」
前回やり逃した事があるみたいだから問題は無さそうだな。またシルフィについて行ってもらえば問題無いだろう。
「べるはー? いっしょいく?」
コテンと首を傾げて聞いて来るベル。ついて来ても特にやる事は無いよね。
「んーっと。マリーさんとお話しするだけだから、ベル達は好きにしていて良いよ」
「おさんぽいっていい?」
「いいけど、夕飯までには戻って来るようにね」
「はーい」
ベル達がキャッキャと窓からお散歩に出かけた。また新しい屋台を発見してくる気がする。基本的にオークの肉とラフバードの肉の屋台が多いんだけど、ベル達は味の違いが嬉しいらしく、結構細かく確認している。もしかしたら迷宮都市で屋台に一番詳しいのはベル達かもしれない。
「じゃあ、行ってくるね」
サラ達と別れてシルフィと一緒に雑貨屋に向かう。
***
「裕太様。いらっしゃいませ」
スッとソニアさんが現れる。何となく想像していたから驚きはないが、どうやって俺が来るのを確認しているのか、どうやって気配を感じさせずに現れるのかは興味がある。
「どうかなされましたか?」
「いえ。なんでもありません。突然で申し訳ないのですがマリーさんと会えますか? お忙しいなら出直してきますので、都合の良い時間を教えて頂ければ助かります」
「はい。大丈夫です。奥にご案内しますね」
ソニアさんの案内で応接室に案内される。マリーさんの予定を確認していないんだけど、予定を把握しているのか? 秘書的な役割も持っているのかもしれないな。
「少々お待ちください」
ソニアさんがマリーさんを迎えに行って暫く経つと、ムキムキのお兄さんがお茶を持って来て俺にニコリと微笑んだ……これは、あれか? 前回の男色ロリショタ疑惑を確認しているのか?
ムキムキのお兄さんが出て行った後、シルフィが話しかけてきた。普段のクールな表情が笑いを堪えているのか苦しそうに見える。俺の想像は当たっていそうだな。
「ソニアがあのムキムキに裕太の視線はどうだったか確認しているわ。大丈夫だからそんな顔をしないで。特に違和感は感じなかったって言ってるから」
それはそうだろう、でも確認されている時点で頭が痛い。俺が盗み聞きしているんだから、文句を言う筋合いじゃ無いのかもしれないけど、分かっていても文句を言いたくなってくるな。
「裕太さん。お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
なんか悶々(もんもん)としているとマリーさんとソニアさんが入って来た。うん。服も普通だし、前回の露骨な誘惑は無さそうだな。ちょっとホッとする。
「魔力草と万能草を卸そうかと思いまして」
俺が言うとマリーさんが驚いた表情をした。どうしたんだ?
「えー……裕太さんは冒険者ギルドに五十層を突破した事を報告したんですか?」
「いえ。していませんが? どうかしましたか?」
「では、どのようにして素材を?」
ん? 話が見えないんだけど。
「普通に行って採取して来ましたよ?」
嘘だけどね。ごめんなさい。
「どうやってですか? 冒険者ギルドは突破者を見つけ出すために、作戦が遅れるのも構わずに四十九層の階段に検問を張っているって情報を、うちの商会で手に入れているんですが……」
マジで? いや。顔に出すな。平静を装え。マリーさんに時間停止機能が付いた魔法の鞄がバレたら、絶対にピントがズレた色仕掛けが加速する。本当にお兄さんを差し出して来てもおかしくないぞ。
「ああ、あれですか。俺には何の問題も無いですよ。方法は秘密ですけどね」
「そうなんですか……。ファイアードラゴンを倒す方ですものね。その位の事は出来るのかもしれませんが……」
よし! 納得してくれた。疑惑はあるみたいだが、細かく突っ込んで俺に嫌がられるのを回避した感じだけど、追及して来ないのであれば問題は無い。
しかし思わぬところで冷汗を掻いてしまった。冒険者ギルドもやる事はやっているみたいだな。当分は四十九層以降は近づかないようにしよう。死の大地の開拓に力を入れるか?
「ええ、簡単ですよ。それで、薬草は必要ありませんか?」
シルフィ。そんなに笑わないで。俺だって恥ずかしいんだから。
「もちろん必要です。商業ギルドからも薬師ギルドからも催促されていますので、大変助かります」
魔法の鞄から薬草を取り出して前回と同じ量を渡す。ミスリルの事も聞こうかと思ったけど、なんか今は面倒が増えそうだから止めておこう。俺が出した薬草をソニアさんが持って部屋を出て行く。
「それで、裕太さん。裕太さんはもしかして、神力草を持っていたりしませんか?」
「持ってないですね。今のところ先に進む必要もありませんから。前に話しましたよね。俺が五十層を突破したのは冒険者ギルドに対する嫌がらせですって」
うわー。露骨にガッカリしてる。
「そうですか。私からはワガママも言えませんが、神力草を入手されましたら是非とも当店にお願いします」
「手に入れた時は持って来ますね」
ふむ、強力なカードになるのは分かっているんだから、神力草を手に入れに行くのも良いかもしれないが……階段の検問をどう突破するかが問題だな。顔を隠して強行突破しても良いけど、他に方法が無いか考えておこう。
「ありがとうございます。それとですね、前回裕太さんの事を隠しきれなくなったら、話して良いと言われていますが、もうそろそろ限界が近いかもしれません。父も利益になるので限界まで粘るそうですが、圧力が日増しに高まっているそうです」
まあ、そうだろうな。俺の予定ではもっと早く冒険者ギルドが俺を見つけると思ってたんだけど。こうなると冒険者ギルドは自分達で情報を手に入れる事は出来なくて、商業ギルドから情報を教えられる事になるのか。これはこれで冒険者ギルドも苦しそうだな。
「分かりました。無理はしないようにお伝えください」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですか? 王侯貴族、大商人、冒険者ギルド。様々なところから誘いが殺到しますよ。特に国の軍に目を付けられたら、面倒な事になりかねませんよ」
「あはは。俺って意外と強いんで大丈夫ですよ。戦うにしても逃げるにしても何とでもなります」
シルフィの力を確認した。ディーネにノモスにドリーとも契約した。正直言って、最初の頃に考えていた何処かの勢力に庇護してもらうって必要すら無いと思う。
「そうなんですか。分かりました。伝えておきます」
ちょっとマリーさんの口元が引きつっているな。おっ、ソニアさんが戻って来た……今度はイケメンプリンス系の男性が爽やかなスマイルを浮かべ、お金を運んで来た。今、俺の目は死んでいる気がする。
次に子供を出して来たら、どうにか理由をつけて説教してやる。男性は出て行き、ソニアさんは軽くマリーさんに耳打ちした後、マリーさんの背後に立った。
「こちらが薬草の代金、二億二千万エルトになります。問題ありませんか?」
「ええ。大丈夫です」
前回と同じ値段だな。お金が入った袋を収納する。そろそろ帰ろうか……おっと俺も聞きたい事があったんだ。
「マリーさん。腕の良い大工の知り合いはいませんか? あと、精霊術師だったためにギルドを追い出されて、迷宮都市でくすぶっている人とかも知ってたら紹介してください」
「……大工はうちの商会で繋がりがあるので紹介は可能ですが、精霊術師の方は心当たりが無いです。精霊術師だとよほど腕が良くないと嫌われます。大半の未熟な方は精霊術師であることすら隠されて生活していますから、情報がありません」
分かってはいたんだけど、改めて精霊術師って不遇なんだな。不確かな命令で暴発やら誤射やらが頻発したらしいから嫌われるのも分るが、嫌われ過ぎな気がする。
サラ達を見れば、精霊術師って相当優秀だと思うんだが、何処で間違ったんだ? 簡単に人集めは無理そうだから、地道にスカウトして行くしかないな。
「そうなんですか。では大工の紹介をお願い出来ますか?」
「分かりました。では紹介状を準備しますね。ソニアお願い」
軽く雑談した後、紹介状を受け取り雑貨屋をあとにする。話し合いは一時間ぐらいで終わったし夕食には十分間に合うな。
シルフィと今後の予定を話しながら宿に戻る。マーサさんに挨拶をして部屋に戻ると、ベル達も戻って来ていた。あと見慣れない精霊らしき少年が、俺にペコリと頭を下げた。ベル達のお友達かな?
「ベル。その子は?」
「めらる!」
元気に手をあげての発言は大変可愛らしいが、それだけじゃあ良く分からないよ。
読んでくださってありがとうございます